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月の箱庭
05 藍の書庫
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グウェンティアは足を踏み入れ、室内を見渡した。藍の書庫とは違い、ここは薄暗かった。室内は円形をしている。
ただ、書庫という名を持つこの場所に本の存在はなかった。代わりに、床一面を埋め尽くす魔術陣がある。よく見ると、三重に魔術陣は画かれており、どうやら、中央の魔術陣を護る術がかけられているようだった。
次いで、壁に視線を走らせた。暗いまでも薄明るいのは、文字が淡く発光している為らしい。
今までもそうだが、刻まれている文字は彼女達が使っているものと異なっている。
独特の形を持っており、一文字でも強い力を持っているようだ。絡み合うことで、更なる力を発揮するようだった。
「書庫って言うより、記憶陣みたいなものよね」
自身に言い聞かせる。無理矢理にでも、現実を受け入れる準備をしなくてはならない。覚悟を決め、グウェンティアは魔術陣に足を踏み入れた。
†††
一方、残されたグロウとデュナミスは無言のままだった。グロウに至っては、先までの逃亡劇で疲れていた。丸くなり、本物の猫のように寝てしまいそうになる。
デュナミスは困り果てていると言った方がいいだろう。何故なら、人とまともに顔を合わせたのは七年ぶりだからだ。
幽閉されていたので、はっきりとした日数までは判らない。しかも、人だけではなく魔法生物まで現れたとあってはどう対処して良いのか判らなかった。
目の前にいる黒猫は、本物の猫ではない。何故なら、当たり前のように話し、対等に会話をしていた。普通なら、拒絶するだろうがデュナミスはある程度、本で読み知っていた。
月の民が作り出す意志を持った生命体。体は文字を複雑に編むように創造され、本物の生き物のように振る舞う。
「何か用か」
グロウは片目を開けデュナミスを見た。デュナミスは一瞬、何を言えばいいのか判らなかった。
「王子は人見知りか」
グロウは伸びをし、しっかりと彼を見据える。
「ちっ、違う。ただ、久々に会話出来る存在に会ったので戸惑っている」
「病死」
グロウは一言言った。デュナミスは何を言われたのか、判らなかった。
「お前は、世間では病死した事になっている。ぴんぴんしているではないか」
グロウはからかうようにデュナミスに告げる。
「まあ、彼奴は暗殺された筈でぴんしゃんしているがな」
グロウが何を言いたいのか、デュナミスは理解した。つまり、この場にいる人間は世間において、抹殺されているという事だ。
「僕は病死した事になっているのか」
「そうだ。最も、彼奴の祖父は生きているという情報を持っていたがな」
グロウは静かに歩み寄り、見上げた。
「お前の意見は」
「意見。言えることは現王である兄にとって僕は邪魔者だという事位だ」
デュナミスの声には諦めが混じっていた。
「それより、先言っていた一人捜す手間が省けたとはどういう意味だい」
デュナミスは結局、答えを得ていない事に気付いた。
「言葉通りの意味だ。この書庫には封印の森の記述はないのか」
グロウは首を傾げた。
デュナミスは少し考えた。この膨大な書物を彼は大体、読破していた。一日中何もする事がなく、本は彼にとって宝だった。
「記述はあった。四の力により封印と結界をする。だったと思うが」
デュナミスは架空を見詰め、必死で記憶の蓋を開く。
「そうだ。そして、今の状況は要を失い、かろうじて一つの封印を修復した」
グロウは冷めた目をデュナミスに向ける。
「要は元に戻さなくてはならない。だが、その前に、周りを固める必要がある」
金の瞳を細め、グロウは告げた。詳細を知るには始まりを知らねばならない。だが、知る事が出来るのは紫の三日月だけだ。
知ったとして、はたして全てを語ってくれるかは謎だ。
「紫は風の森を担当している。私はそこにいた。お前は自分の力に対応する森くらいは知っているのだろうな」
グロウは見下したように言った。流石のデュナミスも少し頭にきたが堪える。魔法生物が一体どういう存在であるか、全く把握していないのだ。判っているのは必要であった為、紫の月が創造したという事位だ。
