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「ミステリクラブへようこそ。歓迎するよ、イセル・ラインズくん」
今朝手紙を渡してきた、アンヘル先輩はわざとらしい所作で僕を部室に招き入れた。ミステリクラブだけあって部室の壁はすべて本棚で埋め尽くされている。長机が一つと椅子が三つだけにも関わらず、最低限の席の一つが見覚えのある茶髪に陣取られていた。
「ヴィンセント、さん……?」
無意識にこぼれた言葉に反応して、面倒そうに頭を揺らし、持ち上げられる。
「遅いぞ、下級生。オレはこいつの話を散々聞かされる羽目になった。アンタが遅いからだ」
「な、んで、ここに」
「手伝いをしてやろうと思ったからだ」
頬杖をついた彼へ内容を問いただす前に強く背中を押され、その勢いのままヴィンセントさんの対角線上の席に案内される。それは椅子を引き、僕の肩を押し込んで、座らせてきた。
僕の向かいに、にんまりと笑うそばかす顔が腰を下ろす。
「俺とヴィンセントは友達なんだ」
話題に上げられた人物は不快そうに口元を歪め、隣を睨みつけた。
「まさか! 冗談も休み休み言え、クラウザー。アンタと友達になった覚えはない」
「じゃあ、今から友達だ。よろしく、ヴィンセント」
自分に向けられた屈託のない笑顔に嫌そうな顔をし、のそのそと上半身を机の上に投げる。突っ伏してから、目元をゆっくりと晒し、何とも言えない視線で僕を見ていた。
「オレの睡眠時間が減る、早く本題に入ってくれ」
アンヘル先輩は、悪い悪い、と口だけで謝り、こちらを見た。さっきとは違う真剣な視線を向け、二つ折りのレポート用紙を差し出してくる。
「それを見て欲しい」
頷いて受け取り、広げる。
『被害者リスト
サイモン・クラウザー
→不注意によって階段から転落。現在治療のため休学中。
ワイズ・ゴーディン及ジェイミー・レイトン
→じゃれ合いの末、階段から転落。ワイズは転校、ジェイミーはその後の詳細不明。
……』
そこには十数人の生徒の名前が書いてあり、最後には見覚えのある文字列が並んでいた。
『エドガー・ハセルタイン
→足を踏み外し階段から転落。転校後詳細不明、あまり前向きな話ではない様子。』
いつの間にか学校から消えてしまった同級生の名前が、そこには確かにあった。弾かれるように顔を上げると、アンヘル先輩は目を細め、これは何だと思う、と聞いていた。
「被害者リスト……?」
「誰による被害者リストだと思う」
エドガーを助けたらしい人物の顔が浮かんで、そんなわけない、と自分に言い聞かせた。一緒にお茶を飲んで、お菓子を食べて、多くのことを話して。二人だけの時間をどれだけ重ねても美の一端しか触れることの出来ないあの人に、綺麗なところは数え切れないほどあれど、醜悪なところは一切ないのだ。
口を噤む僕に、アンヘル先輩ははっきりと告げた。
「あの人の皮を被った怪物、メルヴィン・セインズフォードによって第三校舎の階段から突き落とされた人間のリストだ」
「人の皮を被った怪物、って……! メルヴィン先輩はそんな人じゃないです! あんなにティーセットを丁寧に扱う人が、繊細な指で卑劣な行為を行えるわけがないです!」
「ああ、可哀想な下級生、君もあの男の毒気にやられてしまったんだな」
毒、と呟いてヴィンセントさんが隣で肩を震わせると、アンヘル先輩も同調するように高笑いした。ひどい裏切りを感じて気怠そうな緑目を睨むが、かえって笑いを誘うだけだった。
不快だ。どうしてこんなことを言われなければならないのだろう。先輩も、僕も、悪いことなんて何一つしていないのに。
不名誉なレポート紙を机に叩きつけると、向かいから伸びてきた手が『サイモン・クラウザー』という文字列をゆっくりとなぞった。
「兄も、今の君のような調子だよ」
言われると、先輩と先輩の指す人物の家名は同じだ。
「俺は階段から突き落とされてなんかいない、メルヴィンにひどいことをした罰が下っただけだ、悪かったメルヴィン、お前を傷付けた俺を許してくれ、メルヴィンはどこだ、どうして俺は第三校舎にいないんだ、早くメルヴィンに逢わせてくれ、メルヴィンは、メルヴィン、美しい人……! 口を開けばあいつの話ばかり!」
指に力が籠もり、『サイモン・クラウザー』に皺が寄っていく。瞬きの合間にアンヘル先輩はその紙を掴んで、握り潰していた。
「兄は! あの男に狂わされた! 調子の良い日は精神病棟でお茶会を開いているんだ! 誰のためだと思う、そうだ、あの怪物のためだ! 誰もいない場所に話しかけて、ありもしないティーセットを広げている!」
紙は先輩の怒気に怯え、今にも千切れてしまいそうだった。
向かいで僕を射抜く瞳に怯え、咄嗟に視線を逸らす。隣の人間がどれだけ強い感情で訴えかけていても、ヴィンセントさんはいつもの調子を崩さない。僕と目が合って、小さく欠伸をしていた。
「いいか、イセル! 君は今、ご立派な先輩に自分だけが気に入られていると浮かれているに違いないが、君だけじゃない。俺の兄もメルヴィン・セインズフォードのお気に入りだったし、リストの中にお気に入りは何人もいる。君だけが特別じゃない!」
飛び出してきた言葉の一つが、僕の胸を鋭く切り裂いた。
メルヴィン先輩に気に入られていた人間は、僕だけじゃない。
この世界のありとあらゆる美術品を集めてきても叶わない美しさの上に立つ人を、僕だけが独占できるなんて思っていない。分かっていた、でも、第三校舎以外には姿を見せないから、僕だけが知っている存在で、僕だけに知らせてくれている存在なのだと、そんな妄想を信じたかったのだ。
僕が口を付けたカップは、先輩以外の唇が触れている。僕だけに分け与えられたお菓子の甘さを、先輩以外の舌も知っている。
脳内に棲むメルヴィン先輩の幻影が、汚れていく。
吐き気に耐えきれず、口元に手を当てた。せり上がってくるものを鎮めようとする僕に気を止めず、怒声は続く。
「次にそのリストに乗るのはイセル・ラインズ、君だ! あの男の気紛れで君は階段から突き落とされて、この学校から去らなければならなくなる! 俺はもう兄さんのような不幸な人間を出さないために、君を呼んだんだ!」
「嘘をつくな、クラウザー。アンタが下級生を呼んだのは、自分の復讐のためだろ。誰かを助ける為じゃない」
「復讐が果たせれば、階段から転落する生徒なんて出ない! 結果を見れば同じことだ!」
「結果を見れば、か」
ヴィンセントさんは欠伸をして、続きをどうぞと言うかのようにゆったりと瞼を閉じた。深い呼吸の後に、アンヘル先輩が咳払いをし、そばかす顔に無理矢理笑みを浮かべた。
机の上に見るも無惨なレポート用紙が置かれる。どれだけ丁寧に皺を伸ばしても、もう元の状態には戻れない。
「悪かったね、イセルくん」
「い、いえ……」
「話の寄り道をしてしまったが、可哀想な下級生にこれ以上可哀想な目に遭って欲しくないんだ」
僕は可哀想な下級生でもなければ、可哀想な目にも遭っていません。
反論しかけて、言葉を飲み込む。
「エドガー・ハセルタインが君からキャッチャースプーンを受け取ったと知ってから、様子を見ていた。もっと早く行動すべきだと分かっていたけど、俺には力がないからね。それが、最近になってヴィンセントと話すようになり、復讐の協力をしてくれると申し出てくれたんだ」
「そんな申し出はしていない。報復の手伝いに興味はないかと言っただけだ」
「復讐の協力も報復の手伝いも同じだよ、ヴィンセント」
「別だ。下級生に勘違いをされては困る」
瞼を面倒そうに持ち上げて僕を見てくるので、勘違いしてないです、とよく分からないまま呟く。すると、ふふんと鼻を鳴らして、また瞼を下げた。
「道具は得た。あとは機会を得るだけだ。イセルくん、メルヴィン・セインズフォードの優雅で高貴たるお茶会には招待状が必要なんだろう? 俺を招待してくれないかな」
「……嫌です」
「退学したくないだろ、イセル・ラインズ。この学校に通わせて下さる支援者様や、君の両親は、退学の知らせを聞いてどう思うかな」
「悪いな下級生、ハウザーにもメルヴィンの毒気が回ってるらしい。我が儘さはアイツと変わらない」
寝言を口にするヴィンセントさんをアンヘル先輩は恐ろしい視線で睨みつけ、机の上で強く拳を握り込んだ。ただ、協力をお願いしている以上、何も出来ないらしく、何度も大きな深呼吸を繰り返した。
「イセルくんに嫌だと言う権利はないんじゃないかな。……まあ、今日はここまでにしよう。じっくりと考えて、いい返事を聞かせて欲しい」
言い終わると同時に席を立ち、扉の方へ向かう。不躾な態度だとご指導を受けることになっても、僕は自分の感情のままに動くことの方がマシだと思った。
取っ手に手をかけたところで、背中に声を投げかけられる。
「聞くところによると、あの怪物は君に自分のことを何も話そうとしないらしいじゃないか。セインズフォードの家名に聞き覚えは? どんなお家柄か知っているのかな?」
「……国の治安を守っている素晴らしい家であることは、庶民の僕でも分かります」
「そうか、ならよかった!」
やけに明るい声色に苛立ち、素早く開けて抜け出る。後ろ手で閉めた音が廊下中に響き、僕をあざ笑っているようだった。
セインズフォード家と聞いて、素直にその家業を答える人はいないだろう。
秩序を公平に守り、公平に人を殺す。
この国のありとあらゆる罪をセインズフォード家は見つめ、精査し、その罪の重さが相応しいのかを判断する。不当な罪を押しつけられた人を解放することもあれば、極悪人の命に手を掛けることもある。
彼らには表の仕事の他に、世間で噂されている裏の仕事がある。これから罪人になりうる人間を罪を犯す前に償わせる、簡単な言葉で言ってしまえば暗殺業だ。ただ、本当なのか、誰かの妄想が一人歩きしているのか、証拠がない以上分からない。
ミステリクラブの部室で、ヴィンセントさんはたびたびアンヘル先輩の言葉を訂正していた。友達じゃないとか、復讐と報復の違いとかを、時に僕の顔色をわざわざ伺ってまで言ってきた以上、訂正しないということは先輩の家名は本当にセインズフォードで、彼自身もそれに並ぶような家柄なのだろう。
部室棟を抜けて第三校舎へと一目散に駆けていく。日は名残惜しそうに空を赤く染めている。
もう、何もかもが嫌だった。先輩が怪物と罵られていたことも、不当な罪をでっち上げられていたことも、僕以外の親しい生徒が何人もいるらしいことも、ヴィンセントさんがメルヴィン先輩を庇うどころか裏切り者であることも、すべてが僕の胸の内の暖かな部分を引きちぎり、大切な記憶を無惨な姿に変えようとしていた。
僕は先輩が好きだ。身分も性別も僕たちを切り離すための愛情にしかならないとしても、それは運命の前では関係ない。メルヴィン先輩の司って下さる運命は、僕たちが同性であるからこそ結び付きを生み出し、身分の差など関係なく逢瀬を重ねられる場所を与えてくれた。
理由もなく、大丈夫と自分に言い聞かせようとして、アンヘル先輩に似た声が囁く。
メルヴィン・セインズフォードは、君のことが好きなのかな。
うるさい、うるさい、うるさい!
