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月の箱庭
32 紫の風
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グウェンティアは移動陣の上でグロウを下ろした。辺りを見渡し、そこが風の森の中心部であることと、地下に作られた空間であることは認識出来た。
この場所の中心部にある女神像に視線を向け、両の手に持っている二つの水晶を見た。水晶には何も感じず、ただの器として長い間、その場に置かれていたことだけは判った。
「此処に入ったのは初めてだ」
グロウの呟きにグウェンティアはただ眉を顰めただけだった。この場所は不自然だ。何かが狂い正常ではない。他の場所とは違い、風の結界と封印が全くと言っていいほど機能していないせいだろう。
不意に上空に視線を向けた。見えるのは天井のみで何一つ見いだせない。だが、この地を中心に四人の守護天使が護りを固めていることは知っている。不安定を安定したように見せかけていた。沢山の魔術を施し、しかし、もう魔術は限界に達していることも感じることが出来た。
「限界みたいね。守護天使達もまた亀裂が入り始めてるみたいだわ」
感じ取ったのはなにも当てずっぽうではない。何時も身に付けていた風の石が、時を重ねる毎に内部から亀裂が生じ始めていた。微かであった変化は確実に大きくなり嫌でも認識出来るまでになっていた。
「すぐにでも始めないと。でも……」
グウェンティアは口ごもる。何故なら、女神像の前に深紅の核があったからだ。彼女の核はグロウの筈だ。だからこそ、三個の核を彼等に託した。
『お前には核が二つ必要だからだ』
不意に聞こえてきた声にグウェンティアは目を細めた。声の出所が女神像であったため、声だけが聞こえてきたことに不信感を抱いた。
女神像はただの像だ。受けとった力が均衡を保つように作られているだけで、意志を宿してはいない筈だ。
『身構えるなと言っても無理か』
苦笑を宿した声は、女神像から姿を現す。完全に抜け出した姿は初代王レウディアの父親、ディストだった。
漆黒の髪と額の紫の三日月。だが、瞳の色がグウェンティアと違っていた。瞳に映っていたのは暗い闇。漆黒の双瞳がグウェンティアを射る。
「何故、二つ必要なの」
グウェンティアは唸るような低い声で問い掛けた。彼女は自身が持つ魔力が初代王達、月の民と微妙に違うことは知っていた。
『お前が彼等と違い二つの魔力を捧げなくてはいけないからだ。何より死なれては困る』
ディストの言葉にグウェンティアは唇を噛み締めた。彼女は三人と違い太陽の魔力と月の魔力を捧
げなくてはならなかった。
それが風の森が不完全な所以だった。此方の世界に来た紫は一人だ。だが、紫は要となる必要があった。気が付いた時点で既に遅かったのである。道の上には虹の監獄が出来上がっており、どうすることも出来なかった。
『判っているな』
ディストの言葉に、渋々グウェンティアは頷いた。彼女が担うもう一つの仕事は命が必要だった。魔力ではなく、魔力を受けるための器が必要不可欠だった。紫の体は他の三日月に比べ、魔力に対する耐性が強い。
「でも、何故二つなの」
グウェンティアは疑問を口にする。だが、ディストは笑みを顔に貼り付けただけだった。
グロウは二人のやり取りに疑問を抱く。何故なら、ディストはグウェンティアがありとあらゆる情報を得ていると思っている筈だ。実際、彼女は多くの情報を紫の書庫で手に入れた。
「判らないわ」
途方に暮れたようにグウェンティアはうなだれた。ディストは意外な者を見るようにグウェンティアを凝視した。
『知らない。書庫で知ったのではないのか』
「確かに色々知識を手に入れたわ。けれど、全てじゃない」
グウェンティアは書庫である情報を閲覧しようとしたとき、レウディアに拒絶されたのだ。
それは核に関する情報だった。ただ単に核の存在を知られたくなかったのか。それとも、グウェンティアが核を造り出すと思っていたのか。どっちにしても彼女が核に関して全くの無知であることは否定出来ない。
