月の箱庭

善奈美

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月の箱庭

28 対峙

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 ゆっくりとした動作で白い手が動いた。血に塗れた姿で目を見開き迫り来る手に身動きが出来なかった。ゆっくりと延ばされた手はまるで体を無視するように胸に吸い込まれていく。
 
 苦痛に目を見開き、満身創痍の体が痙攣した。引き抜かれた手に光るのは赤い結晶。その意味を理解したとき、血に塗れた体が霧散した。
 
 白い手の持ち主はその結晶を恍惚と見詰めていた。
 
      ††† 

 独特の感覚が体を襲った。意識すらもっていかれるような感覚。体の細胞が分解され、再構築される。解けた体が小さくなった意識を中心に元の姿を形造る。
 
 きつく目を瞑り、何とかやり過ごすしかなかった。
 
 何かが体の中に落ち着き、溜め息をつきながらゆっくりと目を開く。そこは先の遺跡のような感じは受けず、淡い蝋燭の炎が揺らめいていた。華美な装飾と重厚な佇まいの柱が不自然に目に入ってくる。グウェンティアは眉を顰めた。
 
 デュナミスは驚いたように目を見開く。彼の記憶の中の墓所は明らかに変化していた。

「悪趣味」
 
 グウェンティアは思わず呟いた。腕に抱いていたグロウを解放すると、辺りを観察する。装飾が悪趣味なだけで、元の姿は全く別物だと伺い知れた。
 
 壁も柱も、わざわざ装飾など必要ないほどに手が込んでいる。石と石をつなぎ合わせ模様を形造り、美しくさえあった。その美しさを破壊するような装飾に気分が悪くなる。
 
『兄は呪縛を薄めたかったのかも知れませんね』
 
 いきなり降ってきた初代王の声に、皆が振り返った。
 
「呪縛」
 
 グウェンティアは問い掛ける。確かに、ただの美しい模様だとは思っていなかった。

『効果はそれ程強くありませんが、弱っている兄になら効果はあります』
 
 初代王は言うなり、手を振り上げた。
 
 風が舞う。
 
 強い風は髪を悪戯に乱した。強い魔力を孕んだ風は悪趣味とも言える装飾を一掃する。
 
『ここは私の場です。勝手をされては困ります』
 
 初代王は淡々と誰かに向けて言った。グウェンティアは眉を顰め、振り返った。墓所の入り口に人影が見える。細身の体は儚く見えた。
 
 デュナミスは目を細めた。遠い記憶の中にある儚い姿。どこか頼りないその人物を間違える筈がなかった。

「兄上」
 
 唸るように低く呟くと、強く両手を握り締めた。グウェンティアも記憶を探った。会ったのはたったの一度。幼い時だったが不思議と記憶に残っていた。
 
『その体は居心地が良さそうですね』
 
 皮肉を口にする。すると、可笑しかったのかくぐもった笑いが耳に届いた。
 
「当たり前だろう。器として最良の者を何百年も前から用意していたんだ。これ以上の器はない」
 
 意志が弱いのも計算のうちだと嘯いた。グウェンティアは不快感に吐き気がした。何故、これ程の嫌悪感が生まれるのだろう。せり上がってくる嘔吐感に胸が悪くなる。

『何をしにいらしたのです』
 
 初代王はわざと元凶に問い掛けた。来た理由などはっきりしている。
 
 元凶は目を細めた。墓所内にあった筈の装飾が一掃されていた。残骸すら見当たらなかった。
 
「そこをどけ」
 
 低く放たれた言葉は怒気を含んでいた。墓所内はそれ程広くはない。天井がドーム状の墓所は、声がよく反響した。
 
 二人は睨み合い一瞬、沈黙が支配する。
 
『私の役目はこの場所で時空の穴の蓋をする事。退くわけにはいきません』
 
 沈黙を破ったのは初代王だった。

『兄様。私はあの日、貴方の策略に嵌り、この世界に穴を開ける手助けをしてしまった』
 
 顔を歪め、更に続ける。
 
『私は信じたかった。貴方が狂気に囚われていないと。けれど真実は違っていた』
 
 後悔と罪悪感が声音から伝わってくる。何より今言われた真実に皆が息をのんだ。初代王は今、何と言った。その真実にグウェンティアは目眩を覚えた。
 
『私達一族は罪を償う為、ありとあらゆる方策を考えました。結果、他の一族まで巻き込み、更にこの世界の人々まで巻き込んだ』
 
 淀みなく流れる言葉は、苦渋に満ちていた。千年前、ことの発端を作ったのは元凶だが、それに手を貸したのが初代王だった。

 特別仲が良かったわけではなかった。成人し封印されていた魔力が戻った元凶は、今までの存在ではなくなっていた。凶器めいた魔力と、その魔力に浸食され正気を失っていく様は異様だった。
 
