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月の箱庭
07 神殿
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三人は漆黒の書庫に足を踏み入れ、迷わず移動陣に向かった。
グウェンティアはグロウを抱え上げる。移動陣は三日月を持つ者にしか反応しない。魔法生物であるグロウは基本的に移動陣を使うことは不可能だ。前回と同じように、グウェンティアの腕に抱かれるしかない。
二人は頷き合うと迷いなく移動陣に足を踏み入れた。
移動に費やす時間は一瞬だ。馴れているデュナミスは平然としていたが、人生において二度目のグウェンティアはそうではなかった。やはり、体を分解される感覚は馴れたいとは思わない。
少し喘ぎ、すぐに何かがおかしいことに気付いた。
「何か変じゃない。神殿って、こんなに人の気配がないところなの」
グウェンティアは怪訝に思い、二人に動かないように指示した。この部屋は移動陣が中央に描かれている以外何もなく、狭い部屋だ。扉に耳を近付け、外の様子を探った。物音一つしない。
「まだ、夜なのかしら」
振り返り、二人に問い掛けた。
「夜であっても、神官達の何人かは起きている筈だけど」
「夜ではあるまい。時間の感覚はないが、かなりの時を費やした」
二人はそれぞれの意見を述べた。ならば、物音一つしないのはおかしい。
「神殿は外森の中にあったわね」
グウェンティアは嫌な予感がした。地下を徘徊していた魔物のことを思い出したのだ。
「もう動物達の魔物化が始まってるのかも」
グウェンティアの呟きに、二人は顔色を変えた。
外森は国を囲むように存在している、いわば、国土の境目になる。人が寄りつかず、静かに時が流れている場所だ。
「覚悟した方がよさそうよ。何を見ても動揺しないで」
グウェンティアはデュナミスに釘を差した。混乱状態になられたら、困ったことになる。
「努力はするよ」
「努力じゃ駄目よ。確実に身に付けて。これからも必要な事よ」
グウェンティアは冷たく言い放った。デュナミスは小さく頷いた。自信はなかったが、有無を言わせない強い響きがあったからだ。
「それと、何か武器を扱うことは出来るかしら。魔術は駄目よ。発動させる前に襲ってくるわ。確実に」
「幽閉される前は剣術を習っていたけど、十年近く剣には触れていない」
「じゃあ、今からでもいいわ。自己流でも何でもいいから身に付けて。人を相手にするわけじゃない。何とかなるでしょう」
無理難題を言っていることは自覚していた。だが、自分の身は自分で守ってもらうしかないのだ。
グウェンティアは扉のノブに手を伸ばした。微かだが、鼻をつくのは血の臭いだ。
静かに扉を開き、グウェンティアは眉を顰めた。目の前の現実は、考えていた通りのものだった。太陽が辺りを照らし、はっきりと状況が確認出来た。部屋の外は一面、血の海だった。尋常な量ではない。しかし、肝心のものがなかった。
「平常心を保ってよ」
グウェンティアは念を押した。辺りに注意を払い、外へと出る。続いてデュナミスも出て来たが、足が竦んでいた。グロウは彼を仰ぎ見る。
「現実を見るんだな。こんなのは序の口だぞ」
一言言いおき、グウェンティアの元に向かう。
「何か判るか」
グロウの問いに、グウェンティアは小さく首を振った。
「判らないわね。判るとしたら、遺体が一つもないこと、後、まだ、血が乾いていないってことくらい。太陽はもう少しで真上に達するから、どう考えても、明るいうちにやられたってことね」
グウェンティアは顔を歪める。
「もう一つの可能性は、この大量の血液は人の物じゃない可能性よ」
グウェンティアは振り返る。そこにいるデュナミスの顔は蒼白だ。初めて見たのだから、仕方がないのかもしれない。