足がいつも以上に素早く回る。沸いてくる怒りが僕を押し進め、気付けば第三校舎の目の前まで来ていた。年季の入った扉を力一杯に開くと、甘い香りが僕を迎え入れる。室内庭園の花は色鮮やかに咲き誇り、塵の舞う校舎は夕日によってきらきらと輝いていた。ぎいぎいと廊下を鳴らし、階段を飛び跳ねるように上って、目的の教室へとたどり着く。
呼吸の間も惜しく、勢いのままに手を動かした。
「メルヴィンせんぱいっ、ぁ、あ、いる、っせんぱい!」
麗しい人は机に腰を掛けて読書をしていた。僕の声によって顔を上げ、本を閉じて横に置く。空になった両手を広げ、柔く微笑んだ。
「おいで」
花の蜜に誘われるように、足は自分の意志を持って前に進んでいった。その胸に飛び込むと、しっとりとした弾力の胸元が僕を受け止めた。両腕が背中に回ってくるのを感じ、僕も先輩の真似をする。
身体を満たす甘ったるい匂いが、不安を溶かしていく。
「どんな悪夢を見たのかな?」
とん、とん、と穏やかなリズムが、内側にくすぶる恐怖の熱を外に逃がす手伝いをしてくれる。
「悪夢……、はい、悪夢を見たんです。メルヴィン先輩が僕だけの先輩でなくなってしまうような、そういう夢を見ました」
顔を上げ、垂れる琥珀色を見て問いかける。
「先輩がお茶会を誘っているのは、僕だけですよね?」
「うん、イセルだけだ。……と言いたいけど、最近はヴィンスのことも誘っているかな。彼のお兄様にヴィンスは優秀な生徒だと伝えるために、あの子の様子を見ておかないといけないからね」
長い睫毛がふわりと揺れ、先輩は楽しそうに笑った。
「聞きたいのはそうじゃない、だろう?」
僕を抱きしめる力が強くなり、ろくに身動きが取れなくなる。今日はお茶を用意してないんだ、と前置きして、先輩は言葉を続けた。
「ヴィンスの兄は私の二学年上でね、一番長く過ごしたのは彼になるのかな。学校生活、互いの家族のこと、趣味の話……、彼と私は決定的な価値観の差はあれど、それに目を瞑れば唯一無二の友人なんだ。嫌だったかい?」
嫌です、と言ってしまいたい気持ちをどうにか押さえつける。先輩とヴィンセントさんのお兄さんが友人同士なら、あれだけ気を掛けているのも友人の弟だからと納得がいく。
「嫌じゃ、ないです」
「そうか。じゃあ、こういうのは君の好みに適うかな? ヴィンスの兄が自分の趣味に没頭する日には、私も自分の趣味に没頭してみることにした。学年問わず、様々な生徒をこの部屋に誘ったよ。紅茶と会話を交わし、私は彼らと仲良くなろうとしたんだ。ああ、目を潤ませて、どうしたんだい?」
「ぇ、あ、ぼ、ぼく……」
どうしてか胸が苦しくて、辛かった。目の前が歪んで、美しい姿の一端も捉えることが出来ない。
「もしかして、自分が私の唯一のお気に入りだと思った? ふふっ、そんなこと、この部屋を見れば分かることだろう。君はここで、ヴィンス以外の人間を見たことがあるか?」
「な、い、です、けど……」
「その通り。私が時間を共にしたいと思える相手は、結局見つからなかったんだ。イセル君、君を除いてはね」
抱擁が緩んだと思ったら、冷ややかなものが前髪をかき分けた。眼前の水面が瞬きに揺れ、視界が少しだけはっきりとする。こちらを見下ろす美貌の頬がうっすらと赤く染まっている。
「イセルは私のことが本当に好きらしい」
からかい混じりの言葉に頷こうとして、意図せず先輩の胸に顎を埋めてしまう。
「私はずっと探しているものがある。そのために、時には誰かをお茶会に誘うこともあるだろうね」
先輩は声を上擦らせながら言った。僕のことを好きだとは、口にしてくれなかった。
残酷な唇が降りてきて、おでこに触れる。
「君が見る夢は、それが悪夢であっても、すべて私が君に見せているのだと覚えておきなさい」
それは妙な響きを持って、鼓膜を震えさせた。
僕のことが好きでないのなら、いっそひどく罵って欲しい。そうやって諦めて、先輩のことを知らずにいた、庶民出で孤立するイセル・ラインズに戻らせて欲しい。
すきです、と唇を動かす。可愛いね、と笑って受け流す先輩に、何度も同じ言葉を重ねる。
*
安眠ジャムは美味かったか、と脈略のない言葉と共に、駒は投げ打たれた。
「安眠ジャム?」
「安眠ジャム」
暗がりの中で問いかけると、つり上がった目は真剣に同じ言葉を返す。安眠ジャム、の一音一音が本の背表紙にぶつかって、間延びし、気付かない内にページの隙間に挟まって消えていく。昼休みに廊下でばったり出会い、暇だろ、と一方的に決めつけられて、書庫で一戦付き合うことになっていた。何故か誘いには砂糖菓子のおまけ付きだった。口の中で爽やかに溶けた甘みが、思考の手助けをしてくれている。
ヴィンセントさんが少しおかしくて、自然と笑みがこぼれた。手を動かしながら、安眠ジャムってなんですか、と丁寧に聞き直す。
「メルヴィンがお前に食べさせたジャムだ」
今は聞きたくない名前に、耳を塞ぎたくなる。この人は、僕と先輩の関係に亀裂が入っていると分かって、話題を切り出してきたのだと気付いた。置かれた駒を、考えなしに取って、これは間違いだったと思った。
「喧嘩の仲直りの道のりは険しそうだ」
「喧嘩じゃ、ないです。だいたい、ヴィンセントさんが」
「オレが? なんだ、言ってみろ」
「……なんでもないです」
盤上に顔を落とすと、ヴィンセントさんが目まぐるしい進軍の一歩を進め始めたところだった。明らかに分が悪い。さっきの短絡的な動きさえなければ、と自分を責めるがもう遅い。
どうにもならないと分かりながら必死に盤面の綻びを探していると、向かいからなんてことないように、安眠ジャムは美味かったか、とまた聞かれる。
「美味しかったですよ!」
「そうか、よかった。兄さんに報告しておく」
思ってもいなかった言葉に、反射的に顔を上げた。
「兄、さん……? ヴィンセントさんのお兄さんですか?」
緑色は少しだけ覇気を失い、ゆっくりと横に逸れていった。
「……ああ」
そう言えば、ヴィンセントさんから直接お兄さんの話を聞いたことはない。仕返しするような気持ちで、僕は口を動かす。
「ヴィンセントさんのお兄さんってどんな人なんですか? 僕、お兄さんのこと、聞いてみたいなー」
「……兄さんは、あのメルヴィンと仲が良い。つまり、どういうことか分かるか」
「お茶が好き?」
「二人が結託するとろくなことが起きない。オレは兄さんがいなくなってからこの校舎に来たことを、人生で一番の幸運だと思っている」
一体、どんな人なんだろう……。
不思議に思いながらも、自分の身を守るように駒を動かした。ヴィンセントさんの気持ちは書庫の外へと行っているようで、こちらの手番が終わったことに気付かないまま言葉を続けていた。
「メルヴィンに安眠ジャムを預けたのは間違いだった。間違いだと分かっていたが、兄さんに言われた以上預けるしかなかった。分かるか、下級生、兄さんが作ったものをメルヴィンに預けなければならないオレの苦しみが」
分からないです、と素直に言いたかったが、あまりにも必死な様子だったため、少しは、と嘘をつく。
「甘くて美味しかったですし、あの日は起きたら身体が軽かったです。名前の通りですね」
「下級生はオレ以外のすべてを疑うべきだ。毒だと言われてどうしてあれを口に入れるんだ。……ただ、まあ、あれは毒じゃない。ジャムの中に不安を鎮めて暖かな眠りを誘う薬が入ってる、だから安眠ジャムと言う」
そう説明し始めてようやく緑色は思い出したように盤上を見つめた。ゆったりと手が伸びて、ようやくゲームが再開される。
「下級生には馴染みがないだろうが、あれは人気がある。明日に絶望する大人に、痛みで眠れない子どもに、つまりは何らかの理由で眠りが遠い人間の救世主というわけだ。兄さんは長い付き合いの御贔屓様から特注品の依頼を受けて、その最終調整にオレは付き合わされていた。効能に問題がないと分かったから、まもなくオレの仕事も終わりだ」
「連絡手段も限られてる中わざわざ頼まれるなんて、お兄さんに信頼されているんですね。仲が良いなら教えてくれればよかったのに」
「馬鹿言え! 兄さんとオレが美しい兄弟愛とするなら、メルヴィンとオレは親友ということになるだろ」
動揺が手に出ている。お世辞にも良いとは言えない配置が、僕の攻め入る隙を作り出した。
指を伸ばしながら、ふと、思い出した。父が助けた人も、製薬を生業としていた。何度かお会いしたことがあるが、高貴な方らしい際立った若い美丈夫で、瞳の色は違うものの目の前の彼と同じ茶髪だった記憶がある。顔や骨格の感じは似通ってはいないが、そこまで良好な関係でもなさそうな以上、異なっている方が自然な気さえしてくる。
まさか、とその人の家名を言いたくなって、すんでのところでやめた。その人がヴィンセントさんの家族である確証はないし、生まれも育ちも関係ないというのが第三校舎の取り決めだ。僕も、彼らが兄弟だと知って、何か話を広げられるほどその人と親しいわけではない。
「頂いたジャムは、寝る前に食べて報告した方がいいんですか?」
「あれは何の変哲もないジャムだ。寝る前と言わず、食事に彩りを足したいときにでも使えばいい。もしも、アンタが本物の安眠ジャムを欲しいと言うのなら、特別に格安で提供してやろう」
「僕でも買える額にしてくれるなら考えます」
「よくぞ、興味を持ってくれた」
ヴィンセントさんは妙に誇らしげな表情で、手を出せ、と言ってきた。彼の指示に従って手のひらを差し出すと、駒を巧みに動かす指が、くすぐったく皮膚の上で踊る。身を揺らし、腹から漏れ出る笑い声をこぼしながらそれを受け入れる。ようやく悪戯が止まったかと思うと、声色を弾ませた。
「それが普段の売値だ」
何を言ってるか分からず、頭の中で先ほどの指の通り道を再現する。それが膨大な数字になっていることに気付いて、ぎゅっと手を握った。
「ひぃっ! そ、そんなに、するんですか……?」
「勿論。つまり、下級生がメルヴィンに食わされた額は」
「言わなくていいです!」
反射的に手が駒に触れて、いくつかが盤面の上に倒れてしまった。申し訳なく思いながら、彼と駒を見比べていると、ふ、と小さく笑われる。
「オレは今の下級生の方が好きだ」
「……馬鹿にしてますか」
「上級生様が可愛がってやっているんだ。アンタは喜ぶべきだろ」
「……アリガトウゴザイマス」
「メルヴィンは下級生が来なくて寂しがっているし、クラウザーは下級生の返事が来なくて焦っている。オレはアンタがどういう答えを出そうが、素晴らしい解答だと褒めてやるつもりだが、二人から安眠の邪魔をされて困っているんだ。長考は現状維持にはならない、下級生の負けを導くぞ」