 どこから生まれてくるのか、魔力に底がなく、たえず溢れてくる。体を維持するために、魔力を放出し続けてはいたが、それすらも意味はなかった。
 
『貴方が全て悪いわけではありませんでした。けれど、貴方は欲望に走り他をかえりみなかった』
 
 初代王はしっかりと元凶を見詰めた。
 
『始まりがあれば、終わりがあります。貴方は全てを償わなくてはならない。そして、私達も』
 
 初代王は目を細めた。

 墓所内にある美しい模様が小さく息づき始めた。微かに揺らめき淡い光を宿し始める。光は浮き上がり、文字を浮き上がらせた。
 
「勝手なことばかりを。手に入れた力を使ってなにが悪い。散々、馬鹿にされ蔑まされていた者の気持ちなど判るまい」
 
 唸るように発せられた言葉にグウェンティアは背筋が冷たくなった。それは警告だった。元凶の周りの空気が震える。誰が見ても判る程に歪み、魔力が集中していく。その先は間違えなく初代王の体が安置されている場所だった。要を失えば大変な事態になる。

 だが、初代王は冷静だった。墓所は予め、ありとあらゆる事を想定した上で造られていた。墓所内の壁、床、天井、全てが反応を始めていた。
 
『時間がありません。貴方達は目的地に赴き、使命をはたして下さい』
「移動方法がないわよ。出入り口を塞がれてる」
 
 グウェンティアは苛立っていた。折角、初代王の柩を所定の位置に戻したというのに、その後が悪すぎた。
 
『出口は一つだけではありません。紅の予言に間違いなどないのですから』
 
 初代王は微笑んだ。
 
「そんなことはさせないぞ」
 
 地を這うように声が襲いかかってきた。

 声は振動を生み、空間に広がっていく。だが、何かがその振動を相殺した。
 
「何っ」
 
 元凶は顔色を変えた。今、何かが魔力を吸収した。それは、有り得ない現象だった。
 
『漆黒が作り出した魔術陣は貴方の魔力を吸収し、私の体にその魔力を送り込む。使えば使うだけ、結界は強くなります』
 
 淡々と事実を述べた。
 
『何時までも、その体が自由になると考えぬ方が良いですよ』
 
 皆は顔を見合わせ、元凶は目を見開いた。何を言われたのか理解していない者の表情だった。初代王は小さく息を吐き出す。白の三日月の真の力を元凶は忘れているようだった。

 白の三日月は器だ。だが、器である故に他の三日月とは明らかに違う特徴があった。
 
 白は何者にも染まっていない。つまり、受け入れた色に染まる。その色に染まれば、疑似的ではあっても魔力を持つことになる。弱いと思っていても、その実、他の三日月と変わらない。
 
 ましてや、今の王の白の三日月としての器は他を凌駕するほどに完成されていた。白は白でも純粋なる白。それは、受け入れた魔力を純粋に受け入れ拒絶をしない資質だ。
 
『忘れたのですか。白が真実どのような存在であったか』
 
 初代王は目を細めた。

『貴方の魔力は強い。その魔力を拒絶せず受け入れるだけの器としての資質を持っていた。その真の理由を忘れたのですか』
 
 元凶は鋭い視線を投げかけた。初代王の言葉が何かを刺激する。遠い過去、聞いた筈の知識。だが、ありとあらゆるものが魔力により破壊された元凶の中に、その知識は留まってはいなかった。
 
 ありとあらゆる知識を持っていた筈の元凶の中に白の三日月は器であるという知識しか残っていない。
 
 では、何故、魔力を持っていない白の三日月より蔑まされたのか。元凶は初代王と一行を睨み付けながら、自身の中にある知識の蓋を無理矢理こじ開けていった。

 月の民の中で白の三日月は特別視されまた、管理もされていた。白の三日月は他の三日月と違い、突然変異的に誕生する。
 
『ある一定期間他の三日月の意識を受け入れ、魔力を持つ者となる。忘れたのですか』
 
 初代王の言葉はその場を凍り付かせた。白は魔力を持たない者、はこの世界でも当たり前の知識だった。器である事実は浸透していても、魔力を吸収し自身の力にする事実を皆、知らなかった。何より、他の中に意識を置くという考え自体思い付かない。