「水の森だよ」
グロウは満足したように目を細めた。
†††
グウェンティアは魔術陣の中央に立った。もし、資格がなければ排除される術が発動する。
彼女は目を閉じた。後は待つしかないのだ。この場所は書庫とは名ばかりで、幾つもの術で固められた記憶を留めておく場所だ。おそらく、書物として遺すことが出来なかったに違いない。必要な人物のみに伝え、対処させる。
魔術陣が静かな動きを見せる。淡い光を放ち、刻まれている文字が生き物のように蠢く。それに呼応するように、壁の文字も動き始めた。グウェンティアを中心に光が渦巻く。ある一定の動きは彼女を包み、頭の中に声が響いた。
『全ては真実であり、閲覧は一度しか許されぬ。心して記憶する事』
グウェンティアは小さく息を吐き出した。頭に響いた声が終わると、瞼の裏に一人の人物が現れた。
グウェンティアは驚き、瞼を開く。すると、目の前に瞼に映っていた人物の姿があった。地に届く程長い髪は黒色、瞳は夜の色を映している。何より印象的なのは額だった。淡く輝く紫の三日月が当たり前のようにそこにあった。
『一つの始まりは、破壊を、もう一つの始まりは、哀しみをもたらした』
彼女は感情のこもらない声で語り出した。
†††
デュナミスはグロウを見据えた。彼が記憶する番人は猫ではなかった筈だ。かなり大型の肉食獣に酷似している。
「好きでこの姿をしている訳ではない」
まるで心を読んだように言葉が返ってくる。一瞬、体が強ばった。
「想像くらい出来る。お前の知識はこの書庫から得たものだ。違うか」
「そうだ。どうしてその姿をしているんだい」
デュナミスは素直に認め問う。
「彼奴が肉食獣を連れて歩くつもりはないと言った為だ」
答えは至って単純だった。確かにグウェンティアの言う事はもっともな事だ。
「問いたい事があるんだが、お前は魔物について知っていたな。それは代々、伝えられていた事なのか」
グロウはデュナミスの足下に座り込んだ。デュナミスを見上げ観察する。
「魔物、と一言で言い切れない程、沢山教えられたよ。おそらく君達を追いかけていたのは四凶の内の一匹だよ」
デュナミスは続けた。城の下に封印されている者の最強の下僕であり、もっとも危険な生命体。殆どの魔物は野生動物が封印されている者の力に毒され凶暴化するが、四凶は違う。
「四凶は創られたものなんだ。禍々しい方法でね。ありとあらゆる絶望を集めて創られている」
四凶は殺戮のかぎりを尽くす存在であり、城の地下深く封じれていたのだ。
「要がなくなり、封じていた力が弱まったせいか」
「そうだと思う。多分、まだ、地上に出ることはないと思うよ。この城を壊さない限り」
デュナミスは前王であり祖父でもあった男から、この城の存在そのものが術の一つであると教えられていた。おそらく、藍の三日月を頂いた孫息子に何かを感じたのかもしれない。
本来なら王位継承者に伝えられるべきの重要機密だ。だが、現王は魔力を持っていない。額にある青刺は白の三日月だ。
「白の役割は知っているのか」
「知っている。おそらくそのせいで要であった初代王を移動させたんだ」
デュナミスは顔を歪めた。
もし、前王が彼と同じ情報を現王に伝えていたら回避出来た事柄なのかもしれない。しかし、彼が知る限り前王は兄である現王には何も語っていない筈だ。
「白は器だよ。何にも染まっていないから、入りやすい。多分、兄はもう、兄じゃない。地下深くに封じられていた者に乗っ取られているかもしれない」
デュナミスは淡々としていた。彼にとって血族は家族ではない。幽閉され、閉ざされた場所を与えられ、自由の全てを奪ったのだ。
「元々、意志の弱い方だった。もしかすると、側近の誰かに誑かされたのかもしれない」
デュナミスは架空を見詰める。この場で語るものはあくまで憶測だ。真実ではない。しかし、真実に近いものであると彼は確信していた。
「でも、よくここまで入り込めたね。入り口は城と神殿、墓所にしか無いと思っていたけれど」
デュナミスは意外そうに訊いた。グロウは彼を見詰め、要である初代王からの情報であると語った。
「草原の石碑か。何の為のものか不明だったけど、入り口だったんだね」
