月の箱庭

善奈美

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月の箱庭

20 紫の月

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 レギスは溜め息を付いた。それは、大神官の問いに答えるべきであるのか、考え倦ねていたからだ。
 
 結界から離れ戻る道すがら、大神官はレギスに問うたのだ。
 
――何者なのか、と。
 
 レギスは小さく溜息を吐いた。何時かは話さなくてはならない事であったが、グウェンティアには結局、話さずじまいであった。
 
 これは秘密であり、口外する事を禁じられていた為でもあったが、言い出すきっかけを失ってしまったのも事実だった。
 
 この状況は起こるべくして起こったことであり、どうする事も出来なかったのだ。
 
 二人は修道院への道を進んでいたが、レギスは立ち止まった。話すべきであると判断した。暗殺組織である紫の月の始まりを語る時がきてしまったのだと痛感していた。

「どうされた」
 
 大神官はいきなり立ち止まったレギスに問い掛けた。レギスの表情は思い詰めた者のそれだった。
 
「何かあったのですかな」
 
 大神官は首を傾げた。今の状況は尋常ではない。ましてや、外は荒廃した死の世界であり唯一の安全な場所はおそらくここだけだ。
 
 思い詰めたレギスの表情は苦痛に歪んでいた。
 
「話した方がいいのかもしれない」
 
 レギスは小さく呟いた。大神官は軽く驚いた表情を見せた。大袈裟に驚かなかったのは神職者であったのと、人生経験が感情を制御する。両の手を握り締めたレギスは地面に視線を落とした。

 二人は急ぎ修道院へ戻った。修道院の秘密とそれらに関する話は他者に知られてはならない。ましてや、一般人が知ってしまったら恐慌状態になり手が付けられなくなる。この狭い空間では命取りだ。
 
 何時も使っている居間に入り、しっかりと扉を締める。向かい合わせの椅子に腰を落ち着けると、レギスは語り始めた。
 
 暗殺組織である紫の月の始まりは古い。初代王の時代に結成され、組織は長い時の中で変化していった。
 
 最初は暗殺組織ではなかったのである。

「暗殺」
 
 大神官は暗殺の言葉に身を引いた。神職者である彼にしてみれば、考えられない職業であった。
 
「だが、暗殺技術がなければグウェンは今頃、殺されていただろう」
 
 レギスは冷静に答えた。
 
 紫の月の始まり、つまり結成理由は単純なものだった。溢れかえった魔物の討伐が本来の仕事だったのだ。
 
「魔物が溢れかえった理由は判らないが、安全を確保する為に創られた組織だった」
 
 魔物の討伐の為に創られたが、安全が確保されると彼等は失業することになる。その為、今のような組織へと変化していったのだ。
 
 レギスがはっきりと判っているのは、自分の家系の血筋だった。

「初代王の血を引く者が我々の祖先になる」
 
 レギスの言葉に大神官は息を飲んだ。つまり、紫の月の頭目の一族は王家の流れを汲む者という事になる。
 
 それは知られてはならない事実だ。
 
 王族、貴族は初代王の子孫である事を誇りにしている。特別である理由が血筋なら、レギス達も同様の立場になる。しかし、彼等はあえて口を噤んだ。噤むことで生き延びてきたのだ。
 
「男爵家は末端とはいえ王家の流れを汲んでおる」
 
 大神官は呆然と呟いた。つまり、グウェンティアは生まれるべくして生まれたのだ。
 
「貴方の問い、これで答えになると思うが」
 
 レギスは真っ直ぐと大神官を見据え言う。

「間違えなく。だが、紫の月は普通の暗殺組織ではないと記憶しておる」
 
 レギスは大袈裟に肩をすくめた。
 
「よく知っている」
 
 彼は笑った。
 
「紫の月は依頼を受けたらすぐ実行する訳じゃない。狙う人間と狙われた人間、双方を調べる。もし、依頼者が間違った考えの基に依頼してきた場合、あの世に行くのは依頼者本人になる」
 