『レウディアは拒んだのか』
「どうかしら。私には判らないわ。ただ、情報を得られなかった、それだけよ」
ディストは難しい表情を見せた。
「レウディアとは初代王のことなのかしら」
グウェンティアは初代王の名を知らない。ただ、話しの流れで答えたのだ。少なくとも、始まりの四人の名を知る者はこの世界にはいない。
『そうだ。そして、私の娘でもある』
グウェンティアは目の前の男が元凶の父親である事実に思考が一時的に停止した。そして、考える。元凶の親族が結果的に責任を取ることは必然だろう。人というのは必ず誰かに責任を求める。ましてや、紫は一番強い魔力を持ち、止める魔力があるのもまた、紫に他ならなかった。
「家族で責任を取る形になったみたいね。母親は」
グウェンティアの問いにディストは答えた。
『千年前に命尽きている。我々の世界の結界と封印に魔力を捧げて』
月の民の寿命は魔力に左右される。全ての魔力をこめたのなら命はないに等しい。
『核が二つ必要な理由だが、お前の魔力は太陽と月、二つの魔力が絡み合っているからだ』
ディストはそこまで言うと女神像の前にある核に視線を移した。
『そのままでは女神像の水晶に絡まり合ったままの魔力が込められる。それでは都合が悪いのだ』
ディストはグウェンティアに視線を戻し、漆黒の瞳を細めた。
『他の森の片方の水晶には既に月の魔力が込められている』
「判ってるわ」
グウェンティアは風以外の森に月の水晶があることは判っている。
『風の森だけが違うのは都合が悪い。均衡が保たれなくなり、また、同じことが繰り返されることになる』
ディストはおもむろに手に握られていた物をグウェンティアに見せた。そこにあったのは二つの涙型をした水晶だった。グウェンティアはその水晶については知っていた。水晶は道であり、繋がりを持つためのものだ。使用目的以外に効果はなく、持っているだけなら、ただの水晶にすぎない。
「そんな物が必要なの」
嫌悪感を露わにし言葉を吐き捨てた。
『命を護るために』
ディストは簡潔に言い切った。グウェンティアは唇を噛み締める。何故、という思いが駆け巡る。もう、十分に苦しんだ筈であると悲鳴を上げていた。
だが、此処まで来た以上、後には引けない。動き出した歯車が急に停止出来ないように、動き出した事実を曲げることは不可能だ。
「グロウ」
グウェンティアはグロウを呼んだ。何をしなければいけないか判っているからだ。
「何だ」
グロウは訝し気に歩み寄り見上げた。
「元の姿に戻って」
グロウは目を細めた。一瞬躊躇し、元の肉食獣の姿に戻る。
「水晶を」
グウェンティアはディストに水晶を渡すように言った。ディストは躊躇うことなくグウェンティアに水晶を渡す。
「今から額にこの水晶を受け入れてもらうわよ」
グウェンティアはグロウを見据え、眉間に皺を寄せながら言い切った。グロウは諦めたように溜め息を吐く。
「やるならひと思いにしてくれないか」
グロウの言葉にグウェンティアは表情一つ変えず彼の額に水晶を押し当てた。額に焼け付くような痛みが走る。身を震わせグロウは何とか痛みを受け入れた。徐々に痛みは引いていき、額に小さな熱が点っていた。
グウェンティアは無造作にグロウの額に左手の甲を押し当てる。鋭い痛みが走りはしたが彼女は無表情のまま受け入れた。痛みが引くと左手の甲に視線を落とし、グロウの額の物と同じ物があることを確認する。
ディストは確認すると口を開いた。
『女神像の核は虹の帝が創ったものだ。元凶である息子と同等に近い力を持つのは帝しかいない』
「でも、月の民は一生に一度、核を創りだし使役しているのではないわけ」
グウェンティアは愚かではない。たとえ命を削る行為だとしても、使えるものは使うのが人だ。虹の帝とて例外ではない。帝というなら尚更、自分の手足のように動く存在は必要不可欠な筈だ。
『虹の帝は普通の月の民ではない。誕生時に帝になると判っている。帝の核は代々受け継がれているものでわざわざ創り出す必要がない』
「それなのに創ったわけ」
『そうだ』
ディストの言葉にグウェンティアはきつく目を瞑った。