デュナミスは驚きはしなかった。過去に何があったかは知らないが、意味不明の遺跡は多い。石碑もその一つだ。
「おそらく、判っていたのかもしれないね。こうなる事を」
デュナミスはグロウに視線を戻す。
「他にも出口があるのかもしれない。魔物が徘徊している場所からは出られないだろうしね」
彼は言い、一冊の本を手に取った。
†††
「嘘だわっ」
グウェンティアは思わず叫んだ。今、観ているものを、聞いているものを信じることが出来なかった。
この部屋に施されている魔術は偽りを出来ないようになっている。頭では判っていても、納得するにはあまりにも内容が突飛なかった。
『真実です』
いきなり頭に響く声に、グウェンティアは驚かずにはいられなかった。人が入ってきた様子はない。入れる筈がないのだ。
『全ては彼が始まりです。私の兄が』
声を辿り、グウェンティアは先から存在している女性に視線を向けた。
『結界と封印は完成していません。いいえ、出来なかったのです。私達、月の民では』
グウェンティアは息を飲み、問う事にした。答えが返ってくるかもしれない。
「貴女は初代王」
目の前の女性は初めて表情を見せた。少しだが笑みを見せたのだ。
『本来なら、直接会いたかった。でも、無理です。私の体は移動してしまいました。意識を飛ばすことで精一杯です』
初代王は悲し気だった。
「グロウが言っていたように、生きてるのね」
グウェンティアの声には棘があった。
『あの者はまだ存在を維持しているのですね』
初代王は満足気だ。自分が作り出した魔法生物が消えずにいる現実を喜んでいるようだ。
「冗談じゃないわ。生きているなら自分で対処しなさいよ」
『無理です』
間をおかず答えが返ってくる。
「考えてから答えるとかしないわけ」
グウェンティアは落胆する。はっきり言って、もう、手を引きたかったのだ。
『今まで見てきた情報で大体の事は理解した筈です。違いますか。貴女は愚かではないと確信しています』
初代王はグウェンティアを見据えた。
「降参よ。貴女はもう目覚めないの」
『目覚めません。使命が終わるまで体は眠り続けます。意志だけが、一人で歩く事がある程度です。今のように』
初代王は告げた。
「今まで見聞きした事は事実というわけね。否定出来ない程の」
『その通りです。ただ、注意してほしいのは、魔物と今の王です。彼はもう駄目でしょう。取り込まれました』
グウェンティアは口を噤んだ。
「白の三日月は力がない筈だけど」
『白は器です。寄りましなのです。どの色にも染まっていない』
初代王は瞳を伏せた。
『こうなる事は判っていました。紅が告げていたから』
「紅の三日月」
『彼の者は魔眼を持ちますが、予言の才もあります』
「それじゃ、あの危険極まりない石碑を設置したのも、紅の助言な訳」
グウェンティアはあの時の恐怖を思い出し身震いした。初代王は苦笑する。
『助言をしたのは紅ですが、創ったのは漆黒です。全ての遺跡は彼の者が創造しました』
初代王は全ての遺跡は、城の地下に繋がる道なのだと言った。
「魔物は。あの漠然とした説明では正確には判らないわ」
『魔物と真に言えるのは四凶だけです。後は、兄に毒された野生動物達です。おそらく、近いうちに被害が出始めます』
初代王は語る。グウェンティアは言われなくとも判っていた。あの時感じたものは、尋常ではない。
「外にいる魔物が結界内に入り込むことはないのね」
『ない筈です。ただ、森の結界と封印が破られれば話は別です』
グウェンティアは肩を竦めた。つまり、幽閉されている王子を連れ出し、出来る事をしなくてはいけないようだ。
「判ったわ。でも、もう一つ質問させて」
グウェンティアは彼女を見据えた。これは、重要な事だ。
「紅と漆黒は何処。ただ闇雲に探しても無駄だわ」
初代王はグウェンティアを見詰めた。
『漆黒は多分、神殿が関わっている筈です。漆黒は額に青刺を刻みつけることが出来る唯一の存在ですから』
「紅は」
この問いに、初代王は沈黙した。
「判らないの」
『漠然としたもので良ければ』
「構わないわ、言って」
グウェンティアは先を促す。
『結界の外』
意外な答えにグウェンティアは眉を顰めた。それは、あり得ない答えだったのである。
