月の箱庭

善奈美

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月の箱庭

22 邂逅

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「宣戦布告をしましょうか」
 
 薄闇の中、呟かれた言葉が虚ろに響く。
 
「本気ではあるまい」
 
 笑いを含んだ声は面白がっているようだった。
 
「主よ。他の者は」
 
 感情のこもらない声は軽い調子で問い掛ける。
 
「まだ、目覚めていない。目覚める気があるのかも微妙だ」
 
 目を細め事実のみを伝えた。
 
「本当に行くつもりか」
 
 更に暗くなり始めた室内で、会話は続けられた。
 
「宣戦布告はしませんが、姿くらいは見せておこうかと」
 
 落ち着いた声音は淡々としていた。
 
「黙っていても問題はないのだぞ」
「判っていますが、面白いでしょう。顔がひきつる姿は快感ですらありますよ」
 
 口元を歪め彼は笑う。少しだけ覗いた歯と舌は人のそれとは明らかに違った。姿をきちんと確認は出来ないものの、有り得ないものが体にあることは判った。

「一人は確実に動けない筈ですよ。しかも、逃げるのに必死だった様子」
 
 落ち着き払った声は事実のみを忠実に伝えた。
 
「好きにするがいい」
 
 もう一つの影は体を震わせ言った。どうやら、笑っているようだった。
 
「そうさせてもらいますよ」
 
 何の感情もない声は冷たく機械的だった。
 
「主よ。その体は使いやすいのですか」
 
 問い掛けられた影は身じろぎをする。
 
「使いやすいさ。そのように時間をかけて仕向けたのだからな」
 
 影は自身の手を見詰めた。その手は若々しい。不自然に青白くはあったが、不健康ではないようだった。

「白の三日月ですか。ある意味、稀な存在ですね」
 
 知識をただ、口にのせる。
 
「ただの器としての存在だ。我の体が動かぬ以上、これを使うしかない」
 
 不本意であるのか、声に苛立ちが混ざっていた。
 
「私は主の魔力が感じられるなら、器など気にしませんが」
「お前達は、純粋に魔力が重要だからな。まあ、いい」
 
 影は諦めたように溜め息を吐いた。
 
「お前はこれまでも、これからも自由だ。邪魔さえしなければな」
 
 影は低い声音で告げる。
 
「判っています」
 
 簡潔に答えは返ってきた。

 
 
      †††
 
 
 一行は気配のある場所を凝視していた。薄暗くなっていたため、確認するのは困難になっていたが、気配は確実に近付いてくる。平時であれば気にもしないが、今は違う。
 
 外を徘徊しているのは魔物か、命を持たない者、魔力に毒され魔物化した者だけだ。正気を保っている者がいたとしても、何時、襲いかかってくるか判らない。
 
「何だと思う」
 
 グウェンティアはグロウに近付き問い掛けた。
 
「判らないな。嫌な気配を感じて、探っていたんだが」
 
 グロウは低い唸り声を押し殺す。肌が泡立つ。明らかに、今までの魔物とは気配が違っていた。

 グウェンティアは慎重に気配を探った。気配は間違えなく魔物のそれであるが、強い魔力は今までの比ではない。先の四凶の魔力も尋常ではなかったが、それとは明らかに違う。
 
 生理的に受け付けなかった四凶とは違い、根本的に嫌な感じを受けた。
 
「今までとは違うわ」
「そうだろうな。だが、四凶の一人だろう」
 
 グロウは冷静に答えた。
 
「次々と来るな」
 
 ゼディスはうんざりとしたように呟く。アシャンティはデュナミスを背で庇うように跪き、弓を構えた。

「予想はしていたわ。次々来ることはね」
 
 グウェンティアは溜め息のように言葉を吐き出す。
 
「でも、正直、休みたかったのも事実よ」
 
 気配は怯むことなく近付いてくる。ぼんやりと影が映り、姿が人に近いものである事が確認出来た。
 
 違いは頭にある角だ。おそらく捻れたように耳の周りに存在している筈だ。何故か、皆がそう感じていた。
 
「多分、四凶の中でも強いのだろうな」
 
 グロウは喘いだ。
 
「グロウ」
 
 グウェンティアはグロウの変化に気が付いた。何かがおかしかった。

「どうしたの」
 
 グウェンティアは横目でグロウを見た。今までと様子が違う。
 
「思い出したのか」
 
 足音が近付き、姿がはっきりと確認できた。
 
 最初に飛び込んでくるのは鮮やかな髪の毛だった。淡い色合いの青銀色をした短髪。次いで目にはいるのは赤い瞳だった。褐色の肌に捻れたような角が耳の上に見えた。角は光沢を持ち、美しいとさえ思えた。整った顔立ちをしているが、口から覗くのは牙に違いない。
 