 淡々と言ってのけた。
 
「もっとも、暗殺などしなくても問題はなかった。ただ一つを除いては」
 
 元々、暗殺などに手を染めず修道士、修道女として修道院を維持していても問題はなかった。

 だが、彼等は初代王と国を創る際に、一緒にいた三人の月の民にある頼み事をされていた。
 
 時々、魔物の体内から宝石が採取されていた。核とは違う、魔力などの力を吸収する性質を持っていたため、魔物の中には好んで体内に取り込んでいる者もいた。
 
 倒した後、稀に手に入る宝石を所定の場所に一定期間保管する事を約束したのだ。
 
 約束に期限はなく、彼等はそれを得るために暗殺組織として生きていく道を選択した。
 
 理由は簡単で、殺人以外、彼等に出来ることがなかったのである。

「宝石、しかも、何かしらの力が内包されたものでなくては意味がなかった」
 
 レギスは淡々と言った。
 
 普通の生活で訳ありの石、しかも宝石など手に入らない。紫の月の報酬は宝石だった。
 
 男がサファイア。
 女がルビー。
 
 だが、厳密な決まりがある訳ではなく、力のある宝石であればどんなものでも良かった。
 
「暗殺者として活動していた方が都合が良かっただけだ」
 
 レギスは更に続けた。
 
 暗殺者として活動を始めたが問題があることに気が付いた。

 依頼されただ殺していては大変な事態になる事に気が付いたのだ。
 
 大抵の場合が私利私欲による自分勝手な依頼が多かった。技術的にどの組織よりも成功率が高く、依頼が殺到し流石に無闇に殺害することが危険であると察した。
 
「調べることにしたのだ。本当に依頼主が言っていることが正しいのかを」
 
 調べて初めて気が付く事も多い。依頼主が自分の利益の為、殺害を依頼している事実に打ちのめされた。
 
「考えた末、出た結論は依頼主が国の事を考えず私益の為に依頼してきた場合、依頼主を殺害する事に決定したらしい」 
 
 暗殺組織としてはかなり変わっている。

 だが、紫の月の結成理由は国を魔物から護ることだったのだ。国が不利益になるような依頼を受けるわけにはいかなかった。
 
「殆どが依頼主を殺害する結果になったらしい」
 
 理由がどうであれ、依頼し暗殺してもらいたい人物ではなく、本人に降り懸かるであろう死に、流石に依頼は激減したが懲りない者もいたらしかった。
 
「どの時代も同じという事じゃな」
 
 大神官は溜め息をついた。
 
「その理念を我々は受け継いだ。暗殺そのものは殆どしていない。訳ありの宝石も力を込め直せばいいことだ」
 
 レギス呟いた。
 
 この頃には、宝石の数もかなりあり、どうにかすることは可能だった。

「暗殺組織としての活動は少ないと言っていい。普段は畑を耕し、必要最低限の生活必需品を作る。糸を紡ぎ、衣服を作り、自給自足の生活だ」
 
 紫の月は質素な生活をし、綿々と続く血の絆で結ばれていた。他者を決して受け入れず、結成当初の構成員が祖先だ。勿論、結婚などで新たな血は混ざりはしたが、直系であることは間違えない。
 
「グウェンの母親は私の娘だが、父親は暗殺の標的だった」
 
 レギスは両手を組み合わせ額に当てた。溜め息をつき、遠い過去を思い出す。
 
 グウェンティアの両親は殺す者、殺される者として初めて接点を持った。決して出逢う筈のない二人だった。

「娘は調べに行った。依頼主の調査をし、標的となる者を調べる。普通ならそれでおしまいの筈だった」
 
 予定外だったのが、グウェンティアの父親の魔力だったのだ。母親もそれなりに魔力があり、魔力が二人を出逢わせる切欠となった。
 
「調査中に感づかれた」
 
 娘から聞いた時、レギスは血の気が引いたのだという。それは有り得ないことだったからだ。長い時の中で確立された技術がいとも簡単に見破られた。視線が合い、あわてて逃げ帰った娘に、レギスは何も言えなかったのだという。

「その後は、当初の予定通り、私欲に走った依頼主を暗殺した」
 
 だが、それでは終わらなかった。すでに爵位を継いでいた男が修道院に現れた。何の迷いもなく、辿り着いたことは後から知った事実だ。
 
「反対はした。暗殺者である娘を何故、娶るつもりなのかと問いただした」
 
 レギスはあえて全てを話した。勿論、諦めさせるためだ。だが、男は笑い、初めから知っていたのだと嘯いた。
 
 反対し続けたとしても、本人同士は離れる気がなかったらしい。

 後は、国王の気持ち一つだった。貴族の結婚には国王の承認が必要だ。本人同士が結婚したいと言ったところで簡単には認められない。
 
 しかし、国王は承認したのだ。レギスは途方に暮れたのだという。
 
「国王に認められては反対しても無駄だった」
 
 二人は結婚し、翌年、グウェンティアが誕生した。
 
「それは知っておる。あれだけの騒ぎだったからのう」
 
 グウェンティアの誕生は大変なものだった。紫の三日月の誕生。しかも、王家の末端に等しい男爵家から誕生した。その事実は、他の貴族にとってあってはならない事だったのだ。

 筆頭貴族ではなく、末端のしかも庶子を嫁に迎えた。だが、国王は違った。紫の三日月の誕生は王家にとって、喜ぶべき事だったのだ。
 
 長い歴史の中で、王家の魔力は衰える一方であり、このままでは王は魔力を持たない者が即位することになる。初代王の言葉を守るなら、それは避けなくてはならなかった。
 
 翌年、王家に藍の三日月を持つ王子が誕生する。二色の三日月の誕生は国をあげての騒ぎになり、大変だったことは記憶に鮮やかに残っている。

「娘達は、グウェンに暗殺術の全てと、ありとあらゆる知識、国王に頼み込み魔術に関する書物を読ませたようだ。初めて会った時の印象は驚きだけだった」
 
 レギスは今でも覚えている。
 
 普通の少女ではなかった。鋭い視線と隙のない身のこなし。全身で何かを感じ取るように、絶えず緊張をしていた。
 
「そして、あの事件が起こった」
 
 レギスは今でも鮮やかに覚えていた。グウェンティアの血に濡れた姿はあまりに酷かった。ただ、少女は怪我一つなく、全て返り血であることはすぐに判った。
 
「あの子は、あの時に全てを失った。本当の意味で全てを」
 
 レギスは呟く。

 大神官は表情を曇らせた。小さな少女が負った心の傷はあまりに深い。癒されることなく成長し、また、過酷な運命を強いている。それは残酷でしかない。
 
 だが、助けることも手を差し伸べることも出来ない。解決する力を持つのはグウェンティアだけであり、誰も身代わりになれないからだ。
 
 二人の老人は沈黙した。何を言っても解決にはならない。
 
 ただ、静かに、時だけが流れていった。
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