ただ、書庫という名を持つこの場所に本の存在はなかった。代わりに、床一面を埋め尽くす魔術陣がある。よく見ると、三重に魔術陣は画かれており、どうやら、中央の魔術陣を護る術がかけられているようだった。
次いで、壁に視線を走らせた。暗いまでも薄明るいのは、文字が淡く発光している為らしい。
今までもそうだが、刻まれている文字は彼女達が使っているものと異なっている。
独特の形を持っており、一文字でも強い力を持っているようだ。絡み合うことで、更なる力を発揮するようだった。
「書庫って言うより、記憶陣みたいなものよね」
自身に言い聞かせる。無理矢理にでも、現実を受け入れる準備をしなくてはならない。覚悟を決め、グウェンティアは魔術陣に足を踏み入れた。
†††
一方、残されたグロウとデュナミスは無言のままだった。グロウに至っては、先までの逃亡劇で疲れていた。丸くなり、本物の猫のように寝てしまいそうになる。
デュナミスは困り果てていると言った方がいいだろう。何故なら、人とまともに顔を合わせたのは七年ぶりだからだ。
幽閉されていたので、はっきりとした日数までは判らない。しかも、人だけではなく魔法生物まで現れたとあってはどう対処して良いのか判らなかった。
目の前にいる黒猫は、本物の猫ではない。何故なら、当たり前のように話し、対等に会話をしていた。普通なら、拒絶するだろうがデュナミスはある程度、本で読み知っていた。
月の民が作り出す意志を持った生命体。体は文字を複雑に編むように創造され、本物の生き物のように振る舞う。
「何か用か」
グロウは片目を開けデュナミスを見た。デュナミスは一瞬、何を言えばいいのか判らなかった。
「王子は人見知りか」
グロウは伸びをし、しっかりと彼を見据える。
「ちっ、違う。ただ、久々に会話出来る存在に会ったので戸惑っている」
「病死」
グロウは一言言った。デュナミスは何を言われたのか、判らなかった。
「お前は、世間では病死した事になっている。ぴんぴんしているではないか」
グロウはからかうようにデュナミスに告げる。
「まあ、彼奴は暗殺された筈でぴんしゃんしているがな」
グロウが何を言いたいのか、デュナミスは理解した。つまり、この場にいる人間は世間において、抹殺されているという事だ。
「僕は病死した事になっているのか」
「そうだ。最も、彼奴の祖父は生きているという情報を持っていたがな」
グロウは静かに歩み寄り、見上げた。
「お前の意見は」
「意見。言えることは現王である兄にとって僕は邪魔者だという事位だ」
デュナミスの声には諦めが混じっていた。
「それより、先言っていた一人捜す手間が省けたとはどういう意味だい」
デュナミスは結局、答えを得ていない事に気付いた。
「言葉通りの意味だ。この書庫には封印の森の記述はないのか」
グロウは首を傾げた。
デュナミスは少し考えた。この膨大な書物を彼は大体、読破していた。一日中何もする事がなく、本は彼にとって宝だった。
「記述はあった。四の力により封印と結界をする。だったと思うが」
デュナミスは架空を見詰め、必死で記憶の蓋を開く。
「そうだ。そして、今の状況は要を失い、かろうじて一つの封印を修復した」
グロウは冷めた目をデュナミスに向ける。
「要は元に戻さなくてはならない。だが、その前に、周りを固める必要がある」
金の瞳を細め、グロウは告げた。詳細を知るには始まりを知らねばならない。だが、知る事が出来るのは紫の三日月だけだ。
知ったとして、はたして全てを語ってくれるかは謎だ。
「紫は風の森を担当している。私はそこにいた。お前は自分の力に対応する森くらいは知っているのだろうな」
グロウは見下したように言った。流石のデュナミスも少し頭にきたが堪える。魔法生物が一体どういう存在であるか、全く把握していないのだ。判っているのは必要であった為、紫の月が創造したという事位だ。
「水の森だよ」
グロウは満足したように目を細めた。
†††
グウェンティアは魔術陣の中央に立った。もし、資格がなければ排除される術が発動する。
彼女は目を閉じた。後は待つしかないのだ。この場所は書庫とは名ばかりで、幾つもの術で固められた記憶を留めておく場所だ。おそらく、書物として遺すことが出来なかったに違いない。必要な人物のみに伝え、対処させる。