この人の言う通り、第三校舎にはもう一週間以上行っていないし、毎朝アンヘル先輩に声を掛けられてもそれとなく濁したり人気の多いところに移動して中断させたりしている。メルヴィン先輩のことは諦められないし、今も被害者リストはでっち上げだと思っている。ただ、すべてにおいてどうすればいいのか分からず、逃げ回っている。
「助けてあげようか、下級生」
見たことのない柔らかな笑みを携えて、ヴィンセントさんが言ってきた。瞳には眠気の欠片もなく、遊んでいるときとはまた違う、すべてを読み通すような緑色がそこにはある。
思わず縋りたくなって、両手で頬を叩いた。
「ヴィンセントさんになんて、助けてもらわなくてもいいです」
「そうか。それは残念だ」
余裕ありげに溜め息をついて、彼は自軍の駒をすべて盤の外に払い落とした。
「盤上に駒がない以上、今日もオレの負けだな。下級生、前に約束したことを覚えているか」
「えっと……、室内庭園でお祝いをしてくれるんですよね?」
「そうだ。メルヴィンとクラウザーの件が解決したら、アンタを室内庭園に誘ってやる。メルヴィンとは違って、オレが直々に誘ったのはアンタが初めてだ。光栄に思え」
胸が痛む。痛みがメルヴィン先輩の笑みを思い出させ、ああ、やっぱりあの人が好きなのだと思う。美しさの中に、少しでも自分を居座らせてもらいたいと、惨めな欲求を捨てることが出来ずにいる。
向かいではもう今日の勝負は終わりだと、手早く駒を片付け始めていた。気怠さを滲ませ始めた緑目に、ずっと思っていたことを問いかける。
「ヴィンセントさんは、メルヴィン先輩とアンヘル先輩のどっちの味方なんですか」
手の動きは止めず、どっちの味方でもない、とはっきりと言い切った。それから、顔をわずかに上げて、手を止め、僕をじっと見る。
「アンタの味方だ。さあ、下級生、メルヴィンとクラウザー、どっちにつく?」
答えに迷いはない。
「メルヴィン先輩です」
「素晴らしい解答だ」
聞き入れて、また片付けを再開した。駒を一つひとつ優しい手付きで戻しながら、下級生に一番都合が良い段取りをしておく、と楽しそうに呟いた。
第三校舎はいつもよりもずっと甘ったるい空気で充満していた。隣を歩くアンヘル先輩が、気持ち悪い、とこぼしたのを無視して、廊下を進む。
クラウザーは第三校舎での事故をすべてメルヴィンの仕業だと思っている。結局人は対話でしか和解に至れないわけだ、アンタはクラウザーをメルヴィンの元に連れて行き、無実を証言してやればいい。そうすれば、自ずとすべてが解決する。それがアンタに与えられた運命だからだ。
室内庭園に目をやると、自然と言葉が頭の中に再生される。僕の予定を無視して、まあ元々予定なんて何もなかったけど、ヴィンセントさんはメルヴィン先輩とアンヘル先輩の都合をつけてきた。
「信じていたよ、イセル・ラインズ。メルヴィン・セインズフォードに騙されていたことなんてもう恥じなくていいんだ」
「ええと、ありがとうございます?」
薄々察してはいたけど、ヴィンセントさんはアンヘル先輩に適当なことを言ったらしい。無理矢理話を合わせておこうにも、本人からその説明だけは一切受けなかったせいで、どんな言葉が飛んでくるのか全然予測がつかない。
ただ、少なくとも、僕が考えていることと正反対のことばかり伝えているというのは分かる。
「怪物の根城にはこれで安全に侵入出来る。君に頼みたいことは、一つだけだ。この茶葉とお菓子を醜い怪物に振る舞って欲しい」
ぐいと紙袋を押しつけられて、面倒だと思いながらも受け取る。中には白地に金色の蔦が描かれた缶と、バッジに使われているものと同じ花のモチーフが描かれた小さな陶器が入っている。二つの中心ぐらいの絶妙な位置に『素敵なお茶会を』とメッセージカードが添えられていた。きっとヴィンセントさんのものだろう。
「これは、何ですか」
「見ての通り、茶葉とお菓子だ」
「ただの?」
「ただの」
怪しい。
アンヘル先輩に疑いの目を向けるが、ミステリクラブは常時部員募集中だ、と適当なことを言われた。兼部はしないと決めているんです、とどこにも所属していないのに返してみれば、わざとらしく残念そうな音を漏らされた。
この人のことを僕は信用していない。でも、ヴィンセントさんのことは、それなりに信用している。変なものじゃないですよね、僕はメッセージカードに問いかける。変なものじゃない、頭の中のヴィンセントさんは気怠そうに最低限の返事を返す。
「ところで」
廊下を進み、階段に差し掛かったところでアンヘル先輩が投げかけてくる。
「メルヴィン・セインズフォードのどこに惹かれるんだ? 顔が綺麗なだけの男のどこに?」
「メルヴィン先輩は全部が美しいんです。容姿も、所作も、声も、性格も、ありとあらゆるすべてが」
「たったそれだけで人を狂わせるなんて、生きた美術品だ」
「でも、美術品は喋らないし、僕のことを見たりはしません。あの美しさの前ではすべてが無力になって、その一部に自分を置いて欲しいと願わずにはいられないんです。それに、先輩は感情豊かな方なので、その一挙一動に心を擽られて、好き、……ええと、好きだったんです」
「まだあの男に囚われているとは嘆かわしい。どの時代でも初恋は実らないものだ、イセルくん。今日できっぱりお別れをして、外で新しい相手を見つけた方がいい」
むっとしながらも、適当に相槌を打ってやり過ごす。隣にいる相手に問題があるのだろうか、いつもよりも階段の段数がうんと多く感じる。
何か話題を振るべきかとも思ったけど、この人から聞きたいことはない。メルヴィン先輩に対して勘違いをしているし、お兄さん伝に過去のメルヴィン先輩の姿を聞いている可能性が高い。場を持たせるつもりが自分の心を傷付けられただけで終わるだろう。
不意に腕の中でかちゃと容器同士が触れ合う音がした。導かれるように言葉を口にする。
「アンヘル先輩は、メルヴィン先輩に何をして欲しいんですか」
立ち止まることなくそばかす顔をこちらに向け、にんまりと笑った。
「子どもの喧嘩らしく、笑顔で仲直りをしたいんだよ」
「メルヴィン先輩と喧嘩をしているんですか?」
「そうとも言えるし、そうでないとも、これから喧嘩をするとも言える」
「はあ……?」
意味が分からない。ただ、子どもの喧嘩という言い回しは、メルヴィン先輩と出会った日に渡してくれたメモにも書いてあったからよく覚えている。
第三校舎においては、生まれも育ちも関係ない。すべては子どもの喧嘩として、正しく処理される。
あれが何を示すのかを未だに僕はよく分かっていない。
アンヘル先輩は早足で三階まで上っていき、どっちだ、と頂上から僕を見下ろした。不快に感じながら指で普段とは反対の方向を示す。別に右から行こうが、左から行こうが、五角形の特性上歩いていればその内たどり着く。
ゆっくりと上り終えて、背中を追いかけた。先導しすぎたあまりに教室を通り過ぎたのを良い気味だと思いながら、ここです、と少し間を置いて伝える。素早くアンヘル先輩が戻ってきて、視線だけで開けろと指示してきた。
片手に紙袋を持たせ、開いた手で扉に手を掛け、開く。
「相変わらずお前は気紛れだな。時間通りに来てくれといつも言っているだろう」
美しい人は机に腰を落とし、僕たちが来るのを真正面で待っていた。窓から差し込む光は、すべてが先輩を引き立たせるために働いている。頭を緩く傾け、艶っぽく微笑む。
「ちゃんと菓子は持って来たんだろうね」
喉が張り付いて、うまく声が出せなかった。頷いて紙袋を差し出すと、よろしい、と言って僕を手招きしてくる。
身体が勝手に動きだそうとして、横から静止させられた。
「ヴィンセントからはこの時間に来いと言われていたのですが、失礼なことをしてしまったみたいで。後から彼に言っておきます」
「なるほど、用事は私宛ではなく、ヴィンスの方か。あの子なら室内庭園にいるだろう。三階から出入りしたいなら、廊下の窓から飛び降りるのがお勧めだ」
振り返ればあるだろう、と僕たちの背後を優雅に指した。居心地が悪く、再び両手で紙袋を抱きしめる。
「いえ、俺が約束していたのはメルヴィンさんです」
「そうだったかな?」
「あなたの弟分から聞いていますよね」
「ふふっ、私の弟分、か。中々に悪くない言葉だ。確かにヴィンスの兄代わりであるのなら、彼は私の弟分ということになるのかもしれない。……私の弟分から話は聞いているよ、可愛い後輩をからかいたくなっただけだ。入ってきなさい」
穏やかな音に安堵しながら、アンヘル先輩と共に教室に脚を踏み入れる。
「イセルはあの子達と一緒に座りなさい。ヴィンスの客人君は好きな席に座ってくれ」
そう言われていつもの席の方に視線を向ける。長机の中央に置かれた椅子の上で、マイロとベラだったぬいぐるみはお茶を待ちわびている。いつもと違って、他には椅子がないし、予備もなくなっている。
「椅子が無いようですが」
「おや、そうだったかな。私としたことが、君達とのお茶会に浮かれて準備を怠ってしまったらしい。それくらい楽しみにしていたんだ、今日を」
「ありがとうございます。俺も、あのメルヴィン・セインズフォードさんと、お話が出来る日を楽しみにしていました」
イセルくん、と言って、アンヘル先輩は僕の手元に視線を送った。言わんとしていることを察して、メルヴィン先輩の方へ向かう。
「お菓子を持ってきたんです。その……、みんなで食べようと思って」
近付いて差し出すと、ありがとう、と軽やかに言って受け取ってくれた。中身を覗いて、僕にだけ分かるように小さく笑った。
「ヴィンスからだね? 陶器の中にあの子の好きな砂糖菓子が入っているはずだ。折角だし一杯振る舞わせてくれ、と言いたいところなんだが、お湯を沸かしそびれてしまった。準備の間に世間話でもしようじゃないか」
紙袋を机の上に置いたと思ったら、身体が何か温かいものに包まれた。一瞬にして暗くなった視界を揺らし、顔を持ち上げると、綺麗な顔がそこにはある。長い睫毛の額縁に収まる琥珀色は、やけに熱っぽい。
どうしてか、メルヴィン先輩に抱き締められている。理解して速まる鼓動が今にも気付かれてしまいそうで、恥ずかしかった。
「今日の君は、いつになく可愛い。君に自由を与える努力をしていたが、もう限界だ。私以外の腕の中で花を咲かせようとするなんて、酷い子だね」
「ぁ、え……?」
「それとも、逢えない時間が、君を可愛くしたのかな」
よく分からないことを言ってから、先輩は僕の背中の向こうに視線を送った。
「さあ、どんな面白い話を聞かせてくれるんだ?」