『ある意味、紫よりも厄介な能力故、管理されていました。幼少期は皆と一緒に過ごし、成人すると隔離され、決まった者の意識を受け入れる』
 
 初代王は鋭く元凶を睨み付けた。今の王は誕生する前から元凶に支配されていた。強すぎる魔力で育つ筈の自我が押さえ込まれ、強い意識を保てぬまま成長した。
 
 体が完成すると彼の意識は押し込まれ、完全に乗っ取られた。だが、初代王の言葉を信じるなら王は体の中に存在し眠っている。
 
「ふざけたことをっ」
 
 元凶は吠えた。結界内でも魔力の余波が襲ってくる。グウェンティアは顔をしかめた。王の体に視線を向け、ある変化に気が付く。

 腕が痙攣を始め、元凶の意志とは違う動きを始める。右手が緩慢な動きで自身の首を捕らえた。
 
 その動きに一番驚いていたのは元凶だった。少しずつ指に力が入る。
 
「まさかっ」
 
 グウェンティアははっきりと見えていた。腕と手を動かしているのは元凶ではない。体を乗っ取られ、恐怖にうち震えているうちに両親はこの世を去り、前王も亡くなった。紫の三日月は暗殺され、弟は幽閉された。
 
 ただ、傍観しているしかなかったもどかしさ。
 
 今まで見えていなかった世界が見え始めたのは何時だったのか。少しずつ鮮明になり、この場所で目にしたものに驚愕はしたが、納得もしていた。

 目の前にいるのは四色の三日月と幻影のような初代王の姿。
 
 沈んでいた意識が浮上し、一つの決意を促す。初代王は器は魔力を吸収し己のものとすると言っていたが、間違っていることに気が付いていた。極端に強すぎる魔力は体を蝕んでいた。器としての力が強くても、長い間受け入れ続けた肢体は悲鳴を上げていた。
 
 目の前にいる三日月達は疲れた顔に驚きを貼り付け、目を見開いている。これから行う行為は、普通ならあり得ない行動だ。だからこそ、意味があった。

 少しずつ指に力を込める。空気が遮断され息苦しさと、血管が圧迫をうけ激しく脈打つ。左手が右手を掴み、引き剥がそうと必死になっていた。
 
 本来の体の持ち主はあくまで王で元凶ではない。しかも、ある程度魔力を己のものとしていた。左手すら手中におさめ、懐に隠された物に手を伸ばす。堅い感触が三個指先に触れ、躊躇わずに握り込む。素早く取り出し、それを結界内に投げ入れた。
 
 赤い輝きを放ち、涼やかな音と共にグウェンティアの足元に辿り着く。
 
「……それを」
 
 王は支配された状態でありながら、必死の抵抗を見せた。

 元凶が保険としていた赤い結晶である核を遠ざけた。それは、元凶にとってあってはならないことだった。核は監獄から抜け出すための力であり、報復の為に使われるものだった。それを失い、怒りが体内を駆け巡る。
 
「早く、結界と、封印、をっ」
 
 必死に言葉を紡ぐ。誰の言葉であるかははっきりとしていた。
 
「兄上……」
 
 デュナミスは躊躇うように語り掛けた。
 
「時間が、ない、早く、押さえている、うちにっ」
 
 グウェンティアは咄嗟に足元の核を拾い集め、踵を返した。アシャンティに近付くと軽く息を吐き出す。

「探ってっ」
 
 肩を痛いぐらいに掴み叫んだ。アシャンティは頷き、目を閉じると魔術陣を探る。墓所内は結界陣で埋め尽くされており、出入り口以外の場所で出口があるとすれば魔術陣しか有り得なかった。
 
 アシャンティは集中する。元凶の事が気になりなかなか上手く集中出来ない。眉間に皺が寄る。グウェンティアも探ってみたが、やはり漆黒の魔術は漆黒にのみ開かれるようになっていた。アシャンティを頼るより他なかったのだ。
 
「あれが王か」
 
 今まで口を噤んでいたゼディスがデュナミスに問い掛けた。

 デュナミスは驚いたように彼を見上げる。今まで隠されていた魔眼を初めて視界に納め、不思議な感覚に捕らわれた。猫のような光彩は彼のものと明らかに違う。力が眼球そのものに宿っていることがよく判った。
 