「いつまでも立ち止まっていられないわ」
グウェンティアの言葉にデュナミスは我に返る。目の前の光景は、彼にはきつすぎた。
「これからもある可能性の光景よ。頭で考えても無駄よ。馴れてしまうしかないの。悲しいけどね」
グウェンティアは自虐的に微笑んだ。グロウは表情一つ変えず、神殿の奥に視線を向けていた。
「奥に生きている者の気配がする」
静まり返った神殿の中に死臭が満ちているが、一カ所だけ雰囲気が違う。
「魔術の気配」
グウェンティアは不思議そうに呟く。
「小規模だけど、結界かしら」
確信出来ないのか、デュナミスを振り返った。デュナミスはグウェンティアの無言の問いに、二人が見ていた方に視線を向けた。
かすかに魔術の気配がある。初めての体験で定かではないが、身を守るための何かが施されているようだ。
「行ってみるしかなさそうだね」
デュナミスは息を吐き出す。
「何も出てこないことを祈りましょう」
グウェンティアは告げ、慎重に歩き出した。太陽はとうに昇っている。神殿の中の異常さは、誰の目から見ても判る程だ。白い建物に赤黒い血痕。神々の彫像も血に染まっている。
三人は慎重に進み、大きな扉の前で足を止めた。扉の中央に鈍く光る術の痕跡が見て取れた。
「此処みたいね。判りやすく目印があるし」
グウェンティアは扉に右の掌を当てた。術は簡単なものだ。不浄な者を寄せ付けないようにしている。グウェンティアは無造作に扉を開いた。中も外同様、血に染まっていた。
ただ一つ違うのは、おびただしい数の遺体が安置されていることだった。遺体の周りには、術が施されている。グウェンティアは近付き、遺体を調べた。獣の噛み傷だ。彼女の推測は当たっていたことになる。
「扉を閉めて。グロウ、魔物は太陽があるうちは行動が鈍くなるかしら」
「奴らは闇の住人だ。太陽の光は苦痛な筈だ」
グウェンティアは頷く。デュナミスは言われたとおりに扉を閉めた。
閉めると同時に、施されていた術が発動されたことを感じた。
グウェンティアが一時的に術を停止させたことが判った。扉に触れた時に解除し、閉めると発動するようにしたのだろう。
デュナミスもグウェンティアの元に向かい、上から遺体を見下ろした。くっきりと見て取れる歯形は獣のものだ。すべての遺体の首が噛みきられている。外傷もあり、かなり抵抗したことが伺いしれた。
「遺体は一人で歩いたりしないわ。術も施されてる」
グウェンティアは爪を噛み、呟いた。
「遺体の周りにある術は縛り付けるもののようだけど」
デュナミスは疑問を口にした。ただ、安置しているのではなく、拘束しているのだ。普通に考えれば、遺体は動いたりしない。
「動き出さないようにしてるのよ」
グウェンティアはさらりと言ってのけた。紫の書庫で得た知識の中にあったのだ。考えたくもない、おぞましい現実を。
「動き出すっ」
デュナミスは思わず叫んだ。
「そう、この人達は死んでしまってるから体は空よね。魂がない器だけの存在な訳よ」
グウェンティアは冷静に事実を語り始めた。
普通に死亡した場合は問題ない。問題があるのは魔物の手に掛かり死亡した者達だ。邪気が体を蝕み、邪な者が入り込む。そうなってしまえば、普通の人達では太刀打ち出来ない。
「火葬にするのが一番だ」
グロウが淡々と言った。体が消滅すれば、これ以上の被害は防ぐことが出来る。
「問題は建物そのものに火をつけなくてはいけないことだ」
黒猫はデュナミスを見上げる。神殿は汚れてしまった。そのままにする事は魔物に住処を与えることになる。それだけは避けなくてはならない。
「その前に、術を施した者が誰かという事よ。まだ、神殿内に居ることは確かよ」
グウェンティアは立ち上がり、周りを見渡した。
此処は祈りを捧げる場所だ。かなりの広さがあり、邪な者が入れないように元々術が掛けられている。