「イセル・ラインズを人質に取るわけですか」
「人質? 私が、この子を? おかしなことを言うな、それだとまるで君が物騒な話をしに来たみたいじゃないか。私と君は世間話をするんだろう?」
楽しそうな声色は、雑談をするときのものとなんら変わらない。どうすればいいのか分からずにいると、サイモン・クラウザー、と頭上から言葉が落ちてきた。
聞くべきでない話ほど、耳は勝手にそばだつ。
「話題がないのなら、私が提供してあげようか。二年ほど前にお茶会に誘ったサイモン・クラウザーという生徒がいた。どうして彼と知り合ったのか、今となってはもう興味がないのだけど、なにか惹かれるものがあった気がして私と彼は友人になろうとした。けれど、なれなかった。どうしてだと思う、客人君?」
「……さあ、俺にはさっぱり検討がつかないです」
「そこにあるぬいぐるみに無断で触れたんだ。酷いと思わないか」
「……どこがひどいんですか」
「私の一番最初の友人に、敬意を払う気がなかったんだ。だけど、私は優しいからね、そのぬいぐるみは私が飼っていた犬の兄弟だと、自らの手で殺した犬の毛皮で作ったんだと、教えてあげたわけだ。そうしたら、ひどい、って言われてしまった。悲しくなり私はお茶会なんて出来る気力もなくて、出て行けと彼に告げた。彼が教室から出たすぐ後だ、悲鳴が聞こえたのは。私と喧嘩をした後悔で階段から足を滑らせてしまったらしい。サイモンは今も病院で療養しているらしく、仲直りの前に卒業することになりそうなのが残念でならない」
「お前ッ!」
「怖い顔をしないでおくれよ、まるで私が君の兄の仇みたいじゃないか」
どうして、メルヴィン先輩はこんなにも楽しそうにしているのだろう。見上げた先には心の底からの笑顔があって、それがあまりにも美しすぎるものだから、目の前がくらくらとした。
ヴィンセントさんの言う通りだ。僕はもっと人を疑うべきだった。
メルヴィン先輩は、間違いなく人に危害を加えている。
目の前にいる人物が弟であると分かって、わざと話を切り出しているのが表情や仕草で分かる。当然、恨みを持っていて、その復讐をしに来たことも理解しているはずだ。ヴィンセントさんが伝えたのかもしれないし、先輩がなんらかの方法で知り得たのかもしれない。
僕の考えに気付いたように、琥珀色が見下ろしてきた。
「嘆かわしい事件だろう? 第三校舎では時々、こういう不運なことが起こるんだ。でも、イセルは大丈夫だとはっきり言える。理由はもう分かるね?」
「メルヴィン先輩が、僕の運命を、握っているから……」
「よく出来ました、優秀な子には後からご褒美をあげよう」
僕を抱き締める両腕は、血で塗れている。それは小動物の血を上書きするほどの、皮膚の色は元より赤黒かったのだと錯覚させる量に違いない。けれど、先輩の肌は汚れを知らないような白さのままだ。
それが、メルヴィン・セインズフォードという人なのだと思った。
人に手を掛けても、きっと幼い頃ほどの絶望は感じないだろうし、彼が持つ美しさは損なわれることがないのだろう。
だめだと分かっているのに、この人の底なしの美に囚われて、怪物じみた部分を崇拝せずにはいられない。好きなのだ、禁忌に触れるような行為だと分かっても、メルヴィン先輩のことが。
「嘆かわしい事件でも、不運なことでもない! 兄はお前の機嫌を損ねただけで、階段から突き落とされた!」
そうなると、背後で喚く存在を邪魔だと思ってしまう。メルヴィン先輩側につくと宣言したのに、今僕の心は、善悪の狭間で揺れている。
「言い掛かりは止してくれ。瞼を開きながら夢を見ている人間の言葉の、何が証拠になると言うんだい?」
「シムの状態も知ってその態度か! 確かにお前がシムに手を掛けたところも見ていなければ、シムが妄言しか口に出来なくなったのも事実だ! だが、俺はお前が実際に突き落としたところを、間違いなくこの両目で見た! そこのイセル・ラインズに嫌がらせをしていた、エドガー・ハセルタインを突き落とすところをだ!」
「ああ、あの時間は、他の住人達も自分の趣味に忙しかったか。第三校舎に侵入してきた一般生徒に我が物顔で遊ばれてしまうなんて、最上級生として残る子達の将来が心配になる」
腰を抱かれたまま、先輩のしなやかな指が背骨をゆったりと上っていく。くすぐったくて身を捩り、吐息を漏らすと、僕の真似をするように先輩も息を弾ませて笑う。
「運命の子を見つけたと思ったら相手は他の人間のご機嫌取りに必死だった、なんて誰だって嫉妬してしまうだろう? ふふっ、そういう意味では、私もイセルのご機嫌取りに必死だったのかもしれない。あの一般生徒がいなくなれば、イセルは私を見てくれると思ったんだもの」
背中に伸びる一本道は終わりを迎え、項にたどり着き、突如として後ろから首を掴まれた。見た目にそぐわない力の強さで痛みを感じるものの、呼吸が苦しくなることはない。
僕の視界には、美しく可憐な先輩がいる。頬を恥じらいに染め、不安そうに眉を顰めている様子は、僕たちを取り巻く現実と無縁の場所にいるように思える。
「守ることが出来るのは自分の両腕に収まるものだけだ。だから、ずっと探していた。私の両腕に収める唯一の存在を。イセル、君がそうだ、君が私の運命の子だ」
言葉の意味を理解することが、難しかった。告白というには血生臭く、死刑宣言としては熱が篭もりすぎている。
琥珀色は、僕だけを瞳に収めてくれている。
一言一句を違えず頭の中で繰り返し、噛みしめて、自然と唇が音を紡ぐ。
「うれしいです、そう、言ってもらえるなんて」
自分の選択が間違っていることは分かる。ただ、分かっていても、破滅への歩みを止めることが出来ないのだ。メルヴィン先輩の美の前ではすべてが無力で、彼の手に引かれて進むことこそ最善なのだと、本能が理解してしまっていた。
首に手は掛けられたまま、赤く熟れた唇が僕の頭に落とされた。その瞬間に、痛みもまた先輩の与えて下さるものの一つだと気付く。
「騙されている! その男は他の生徒にも同じことを言って惑わせていたんだぞ! 目を覚ませ、イセル・ラインズ!」
喚き声に反応して首の痛みは離れ、代わりに耳が温かいものに包まれる。親指の腹で表面を擽りながら、君の鼓膜が傷付いてしまうね、と嘆いた。
「私は博愛主義ではないからね、誰も彼もに感情を持つわけじゃない。少なくとも、サイモン・クラウザーには言わなかった」
「シムのことを馬鹿にしやがってッ……!」
「聞きたいんだが、彼は私に愛されたと言っているのか? もしも寝言でそんな馬鹿げたことを口にしているのなら、直々に起こしに行ってあげようか」
突然、先輩が楽しそうに笑い声を弾ませた。状況を確認しようと頭を振り向かせようとして、胸に押しつけられ、身動きが取れなくなる。
「それはどこで手に入れたのかな? 購買かい?」
「お前、お前ッ!」
「優しい最上級生からの忠告だ、ナイフなんて教師に見つかったら反省文では済まないよ。私が預かってあげようか?」
「俺は本気だぞ! 第三校舎での不祥事は、全部子どもの喧嘩で終わりだ! お前も、お前のお気に入りも、殺してやる!」
「おお、怖い。やれるものならどうぞ?」
先輩がアンヘル先輩を煽るのと、僕への拘束が緩むのは同時だった。古びた床が大きく音を立てた。背後のただよらぬ気配に気を取られていると、身体を突き飛ばされる。
突如として自分の身体が、腹部が、理解し難い感覚に支配された。頭が真っ白になって、腹部で弾けた火花が鮮明な痛みになっていく。
「痛い」
一度口にすると、その輪郭は更にはっきりとした。
「いたい、いたいいたいいたいっ……! あ、え、血……? なんで……!?」
カランと軽い音が、腹部で鈍く共鳴する。鋭さを持った果てしなき苦痛が全身を支配し、足下には血が滴っている。けれど、僕の視界映る身体のどこにも、それらしい場所は見つからない。そこじゃない、と痛みが言う。否応なしに神経をその場所へと連れて行く。背中がおそらくナイフで刺された。
すべてに気付いては、もう立っても入られなかった。全身から力が抜け、前に倒れ込む。こちらを見下ろす先輩は、プレゼントを前にした子どものように、喜びを隠しきれない様子だった。
僕の視界に映る最後がメルヴィン先輩の心からの笑顔なら、悪くない人生だったのかもしれない。美術品のような作られた美しさではなく、暖かみのある無邪気な笑みは僕があの人にもたらしたものなのだ。優越感が傷を塞いでくれるような気さえしてくる。
美の前ではすべてが無力だ。僕の痛みも、アンヘル先輩の怒りも、等しくメルヴィン・セインズフォードには勝てない。
「第三校舎においては、生まれも育ちも関係ない。すべては子どもの喧嘩として、正しく処理される。目の付け所は悪くない、その言葉だけを見れば確かにこの校舎で私に危害を加えても君や君の家族は咎められることがないからね」
「ちがう、おれはイセルくんまでは……、おどすつもりで……」
「でも、それは正しいルールに乗っ取っての話だ。ちゃんと事故に見せかけないと、責任の所在を曖昧に出来ないだろう? 人間は急に身体の何処かにナイフを飼うなんてことはない。つまり、刺した犯人は絶対にいるわけだ」
もうまともに目も開けられなくなっていた。耐えることの出来ない苦痛の炎は、時間をくべられて勢いを増していく。先輩の声に耳を傾けていなければ、今にも意識を燃やし尽くされてしまいそうだった。
「か弱い一年生を、校則で所持を禁じられているナイフで刺すなんて、もう子ども喧嘩の範疇を超えている。これは第三校舎だけでなく、この学院内で片付けられる問題ではなくなってしまった。君は罪人として正しい処罰を受けなければならない」
「おっ、お前は、自分が何をしたか分かっているのか!?」
「分かっているとも。イセルに命を助けてもらったんだ、私は生涯をかけてこの恩を彼に返そう」
口は元々開いていたような気もするし、無理矢理開けさせられたような気がする。舌に何かが転がり込んできて、飲みなさい、と優しく命じれた。言われたことを正しく果たせた気はしないが、ご褒美を気に入ってくれるといいのだが、と呟くのが聞こえて、自分の身体に気に入ったらしい行動をしろと鞭を打つ。
「流石はヴィンス、私の弟分だけあって何が必要かを理解している。ナイフに鎮静剤とは中々に準備が良い」
出された名前によって、暗くなった視界の中に緑色が浮かび上がってくる。盤上を正しく見通す瞳は、どこまでこの状況を読んでいたのだろう。
乾いた音がして、痛みに悶える音が跳ねる。僕の声かと思ったけれど、違った。見えないところで、何が起きている?