「兄上だよ。乗っ取られているなんて知らなかった」
 
 その声は悲し気だった。初代王の言葉を信じるなら王は生まれ落ちたその時から支配されていたことになる。考えようによっては、母親の胎内に宿った時からとも言えた。意志が弱かったのではなく、支配されていた故のものだとしたなら納得も出来る。
 
「長くないな」
 
 ゼディスはぽつりと呟いた。

 デュナミスは目を見開き息を飲む。ゼディスは目を細め王を見ていた。
 
「長くない……」
 
 デュナミスは震える声で問い掛ける。感情が麻痺しているため、面には出ていないが動揺していた。
 
「初代王は魔力を吸収するって……」
「普通ならな。ただ、取り込んでいた期間が長すぎたようだな。細胞が分裂を始めているように見える」
 
 ゼディスは冷静に告げた。王の体は元凶が体内にいるおかげでその存在を保っているようだった。元凶が離れれば体を構成する何かが崩れ落ち、結果、存在そのものを維持出来なくなる。

 実際に見たことはなかったが、紅の預言書の中にその記述があったことをゼディスは思い出した。預言にしては異質な文章で、それは、預言でなはく忠告に近い内容だった。
 
「紅の預言書に記載されていたが、目にした時は理解出来なかった。まさか、これが理由だったとはな」
 
 ゼディスは顔をしかめた。
 
 王はうずくまり、自身の喉を締め付けていた。だが、抵抗があるのか思うようにいかないようだった。
 
「しっかり目に焼き付けるんだな。お前の肉親は彼奴だけなんだろ」
 
 ゼディスの言葉にデュナミスは頷くしかなかった。はっきり肉親と呼べるのは現時点で王しかいない。

 アシャンティは必死で探っていた。墓所内に存在している魔術陣はかなり複雑で術と術が絡み合い絶大な効果をもたらしていたが、複雑故に読み取るのは困難だった。初代王が視線を向けているのは判っていたが、それどころではなかった。
 
 初代王に聞けば簡単な答えだ。冷静に考えれば判った筈なのだが、アシャンティにはそこまで頭が回らなかった。グウェンティアにしても同じで、極度の疲労と緊張の連続に何時もの感が働いていなかった。
 
『出口は祭壇です。ここに来るときに使ったものですよ』
 
 静かな声に二人は勢い良く顔を向けた。何時も変わらないその姿を確認し、如何に気が動転していたかを確認する結果になった。

『王はもう、動かないでしょう。兄は抵抗されるなどとは考えていなかったようです』
 
 初代王は少し悲し気に、呟くように言った。そして、うずくまり自身の首を絞めている王に視線を向けた。
 
『核は三人に渡しなさい。理由は判りますね』
 
 初代王の問い掛けに、グウェンティアは頷いた。
 
「私にはグロウがいるからかしら」
 
 その答えに初代王は微笑んだ。
 
『その通りです。グロウにも核が存在します。風の番人はグロウだけです。あの場所は他の核を受け入れない』
 
 初代王は事実を述べた。

「二人共、来てっ」
 
 グウェンティアは叫んだ。ぐずぐすしている暇はない。外の世界は確実に蝕まれ、このままでは結界に護られている修道院すら危うくなる。
 
 デュナミスは一瞬躊躇い、王に視線を向けた。王は喘ぎながら微かに視線を上げる。細められた目にデュナミスはきつく目を瞑り、振り切るようにグウェンティアの元に向かう。ゼディスも後に続いた。
 
「これを」
 
 グウェンティアから渡された物に、三人は躊躇った。
 
「自分の身が可愛ければ受け取ってっ」
 
 グウェンティアは強い口調で言い切る。

『先、立っていた場所へ。そこが入り口です。魔術陣に触れれば術は発動します。急いで』
 
 初代王は切羽詰まったように言った。王を振り返り、眉を顰める。王の体は震え、激しく何かが割れる音が響いた。グウェンティアはその音がよくない前兆であることを知っていた。
 
「行ってっ」
 
 三人を急かすと初代王に耳打ちする。
 
「帰ってきたら、みんなに説明して。私はもう、帰ってこれない」
 
 グウェンティアの言葉に初代王の睫が震えた。
 
「あの子の記憶の蓋を開けてあげて。貴女なら出来る筈よね」
 
 グウェンティアが確認すると初代王は頷いた。それを確認すると、彼女は微かに笑った。

 グロウはグウェンティアの足元で渋い顔をしていた。今の会話が少しおかしかったからだ。グウェンティアは気配でグロウの疑問に気が付いた。鋭く睨み付け言葉を封じた。疑問を口に出すことは、最大の秘密が皆に知られてしまうことになる。
 