更に術を施し強化した理由は判る。だが、術を施した人物は何処にいるのか。生きている者の気配はある。しかし、あまりの遺体の数と邪な気配に感覚が麻痺しているようだった。
「グロウ、貴方なら判る」
グウェンティアはグロウに問う。おそらく、デュナミスも感覚が麻痺している筈だ。魔法生物であるグロウならば、人と感覚が違う筈である。
グロウは一度グウェンティアを見、すぐある一点を見詰めた。普通の者ならただの壁に見える。
グウェンティアは視線の先に足を向けた。近付き、初めて気付く。そこにあるのは、文字が行き交う壁だった。薄い膜のように、ぼんやりと人影が見える。
「城の北の塔にあるものと同じだ」
デュナミスが呟く。
「魔術で壁を作り、身を隠すわけね。見えてるわよ」
グウェンティアは壁に向かって強い口調で言った。中にいる人物はかなり動揺しているようだ。
「出て来た方が身の為よ。それとも、引きずり出されたいっ」
大声で叫ぶ。デュナミスは身をすくめた。
グウェンティアの言葉は偽りではない。それ程一緒にいるわけではないが、必要と思われると躊躇いなく実行する。
「出てくるの、出てこないの」
グウェンティアは腕を組み、睨み付けた。中の二人は躊躇い、壁を消失させる。現れたのは年老いた神官と、グウェンティアより少し年下の娘だった。
「話してもらうわ。何があったわけ」
グウェンティアの問いに、神官は息を飲んだ。青冷め、それでも言葉を選ぶように、静かに語り出す。
「始まりは、日が落ちるとすぐの事でした」
最初は森の中にいる獣達の鳴き声にすぎなかった。だが、獣達は躊躇いなく門を破り、次々に神官達を殺めていった。
危険を感じた二人は、聖堂に逃げ込み、術を強化したのだ。その時には、外にいた神官達は全員命を奪われていた。
「私は大神官の位を与えられ、この娘を守る使命があった。他の者を助けたくとも、力が及ばなかった」
顔が歪み、体は小刻みに震えている。
「貴方では無理よ。魔物化した動物達に太刀打ちするのは」
グウェンティアはきっぱりと言い切った。
「貴方達は何故此処に……」
大神官は言いかけ、口を閉ざした。グウェンティアとデュナミスの額を見たからだ。
そこに存在するのは紫と藍の三日月だ。世間において、死亡した筈の存在だ。青刺である筈はない。この二色は痣を持つ者以外、存在出来ないのだ。強い力を持ち、初めて現れる色だ。
「説明の必要はなさそうね。率直に聞くわ。漆黒の三日月はこの子よね」
確信はあったが、一応問い掛けた。
「その通りだ」
「では、私達が現れた理由も判るわね」
二人は頷いた。
「使命は果たしてもらうわ。理不尽だと感じていてもね」
グウェンティアの強い口調に、二人はただ頷くだけだ。
「この神殿は焼却しないと駄目だ」
グロウは大神官に向け言葉を掛ける。大神官は黒猫に目を向け一瞬、体が固まったようだった。
「汚れた場所は浄めなければ後々厄介なことになる」
グロウは気にもとめず話を続けた。
「神官達はどうするんだい」
デュナミスの問に、グロウは少し顔を上げた。
「浄めの術と焼却の術を掛け、確実に滅するしかない。少しでも、形が残っていては、邪な者の思うつぼだ」
グロウは冷たく事実を告げる。娘は夜色の瞳に涙を浮かべた。神殿は彼女にとって家そのものだったのだ。
「貴女は私と来てもらうわ。拒否する事は出来ない」
冷めた声音に、娘は顔を強ばらせた。
「太陽があるうちに、全てを終わらせるわ」
グウェンティアは決定事項を突きつけた。二人が心の準備をする時間は残されていない。早急に対処し、神殿を去らなければいけない。昨夜現れた魔物達が、生きている者達に気付き、戻ってくる前に。
グウェンティアは神官達に手早く魔術を施した。もうどうすることも出来ないのだ。
「行くわよ。ぐずぐずしないで」