「今回はこうしよう。兄の妄言の原因は私であると冤罪を着せようとした君は、自分の推理が誤っていた上に兄に騙されてしまったことを指摘され逆上。同級生のヴィンセントを脅し半ば無理矢理ナイフを用意させこの場に持参、怒りのままに殺害を試みたところ、勇敢なる一年生イセル・ラインズは私を守るために身を挺してナイフの脅威を受け入れた。自分の過ちに怖じ気付いた君はこの教室から飛び出し、階段を踏み外してしまう。……どうだ、悪くない筋書きだろう?」
ここで起きた真実が、先輩の言葉によって都合良くねじ曲げられていく。
ぼんやりとする頭が、不意に第三校舎の噂を思い出し始めた。
第三校舎に入ったら最後、五体満足で帰ってくることは出来ない。
それは悪魔に食べられてしまうからで、校舎の出口が消えてしまうからでもある。名簿から名前を失われた生徒は亡霊となり、ここから出してくれと叫んでいる。
あれは、単なる噂話でも、侵入を禁じる脅しでもなかったのだ。真実は噂話の通りで、第三校舎の住人たちは子どもの喧嘩という名目を振りかざして、信じ難い行為をしているのだろう。エドガーが寮に帰ってこなかった初めの数日は、同級生や寮生たちが彼の心配をしていたけれど、第三校舎の階段で転落したという話が回ってからは誰も名前を口にしようとはしなかった。子ども喧嘩である以上、当人達の間で解決したと言うのなら、誰かが口を挟むのは野暮だ。
エドガーがそうであったように、次はアンヘル先輩がそうなるのだ。
「やるなら打撲痕にしなさい。階段から落ちれば、すべては同じになる」
「裏、切り者ッ……! 騙しやがって!」
「ヴィンスのことかい? あれは君を裏切ったわけでも、私の味方でもない。突然来て、明日くらいイセルに優しくしてやるべきだ、の一言だけだ。むしろ君に対しては、らしくもなく親切に接していた方だろう」
床が不安定なのは、僕の身体が限界を訴えているからなのか、それともアンヘル先輩が暴れているからなのだろうか。不完全な形の怒声が頭に響く。遠ざかりながら、校舎中に反響し、かえって大きくなっていく。
目の前の暗闇が僕の手に負えないほど広がっていった。何かが潰れたような音が、身体を揺らす。アンヘル先輩が階段から足を滑らせて落ちたように、僕の意識も落ちていく。
美しい人は滑稽な僕たちを見下ろして、笑っている。
今朝手紙を渡してきた、アンヘル先輩はわざとらしい所作で僕を部室に招き入れた。ミステリクラブだけあって部室の壁はすべて本棚で埋め尽くされている。長机が一つと椅子が三つだけにも関わらず、最低限の席の一つが見覚えのある茶髪に陣取られていた。
「ヴィンセント、さん……?」
無意識にこぼれた言葉に反応して、面倒そうに頭を揺らし、持ち上げられる。
「遅いぞ、下級生。オレはこいつの話を散々聞かされる羽目になった。アンタが遅いからだ」
「な、んで、ここに」
「手伝いをしてやろうと思ったからだ」
頬杖をついた彼へ内容を問いただす前に強く背中を押され、その勢いのままヴィンセントさんの対角線上の席に案内される。それは椅子を引き、僕の肩を押し込んで、座らせてきた。
僕の向かいに、にんまりと笑うそばかす顔が腰を下ろす。
「俺とヴィンセントは友達なんだ」
話題に上げられた人物は不快そうに口元を歪め、隣を睨みつけた。
「まさか! 冗談も休み休み言え、クラウザー。アンタと友達になった覚えはない」
「じゃあ、今から友達だ。よろしく、ヴィンセント」
自分に向けられた屈託のない笑顔に嫌そうな顔をし、のそのそと上半身を机の上に投げる。突っ伏してから、目元をゆっくりと晒し、何とも言えない視線で僕を見ていた。
「オレの睡眠時間が減る、早く本題に入ってくれ」
アンヘル先輩は、悪い悪い、と口だけで謝り、こちらを見た。さっきとは違う真剣な視線を向け、二つ折りのレポート用紙を差し出してくる。
「それを見て欲しい」
頷いて受け取り、広げる。
『被害者リスト
サイモン・クラウザー
→不注意によって階段から転落。現在治療のため休学中。
ワイズ・ゴーディン及ジェイミー・レイトン
→じゃれ合いの末、階段から転落。ワイズは転校、ジェイミーはその後の詳細不明。
……』
そこには十数人の生徒の名前が書いてあり、最後には見覚えのある文字列が並んでいた。
『エドガー・ハセルタイン
→足を踏み外し階段から転落。転校後詳細不明、あまり前向きな話ではない様子。』
いつの間にか学校から消えてしまった同級生の名前が、そこには確かにあった。弾かれるように顔を上げると、アンヘル先輩は目を細め、これは何だと思う、と聞いていた。
「被害者リスト……?」
「誰による被害者リストだと思う」
エドガーを助けたらしい人物の顔が浮かんで、そんなわけない、と自分に言い聞かせた。一緒にお茶を飲んで、お菓子を食べて、多くのことを話して。二人だけの時間をどれだけ重ねても美の一端しか触れることの出来ないあの人に、綺麗なところは数え切れないほどあれど、醜悪なところは一切ないのだ。
口を噤む僕に、アンヘル先輩ははっきりと告げた。
「あの人の皮を被った怪物、メルヴィン・セインズフォードによって第三校舎の階段から突き落とされた人間のリストだ」
「人の皮を被った怪物、って……! メルヴィン先輩はそんな人じゃないです! あんなにティーセットを丁寧に扱う人が、繊細な指で卑劣な行為を行えるわけがないです!」
「ああ、可哀想な下級生、君もあの男の毒気にやられてしまったんだな」
毒、と呟いてヴィンセントさんが隣で肩を震わせると、アンヘル先輩も同調するように高笑いした。ひどい裏切りを感じて気怠そうな緑目を睨むが、かえって笑いを誘うだけだった。
不快だ。どうしてこんなことを言われなければならないのだろう。先輩も、僕も、悪いことなんて何一つしていないのに。
不名誉なレポート紙を机に叩きつけると、向かいから伸びてきた手が『サイモン・クラウザー』という文字列をゆっくりとなぞった。
「兄も、今の君のような調子だよ」
言われると、先輩と先輩の指す人物の家名は同じだ。
「俺は階段から突き落とされてなんかいない、メルヴィンにひどいことをした罰が下っただけだ、悪かったメルヴィン、お前を傷付けた俺を許してくれ、メルヴィンはどこだ、どうして俺は第三校舎にいないんだ、早くメルヴィンに逢わせてくれ、メルヴィンは、メルヴィン、美しい人……! 口を開けばあいつの話ばかり!」
指に力が籠もり、『サイモン・クラウザー』に皺が寄っていく。瞬きの合間にアンヘル先輩はその紙を掴んで、握り潰していた。
「兄は! あの男に狂わされた! 調子の良い日は精神病棟でお茶会を開いているんだ! 誰のためだと思う、そうだ、あの怪物のためだ! 誰もいない場所に話しかけて、ありもしないティーセットを広げている!」
紙は先輩の怒気に怯え、今にも千切れてしまいそうだった。
向かいで僕を射抜く瞳に怯え、咄嗟に視線を逸らす。隣の人間がどれだけ強い感情で訴えかけていても、ヴィンセントさんはいつもの調子を崩さない。僕と目が合って、小さく欠伸をしていた。
「いいか、イセル! 君は今、ご立派な先輩に自分だけが気に入られていると浮かれているに違いないが、君だけじゃない。俺の兄もメルヴィン・セインズフォードのお気に入りだったし、リストの中にお気に入りは何人もいる。君だけが特別じゃない!」
飛び出してきた言葉の一つが、僕の胸を鋭く切り裂いた。
メルヴィン先輩に気に入られていた人間は、僕だけじゃない。
この世界のありとあらゆる美術品を集めてきても叶わない美しさの上に立つ人を、僕だけが独占できるなんて思っていない。分かっていた、でも、第三校舎以外には姿を見せないから、僕だけが知っている存在で、僕だけに知らせてくれている存在なのだと、そんな妄想を信じたかったのだ。
僕が口を付けたカップは、先輩以外の唇が触れている。僕だけに分け与えられたお菓子の甘さを、先輩以外の舌も知っている。
脳内に棲むメルヴィン先輩の幻影が、汚れていく。
吐き気に耐えきれず、口元に手を当てた。せり上がってくるものを鎮めようとする僕に気を止めず、怒声は続く。
「次にそのリストに乗るのはイセル・ラインズ、君だ! あの男の気紛れで君は階段から突き落とされて、この学校から去らなければならなくなる! 俺はもう兄さんのような不幸な人間を出さないために、君を呼んだんだ!」
「嘘をつくな、クラウザー。アンタが下級生を呼んだのは、自分の復讐のためだろ。誰かを助ける為じゃない」
「復讐が果たせれば、階段から転落する生徒なんて出ない! 結果を見れば同じことだ!」
「結果を見れば、か」
ヴィンセントさんは欠伸をして、続きをどうぞと言うかのようにゆったりと瞼を閉じた。深い呼吸の後に、アンヘル先輩が咳払いをし、そばかす顔に無理矢理笑みを浮かべた。
机の上に見るも無惨なレポート用紙が置かれる。どれだけ丁寧に皺を伸ばしても、もう元の状態には戻れない。
「悪かったね、イセルくん」
「い、いえ……」
「話の寄り道をしてしまったが、可哀想な下級生にこれ以上可哀想な目に遭って欲しくないんだ」
僕は可哀想な下級生でもなければ、可哀想な目にも遭っていません。
反論しかけて、言葉を飲み込む。
「エドガー・ハセルタインが君からキャッチャースプーンを受け取ったと知ってから、様子を見ていた。もっと早く行動すべきだと分かっていたけど、俺には力がないからね。それが、最近になってヴィンセントと話すようになり、復讐の協力をしてくれると申し出てくれたんだ」
「そんな申し出はしていない。報復の手伝いに興味はないかと言っただけだ」
「復讐の協力も報復の手伝いも同じだよ、ヴィンセント」
「別だ。下級生に勘違いをされては困る」
瞼を面倒そうに持ち上げて僕を見てくるので、勘違いしてないです、とよく分からないまま呟く。すると、ふふんと鼻を鳴らして、また瞼を下げた。
「道具は得た。あとは機会を得るだけだ。イセルくん、メルヴィン・セインズフォードの優雅で高貴たるお茶会には招待状が必要なんだろう? 俺を招待してくれないかな」
「……嫌です」
「退学したくないだろ、イセル・ラインズ。この学校に通わせて下さる支援者様や、君の両親は、退学の知らせを聞いてどう思うかな」
「悪いな下級生、ハウザーにもメルヴィンの毒気が回ってるらしい。我が儘さはアイツと変わらない」
寝言を口にするヴィンセントさんをアンヘル先輩は恐ろしい視線で睨みつけ、机の上で強く拳を握り込んだ。ただ、協力をお願いしている以上、何も出来ないらしく、何度も大きな深呼吸を繰り返した。
「イセルくんに嫌だと言う権利はないんじゃないかな。……まあ、今日はここまでにしよう。じっくりと考えて、いい返事を聞かせて欲しい」
言い終わると同時に席を立ち、扉の方へ向かう。不躾な態度だとご指導を受けることになっても、僕は自分の感情のままに動くことの方がマシだと思った。
取っ手に手をかけたところで、背中に声を投げかけられる。
「聞くところによると、あの怪物は君に自分のことを何も話そうとしないらしいじゃないか。セインズフォードの家名に聞き覚えは? どんなお家柄か知っているのかな?」
「……国の治安を守っている素晴らしい家であることは、庶民の僕でも分かります」
「そうか、ならよかった!」
やけに明るい声色に苛立ち、素早く開けて抜け出る。後ろ手で閉めた音が廊下中に響き、僕をあざ笑っているようだった。
セインズフォード家と聞いて、素直にその家業を答える人はいないだろう。
秩序を公平に守り、公平に人を殺す。
この国のありとあらゆる罪をセインズフォード家は見つめ、精査し、その罪の重さが相応しいのかを判断する。不当な罪を押しつけられた人を解放することもあれば、極悪人の命に手を掛けることもある。
彼らには表の仕事の他に、世間で噂されている裏の仕事がある。これから罪人になりうる人間を罪を犯す前に償わせる、簡単な言葉で言ってしまえば暗殺業だ。ただ、本当なのか、誰かの妄想が一人歩きしているのか、証拠がない以上分からない。
ミステリクラブの部室で、ヴィンセントさんはたびたびアンヘル先輩の言葉を訂正していた。友達じゃないとか、復讐と報復の違いとかを、時に僕の顔色をわざわざ伺ってまで言ってきた以上、訂正しないということは先輩の家名は本当にセインズフォードで、彼自身もそれに並ぶような家柄なのだろう。
部室棟を抜けて第三校舎へと一目散に駆けていく。日は名残惜しそうに空を赤く染めている。
もう、何もかもが嫌だった。先輩が怪物と罵られていたことも、不当な罪をでっち上げられていたことも、僕以外の親しい生徒が何人もいるらしいことも、ヴィンセントさんがメルヴィン先輩を庇うどころか裏切り者であることも、すべてが僕の胸の内の暖かな部分を引きちぎり、大切な記憶を無惨な姿に変えようとしていた。
僕は先輩が好きだ。身分も性別も僕たちを切り離すための愛情にしかならないとしても、それは運命の前では関係ない。メルヴィン先輩の司って下さる運命は、僕たちが同性であるからこそ結び付きを生み出し、身分の差など関係なく逢瀬を重ねられる場所を与えてくれた。
理由もなく、大丈夫と自分に言い聞かせようとして、アンヘル先輩に似た声が囁く。
メルヴィン・セインズフォードは、君のことが好きなのかな。
うるさい、うるさい、うるさい!