「変化を始めたぞ」
グロウは目を細めた。
風が舞う。四方から風が集まってくる。グウェンティアはこの感じに覚えがあった。
「守護天使」
小さな呟きはしっかり一人と一匹の耳に入っていた。
『守護天使は本来の元に還る』
ディストの言葉にグウェンティアは目を見開いた。今の言葉をそのまま捉えるなら、守護天使は核から誕生したことになる。つまり、核はグウェンティアの血に触れていたことになる。その事実に彼女は震えた。
『核はお前の血と魔力を糧に成長した。風の石を持っているな』
グウェンティアは苦痛を顔に刻みつけ、頷いた。石は本来、王族の手にあり、義務として風の森の魔力としていた。だが、いつの頃からか魔力は補充されなくなり、崩壊寸前であったのをグウェンティアの血と魔力でつなぎ止めた。
もし、あの行為がなければ、風の森は志半ばで崩壊し、大変なことになっていたかもしれない。
『紅は言った。風の森は崩壊寸前まで追い込まれる』
グウェンティアは眉間に皺を寄せ察した。つまり、全てが判りきったことであり、彼女が風の石を持つことが判っていた。判っていたからこそ、全てが準備され用意されていたのだ。
「全て知っていたのね」
『結果的にな』
ディストは苦々しく言った。グウェンティアは今の物言いに引っかかるものを感じた。
「結果的」
彼女の問いにディストは頷く。紅は予言をしたが絶対とは言い切れなかった。裏で見えた映像が、表の世界で必ず起こるという確信がなかった。
『紅を疑うのは間違っているが、こちら側に来た紅の言葉がなければ信じることは困難だったのだ』
つまり、こちら側に来た紅が再度予知をし、何とか信じ込むことが出来たと言うことになる。
「信じられなかった要因は何」
グウェンティアは問う。その問いにディストは一言で言い切った。
『太陽だ』
「太陽」
グウェンティアには判らなかった。太陽と月は彼女の中では切っても切り離せないものだ。
『我々の世界に在るのは月だけだ。魔力の源もまた月だ』
つまり、月の民と言われる以上、月に魔力を依存している。太陽の魔力に触れたことのなかった彼等は、表の世界に来たとき愕然とする。
夜は馴染みのある月の魔力。多少の違いがあったとしても、月に変わりはない。だが昼の太陽に彼等は困り果てた。太陽が昇と魔力が半減した。体はだるく、動くのも億劫な程だった。
『娘達はこの世界の住人を探し出し、協力して貰わなければ解決の糸口すら見いだせなかったようだ』
ディストは言い終わった後、核を見た。核は風を纏っている。そして、はっきりと見えたものがあった。核の周りに四体の守護天使がいた。体には亀裂が入り、その姿は痛々しかった。
涼やかな音が響き渡り、守護天使達は砕け散った。煌めく水晶の欠片が空気中を舞い、核に吸収されていく。風が更に強くなり、核は一つの姿を纏始めた。長い手足。長い純白の髪。純白の一対の羽根。その姿は天使そのものだった。
睫が震え、瞼がゆっくりと開かれる。瞳に映し出された色は複雑な色だった。複雑に色が変わる瞳が、グウェンティアを捉える。
抱え込まれていた足が真っ直ぐに伸びたが、完全に大地に足を付けることはなかった。微妙な位置で止まり、少し目を細めるとグウェンティアに近付いてきた。
「同じ香り」
薄い唇からこぼれ落ちた言葉は風のように軽やかだった。両の手でグウェンティアの頬を挟み、瞳を覗き込む。吸い込まれるような虹の瞳に、グウェンティアは目眩がした。
「何をするかは判っている。水晶を」
天使はディストに顔を向け水晶を欲した。ディストは頷くと水晶を手渡し、天使を凝視する。天使は躊躇うことなく自身の額に水晶を押し当て、痛みに眉間に皺を寄せた。
「右手を」
グウェンティアは素直に従う。グロウは息を飲み見守るしかなかった。
右手に左手と同じような痛みが走る。一瞬の痛みが彼女の手の甲に左手の甲と同じ物を存在させていた。
「太陽の魔力は月の魔力と真逆の力のようだ」
性を全く感じさせない容姿に、グウェンティアとグロウは息を飲む。何処までも白く、汚れのない姿は神秘的ですらあった。
「名前を」