魔術陣が静かな動きを見せる。淡い光を放ち、刻まれている文字が生き物のように蠢く。それに呼応するように、壁の文字も動き始めた。グウェンティアを中心に光が渦巻く。ある一定の動きは彼女を包み、頭の中に声が響いた。
『全ては真実であり、閲覧は一度しか許されぬ。心して記憶する事』
グウェンティアは小さく息を吐き出した。頭に響いた声が終わると、瞼の裏に一人の人物が現れた。
グウェンティアは驚き、瞼を開く。すると、目の前に瞼に映っていた人物の姿があった。地に届く程長い髪は黒色、瞳は夜の色を映している。何より印象的なのは額だった。淡く輝く紫の三日月が当たり前のようにそこにあった。
『一つの始まりは、破壊を、もう一つの始まりは、哀しみをもたらした』
彼女は感情のこもらない声で語り出した。
†††
デュナミスはグロウを見据えた。彼が記憶する番人は猫ではなかった筈だ。かなり大型の肉食獣に酷似している。
「好きでこの姿をしている訳ではない」
まるで心を読んだように言葉が返ってくる。一瞬、体が強ばった。
「想像くらい出来る。お前の知識はこの書庫から得たものだ。違うか」
「そうだ。どうしてその姿をしているんだい」
デュナミスは素直に認め問う。
「彼奴が肉食獣を連れて歩くつもりはないと言った為だ」
答えは至って単純だった。確かにグウェンティアの言う事はもっともな事だ。
「問いたい事があるんだが、お前は魔物について知っていたな。それは代々、伝えられていた事なのか」
グロウはデュナミスの足下に座り込んだ。デュナミスを見上げ観察する。
「魔物、と一言で言い切れない程、沢山教えられたよ。おそらく君達を追いかけていたのは四凶の内の一匹だよ」
デュナミスは続けた。城の下に封印されている者の最強の下僕であり、もっとも危険な生命体。殆どの魔物は野生動物が封印されている者の力に毒され凶暴化するが、四凶は違う。
「四凶は創られたものなんだ。禍々しい方法でね。ありとあらゆる絶望を集めて創られている」
四凶は殺戮のかぎりを尽くす存在であり、城の地下深く封じれていたのだ。
「要がなくなり、封じていた力が弱まったせいか」
「そうだと思う。多分、まだ、地上に出ることはないと思うよ。この城を壊さない限り」
デュナミスは前王であり祖父でもあった男から、この城の存在そのものが術の一つであると教えられていた。おそらく、藍の三日月を頂いた孫息子に何かを感じたのかもしれない。
本来なら王位継承者に伝えられるべきの重要機密だ。だが、現王は魔力を持っていない。額にある青刺は白の三日月だ。
「白の役割は知っているのか」
「知っている。おそらくそのせいで要であった初代王を移動させたんだ」
デュナミスは顔を歪めた。
もし、前王が彼と同じ情報を現王に伝えていたら回避出来た事柄なのかもしれない。しかし、彼が知る限り前王は兄である現王には何も語っていない筈だ。
「白は器だよ。何にも染まっていないから、入りやすい。多分、兄はもう、兄じゃない。地下深くに封じられていた者に乗っ取られているかもしれない」
デュナミスは淡々としていた。彼にとって血族は家族ではない。幽閉され、閉ざされた場所を与えられ、自由の全てを奪ったのだ。
「元々、意志の弱い方だった。もしかすると、側近の誰かに誑かされたのかもしれない」
デュナミスは架空を見詰める。この場で語るものはあくまで憶測だ。真実ではない。しかし、真実に近いものであると彼は確信していた。
「でも、よくここまで入り込めたね。入り口は城と神殿、墓所にしか無いと思っていたけれど」
デュナミスは意外そうに訊いた。グロウは彼を見詰め、要である初代王からの情報であると語った。
「草原の石碑か。何の為のものか不明だったけど、入り口だったんだね」
デュナミスは驚きはしなかった。過去に何があったかは知らないが、意味不明の遺跡は多い。石碑もその一つだ。
「おそらく、判っていたのかもしれないね。こうなる事を」
デュナミスはグロウに視線を戻す。
「他にも出口があるのかもしれない。魔物が徘徊している場所からは出られないだろうしね」
彼は言い、一冊の本を手に取った。
†††
「嘘だわっ」
グウェンティアは思わず叫んだ。今、観ているものを、聞いているものを信じることが出来なかった。