足がいつも以上に素早く回る。沸いてくる怒りが僕を押し進め、気付けば第三校舎の目の前まで来ていた。年季の入った扉を力一杯に開くと、甘い香りが僕を迎え入れる。室内庭園の花は色鮮やかに咲き誇り、塵の舞う校舎は夕日によってきらきらと輝いていた。ぎいぎいと廊下を鳴らし、階段を飛び跳ねるように上って、目的の教室へとたどり着く。
呼吸の間も惜しく、勢いのままに手を動かした。
「メルヴィンせんぱいっ、ぁ、あ、いる、っせんぱい!」
麗しい人は机に腰を掛けて読書をしていた。僕の声によって顔を上げ、本を閉じて横に置く。空になった両手を広げ、柔く微笑んだ。
「おいで」
花の蜜に誘われるように、足は自分の意志を持って前に進んでいった。その胸に飛び込むと、しっとりとした弾力の胸元が僕を受け止めた。両腕が背中に回ってくるのを感じ、僕も先輩の真似をする。
身体を満たす甘ったるい匂いが、不安を溶かしていく。
「どんな悪夢を見たのかな?」
とん、とん、と穏やかなリズムが、内側にくすぶる恐怖の熱を外に逃がす手伝いをしてくれる。
「悪夢……、はい、悪夢を見たんです。メルヴィン先輩が僕だけの先輩でなくなってしまうような、そういう夢を見ました」
顔を上げ、垂れる琥珀色を見て問いかける。
「先輩がお茶会を誘っているのは、僕だけですよね?」
「うん、イセルだけだ。……と言いたいけど、最近はヴィンスのことも誘っているかな。彼のお兄様にヴィンスは優秀な生徒だと伝えるために、あの子の様子を見ておかないといけないからね」
長い睫毛がふわりと揺れ、先輩は楽しそうに笑った。
「聞きたいのはそうじゃない、だろう?」
僕を抱きしめる力が強くなり、ろくに身動きが取れなくなる。今日はお茶を用意してないんだ、と前置きして、先輩は言葉を続けた。
「ヴィンスの兄は私の二学年上でね、一番長く過ごしたのは彼になるのかな。学校生活、互いの家族のこと、趣味の話……、彼と私は決定的な価値観の差はあれど、それに目を瞑れば唯一無二の友人なんだ。嫌だったかい?」
嫌です、と言ってしまいたい気持ちをどうにか押さえつける。先輩とヴィンセントさんのお兄さんが友人同士なら、あれだけ気を掛けているのも友人の弟だからと納得がいく。
「嫌じゃ、ないです」
「そうか。じゃあ、こういうのは君の好みに適うかな? ヴィンスの兄が自分の趣味に没頭する日には、私も自分の趣味に没頭してみることにした。学年問わず、様々な生徒をこの部屋に誘ったよ。紅茶と会話を交わし、私は彼らと仲良くなろうとしたんだ。ああ、目を潤ませて、どうしたんだい?」
「ぇ、あ、ぼ、ぼく……」
どうしてか胸が苦しくて、辛かった。目の前が歪んで、美しい姿の一端も捉えることが出来ない。
「もしかして、自分が私の唯一のお気に入りだと思った? ふふっ、そんなこと、この部屋を見れば分かることだろう。君はここで、ヴィンス以外の人間を見たことがあるか?」
「な、い、です、けど……」
「その通り。私が時間を共にしたいと思える相手は、結局見つからなかったんだ。イセル君、君を除いてはね」
抱擁が緩んだと思ったら、冷ややかなものが前髪をかき分けた。眼前の水面が瞬きに揺れ、視界が少しだけはっきりとする。こちらを見下ろす美貌の頬がうっすらと赤く染まっている。
「イセルは私のことが本当に好きらしい」
からかい混じりの言葉に頷こうとして、意図せず先輩の胸に顎を埋めてしまう。
「私はずっと探しているものがある。そのために、時には誰かをお茶会に誘うこともあるだろうね」
先輩は声を上擦らせながら言った。僕のことを好きだとは、口にしてくれなかった。
残酷な唇が降りてきて、おでこに触れる。
「君が見る夢は、それが悪夢であっても、すべて私が君に見せているのだと覚えておきなさい」
それは妙な響きを持って、鼓膜を震えさせた。
僕のことが好きでないのなら、いっそひどく罵って欲しい。そうやって諦めて、先輩のことを知らずにいた、庶民出で孤立するイセル・ラインズに戻らせて欲しい。
すきです、と唇を動かす。可愛いね、と笑って受け流す先輩に、何度も同じ言葉を重ねる。
*
安眠ジャムは美味かったか、と脈略のない言葉と共に、駒は投げ打たれた。
「安眠ジャム?」
「安眠ジャム」
暗がりの中で問いかけると、つり上がった目は真剣に同じ言葉を返す。安眠ジャム、の一音一音が本の背表紙にぶつかって、間延びし、気付かない内にページの隙間に挟まって消えていく。昼休みに廊下でばったり出会い、暇だろ、と一方的に決めつけられて、書庫で一戦付き合うことになっていた。何故か誘いには砂糖菓子のおまけ付きだった。口の中で爽やかに溶けた甘みが、思考の手助けをしてくれている。
ヴィンセントさんが少しおかしくて、自然と笑みがこぼれた。手を動かしながら、安眠ジャムってなんですか、と丁寧に聞き直す。
「メルヴィンがお前に食べさせたジャムだ」
今は聞きたくない名前に、耳を塞ぎたくなる。この人は、僕と先輩の関係に亀裂が入っていると分かって、話題を切り出してきたのだと気付いた。置かれた駒を、考えなしに取って、これは間違いだったと思った。
「喧嘩の仲直りの道のりは険しそうだ」
「喧嘩じゃ、ないです。だいたい、ヴィンセントさんが」
「オレが? なんだ、言ってみろ」
「……なんでもないです」
盤上に顔を落とすと、ヴィンセントさんが目まぐるしい進軍の一歩を進め始めたところだった。明らかに分が悪い。さっきの短絡的な動きさえなければ、と自分を責めるがもう遅い。
どうにもならないと分かりながら必死に盤面の綻びを探していると、向かいからなんてことないように、安眠ジャムは美味かったか、とまた聞かれる。
「美味しかったですよ!」
「そうか、よかった。兄さんに報告しておく」
思ってもいなかった言葉に、反射的に顔を上げた。
「兄、さん……? ヴィンセントさんのお兄さんですか?」
緑色は少しだけ覇気を失い、ゆっくりと横に逸れていった。
「……ああ」
そう言えば、ヴィンセントさんから直接お兄さんの話を聞いたことはない。仕返しするような気持ちで、僕は口を動かす。
「ヴィンセントさんのお兄さんってどんな人なんですか? 僕、お兄さんのこと、聞いてみたいなー」
「……兄さんは、あのメルヴィンと仲が良い。つまり、どういうことか分かるか」
「お茶が好き?」
「二人が結託するとろくなことが起きない。オレは兄さんがいなくなってからこの校舎に来たことを、人生で一番の幸運だと思っている」
一体、どんな人なんだろう……。
不思議に思いながらも、自分の身を守るように駒を動かした。ヴィンセントさんの気持ちは書庫の外へと行っているようで、こちらの手番が終わったことに気付かないまま言葉を続けていた。
「メルヴィンに安眠ジャムを預けたのは間違いだった。間違いだと分かっていたが、兄さんに言われた以上預けるしかなかった。分かるか、下級生、兄さんが作ったものをメルヴィンに預けなければならないオレの苦しみが」
分からないです、と素直に言いたかったが、あまりにも必死な様子だったため、少しは、と嘘をつく。
「甘くて美味しかったですし、あの日は起きたら身体が軽かったです。名前の通りですね」
「下級生はオレ以外のすべてを疑うべきだ。毒だと言われてどうしてあれを口に入れるんだ。……ただ、まあ、あれは毒じゃない。ジャムの中に不安を鎮めて暖かな眠りを誘う薬が入ってる、だから安眠ジャムと言う」
そう説明し始めてようやく緑色は思い出したように盤上を見つめた。ゆったりと手が伸びて、ようやくゲームが再開される。
「下級生には馴染みがないだろうが、あれは人気がある。明日に絶望する大人に、痛みで眠れない子どもに、つまりは何らかの理由で眠りが遠い人間の救世主というわけだ。兄さんは長い付き合いの御贔屓様から特注品の依頼を受けて、その最終調整にオレは付き合わされていた。効能に問題がないと分かったから、まもなくオレの仕事も終わりだ」
「連絡手段も限られてる中わざわざ頼まれるなんて、お兄さんに信頼されているんですね。仲が良いなら教えてくれればよかったのに」
「馬鹿言え! 兄さんとオレが美しい兄弟愛とするなら、メルヴィンとオレは親友ということになるだろ」
動揺が手に出ている。お世辞にも良いとは言えない配置が、僕の攻め入る隙を作り出した。
指を伸ばしながら、ふと、思い出した。父が助けた人も、製薬を生業としていた。何度かお会いしたことがあるが、高貴な方らしい際立った若い美丈夫で、瞳の色は違うものの目の前の彼と同じ茶髪だった記憶がある。顔や骨格の感じは似通ってはいないが、そこまで良好な関係でもなさそうな以上、異なっている方が自然な気さえしてくる。
まさか、とその人の家名を言いたくなって、すんでのところでやめた。その人がヴィンセントさんの家族である確証はないし、生まれも育ちも関係ないというのが第三校舎の取り決めだ。僕も、彼らが兄弟だと知って、何か話を広げられるほどその人と親しいわけではない。
「頂いたジャムは、寝る前に食べて報告した方がいいんですか?」
「あれは何の変哲もないジャムだ。寝る前と言わず、食事に彩りを足したいときにでも使えばいい。もしも、アンタが本物の安眠ジャムを欲しいと言うのなら、特別に格安で提供してやろう」
「僕でも買える額にしてくれるなら考えます」
「よくぞ、興味を持ってくれた」
ヴィンセントさんは妙に誇らしげな表情で、手を出せ、と言ってきた。彼の指示に従って手のひらを差し出すと、駒を巧みに動かす指が、くすぐったく皮膚の上で踊る。身を揺らし、腹から漏れ出る笑い声をこぼしながらそれを受け入れる。ようやく悪戯が止まったかと思うと、声色を弾ませた。
「それが普段の売値だ」
何を言ってるか分からず、頭の中で先ほどの指の通り道を再現する。それが膨大な数字になっていることに気付いて、ぎゅっと手を握った。
「ひぃっ! そ、そんなに、するんですか……?」
「勿論。つまり、下級生がメルヴィンに食わされた額は」
「言わなくていいです!」
反射的に手が駒に触れて、いくつかが盤面の上に倒れてしまった。申し訳なく思いながら、彼と駒を見比べていると、ふ、と小さく笑われる。
「オレは今の下級生の方が好きだ」
「……馬鹿にしてますか」
「上級生様が可愛がってやっているんだ。アンタは喜ぶべきだろ」
「……アリガトウゴザイマス」
「メルヴィンは下級生が来なくて寂しがっているし、クラウザーは下級生の返事が来なくて焦っている。オレはアンタがどういう答えを出そうが、素晴らしい解答だと褒めてやるつもりだが、二人から安眠の邪魔をされて困っているんだ。長考は現状維持にはならない、下級生の負けを導くぞ」
この人の言う通り、第三校舎にはもう一週間以上行っていないし、毎朝アンヘル先輩に声を掛けられてもそれとなく濁したり人気の多いところに移動して中断させたりしている。メルヴィン先輩のことは諦められないし、今も被害者リストはでっち上げだと思っている。ただ、すべてにおいてどうすればいいのか分からず、逃げ回っている。
「助けてあげようか、下級生」
見たことのない柔らかな笑みを携えて、ヴィンセントさんが言ってきた。瞳には眠気の欠片もなく、遊んでいるときとはまた違う、すべてを読み通すような緑色がそこにはある。