「後で話すわ」
 
 短く言い捨てる。
 
「お願いね」
『判っています』
 
 初代王は口早に答えると、三人に視線を向けた。
 
『貴方達が水晶球に触れれば、対になっている裏の世界の水晶球と反応を始めます』
 
 その言葉と同時に王が勢い良く立ち上がった。怒りに染まった瞳はその視線だけで萎縮してしまうほど鋭いものだった。

「早くっ」
 
 グウェンティアは言うなり駆け出した。悠長に話している時間はない。三人も駆け出し、先、立っていた場所に足を踏み入れる。
 
「グロウっ」
 
 グウェンティアは鋭く叫び、グロウは跳躍すると猫の姿で彼女の腕に納まった。
 
『後で戻ってきなさい。全てを話します』
 
 初代王の言葉に頷き、四人の姿は掻き消えた。
 
「おのれ」
 
 ドスの利いた低い声が反響する。だが、初代王は冷静だった。後ろに懐かしい気配を感じたからだ。ゆっくりとした動作で近付いて来る。

『いい加減に諦めるんだな』
 
 落ち着いた声音は低く、初代王を安心させる力を持っていた。闇の中から現れたのは半透明の体。精神体として現れたのは初代王、元凶の父親、ディストだった。
 
『父様』
 
 初代王は溜め息のように呟いた。
 
『レウディア、久しいな』
『本当に、準備は』
 
 初代王、レウディアは確認した。ディストがこの場に現れたのは全ての準備が整ったからだ。
 
『観念して下さいな。兄上』
 
 もう一つの声にレウディアは視線を向けた。彼女とよく似た容姿。地に着くほど長い黒髪は波打ち、レウディアよりも妖艶だった。

『マセリアか』
『父上もお元気そうね』
 
 マセリアは笑みを見せた。
 
『レウディアも』
『姉様』
 
 レウディアは胸が一杯になった。だが、ここに母親の姿はない。千年前に犠牲になり、今は姿すらない。水晶球の中で魔力だけが息づいている。
 
『兄上。貴方はこの世界の全てを奪った。それは許されない行為』
 
 マセリアは容赦なく続けた。
 
『私達が何故、ここまでするかお分かり。償いは必要なのよ』
 
 冷たく言い放ち、ディストに視線を向けた。その瞳に写るのは言いようのない感情だった。今回失敗すると、全てが無駄になる。

「償う必要などない」
 
 喘ぐように言い放つ。その諦めの悪さにマセリアは目を細めた。
 
『力があるからと破壊する権利は私達にはないわ。ましてや、別の世界を破壊する行為は愚かでしかない』
 
 何故、気が付かないのかと、マセリアは続けた。
 
『私は兄様に手を貸してしまった。気が付いた時は手遅れで虹の帝に縋るしかなかった』
 
 レウディアは憔悴仕切ったように言った。
 
『全ては終わったことだ。だが、この世界の滅びは我々の世界の滅びでもある』
 
 ディストは鋭い視線を投げかけた。睨み付けるように立ち尽くしている元凶は唇を噛み締める。

 内に潜んでいる王をねじ伏せ主導権は握ったが、思うように動かすことが出来なかった。
 
『兄上は白を甘く見すぎたようね。完璧に近い白は殆ど現れない。それは、世界のバランスを崩すおそれがあるからよ』
 
 マセリアはきっぱりと言った。腰に手を当て、見下すように元凶を睨み付ける。
 
『この世界が完璧とも言える白を生み出したのは、兄上を排除したいからよ。貴方の力じゃないわ』
 
 全てを見透かすような言葉が元凶に突き刺さった。
 
『観念して監獄の中で眠れ』
 
 ディストも追い討ちをかける。

 元凶は凄い形相になり、額が熱を持ち始めた。王の三日月が白から紫に変化を遂げる。その行為は自殺行為に近かった。何故なら、無理矢理引き出す力は器となっている者の体を酷使する事になる。ただでさえ、細胞の繋がりが崩れ始めている体に無理な負荷を与え、その体で魔術を使う行為は存在を消滅させる。
 