天使はグウェンティアに一言言った。グウェンティアは怪訝な表情をした。
「生まれたばかりの私には名前はない」
グウェンティアはディストを見た。
『虹の帝はこの核に名は与えなかった。理由は簡単だ。お前が虹の帝になる』
今の言葉にグウェンティアは耳を疑った。ディストはなんと言った。
「今、なんて言ったの」
グロウも驚いたようにディストを見、天使を見た。
『虹の帝だ』
「冗談じゃないわよっ」
グウェンティアは叫んだ。今までも十分我慢してきた。それなのに更に無理を強いようとしている。
『お前は標になるのだろ。必然的にそうなる』
グウェンティアはきつく目を瞑った。
「私に名を」
天使の再度の催促にグウェンティアは折れた。何時までもぐずぐずしているわけにはいかない。
「シャイン。そう名付けるわ」
天使シャインは頷いた。
『結界と封印が正常に機能を始めたら、女神像の後ろにある移動陣へ』
「判っているわ」
『グロウも一緒にいくがいい』
グロウは意外な言葉を聞いたように目を見開いた。
『森の番人はシャインに。お前は眠りの守護者となる』
グウェンティアは溜め息を吐いた。全ては決まっていた道筋だったのだ。
『私の名はディストだ。お前と同じ役目を担う』
「どう言うこと」
グウェンティアは怪訝な表情をした。
『此方の世界に標が必要なように、我々の世界にも必要なのだ。魔力は此方の世界にのみ使われなくてはならない』
グウェンティアは哀れな者を見るようにディストを見た。
「名前を明かす必要はなかったんじゃない」
グウェンティアの言葉にディストは苦笑した。確かに必要ないかも知れない。だが、万一のとき名が絶大な力を発揮する。隔絶された場所で永い眠りつき、だが、何かあったとき一人では対処出来ない。
『要の一人がレウディアであることはさっきの会話で判っているな』
グウェンティアは頷いた。初代王の名がレウディアである事実はこの場で知ったのだ。忘れる筈がない。
『我々の世界の要はもう一人の娘、マセリアだ』
ディストは淡々と語る。
要と標は全てが終わるまで生き続けなくてはならない。それは、全てを正常に保つために必要だからだ。
元凶の魔力は強く、しかも狂気に捕らわれてしまった。そのままでは毒気が強く世界再生どころの騒ぎではない。下手をすれば今より悪い状況になる。標とは毒気の強い魔力を清浄化させるのが使命だ。
だが、標が一人で浄化するのは難しい。ましてや、時空間に開けられた穴のせいで、二つの世界は不安定な状態で繋がり崩壊寸前だ。
虹の監獄に捕らわれている元凶の魔力は二つの世界に均等に溢れだしている。裏の世界の要と標は、表の世界に魔力を送り返すことが目的で存在している。
だが、そのまま魔力を返したのでは負担が大きすぎる。出来る限り魔力を清浄化し表の標の負担を減らすのも大きな仕事の内だ。
『我々は全てが終われば役目は終える。だが、お前は全ての魔力を受け続け、結果、誰よりも魔力を持つ者になる』
ディストはグウェンティアを凝視した。彼女が普通の神経の持ち主でないことは理解していた。
しかし、年齢的にはまだ幼く、いくら考え方が大人のそれと変わらないとは言っても、耐えられないこともある筈だ。
グウェンティアが結果、重い責務を担うことになる。ただ紫に生まれてきたために、重い重圧に耐えなくてはならない。月の民が作った過ちを彼女が一人で背負い込むことになる。
『すまないと思っている』
「そんな言葉が聞きたいんじゃないわ」
グウェンティアの声は震えていた。全ては決まり走り出してしまった今、何を言ったところで変わるわけではない。
「始めましょう。何を言ったところで、何かが変わる訳じゃないわ」
グウェンティアは諦めたように言葉を紡ぎ出し、女神像の前まで移動する。
「グウェン」
グロウはグウェンティアを見上げた。
「判っているわ。私の役目はね。グロウも覚悟を決めて」
グウェンティアは一つ溜め息を吐く。これから始まることが成功するかどうかは、やってみなくては判らない。月の民ですら今まで経験したことのない状況だ。
一度瞳を閉じ息を整える。
『私は本来の場所に戻る。幸運を』