 纏っている気配も魔力も他の魔物など赤子のように感じる程に強い。

「何を言っているの」
 
 グウェンティアは困惑した。長身の魔物は目を細める。
 
「主に逆らい、敵方についた。今なら主も許してくれるだろう」
 
 魔物はグロウに言い切った。
 
「グロウ」
 
 グウェンティアは目を見開いた。ゼディスとアシャンティも息を飲む。
 
「……裏切ってなどいない」
 
 グロウは掠れる声で反論するが、力がなかった。
 
「洗脳されたとはいえ、何時でも、振り切ることは出来たのではないか」
 
 魔物は淡々と言ってのける。
 
「……違う」
 
 グロウは小さい声で否定した。
 
「何が言いたいの」
 
 グウェンティアは魔物に問い掛ける。その表情は険しく、怒りさえ感じられた。

「これは紫の君。まさか、お知りにならないと」
 
 魔物はわざとすぎる程、丁寧に言うが、明らかに馬鹿にしていた。
 
「馬鹿にしてるの」
「それが判るなら話は早い。グロウを返してもらいましょうか。私の右腕だ」
 
 魔物は淡々と事実のみを口にする。右手をグロウに差し出し、指差した。その指の爪は鋭く、明らかに人のそれとは違っていた。
 
「……もう、仲間ではない」
 
 グロウは小さく頭を振り、何かに耐えているようだった。
 
「がっかりさせないでもらいたい。君は確実にこちら側の存在だ」
「違いますっ」
 
 後方で上がった叫び声に、皆の動きが一瞬止まった。

 ゼディスは思わず声の主に顔を向けた。そこにいるのは間違えなくアシャンティだ。
 
 グウェンティアも思わず振り返っていた。目に入ったのは、弓に矢をつがえたアシャンティの姿だった。怒りに顔が紅潮し、今までにない形相で魔物を睨み付けていた。
 
 その声に一番驚いたのは魔物だった。アシャンティの叫び声は、彼が語った事実に対して怒りがあることを物語っていた。
 
「過去なんて関係ないです。グロウさんは私達の仲間です。愚弄するなんて許せません」
 
 指先が淡い光を纏い始めていた。

 弓につがえられていた矢に魔術文字が刻まれ始めている。グウェンティアはその魔術文字が普通のものでないと直感的に悟った。グロウを無理矢理、結界陣の中央に放り投げると自分も走り出した。
 
 アシャンティは狙いを定め、力の限り弓を引き絞ると魔物の頭上めがけて矢を放った。矢は弧を描き唖然としている魔物の頭の上ではじけた。
 
 無数の矢が魔物の周りに飛び散り、まるで鳥かごのような光の軌跡を残す。その光は大地に降り立つと激しい光を放ち、複雑な模様を刻み始める。

「アシャン」
 
 グウェンティアはアシャンティを驚愕の思いで見詰めた。グロウは魔物の魔力に喘ぎながら、アシャンティに視線を向けた。
 
「これは……」
 
 魔物は自身の周りに完成した魔術陣に驚愕した。淡い光が取り巻き、それは確実に魔物に迫ってくる。
 
「今すぐ去るか、魔術文字に喰われるか、決めるのは貴方です」
 
 アシャンティは冷静かつ冷たい声音で言い切った。
 
「なる程、漆黒の君はここまで魔術を操れるのか」
 
 魔物は口元に不気味な笑みを浮かべた。その笑みにグウェンティアは背筋が冷たくなるのを感じた。魔物は何一つ、怯えてはいない。

 驚いてはいるが、恐怖によるものではない。
 
「今回は様子見に来ただけ。事実は伝えた」
 
 グウェンティアは魔物の顔を初めて直視した。目に入ったのは、額にある第三の目だった。今まで閉じられていた目が開いていた。血のように真っ赤な瞳は不気味な光を宿らせていた。それが、とてつもない魔力を持っていることはすぐに感じる事が出来た。
 
「必ず迎えに来る。その力を失うのは惜しい」
 
 魔物はグロウを見詰め、感情のこもらない声で言った。決して声は大きくない。だが、そこにいる彼等を脅すだけの迫力はあった。魔物は両の目を閉じると第三の目が妖しい光を放った。
 グウェンティアとアシャンティは思わず腕で両目を庇った。赤い閃光が辺りを満たし、気配が急に途切れた。グウェンティアは驚き、目を薄く開くと魔物がいた場所を確認する。そこにあるのは、アシャンティが作り出した魔術陣のみだった。
 
 魔物の姿は何処にもなく、気配すら感じる事は出来なかった。
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