冷たく言い放ち、全員を外へと誘導する。そして、建物に火を放った。
――神殿はこの日、炎に包まれ姿を消すことになったのである。
グウェンティアはグロウを抱え上げる。移動陣は三日月を持つ者にしか反応しない。魔法生物であるグロウは基本的に移動陣を使うことは不可能だ。前回と同じように、グウェンティアの腕に抱かれるしかない。
二人は頷き合うと迷いなく移動陣に足を踏み入れた。
移動に費やす時間は一瞬だ。馴れているデュナミスは平然としていたが、人生において二度目のグウェンティアはそうではなかった。やはり、体を分解される感覚は馴れたいとは思わない。
少し喘ぎ、すぐに何かがおかしいことに気付いた。
「何か変じゃない。神殿って、こんなに人の気配がないところなの」
グウェンティアは怪訝に思い、二人に動かないように指示した。この部屋は移動陣が中央に描かれている以外何もなく、狭い部屋だ。扉に耳を近付け、外の様子を探った。物音一つしない。
「まだ、夜なのかしら」
振り返り、二人に問い掛けた。
「夜であっても、神官達の何人かは起きている筈だけど」
「夜ではあるまい。時間の感覚はないが、かなりの時を費やした」
二人はそれぞれの意見を述べた。ならば、物音一つしないのはおかしい。
「神殿は外森の中にあったわね」
グウェンティアは嫌な予感がした。地下を徘徊していた魔物のことを思い出したのだ。
「もう動物達の魔物化が始まってるのかも」
グウェンティアの呟きに、二人は顔色を変えた。
外森は国を囲むように存在している、いわば、国土の境目になる。人が寄りつかず、静かに時が流れている場所だ。
「覚悟した方がよさそうよ。何を見ても動揺しないで」
グウェンティアはデュナミスに釘を差した。混乱状態になられたら、困ったことになる。
「努力はするよ」
「努力じゃ駄目よ。確実に身に付けて。これからも必要な事よ」
グウェンティアは冷たく言い放った。デュナミスは小さく頷いた。自信はなかったが、有無を言わせない強い響きがあったからだ。
「それと、何か武器を扱うことは出来るかしら。魔術は駄目よ。発動させる前に襲ってくるわ。確実に」
「幽閉される前は剣術を習っていたけど、十年近く剣には触れていない」
「じゃあ、今からでもいいわ。自己流でも何でもいいから身に付けて。人を相手にするわけじゃない。何とかなるでしょう」
無理難題を言っていることは自覚していた。だが、自分の身は自分で守ってもらうしかないのだ。
グウェンティアは扉のノブに手を伸ばした。微かだが、鼻をつくのは血の臭いだ。
静かに扉を開き、グウェンティアは眉を顰めた。目の前の現実は、考えていた通りのものだった。太陽が辺りを照らし、はっきりと状況が確認出来た。部屋の外は一面、血の海だった。尋常な量ではない。しかし、肝心のものがなかった。
「平常心を保ってよ」
グウェンティアは念を押した。辺りに注意を払い、外へと出る。続いてデュナミスも出て来たが、足が竦んでいた。グロウは彼を仰ぎ見る。
「現実を見るんだな。こんなのは序の口だぞ」
一言言いおき、グウェンティアの元に向かう。
「何か判るか」
グロウの問いに、グウェンティアは小さく首を振った。
「判らないわね。判るとしたら、遺体が一つもないこと、後、まだ、血が乾いていないってことくらい。太陽はもう少しで真上に達するから、どう考えても、明るいうちにやられたってことね」
グウェンティアは顔を歪める。
「もう一つの可能性は、この大量の血液は人の物じゃない可能性よ」
グウェンティアは振り返る。そこにいるデュナミスの顔は蒼白だ。初めて見たのだから、仕方がないのかもしれない。
「いつまでも立ち止まっていられないわ」
グウェンティアの言葉にデュナミスは我に返る。目の前の光景は、彼にはきつすぎた。