思わず縋りたくなって、両手で頬を叩いた。
「ヴィンセントさんになんて、助けてもらわなくてもいいです」
「そうか。それは残念だ」
余裕ありげに溜め息をついて、彼は自軍の駒をすべて盤の外に払い落とした。
「盤上に駒がない以上、今日もオレの負けだな。下級生、前に約束したことを覚えているか」
「えっと……、室内庭園でお祝いをしてくれるんですよね?」
「そうだ。メルヴィンとクラウザーの件が解決したら、アンタを室内庭園に誘ってやる。メルヴィンとは違って、オレが直々に誘ったのはアンタが初めてだ。光栄に思え」
胸が痛む。痛みがメルヴィン先輩の笑みを思い出させ、ああ、やっぱりあの人が好きなのだと思う。美しさの中に、少しでも自分を居座らせてもらいたいと、惨めな欲求を捨てることが出来ずにいる。
向かいではもう今日の勝負は終わりだと、手早く駒を片付け始めていた。気怠さを滲ませ始めた緑目に、ずっと思っていたことを問いかける。
「ヴィンセントさんは、メルヴィン先輩とアンヘル先輩のどっちの味方なんですか」
手の動きは止めず、どっちの味方でもない、とはっきりと言い切った。それから、顔をわずかに上げて、手を止め、僕をじっと見る。
「アンタの味方だ。さあ、下級生、メルヴィンとクラウザー、どっちにつく?」
答えに迷いはない。
「メルヴィン先輩です」
「素晴らしい解答だ」
聞き入れて、また片付けを再開した。駒を一つひとつ優しい手付きで戻しながら、下級生に一番都合が良い段取りをしておく、と楽しそうに呟いた。
第三校舎はいつもよりもずっと甘ったるい空気で充満していた。隣を歩くアンヘル先輩が、気持ち悪い、とこぼしたのを無視して、廊下を進む。
クラウザーは第三校舎での事故をすべてメルヴィンの仕業だと思っている。結局人は対話でしか和解に至れないわけだ、アンタはクラウザーをメルヴィンの元に連れて行き、無実を証言してやればいい。そうすれば、自ずとすべてが解決する。それがアンタに与えられた運命だからだ。
室内庭園に目をやると、自然と言葉が頭の中に再生される。僕の予定を無視して、まあ元々予定なんて何もなかったけど、ヴィンセントさんはメルヴィン先輩とアンヘル先輩の都合をつけてきた。
「信じていたよ、イセル・ラインズ。メルヴィン・セインズフォードに騙されていたことなんてもう恥じなくていいんだ」
「ええと、ありがとうございます?」
薄々察してはいたけど、ヴィンセントさんはアンヘル先輩に適当なことを言ったらしい。無理矢理話を合わせておこうにも、本人からその説明だけは一切受けなかったせいで、どんな言葉が飛んでくるのか全然予測がつかない。
ただ、少なくとも、僕が考えていることと正反対のことばかり伝えているというのは分かる。
「怪物の根城にはこれで安全に侵入出来る。君に頼みたいことは、一つだけだ。この茶葉とお菓子を醜い怪物に振る舞って欲しい」
ぐいと紙袋を押しつけられて、面倒だと思いながらも受け取る。中には白地に金色の蔦が描かれた缶と、バッジに使われているものと同じ花のモチーフが描かれた小さな陶器が入っている。二つの中心ぐらいの絶妙な位置に『素敵なお茶会を』とメッセージカードが添えられていた。きっとヴィンセントさんのものだろう。
「これは、何ですか」
「見ての通り、茶葉とお菓子だ」
「ただの?」
「ただの」
怪しい。
アンヘル先輩に疑いの目を向けるが、ミステリクラブは常時部員募集中だ、と適当なことを言われた。兼部はしないと決めているんです、とどこにも所属していないのに返してみれば、わざとらしく残念そうな音を漏らされた。
この人のことを僕は信用していない。でも、ヴィンセントさんのことは、それなりに信用している。変なものじゃないですよね、僕はメッセージカードに問いかける。変なものじゃない、頭の中のヴィンセントさんは気怠そうに最低限の返事を返す。
「ところで」
廊下を進み、階段に差し掛かったところでアンヘル先輩が投げかけてくる。
「メルヴィン・セインズフォードのどこに惹かれるんだ? 顔が綺麗なだけの男のどこに?」
「メルヴィン先輩は全部が美しいんです。容姿も、所作も、声も、性格も、ありとあらゆるすべてが」
「たったそれだけで人を狂わせるなんて、生きた美術品だ」
「でも、美術品は喋らないし、僕のことを見たりはしません。あの美しさの前ではすべてが無力になって、その一部に自分を置いて欲しいと願わずにはいられないんです。それに、先輩は感情豊かな方なので、その一挙一動に心を擽られて、好き、……ええと、好きだったんです」
「まだあの男に囚われているとは嘆かわしい。どの時代でも初恋は実らないものだ、イセルくん。今日できっぱりお別れをして、外で新しい相手を見つけた方がいい」
むっとしながらも、適当に相槌を打ってやり過ごす。隣にいる相手に問題があるのだろうか、いつもよりも階段の段数がうんと多く感じる。
何か話題を振るべきかとも思ったけど、この人から聞きたいことはない。メルヴィン先輩に対して勘違いをしているし、お兄さん伝に過去のメルヴィン先輩の姿を聞いている可能性が高い。場を持たせるつもりが自分の心を傷付けられただけで終わるだろう。
不意に腕の中でかちゃと容器同士が触れ合う音がした。導かれるように言葉を口にする。
「アンヘル先輩は、メルヴィン先輩に何をして欲しいんですか」
立ち止まることなくそばかす顔をこちらに向け、にんまりと笑った。
「子どもの喧嘩らしく、笑顔で仲直りをしたいんだよ」
「メルヴィン先輩と喧嘩をしているんですか?」
「そうとも言えるし、そうでないとも、これから喧嘩をするとも言える」
「はあ……?」
意味が分からない。ただ、子どもの喧嘩という言い回しは、メルヴィン先輩と出会った日に渡してくれたメモにも書いてあったからよく覚えている。
第三校舎においては、生まれも育ちも関係ない。すべては子どもの喧嘩として、正しく処理される。
あれが何を示すのかを未だに僕はよく分かっていない。
アンヘル先輩は早足で三階まで上っていき、どっちだ、と頂上から僕を見下ろした。不快に感じながら指で普段とは反対の方向を示す。別に右から行こうが、左から行こうが、五角形の特性上歩いていればその内たどり着く。
ゆっくりと上り終えて、背中を追いかけた。先導しすぎたあまりに教室を通り過ぎたのを良い気味だと思いながら、ここです、と少し間を置いて伝える。素早くアンヘル先輩が戻ってきて、視線だけで開けろと指示してきた。
片手に紙袋を持たせ、開いた手で扉に手を掛け、開く。
「相変わらずお前は気紛れだな。時間通りに来てくれといつも言っているだろう」
美しい人は机に腰を落とし、僕たちが来るのを真正面で待っていた。窓から差し込む光は、すべてが先輩を引き立たせるために働いている。頭を緩く傾け、艶っぽく微笑む。
「ちゃんと菓子は持って来たんだろうね」
喉が張り付いて、うまく声が出せなかった。頷いて紙袋を差し出すと、よろしい、と言って僕を手招きしてくる。
身体が勝手に動きだそうとして、横から静止させられた。
「ヴィンセントからはこの時間に来いと言われていたのですが、失礼なことをしてしまったみたいで。後から彼に言っておきます」
「なるほど、用事は私宛ではなく、ヴィンスの方か。あの子なら室内庭園にいるだろう。三階から出入りしたいなら、廊下の窓から飛び降りるのがお勧めだ」
振り返ればあるだろう、と僕たちの背後を優雅に指した。居心地が悪く、再び両手で紙袋を抱きしめる。
「いえ、俺が約束していたのはメルヴィンさんです」
「そうだったかな?」
「あなたの弟分から聞いていますよね」
「ふふっ、私の弟分、か。中々に悪くない言葉だ。確かにヴィンスの兄代わりであるのなら、彼は私の弟分ということになるのかもしれない。……私の弟分から話は聞いているよ、可愛い後輩をからかいたくなっただけだ。入ってきなさい」
穏やかな音に安堵しながら、アンヘル先輩と共に教室に脚を踏み入れる。
「イセルはあの子達と一緒に座りなさい。ヴィンスの客人君は好きな席に座ってくれ」
そう言われていつもの席の方に視線を向ける。長机の中央に置かれた椅子の上で、マイロとベラだったぬいぐるみはお茶を待ちわびている。いつもと違って、他には椅子がないし、予備もなくなっている。
「椅子が無いようですが」
「おや、そうだったかな。私としたことが、君達とのお茶会に浮かれて準備を怠ってしまったらしい。それくらい楽しみにしていたんだ、今日を」
「ありがとうございます。俺も、あのメルヴィン・セインズフォードさんと、お話が出来る日を楽しみにしていました」
イセルくん、と言って、アンヘル先輩は僕の手元に視線を送った。言わんとしていることを察して、メルヴィン先輩の方へ向かう。
「お菓子を持ってきたんです。その……、みんなで食べようと思って」
近付いて差し出すと、ありがとう、と軽やかに言って受け取ってくれた。中身を覗いて、僕にだけ分かるように小さく笑った。
「ヴィンスからだね? 陶器の中にあの子の好きな砂糖菓子が入っているはずだ。折角だし一杯振る舞わせてくれ、と言いたいところなんだが、お湯を沸かしそびれてしまった。準備の間に世間話でもしようじゃないか」
紙袋を机の上に置いたと思ったら、身体が何か温かいものに包まれた。一瞬にして暗くなった視界を揺らし、顔を持ち上げると、綺麗な顔がそこにはある。長い睫毛の額縁に収まる琥珀色は、やけに熱っぽい。
どうしてか、メルヴィン先輩に抱き締められている。理解して速まる鼓動が今にも気付かれてしまいそうで、恥ずかしかった。
「今日の君は、いつになく可愛い。君に自由を与える努力をしていたが、もう限界だ。私以外の腕の中で花を咲かせようとするなんて、酷い子だね」
「ぁ、え……?」
「それとも、逢えない時間が、君を可愛くしたのかな」
よく分からないことを言ってから、先輩は僕の背中の向こうに視線を送った。
「さあ、どんな面白い話を聞かせてくれるんだ?」
「イセル・ラインズを人質に取るわけですか」
「人質? 私が、この子を? おかしなことを言うな、それだとまるで君が物騒な話をしに来たみたいじゃないか。私と君は世間話をするんだろう?」
楽しそうな声色は、雑談をするときのものとなんら変わらない。どうすればいいのか分からずにいると、サイモン・クラウザー、と頭上から言葉が落ちてきた。
聞くべきでない話ほど、耳は勝手にそばだつ。
「話題がないのなら、私が提供してあげようか。二年ほど前にお茶会に誘ったサイモン・クラウザーという生徒がいた。どうして彼と知り合ったのか、今となってはもう興味がないのだけど、なにか惹かれるものがあった気がして私と彼は友人になろうとした。けれど、なれなかった。どうしてだと思う、客人君?」
「……さあ、俺にはさっぱり検討がつかないです」
「そこにあるぬいぐるみに無断で触れたんだ。酷いと思わないか」
「……どこがひどいんですか」