この部屋に施されている魔術は偽りを出来ないようになっている。頭では判っていても、納得するにはあまりにも内容が突飛なかった。
『真実です』
いきなり頭に響く声に、グウェンティアは驚かずにはいられなかった。人が入ってきた様子はない。入れる筈がないのだ。
『全ては彼が始まりです。私の兄が』
声を辿り、グウェンティアは先から存在している女性に視線を向けた。
『結界と封印は完成していません。いいえ、出来なかったのです。私達、月の民では』
グウェンティアは息を飲み、問う事にした。答えが返ってくるかもしれない。
「貴女は初代王」
目の前の女性は初めて表情を見せた。少しだが笑みを見せたのだ。
『本来なら、直接会いたかった。でも、無理です。私の体は移動してしまいました。意識を飛ばすことで精一杯です』
初代王は悲し気だった。
「グロウが言っていたように、生きてるのね」
グウェンティアの声には棘があった。
『あの者はまだ存在を維持しているのですね』
初代王は満足気だ。自分が作り出した魔法生物が消えずにいる現実を喜んでいるようだ。
「冗談じゃないわ。生きているなら自分で対処しなさいよ」
『無理です』
間をおかず答えが返ってくる。
「考えてから答えるとかしないわけ」
グウェンティアは落胆する。はっきり言って、もう、手を引きたかったのだ。
『今まで見てきた情報で大体の事は理解した筈です。違いますか。貴女は愚かではないと確信しています』
初代王はグウェンティアを見据えた。
「降参よ。貴女はもう目覚めないの」
『目覚めません。使命が終わるまで体は眠り続けます。意志だけが、一人で歩く事がある程度です。今のように』
初代王は告げた。
「今まで見聞きした事は事実というわけね。否定出来ない程の」
『その通りです。ただ、注意してほしいのは、魔物と今の王です。彼はもう駄目でしょう。取り込まれました』
グウェンティアは口を噤んだ。
「白の三日月は力がない筈だけど」
『白は器です。寄りましなのです。どの色にも染まっていない』
初代王は瞳を伏せた。
『こうなる事は判っていました。紅が告げていたから』
「紅の三日月」
『彼の者は魔眼を持ちますが、予言の才もあります』
「それじゃ、あの危険極まりない石碑を設置したのも、紅の助言な訳」
グウェンティアはあの時の恐怖を思い出し身震いした。初代王は苦笑する。
『助言をしたのは紅ですが、創ったのは漆黒です。全ての遺跡は彼の者が創造しました』
初代王は全ての遺跡は、城の地下に繋がる道なのだと言った。
「魔物は。あの漠然とした説明では正確には判らないわ」
『魔物と真に言えるのは四凶だけです。後は、兄に毒された野生動物達です。おそらく、近いうちに被害が出始めます』
初代王は語る。グウェンティアは言われなくとも判っていた。あの時感じたものは、尋常ではない。
「外にいる魔物が結界内に入り込むことはないのね」
『ない筈です。ただ、森の結界と封印が破られれば話は別です』
グウェンティアは肩を竦めた。つまり、幽閉されている王子を連れ出し、出来る事をしなくてはいけないようだ。
「判ったわ。でも、もう一つ質問させて」
グウェンティアは彼女を見据えた。これは、重要な事だ。
「紅と漆黒は何処。ただ闇雲に探しても無駄だわ」
初代王はグウェンティアを見詰めた。
『漆黒は多分、神殿が関わっている筈です。漆黒は額に青刺を刻みつけることが出来る唯一の存在ですから』
「紅は」
この問いに、初代王は沈黙した。
「判らないの」
『漠然としたもので良ければ』
「構わないわ、言って」
グウェンティアは先を促す。
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意外な答えにグウェンティアは眉を顰めた。それは、あり得ない答えだったのである。
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大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
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