「これからもある可能性の光景よ。頭で考えても無駄よ。馴れてしまうしかないの。悲しいけどね」
グウェンティアは自虐的に微笑んだ。グロウは表情一つ変えず、神殿の奥に視線を向けていた。
「奥に生きている者の気配がする」
静まり返った神殿の中に死臭が満ちているが、一カ所だけ雰囲気が違う。
「魔術の気配」
グウェンティアは不思議そうに呟く。
「小規模だけど、結界かしら」
確信出来ないのか、デュナミスを振り返った。デュナミスはグウェンティアの無言の問いに、二人が見ていた方に視線を向けた。
かすかに魔術の気配がある。初めての体験で定かではないが、身を守るための何かが施されているようだ。
「行ってみるしかなさそうだね」
デュナミスは息を吐き出す。
「何も出てこないことを祈りましょう」
グウェンティアは告げ、慎重に歩き出した。太陽はとうに昇っている。神殿の中の異常さは、誰の目から見ても判る程だ。白い建物に赤黒い血痕。神々の彫像も血に染まっている。
三人は慎重に進み、大きな扉の前で足を止めた。扉の中央に鈍く光る術の痕跡が見て取れた。
「此処みたいね。判りやすく目印があるし」
グウェンティアは扉に右の掌を当てた。術は簡単なものだ。不浄な者を寄せ付けないようにしている。グウェンティアは無造作に扉を開いた。中も外同様、血に染まっていた。
ただ一つ違うのは、おびただしい数の遺体が安置されていることだった。遺体の周りには、術が施されている。グウェンティアは近付き、遺体を調べた。獣の噛み傷だ。彼女の推測は当たっていたことになる。
「扉を閉めて。グロウ、魔物は太陽があるうちは行動が鈍くなるかしら」
「奴らは闇の住人だ。太陽の光は苦痛な筈だ」
グウェンティアは頷く。デュナミスは言われたとおりに扉を閉めた。
閉めると同時に、施されていた術が発動されたことを感じた。
グウェンティアが一時的に術を停止させたことが判った。扉に触れた時に解除し、閉めると発動するようにしたのだろう。
デュナミスもグウェンティアの元に向かい、上から遺体を見下ろした。くっきりと見て取れる歯形は獣のものだ。すべての遺体の首が噛みきられている。外傷もあり、かなり抵抗したことが伺いしれた。
「遺体は一人で歩いたりしないわ。術も施されてる」
グウェンティアは爪を噛み、呟いた。
「遺体の周りにある術は縛り付けるもののようだけど」
デュナミスは疑問を口にした。ただ、安置しているのではなく、拘束しているのだ。普通に考えれば、遺体は動いたりしない。
「動き出さないようにしてるのよ」
グウェンティアはさらりと言ってのけた。紫の書庫で得た知識の中にあったのだ。考えたくもない、おぞましい現実を。
「動き出すっ」
デュナミスは思わず叫んだ。
「そう、この人達は死んでしまってるから体は空よね。魂がない器だけの存在な訳よ」
グウェンティアは冷静に事実を語り始めた。
普通に死亡した場合は問題ない。問題があるのは魔物の手に掛かり死亡した者達だ。邪気が体を蝕み、邪な者が入り込む。そうなってしまえば、普通の人達では太刀打ち出来ない。
「火葬にするのが一番だ」
グロウが淡々と言った。体が消滅すれば、これ以上の被害は防ぐことが出来る。
「問題は建物そのものに火をつけなくてはいけないことだ」
黒猫はデュナミスを見上げる。神殿は汚れてしまった。そのままにする事は魔物に住処を与えることになる。それだけは避けなくてはならない。
「その前に、術を施した者が誰かという事よ。まだ、神殿内に居ることは確かよ」
グウェンティアは立ち上がり、周りを見渡した。
此処は祈りを捧げる場所だ。かなりの広さがあり、邪な者が入れないように元々術が掛けられている。
更に術を施し強化した理由は判る。だが、術を施した人物は何処にいるのか。生きている者の気配はある。しかし、あまりの遺体の数と邪な気配に感覚が麻痺しているようだった。