ディストは少し沈んだ声音で言うと、かき消えるように姿を消した。グウェンティアはそれを気配で感じ取り、瞼を開くと両手を女神像の水晶の上に重ねた。
この場所の中心部にある女神像に視線を向け、両の手に持っている二つの水晶を見た。水晶には何も感じず、ただの器として長い間、その場に置かれていたことだけは判った。
「此処に入ったのは初めてだ」
グロウの呟きにグウェンティアはただ眉を顰めただけだった。この場所は不自然だ。何かが狂い正常ではない。他の場所とは違い、風の結界と封印が全くと言っていいほど機能していないせいだろう。
不意に上空に視線を向けた。見えるのは天井のみで何一つ見いだせない。だが、この地を中心に四人の守護天使が護りを固めていることは知っている。不安定を安定したように見せかけていた。沢山の魔術を施し、しかし、もう魔術は限界に達していることも感じることが出来た。
「限界みたいね。守護天使達もまた亀裂が入り始めてるみたいだわ」
感じ取ったのはなにも当てずっぽうではない。何時も身に付けていた風の石が、時を重ねる毎に内部から亀裂が生じ始めていた。微かであった変化は確実に大きくなり嫌でも認識出来るまでになっていた。
「すぐにでも始めないと。でも……」
グウェンティアは口ごもる。何故なら、女神像の前に深紅の核があったからだ。彼女の核はグロウの筈だ。だからこそ、三個の核を彼等に託した。
『お前には核が二つ必要だからだ』
不意に聞こえてきた声にグウェンティアは目を細めた。声の出所が女神像であったため、声だけが聞こえてきたことに不信感を抱いた。
女神像はただの像だ。受けとった力が均衡を保つように作られているだけで、意志を宿してはいない筈だ。
『身構えるなと言っても無理か』
苦笑を宿した声は、女神像から姿を現す。完全に抜け出した姿は初代王レウディアの父親、ディストだった。
漆黒の髪と額の紫の三日月。だが、瞳の色がグウェンティアと違っていた。瞳に映っていたのは暗い闇。漆黒の双瞳がグウェンティアを射る。
「何故、二つ必要なの」
グウェンティアは唸るような低い声で問い掛けた。彼女は自身が持つ魔力が初代王達、月の民と微妙に違うことは知っていた。
『お前が彼等と違い二つの魔力を捧げなくてはいけないからだ。何より死なれては困る』
ディストの言葉にグウェンティアは唇を噛み締めた。彼女は三人と違い太陽の魔力と月の魔力を捧
げなくてはならなかった。
それが風の森が不完全な所以だった。此方の世界に来た紫は一人だ。だが、紫は要となる必要があった。気が付いた時点で既に遅かったのである。道の上には虹の監獄が出来上がっており、どうすることも出来なかった。
『判っているな』
ディストの言葉に、渋々グウェンティアは頷いた。彼女が担うもう一つの仕事は命が必要だった。魔力ではなく、魔力を受けるための器が必要不可欠だった。紫の体は他の三日月に比べ、魔力に対する耐性が強い。
「でも、何故二つなの」
グウェンティアは疑問を口にする。だが、ディストは笑みを顔に貼り付けただけだった。
グロウは二人のやり取りに疑問を抱く。何故なら、ディストはグウェンティアがありとあらゆる情報を得ていると思っている筈だ。実際、彼女は多くの情報を紫の書庫で手に入れた。
「判らないわ」
途方に暮れたようにグウェンティアはうなだれた。ディストは意外な者を見るようにグウェンティアを凝視した。
『知らない。書庫で知ったのではないのか』
「確かに色々知識を手に入れたわ。けれど、全てじゃない」
グウェンティアは書庫である情報を閲覧しようとしたとき、レウディアに拒絶されたのだ。
それは核に関する情報だった。ただ単に核の存在を知られたくなかったのか。それとも、グウェンティアが核を造り出すと思っていたのか。どっちにしても彼女が核に関して全くの無知であることは否定出来ない。
『レウディアは拒んだのか』
「どうかしら。私には判らないわ。ただ、情報を得られなかった、それだけよ」
ディストは難しい表情を見せた。
「レウディアとは初代王のことなのかしら」