 三人は眉を顰めた。
 
 元凶はまともな思考能力が欠如し、自身が器にした者の体の変化に気が付いてはいない。
 
『みんなはその命と魔力を捧げた。こちらの結界と封印を保つ為に。レウディアの体を移動させたことにも気が付いた』
 
 ディストは紅の三日月の言葉を信じていた。

 そして、元の位置に戻った理由はレウディアによってもたらされる事も知っていた。
 
『兄様を拘束した後、私達は未来に起こることを予め紅の予言で知ることが出来ました』
 
 レウディアは静かに続けた。完全に捕らえ続けるのは不可能であると、結界と封印をし終わった後に気が付いた。太陽の力を掌握出来ない月の民の魔術では何時かは崩壊する。
 
 それと、重大なミスを彼等は犯していた。表の世界に来たのは四色の三日月だ。だが、虹の帝が監獄を通路に作り上げた後、ある間違いに気が付いたが遅すぎた。

『紫が足りなかったのです。その為に不完全な結界と封印は更に不安定になりました』
 
 レウディアは表情を曇らせた。そして、考え出された苦肉の策は元凶が作り出した魔法生物を利用することだった。誕生したときに無垢な状態の一体を強奪した。それがグロウだったのである。
 
『移動することも判っていたの』
『判っていました。紅は事前にその危険に気が付き、仮祭殿を造ることにしたのです。予め魔術を編み込み、この場所との間に道を造りました』
 
 レウディアは語る。不完全すぎた結界と封印は全てにおいて元凶を有利にする材料が揃いすぎていた。

 全ての魔力を失う前に、彼等は出来る限りの手を打ち未来に備えたのである。
 
 紅が結界の外に出たのも、結界を歪ませない為だった。四色の三日月が結界内で誕生した場合、その魔力の強さに結界そのものが保たないと判断した。全てが揃っている状態で四色の三日月が誕生するのは問題がなかったが、もう一つ危惧しなければいけないことがあった。
 
『白が必ず誕生することは判っていました。白はある意味、一番危ない存在です』
 
 レウディアは二人に視線を走らせる。ディストとマセリアはその言葉に耳を傾けつつ元凶に注意をはらっていた。

 元凶は三人の会話を耳にし、初めて器になっている者の体に注意を向けた。自分自身で力を注ぎ、最高の白の三日月を手に入れた。だが、彼は自分の魔力が際限なく溢れ続けることを忘れていた。
 
 精神が崩壊していなければ気が付いたであろう事実。精神体は魔力を放出し続け、仮の体に蓄積していく。容量を越えた時、なにが起こるのか考えなくとも答えは出た。
 
 王は何も考えずに抵抗したのではない。全てを制御された状態で成長したが、決して愚かではなかった。体が崩壊し始めたことに気が付き、蓄積されていた魔力を利用し精一杯の抵抗をしたのだ。

 たとえ消滅することになったとしても、そうすることが最善であると判断したに違いなかった。
 
『兄上、その体は彼のもので兄上のものではない。たとえ、力でねじ伏せても、本来の持ち主が必ず主導権を握る』
 
 マセリアは冷たい視線を投げつけ、辛辣に言ってのけた。力が絶対であると思いこんだ者の末路はあまりに悲惨だ。ありとあらゆるものを巻き込んだ元凶を、たとえ家族であったとしても許すことは出来なかった。
 
『全ては始まりに帰り、終わりを導きます。さあ、四人は目的地についたようです』
 
 レウディアは目を細め今感じた事を口にした。

『我々は本来の場所へ戻ろう』
 
 ディストは呟くと霧が掻き消えるように姿を消した。
 
『全てが終わるまで、私達の償いは終わらない。その魔力、償いのために使われる。眠りにつき、己の過ちに気が付けばいい』
 
 マセリアはどこまでも冷たかった。
 
『レウディア、次の世で』
 
 そう告げるとディスト同様に掻き消える。
 
『兄様、千年前に果たせなかった全てが動き出します。さあ、その体から離れ本来の場所に戻るのです』
 
 レウディアの言葉が魔術陣を発動させる。

 元凶の足元に複雑な模様が現れ、体ではなく精神体を拘束した。無理矢理引きずり出された精神体は悲鳴を上げ、本来の場所に還っていく。
 
 レウディアは王を見詰めていた。元凶が去った後、一瞬、存在を維持しすぐ、体が細かい粒子に変わった。レウディアは辛そうに目をキツく瞑り、その場から姿を消した。
 
 後に残ったのは王の体であった細かい砂だけだった。
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