月の箱庭

善奈美

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月の箱庭

11 物言う魔物

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 一行が結界に護られていた世界を離れてから五日が経っていた。最初は判らなかったのだが、この世界で行動するにはかなりの注意が必要だった。昼は灼熱の太陽と大地が体力を奪い、夜は反対に凍えるような寒さになる。移動出来るのは太陽が上り始め暖かくなる頃と、太陽が沈み暑さが和らぎ始めた頃だけだった。
 
 そうなると、移動距離を稼ぐのはかなり困難だった。しかし、無理をすれば体力が無駄に失われ命に関わる。何度か魔物に襲われはしたものの、大事には至らなかった。
 
 休むときにはアシャンティに結界を張ってもらい、何度かグウェンティアが補助をした。その後は、一人で張れるまでに魔術の技術の腕は上がっていた。

 デュナミスは錆び付いていた剣の腕をなんとか使えるまでにしていた。魔物が思っていた程強くなく練習をするには丁度良かった。
 
 しかし、三人は判っていた。ぎりぎりにまで追い詰められた精神や神経は過敏になる。その感覚が、はっきりと警鐘を鳴らしていた。
 
 強い何かが近付いて来る、と。
 
 最初に異変に気付いたのはグウェンティアだった。嫌な感じがする。その変化を二人も少し遅れて気付いた。
 
「来たみたいだな」
 
 グロウは気配がする方に視線を向け顔をしかめた。

「凄い速さで移動してるわ」
 
 グウェンティアは振り返った。二人は小さく頷いた。そして、三人は持っていた荷物を大地の上に置いた。
 
 アシャンティは目を瞑り、指先に魔力を集中させ自分の周りに結界陣を張った。弓を扱う彼女は隙が多く、狙われやすいからだ。
 
 デュナミスは剣を鞘から抜いた。体の力を抜き、気配がする方に視線を向ける。強烈な存在感とひしひしと感じる強い力が、今までの魔物と明らかに違う事を物語っていた。
 
 気配は一つ。だが、油断をすれば死が待っている筈だ。

「来るぞ」
 
 グロウは低く唸り声を漏らす。グウェンティアは頷き、手慣れた手つきで細剣を鞘から抜き払った。
 
「判ってると思うけど、自分の身を守ることを優先して」
 
 グウェンティアは息を吐き出し、視線を向ける。目に入った土煙は迷いなく、一行に向かって来る。徐々に魔物の姿が視界に入る。
 
 その姿に、三人は驚愕した。人間と同じ顔をしており、体は獅子、背中にコウモリのような羽を持ち、尾の先が鋭く尖っていることが見て取れた。瞳は赤く、口からのぞく歯は鋭い。
 
 流石のグウェンティアも腰が引けた。恐怖よりも勝ったもの。それは、嫌悪感だった。

 まるで、色々な生物を繋ぎ合わせたような姿は醜悪ですらある。
 
 姿ばかりではなかった。体の動きが今までの魔物と明らかに違った。大地を蹴る足の動きは肉食獣より早い。
 
「おい、呆けているとやられるぞっ」
 
 グロウは叫ぶと、グウェンティアの前に立ちはだかった。
 
 一瞬の沈黙が、グロウの身に何が起こったのかを確認するのに充分な時間だった。
 
 黒い肢体が空を舞った。
 
 グウェンティアは咄嗟に体を捻り、最初の一撃を辛うじて避けることに成功した。すぐさま、魔物に体を向けたが反応が遅すぎた。振り返ったときに目に入ったのは鋭い爪だったからだ。

 アシャンティは矢を弓につがえると射た。グウェンティアの体をうまく避け、矢は魔物の左前足に命中していた。魔物は空中で動きを止める。背にある羽が激しく動きアシャンティを睨みつけた。デュナミスはゆっくりと魔物の死角に移動している。醜悪であろうと、生き残るには嫌悪感に打ち勝つしかない。
 
 近くまで来て初めて判る大きさは軽く三人を上回っていた。大きいと感じていたグロウなど、足元にも及ばない。
 
「此奴は何よっ」
 
 グウェンティアは叫び声を上げる。空中で停止している魔物を見上げ三人は動揺した。

 大地の上であの早さだ。その上、空まで自由に飛べるとなると厄介ではすまない。地に足が着いていれば対応も出来る。たが、空に上がられては弓矢での攻撃に限られてしまう。飛び道具は矢しか無いのだ。
 