グウェンティアは初代王の名を知らない。ただ、話しの流れで答えたのだ。少なくとも、始まりの四人の名を知る者はこの世界にはいない。
『そうだ。そして、私の娘でもある』
グウェンティアは目の前の男が元凶の父親である事実に思考が一時的に停止した。そして、考える。元凶の親族が結果的に責任を取ることは必然だろう。人というのは必ず誰かに責任を求める。ましてや、紫は一番強い魔力を持ち、止める魔力があるのもまた、紫に他ならなかった。
「家族で責任を取る形になったみたいね。母親は」
グウェンティアの問いにディストは答えた。
『千年前に命尽きている。我々の世界の結界と封印に魔力を捧げて』
月の民の寿命は魔力に左右される。全ての魔力をこめたのなら命はないに等しい。
『核が二つ必要な理由だが、お前の魔力は太陽と月、二つの魔力が絡み合っているからだ』
ディストはそこまで言うと女神像の前にある核に視線を移した。
『そのままでは女神像の水晶に絡まり合ったままの魔力が込められる。それでは都合が悪いのだ』
ディストはグウェンティアに視線を戻し、漆黒の瞳を細めた。
『他の森の片方の水晶には既に月の魔力が込められている』
「判ってるわ」
グウェンティアは風以外の森に月の水晶があることは判っている。
『風の森だけが違うのは都合が悪い。均衡が保たれなくなり、また、同じことが繰り返されることになる』
ディストはおもむろに手に握られていた物をグウェンティアに見せた。そこにあったのは二つの涙型をした水晶だった。グウェンティアはその水晶については知っていた。水晶は道であり、繋がりを持つためのものだ。使用目的以外に効果はなく、持っているだけなら、ただの水晶にすぎない。
「そんな物が必要なの」
嫌悪感を露わにし言葉を吐き捨てた。
『命を護るために』
ディストは簡潔に言い切った。グウェンティアは唇を噛み締める。何故、という思いが駆け巡る。もう、十分に苦しんだ筈であると悲鳴を上げていた。
だが、此処まで来た以上、後には引けない。動き出した歯車が急に停止出来ないように、動き出した事実を曲げることは不可能だ。
「グロウ」
グウェンティアはグロウを呼んだ。何をしなければいけないか判っているからだ。
「何だ」
グロウは訝し気に歩み寄り見上げた。
「元の姿に戻って」
グロウは目を細めた。一瞬躊躇し、元の肉食獣の姿に戻る。
「水晶を」
グウェンティアはディストに水晶を渡すように言った。ディストは躊躇うことなくグウェンティアに水晶を渡す。
「今から額にこの水晶を受け入れてもらうわよ」
グウェンティアはグロウを見据え、眉間に皺を寄せながら言い切った。グロウは諦めたように溜め息を吐く。
「やるならひと思いにしてくれないか」
グロウの言葉にグウェンティアは表情一つ変えず彼の額に水晶を押し当てた。額に焼け付くような痛みが走る。身を震わせグロウは何とか痛みを受け入れた。徐々に痛みは引いていき、額に小さな熱が点っていた。
グウェンティアは無造作にグロウの額に左手の甲を押し当てる。鋭い痛みが走りはしたが彼女は無表情のまま受け入れた。痛みが引くと左手の甲に視線を落とし、グロウの額の物と同じ物があることを確認する。
ディストは確認すると口を開いた。
『女神像の核は虹の帝が創ったものだ。元凶である息子と同等に近い力を持つのは帝しかいない』
「でも、月の民は一生に一度、核を創りだし使役しているのではないわけ」
グウェンティアは愚かではない。たとえ命を削る行為だとしても、使えるものは使うのが人だ。虹の帝とて例外ではない。帝というなら尚更、自分の手足のように動く存在は必要不可欠な筈だ。
『虹の帝は普通の月の民ではない。誕生時に帝になると判っている。帝の核は代々受け継がれているものでわざわざ創り出す必要がない』
「それなのに創ったわけ」
『そうだ』
ディストの言葉にグウェンティアはきつく目を瞑った。
「変化を始めたぞ」
グロウは目を細めた。
風が舞う。四方から風が集まってくる。グウェンティアはこの感じに覚えがあった。
「守護天使」
小さな呟きはしっかり一人と一匹の耳に入っていた。
『守護天使は本来の元に還る』