「グロウ、貴方なら判る」
グウェンティアはグロウに問う。おそらく、デュナミスも感覚が麻痺している筈だ。魔法生物であるグロウならば、人と感覚が違う筈である。
グロウは一度グウェンティアを見、すぐある一点を見詰めた。普通の者ならただの壁に見える。
グウェンティアは視線の先に足を向けた。近付き、初めて気付く。そこにあるのは、文字が行き交う壁だった。薄い膜のように、ぼんやりと人影が見える。
「城の北の塔にあるものと同じだ」
デュナミスが呟く。
「魔術で壁を作り、身を隠すわけね。見えてるわよ」
グウェンティアは壁に向かって強い口調で言った。中にいる人物はかなり動揺しているようだ。
「出て来た方が身の為よ。それとも、引きずり出されたいっ」
大声で叫ぶ。デュナミスは身をすくめた。
グウェンティアの言葉は偽りではない。それ程一緒にいるわけではないが、必要と思われると躊躇いなく実行する。
「出てくるの、出てこないの」
グウェンティアは腕を組み、睨み付けた。中の二人は躊躇い、壁を消失させる。現れたのは年老いた神官と、グウェンティアより少し年下の娘だった。
「話してもらうわ。何があったわけ」
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危険を感じた二人は、聖堂に逃げ込み、術を強化したのだ。その時には、外にいた神官達は全員命を奪われていた。
「私は大神官の位を与えられ、この娘を守る使命があった。他の者を助けたくとも、力が及ばなかった」
顔が歪み、体は小刻みに震えている。
「貴方では無理よ。魔物化した動物達に太刀打ちするのは」
グウェンティアはきっぱりと言い切った。
「貴方達は何故此処に……」
大神官は言いかけ、口を閉ざした。グウェンティアとデュナミスの額を見たからだ。
そこに存在するのは紫と藍の三日月だ。世間において、死亡した筈の存在だ。青刺である筈はない。この二色は痣を持つ者以外、存在出来ないのだ。強い力を持ち、初めて現れる色だ。
「説明の必要はなさそうね。率直に聞くわ。漆黒の三日月はこの子よね」
確信はあったが、一応問い掛けた。
「その通りだ」
「では、私達が現れた理由も判るわね」
二人は頷いた。
「使命は果たしてもらうわ。理不尽だと感じていてもね」
グウェンティアの強い口調に、二人はただ頷くだけだ。
「この神殿は焼却しないと駄目だ」
グロウは大神官に向け言葉を掛ける。大神官は黒猫に目を向け一瞬、体が固まったようだった。
「汚れた場所は浄めなければ後々厄介なことになる」
グロウは気にもとめず話を続けた。
「神官達はどうするんだい」
デュナミスの問に、グロウは少し顔を上げた。
「浄めの術と焼却の術を掛け、確実に滅するしかない。少しでも、形が残っていては、邪な者の思うつぼだ」
グロウは冷たく事実を告げる。娘は夜色の瞳に涙を浮かべた。神殿は彼女にとって家そのものだったのだ。
「貴女は私と来てもらうわ。拒否する事は出来ない」
冷めた声音に、娘は顔を強ばらせた。
「太陽があるうちに、全てを終わらせるわ」
グウェンティアは決定事項を突きつけた。二人が心の準備をする時間は残されていない。早急に対処し、神殿を去らなければいけない。昨夜現れた魔物達が、生きている者達に気付き、戻ってくる前に。
グウェンティアは神官達に手早く魔術を施した。もうどうすることも出来ないのだ。
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これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
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