月の箱庭

善奈美

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月の箱庭

24 始まり

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 グウェンティアは記憶の底に仕舞込んだ知識を無理矢理引き上げた。その行為はかなりの苦痛を彼女にもたらした。
 
「裏と呼ばれる夜の世界に月の一族は存在していたの」
 
 グウェンティアは静かに話し出した。
 
 彼等のいる世界が表なら、初代王達が本来いた場所が裏の世界だった。月と星のみが存在する空と、闇の世界。月の徴が全てを決めている世界だった。
 
 その世界に、あり得ない程の魔力を持ち、元凶は誕生した。強い魔力は人格を破壊する。その為、月の一族は成人するまでの間、魔力の半分を封印する。悪戯に魔力を使えば、大変なことになるからだ。

 だが、元凶として誕生した赤子の魔力は人知を超えていた。半分の魔力を封印した後、失った魔力を補うために別の力が魔力を作り出した。どうすることも出来ず、結局は全ての魔力を封印することになったのである。
 
 魔力を持たないのは本来、白の三日月だけだ。だが、赤子は紫の三日月でありながら、全く魔力を持たない幼少期を過ごしたのである。大人達は理解しているが子供達はそうではない。虐めの対象になるのは自然の成り行きだった。

 結果として元凶は劣等感を持ち成長し、成人の儀の時に悲劇は幕を上げた。
 
 失われた魔力を戻したとき、慣れていなかった体は強い力に悲鳴を上げた。作り上げられた人格や努力して身につけた全てが無になる瞬間。大人達はこのときに重大な間違いを犯したことに気が付いた。
 
「一度に戻された魔力は元凶の全てを破壊したみたいね」
 
 グウェンティアは溜め息混じりに言った。

「ここで問題になったのは、元凶の魔力には底がなくて、常時、魔力を放出しなければいけなかったこと」
 
 無尽蔵に溢れ出す魔力は人格だけでなく、体の存在そのものを危うくさせた。最初は無意識に体を維持するため魔力を放出していたようだが、その内、何かが変わった。
 
 劣等感の中で育った者が力を得たとき、どうなるか。自制心が強ければ問題なかっただろうが、元凶の魔力は尋常ではなく結果、してはならない行動をとるようになる。
 
「裏の世界の破壊を始め、皆で力の限り阻止したみたいね」
 
 普通に考えれば当たり前の対処だが、元凶は面白くなかった。折角、手に入れた魔力を見せつけたかったのかもしれない。

 元凶は考えた。裏の世界では自由にならない。破壊の衝動は抑えられず、とうとう、皆が考え付かなかったことを始めた。
 
「次元の穴を作り出したのよ」
 
 本来なら混じり合うことのない世界に道を作り出した。
 
「問題は道を作り出したことだけではなく、均衡すら危うくさせる行為であったということね」
「何故、次元の穴を開くことが出来たのですか」
 
 アシャンティは疑問を口に出した。次元の穴と一言で言い切ることは簡単だ。しかし、実際に行うことは容易でない筈である。

「一人の力ではなかったみたいね。騙して協力させた。巧みにね」
 
 グウェンティアは眉を顰めた。元凶は魔力による人格破壊を起こしたが、頭の良さはそのままだった。ただでさえ魔力が強く手に余っていたのに、知能もまた、尋常ではなかったのだ。
 
「いくら阻止に成功していたとしても、別の世界にまで彼等は頭が回らなかった」
 
 月の一族が気が付いたときには全てが遅すぎた。表の世界は破壊され、自力で回復するのは無理な程に痛めつけられた後だった。
 
 元凶は自身の部下となる魔物を創造し、やりたい放題を繰り返していた。

「月の一族の長は苦渋の選択を迫られたわけ」
 
 グウェンティアは肩を竦めた。
 
 彼等は世界を破滅にまで導いた責任を本人にとらせる選択をした。使わなければ体の維持さえ難しい無尽蔵に溢れ出す魔力を、世界再生のために使うようにしたのだ。
 
 裏の世界の均衡を司っている虹の帝に相談し、次元通路に虹の監獄と呼ばれる籠が用意された。
 
 元凶を捕まえ、そこに監禁するのは至難の業だ。ましてや、監禁出来たとしても破られる可能性は否定することが出来なかった。
 
 考え出されたのが結界と封印を裏と表の世界に創ることだった。

「裏の世界にもあるのですか」
 
 アシャンティは問い掛ける。グウェンティアは小さく頷いた。二重にかけられた結界と封印は完全な機能を持っている筈だった。だが、誤算があったのだ。
 
 裏の世界は月が支配する薄闇の世界だ。しかし、表の世界には月の他に太陽が存在していた。彼等に太陽の力は扱えない。結果、夜の結界と封印は完全であっても、昼の術は不完全な形になった。
 
「だから、何時かは術そのものが崩壊する事が判っていたのよ」
 
 表の世界に来た四人はその世界の人間と交わることで未来に託すしか道がなかったのだ。

「つまりは、元凶が悪かったんじゃなくて、大人達の過ちだったって事」
 
 デュナミスは軽く頭を振りながら問うた。まだ、頭がはっきりしていないのか、表情は冴えない。
 
「結果的にそう言うことになるわね」
 
 グウェンティアは肩を竦めた。
 
「蓋の役目を果たしているのは初代王だな」
 
 ゼディスの問いにグウェンティアは頷いた。ゼディスの見えない目が細められたことに彼女は気が付いた。
 
「訊くが、封印と結界に使われた魔力は一部だったのか。それとも、全魔力なのか」
「どう言うことかしら」
 
 ゼディスの言葉にグウェンティアは眉を顰めた。

「はっきり言った方がいいか。俺達は魔力を失うことになるんだな」
 
 グウェンティアは一瞬、沈黙した。このことに関して口を噤むつもりはなかった。ただ、知られたくない事柄に繋がっている。そのことが、グウェンティアの口を重たくした。
 
「どうなんだ」
 
 尚も言いつのるゼディスに、グウェンティアは観念した。ゼディスの勘の鋭さは侮れないが、無知ではない。
 
「失うわ」
 
 グウェンティアは目を閉じた。失うということは、初代達も失ったことになるのだ。ゼディスは軽く頭を振った。

「ただ、全てじゃない」
 
 グウェンティアはゼディスにあることを告げるのを忘れていた。
 
「失う魔力は太陽の魔力よ。つまり、月の魔力は残る訳」
 
 グウェンティアの言葉に三人は驚いた表情を見せた。
 
「結界と封印に欠けているのは太陽の魔力だけ。千年前に月の魔力は使われているわ」
 
 そう、彼女は言った。
 
「でも、その前に初代王を元の場所に戻さないことには、どうすることも出来ないわ」
 
 きっぱりと言い切り、グウェンティアは口を噤んだ。

「仮祭殿に行くしかないって事か」
 
 ゼディスは仕方ないと、諦めたように言った。
 
「でも、魔物達は黙っていませんね」
 
 アシャンティの表情が曇った。ありとあらゆる攻撃をはねのけ進むしかない。
 
 四人と一匹は口を閉ざし、ただ、沈黙した。
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