ディストの言葉にグウェンティアは目を見開いた。今の言葉をそのまま捉えるなら、守護天使は核から誕生したことになる。つまり、核はグウェンティアの血に触れていたことになる。その事実に彼女は震えた。
『核はお前の血と魔力を糧に成長した。風の石を持っているな』
グウェンティアは苦痛を顔に刻みつけ、頷いた。石は本来、王族の手にあり、義務として風の森の魔力としていた。だが、いつの頃からか魔力は補充されなくなり、崩壊寸前であったのをグウェンティアの血と魔力でつなぎ止めた。
もし、あの行為がなければ、風の森は志半ばで崩壊し、大変なことになっていたかもしれない。
『紅は言った。風の森は崩壊寸前まで追い込まれる』
グウェンティアは眉間に皺を寄せ察した。つまり、全てが判りきったことであり、彼女が風の石を持つことが判っていた。判っていたからこそ、全てが準備され用意されていたのだ。
「全て知っていたのね」
『結果的にな』
ディストは苦々しく言った。グウェンティアは今の物言いに引っかかるものを感じた。
「結果的」
彼女の問いにディストは頷く。紅は予言をしたが絶対とは言い切れなかった。裏で見えた映像が、表の世界で必ず起こるという確信がなかった。
『紅を疑うのは間違っているが、こちら側に来た紅の言葉がなければ信じることは困難だったのだ』
つまり、こちら側に来た紅が再度予知をし、何とか信じ込むことが出来たと言うことになる。
「信じられなかった要因は何」
グウェンティアは問う。その問いにディストは一言で言い切った。
『太陽だ』
「太陽」
グウェンティアには判らなかった。太陽と月は彼女の中では切っても切り離せないものだ。
『我々の世界に在るのは月だけだ。魔力の源もまた月だ』
つまり、月の民と言われる以上、月に魔力を依存している。太陽の魔力に触れたことのなかった彼等は、表の世界に来たとき愕然とする。
夜は馴染みのある月の魔力。多少の違いがあったとしても、月に変わりはない。だが昼の太陽に彼等は困り果てた。太陽が昇と魔力が半減した。体はだるく、動くのも億劫な程だった。
『娘達はこの世界の住人を探し出し、協力して貰わなければ解決の糸口すら見いだせなかったようだ』
ディストは言い終わった後、核を見た。核は風を纏っている。そして、はっきりと見えたものがあった。核の周りに四体の守護天使がいた。体には亀裂が入り、その姿は痛々しかった。
涼やかな音が響き渡り、守護天使達は砕け散った。煌めく水晶の欠片が空気中を舞い、核に吸収されていく。風が更に強くなり、核は一つの姿を纏始めた。長い手足。長い純白の髪。純白の一対の羽根。その姿は天使そのものだった。
睫が震え、瞼がゆっくりと開かれる。瞳に映し出された色は複雑な色だった。複雑に色が変わる瞳が、グウェンティアを捉える。
抱え込まれていた足が真っ直ぐに伸びたが、完全に大地に足を付けることはなかった。微妙な位置で止まり、少し目を細めるとグウェンティアに近付いてきた。
「同じ香り」
薄い唇からこぼれ落ちた言葉は風のように軽やかだった。両の手でグウェンティアの頬を挟み、瞳を覗き込む。吸い込まれるような虹の瞳に、グウェンティアは目眩がした。
「何をするかは判っている。水晶を」
天使はディストに顔を向け水晶を欲した。ディストは頷くと水晶を手渡し、天使を凝視する。天使は躊躇うことなく自身の額に水晶を押し当て、痛みに眉間に皺を寄せた。
「右手を」
グウェンティアは素直に従う。グロウは息を飲み見守るしかなかった。
右手に左手と同じような痛みが走る。一瞬の痛みが彼女の手の甲に左手の甲と同じ物を存在させていた。
「太陽の魔力は月の魔力と真逆の力のようだ」
性を全く感じさせない容姿に、グウェンティアとグロウは息を飲む。何処までも白く、汚れのない姿は神秘的ですらあった。
「名前を」
天使はグウェンティアに一言言った。グウェンティアは怪訝な表情をした。
「生まれたばかりの私には名前はない」
グウェンティアはディストを見た。
『虹の帝はこの核に名は与えなかった。理由は簡単だ。お前が虹の帝になる』
今の言葉にグウェンティアは耳を疑った。ディストはなんと言った。