「人間ごときが」
 
 魔物は低い唸り声のように吐き捨てた。
 
 一行は驚愕した。今までの魔物は獣と変わりない。ただ闇雲に、獲物を追い回すだけの存在に過ぎなかった。しかし、同じ言葉を話し、確実に知能が備わっている。怒りに満ちた瞳は更に赤味をを増し、鋭い視線が一行を射た。
 
「……グロウ、これは何なの」
 
 グウェンティアは足元に転がっているグロウに震えた声で問い掛けた。

「人の言葉を話すのは、四凶だけではなかったの」
 
 警戒をしながら、グウェンティアは視線を上空に向け続けた。
 
「紫の書庫に言葉を操るのは四凶だけだとそう聞いたわっ」
 
 悲鳴に近い声で叫んだ。目眩がしそうだった。
 
「四凶様を愚弄するか。主様が蘇れば、我々は自由に狩りが出来るようになる」
 
 狩りの言葉に、肌が粟立った。狩りの対象が何であるのか容易に想像出来た。
 
「私は狩りに来たのだ。大人しく、我の獲物となるのだな。苦しむ前に食べ尽くしてくれよう」
 
 魔物の言葉が突き刺さってくる。

 大人しく食べられるつもりはない。だが、このままでは何時やられてもおかしくはない。何とかしなくては、今まで苦労をして旅をしてきた意味がなくなってしまう。
 
 グウェンティアは額に浮かぶ汗を拭った。確実に一撃で仕留めなければ、逆に殺されるのは自分達だ。小さく息を吐き出し、決めるしかなかった。
 
「グロウ、動ける」
 
 グウェンティアは小声で問い掛けた。グロウはうずくまったまま、顔だけを彼女に向けた。
 
「動ける」
「デュナミスの所まで行って伝言をしてほしいんだけど」
 
 息を整え、彼女は言った。これからする事はある意味、危険を伴う。アシャンティの所まで移動できればいいが、それは無理だ。下手に動けば攻撃を受ける。

「魔術を使うわ。判ってると思うけどその間、私は完全に無防備な状態になる」
 
 グロウはグウェンティアが何をしようとしているのか、はっきりと理解した。
 
 これは完全な賭だ。うまくいくかいかないかは、やってみなくては判らない。
 
「一つだけ教えておく」
 
 グロウは静かに立ち上がり、デュナミスに視線を向けた。デュナミスはグウェンティアの居る場所の丁度、反対側にいる。
 
「魔物に心臓はない。体内にあるのは核と呼ばれるものだ」
 
 グロウは呟くように言った。

「それを見つけ出し確実に破壊するんだな。そうでなくては怒りを助長するだけだ」
 
 グウェンティアは細剣を鞘に収めた。グロウは目を細め、駆け出した。魔物は一瞬、虚を突かれたようだった。グロウの有り得ない動きに反応が遅かった。
 
 グロウはつかさずデュナミスの足元にたどり着くと、息を整えた。
 
「囮になれ」
 
 低い声でグロウは告げた。一瞬、デュナミスの思考が止まった。囮になるという事は命を賭ける事だ。一体、何をする気なのか。
 
「魔術を使う。このままでは体力が奪われ、彼奴の胃袋の中だ」
 
 デュナミスは息をのんだ。今の状態で魔術を使う事は命を賭けることだ。囮になる事と大差はない。

「判った」
 
 デュナミスは剣を握り直した。彼の使命はグウェンティアを魔物の標的にならないようにする事だ。多少の無理もしなくてはいけない。
 
「行くよ」
 
 小さく息を飲み、デュナミスは駆け出した。魔物の真下まで来ると、足に力を込め跳躍する。腕を上げ、魔物の後ろ足に一撃を加えた。
 
 鋭い叫び声が響く。魔物は大地に着地をし振り返ったデュナミスに怒りを露わにした。ただの獲物にすぎない筈の人間が刃向かったことが許せないようだった。

「おのれ、お前が先に死にたいようだな」
 
 怒りを顔に貼り付け、魔物は標的をデュナミスに定め、空に舞い上がった。
 
 アシャンティは遠くから、何が起こっているのか把握出来ないでいた。だが、グウェンティアから放たれ始めた魔力にデュナミスとグロウが何をしているのか判った。
 
 つかさず弓に矢をつがえ、魔物の目に的を絞った。片目を潰してしまえば視界が悪くなり、遠近感もなくなる。仕留める事が無理なら、多少の怒りをかっても動きを鈍くした方がいい。ただでさえ動きが速い。少しでも足止めになる攻撃をするべきだ。