「私の一番最初の友人に、敬意を払う気がなかったんだ。だけど、私は優しいからね、そのぬいぐるみは私が飼っていた犬の兄弟だと、自らの手で殺した犬の毛皮で作ったんだと、教えてあげたわけだ。そうしたら、ひどい、って言われてしまった。悲しくなり私はお茶会なんて出来る気力もなくて、出て行けと彼に告げた。彼が教室から出たすぐ後だ、悲鳴が聞こえたのは。私と喧嘩をした後悔で階段から足を滑らせてしまったらしい。サイモンは今も病院で療養しているらしく、仲直りの前に卒業することになりそうなのが残念でならない」
「お前ッ!」
「怖い顔をしないでおくれよ、まるで私が君の兄の仇みたいじゃないか」
どうして、メルヴィン先輩はこんなにも楽しそうにしているのだろう。見上げた先には心の底からの笑顔があって、それがあまりにも美しすぎるものだから、目の前がくらくらとした。
ヴィンセントさんの言う通りだ。僕はもっと人を疑うべきだった。
メルヴィン先輩は、間違いなく人に危害を加えている。
目の前にいる人物が弟であると分かって、わざと話を切り出しているのが表情や仕草で分かる。当然、恨みを持っていて、その復讐をしに来たことも理解しているはずだ。ヴィンセントさんが伝えたのかもしれないし、先輩がなんらかの方法で知り得たのかもしれない。
僕の考えに気付いたように、琥珀色が見下ろしてきた。
「嘆かわしい事件だろう? 第三校舎では時々、こういう不運なことが起こるんだ。でも、イセルは大丈夫だとはっきり言える。理由はもう分かるね?」
「メルヴィン先輩が、僕の運命を、握っているから……」
「よく出来ました、優秀な子には後からご褒美をあげよう」
僕を抱き締める両腕は、血で塗れている。それは小動物の血を上書きするほどの、皮膚の色は元より赤黒かったのだと錯覚させる量に違いない。けれど、先輩の肌は汚れを知らないような白さのままだ。
それが、メルヴィン・セインズフォードという人なのだと思った。
人に手を掛けても、きっと幼い頃ほどの絶望は感じないだろうし、彼が持つ美しさは損なわれることがないのだろう。
だめだと分かっているのに、この人の底なしの美に囚われて、怪物じみた部分を崇拝せずにはいられない。好きなのだ、禁忌に触れるような行為だと分かっても、メルヴィン先輩のことが。
「嘆かわしい事件でも、不運なことでもない! 兄はお前の機嫌を損ねただけで、階段から突き落とされた!」
そうなると、背後で喚く存在を邪魔だと思ってしまう。メルヴィン先輩側につくと宣言したのに、今僕の心は、善悪の狭間で揺れている。
「言い掛かりは止してくれ。瞼を開きながら夢を見ている人間の言葉の、何が証拠になると言うんだい?」
「シムの状態も知ってその態度か! 確かにお前がシムに手を掛けたところも見ていなければ、シムが妄言しか口に出来なくなったのも事実だ! だが、俺はお前が実際に突き落としたところを、間違いなくこの両目で見た! そこのイセル・ラインズに嫌がらせをしていた、エドガー・ハセルタインを突き落とすところをだ!」
「ああ、あの時間は、他の住人達も自分の趣味に忙しかったか。第三校舎に侵入してきた一般生徒に我が物顔で遊ばれてしまうなんて、最上級生として残る子達の将来が心配になる」
腰を抱かれたまま、先輩のしなやかな指が背骨をゆったりと上っていく。くすぐったくて身を捩り、吐息を漏らすと、僕の真似をするように先輩も息を弾ませて笑う。
「運命の子を見つけたと思ったら相手は他の人間のご機嫌取りに必死だった、なんて誰だって嫉妬してしまうだろう? ふふっ、そういう意味では、私もイセルのご機嫌取りに必死だったのかもしれない。あの一般生徒がいなくなれば、イセルは私を見てくれると思ったんだもの」
背中に伸びる一本道は終わりを迎え、項にたどり着き、突如として後ろから首を掴まれた。見た目にそぐわない力の強さで痛みを感じるものの、呼吸が苦しくなることはない。
僕の視界には、美しく可憐な先輩がいる。頬を恥じらいに染め、不安そうに眉を顰めている様子は、僕たちを取り巻く現実と無縁の場所にいるように思える。
「守ることが出来るのは自分の両腕に収まるものだけだ。だから、ずっと探していた。私の両腕に収める唯一の存在を。イセル、君がそうだ、君が私の運命の子だ」
言葉の意味を理解することが、難しかった。告白というには血生臭く、死刑宣言としては熱が篭もりすぎている。
琥珀色は、僕だけを瞳に収めてくれている。
一言一句を違えず頭の中で繰り返し、噛みしめて、自然と唇が音を紡ぐ。
「うれしいです、そう、言ってもらえるなんて」
自分の選択が間違っていることは分かる。ただ、分かっていても、破滅への歩みを止めることが出来ないのだ。メルヴィン先輩の美の前ではすべてが無力で、彼の手に引かれて進むことこそ最善なのだと、本能が理解してしまっていた。
首に手は掛けられたまま、赤く熟れた唇が僕の頭に落とされた。その瞬間に、痛みもまた先輩の与えて下さるものの一つだと気付く。
「騙されている! その男は他の生徒にも同じことを言って惑わせていたんだぞ! 目を覚ませ、イセル・ラインズ!」
喚き声に反応して首の痛みは離れ、代わりに耳が温かいものに包まれる。親指の腹で表面を擽りながら、君の鼓膜が傷付いてしまうね、と嘆いた。
「私は博愛主義ではないからね、誰も彼もに感情を持つわけじゃない。少なくとも、サイモン・クラウザーには言わなかった」
「シムのことを馬鹿にしやがってッ……!」
「聞きたいんだが、彼は私に愛されたと言っているのか? もしも寝言でそんな馬鹿げたことを口にしているのなら、直々に起こしに行ってあげようか」
突然、先輩が楽しそうに笑い声を弾ませた。状況を確認しようと頭を振り向かせようとして、胸に押しつけられ、身動きが取れなくなる。
「それはどこで手に入れたのかな? 購買かい?」
「お前、お前ッ!」
「優しい最上級生からの忠告だ、ナイフなんて教師に見つかったら反省文では済まないよ。私が預かってあげようか?」
「俺は本気だぞ! 第三校舎での不祥事は、全部子どもの喧嘩で終わりだ! お前も、お前のお気に入りも、殺してやる!」
「おお、怖い。やれるものならどうぞ?」
先輩がアンヘル先輩を煽るのと、僕への拘束が緩むのは同時だった。古びた床が大きく音を立てた。背後のただよらぬ気配に気を取られていると、身体を突き飛ばされる。
突如として自分の身体が、腹部が、理解し難い感覚に支配された。頭が真っ白になって、腹部で弾けた火花が鮮明な痛みになっていく。
「痛い」
一度口にすると、その輪郭は更にはっきりとした。
「いたい、いたいいたいいたいっ……! あ、え、血……? なんで……!?」
カランと軽い音が、腹部で鈍く共鳴する。鋭さを持った果てしなき苦痛が全身を支配し、足下には血が滴っている。けれど、僕の視界映る身体のどこにも、それらしい場所は見つからない。そこじゃない、と痛みが言う。否応なしに神経をその場所へと連れて行く。背中がおそらくナイフで刺された。
すべてに気付いては、もう立っても入られなかった。全身から力が抜け、前に倒れ込む。こちらを見下ろす先輩は、プレゼントを前にした子どものように、喜びを隠しきれない様子だった。
僕の視界に映る最後がメルヴィン先輩の心からの笑顔なら、悪くない人生だったのかもしれない。美術品のような作られた美しさではなく、暖かみのある無邪気な笑みは僕があの人にもたらしたものなのだ。優越感が傷を塞いでくれるような気さえしてくる。
美の前ではすべてが無力だ。僕の痛みも、アンヘル先輩の怒りも、等しくメルヴィン・セインズフォードには勝てない。
「第三校舎においては、生まれも育ちも関係ない。すべては子どもの喧嘩として、正しく処理される。目の付け所は悪くない、その言葉だけを見れば確かにこの校舎で私に危害を加えても君や君の家族は咎められることがないからね」
「ちがう、おれはイセルくんまでは……、おどすつもりで……」
「でも、それは正しいルールに乗っ取っての話だ。ちゃんと事故に見せかけないと、責任の所在を曖昧に出来ないだろう? 人間は急に身体の何処かにナイフを飼うなんてことはない。つまり、刺した犯人は絶対にいるわけだ」
もうまともに目も開けられなくなっていた。耐えることの出来ない苦痛の炎は、時間をくべられて勢いを増していく。先輩の声に耳を傾けていなければ、今にも意識を燃やし尽くされてしまいそうだった。
「か弱い一年生を、校則で所持を禁じられているナイフで刺すなんて、もう子ども喧嘩の範疇を超えている。これは第三校舎だけでなく、この学院内で片付けられる問題ではなくなってしまった。君は罪人として正しい処罰を受けなければならない」
「おっ、お前は、自分が何をしたか分かっているのか!?」
「分かっているとも。イセルに命を助けてもらったんだ、私は生涯をかけてこの恩を彼に返そう」
口は元々開いていたような気もするし、無理矢理開けさせられたような気がする。舌に何かが転がり込んできて、飲みなさい、と優しく命じれた。言われたことを正しく果たせた気はしないが、ご褒美を気に入ってくれるといいのだが、と呟くのが聞こえて、自分の身体に気に入ったらしい行動をしろと鞭を打つ。
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ここで起きた真実が、先輩の言葉によって都合良くねじ曲げられていく。
ぼんやりとする頭が、不意に第三校舎の噂を思い出し始めた。
第三校舎に入ったら最後、五体満足で帰ってくることは出来ない。
それは悪魔に食べられてしまうからで、校舎の出口が消えてしまうからでもある。名簿から名前を失われた生徒は亡霊となり、ここから出してくれと叫んでいる。
あれは、単なる噂話でも、侵入を禁じる脅しでもなかったのだ。真実は噂話の通りで、第三校舎の住人たちは子どもの喧嘩という名目を振りかざして、信じ難い行為をしているのだろう。エドガーが寮に帰ってこなかった初めの数日は、同級生や寮生たちが彼の心配をしていたけれど、第三校舎の階段で転落したという話が回ってからは誰も名前を口にしようとはしなかった。子ども喧嘩である以上、当人達の間で解決したと言うのなら、誰かが口を挟むのは野暮だ。
エドガーがそうであったように、次はアンヘル先輩がそうなるのだ。
「やるなら打撲痕にしなさい。階段から落ちれば、すべては同じになる」
「裏、切り者ッ……! 騙しやがって!」
「ヴィンスのことかい? あれは君を裏切ったわけでも、私の味方でもない。突然来て、明日くらいイセルに優しくしてやるべきだ、の一言だけだ。むしろ君に対しては、らしくもなく親切に接していた方だろう」
床が不安定なのは、僕の身体が限界を訴えているからなのか、それともアンヘル先輩が暴れているからなのだろうか。不完全な形の怒声が頭に響く。遠ざかりながら、校舎中に反響し、かえって大きくなっていく。
目の前の暗闇が僕の手に負えないほど広がっていった。何かが潰れたような音が、身体を揺らす。アンヘル先輩が階段から足を滑らせて落ちたように、僕の意識も落ちていく。
美しい人は滑稽な僕たちを見下ろして、笑っている。
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