「今、なんて言ったの」
グロウも驚いたようにディストを見、天使を見た。
『虹の帝だ』
「冗談じゃないわよっ」
グウェンティアは叫んだ。今までも十分我慢してきた。それなのに更に無理を強いようとしている。
『お前は標になるのだろ。必然的にそうなる』
グウェンティアはきつく目を瞑った。
「私に名を」
天使の再度の催促にグウェンティアは折れた。何時までもぐずぐずしているわけにはいかない。
「シャイン。そう名付けるわ」
天使シャインは頷いた。
『結界と封印が正常に機能を始めたら、女神像の後ろにある移動陣へ』
「判っているわ」
『グロウも一緒にいくがいい』
グロウは意外な言葉を聞いたように目を見開いた。
『森の番人はシャインに。お前は眠りの守護者となる』
グウェンティアは溜め息を吐いた。全ては決まっていた道筋だったのだ。
『私の名はディストだ。お前と同じ役目を担う』
「どう言うこと」
グウェンティアは怪訝な表情をした。
『此方の世界に標が必要なように、我々の世界にも必要なのだ。魔力は此方の世界にのみ使われなくてはならない』
グウェンティアは哀れな者を見るようにディストを見た。
「名前を明かす必要はなかったんじゃない」
グウェンティアの言葉にディストは苦笑した。確かに必要ないかも知れない。だが、万一のとき名が絶大な力を発揮する。隔絶された場所で永い眠りつき、だが、何かあったとき一人では対処出来ない。
『要の一人がレウディアであることはさっきの会話で判っているな』
グウェンティアは頷いた。初代王の名がレウディアである事実はこの場で知ったのだ。忘れる筈がない。
『我々の世界の要はもう一人の娘、マセリアだ』
ディストは淡々と語る。
要と標は全てが終わるまで生き続けなくてはならない。それは、全てを正常に保つために必要だからだ。
元凶の魔力は強く、しかも狂気に捕らわれてしまった。そのままでは毒気が強く世界再生どころの騒ぎではない。下手をすれば今より悪い状況になる。標とは毒気の強い魔力を清浄化させるのが使命だ。
だが、標が一人で浄化するのは難しい。ましてや、時空間に開けられた穴のせいで、二つの世界は不安定な状態で繋がり崩壊寸前だ。
虹の監獄に捕らわれている元凶の魔力は二つの世界に均等に溢れだしている。裏の世界の要と標は、表の世界に魔力を送り返すことが目的で存在している。
だが、そのまま魔力を返したのでは負担が大きすぎる。出来る限り魔力を清浄化し表の標の負担を減らすのも大きな仕事の内だ。
『我々は全てが終われば役目は終える。だが、お前は全ての魔力を受け続け、結果、誰よりも魔力を持つ者になる』
ディストはグウェンティアを凝視した。彼女が普通の神経の持ち主でないことは理解していた。
しかし、年齢的にはまだ幼く、いくら考え方が大人のそれと変わらないとは言っても、耐えられないこともある筈だ。
グウェンティアが結果、重い責務を担うことになる。ただ紫に生まれてきたために、重い重圧に耐えなくてはならない。月の民が作った過ちを彼女が一人で背負い込むことになる。
『すまないと思っている』
「そんな言葉が聞きたいんじゃないわ」
グウェンティアの声は震えていた。全ては決まり走り出してしまった今、何を言ったところで変わるわけではない。
「始めましょう。何を言ったところで、何かが変わる訳じゃないわ」
グウェンティアは諦めたように言葉を紡ぎ出し、女神像の前まで移動する。
「グウェン」
グロウはグウェンティアを見上げた。
「判っているわ。私の役目はね。グロウも覚悟を決めて」
グウェンティアは一つ溜め息を吐く。これから始まることが成功するかどうかは、やってみなくては判らない。月の民ですら今まで経験したことのない状況だ。
一度瞳を閉じ息を整える。
『私は本来の場所に戻る。幸運を』
ディストは少し沈んだ声音で言うと、かき消えるように姿を消した。グウェンティアはそれを気配で感じ取り、瞼を開くと両手を女神像の水晶の上に重ねた。
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