 指先に魔力を込め、必要な文字を頭に浮かべる。矢が淡い光を放ち始めた。アシャンティは魔力を込めた矢を放った。矢は迷いなく魔物に向かっていく。淡い光の尾を引き、鈍い音と共に矢は魔物の左目に命中した。
 
 デュナミスとグロウは今まで忘れていた存在に気付いた。的確に目に吸い込まれた矢に魔術が込められている事はすぐに判った。吸い込まれた瞬間、魔術は発動する。矢から刻まれた魔力の文字は魔物の動きを少しだが鈍くしたようだった。
 
 魔物は怒りに体を振るわせ、アシャンティに視線を向けた。失念していた存在から受けた傷は、思いのほか深いものだった。

 グウェンティアは目の前で続いている戦いから視線を逸らし、魔物の体を凝視していた。グロウが言った核を見つけ出すためにはかなりの集中力と根気、魔力が必要だった。ただでさえ消耗している体力が急速に失われていく。血の気が引き、暑い筈の外気が冷たく感じられた。額に冷や汗が浮かぶ。
 
 一瞬、頭の中に影がよぎりグウェンティアは影がよぎった場所に神経を集中させた。微かに感じる漆黒の魔術が、魔物を縛り付けている事が判った。完全ではない。しかし、十分な効果を持っていた。

 グウェンティアは目的のモノを見つけ出した。心臓がある場所の丁度、反対側だ。彼女はすぐさま周りにある振動を調べた。魔術を発動させるため、必要でない振動は排除しなければならない。幸い、この場所にいる生命体は魔物を除けば知っている者ばかりだ。端の方に別の気配があるような気はするが、無視をすることにした。
 
「アシャンっ」
 
 グウェンティアは叫んだ。アシャンティは弾かれたように視線を向け、グウェンティアが何を望んでいるのかを把握した。すぐさま矢をつがえ指先に魔力を集中し頭に文字を刻み、矢に魔術を刻み込んだ。的を絞り、放つ。矢は弧を描き、魔物を正確に捉えた。
 


 魔物は耳障りな悲鳴を上げた。空中で停止していた体が、大地の上に落下する。デュナミスどグロウは慌ててその場を離れた。
 
 グウェンティアは息を整え、鋭い口笛を吹いた。一瞬、空気が震え、空気を裂く音が響く。
 
 ビキッっと何かが割れるような音だ。

 音が鳴ると同時に、魔物は体を痙攣させ口から泡を吹いた。瞳は白色に変わり、少しずつ体が崩れ始める。
 
 グウェンティアは荒い息を吐き、体を支えていられなくなった。ふらつくと、体が前に倒れていく。グロウはそれを察し、慌ててグウェンティアに駆け寄った。何とか背中でグウェンティアを受け止める。蒼白の顔に生気はなく、ぐったりとしていた。

 デュナミスは荷物を持ち上げた。アシャンティも荷物を拾うと結界陣を解除した。そして、二人は慌ててグウェンティアに駆け寄る。
 
「大丈夫なの」
 
 デュナミスは意識をなくしたグウェンティアを見、グロウに問いかけた。アシャンティも心配気に顔を覗き込む。
 
「消耗しているところに、魔術を使ったんだ。こうなる事は判っていた筈だ」
 
 グロウは冷たく言い放った。二人は顔を見合わせた。言葉とは裏腹に、グロウの瞳は優しくグウェンティアに注がれている。

「見事だな」
 
 二人と一匹は慌てて声のする方を視線を向けた。そこには、馬とよく似た動物に騎乗した五人の男の姿があった。先頭にいる男は目隠しをしている。
 
「彼奴に勝てるとは、凄いな」
 
 赤い髪を靡かせ、近付いてくる。
 
「ようこそ、この荒廃した世界へ」
 
 男は口を歪めたような笑みを見せた。
 
「月の末裔達」
 
 二人と一匹は息を飲み、その場に固まった。
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