月の箱庭

善奈美

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月の箱庭

34 終わりと始まりと……

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 三人は今いる場所から、紅の村があるであろう方角に視線を向けた。城の地下にあった墓所から、いきなり修道院のある場所に飛ばされ困惑した。
 
 だが、考えてみれば判ることだった。
 
 全てが完了し墓所は閉じられた場所になる。その場所に居続けることは死を意味した。結界と封印の完成で、ありとあらゆる物が破壊され、横たわる大地はむき出しの状態だ。
 
 いくら結界が正常になり、太陽の光が柔らかくなったとしても、荒野を何の準備もなく彷徨えば、確実に死に近付く。
 
 見上げた空に、明るい光の柱が見えた。淡く輝き、空を突き破るようにそびえ立つ。

「お姉ちゃん……」
 
 アシャンティは堪えていたせいか、決壊したかのように涙が溢れた。大地に座り込み両手で顔を覆う。
 
 ゼディスは見上げた空に、紅の村が消滅したことに気が付いた。何故なら、結界と封印の波動は確実に全てを飲み込んでいた。柔らかい光であっても、その魔力は計り知れない筈だ。その魔力に紅の村が耐えれたとは考えられなかった。村の人口はそれほど多くはない。だが、確かに人々は生活し、ゼディスはそこで生まれ育ったのだ。
 
 デュナミスは握り締めていた砂を風に流した。砂は風に舞いあがる。

「戻ったのか」
 
 後方からする声に、ゼディスは振り返った。そこにいたのはレギスと大神官だった。
 
 振り返ったゼディスの瞳を見たとき、二人は息を飲んだ。魔眼であるゼディスの瞳は猫のような虹彩であり、更に左右の瞳の色が違っていた。
 
「あの光は何時現れた」
 
 ゼディスの問いに、レギスは一拍おいてから口を開く。
 
「激しい振動の後だ。大地から立ち上がるように現れた」
 
 レギスの言葉に、ゼディスはキツく目を瞑った。今の言葉が真実なら、紅の村は消し飛んだ筈だ。遠いから、立ち上がるように見えたにすぎない。近くで見たなら、かなりの激しさで立ち上がったのが判るだろう。

 振動があったのは認識している。それが全ての答えなら、ゼディスは故郷と家族を失ったことになる。
 
「振動がおこる少し前に一つの村がそのまま移動してきたぞ」
 
 レギスはゆっくりとした口調で言った。ゼディスは理解出来ないのか数回まばたきを繰り返す。
 
「修道院の結界の少し離れた場所じゃ」
 
 大神官が更に続けた。
 
「それって」
 
 デュナミスは風に兄であった砂の粒子を運ばせると、振り返り様に言った。ゼディスは感じるままに走り出す。その姿を見送り、デュナミスはアシャンティの肩に手を乗せた。

「グウェンが決めたことだよ。多分、泣いて貰いたくなかった筈だよ」
 
 デュナミスはアシャンティに声を掛けた。微かに肩が震え、濡れた瞳がデュナミスを見上げた。
 
「私は最後に言いたかったの」
 
 アシャンティが何を言いたいのか、デュナミスには判っていた。グウェンティアは肝心要のことは何一つ語りはしなかった。それは彼女自身のこともである。
 
「あの子はやはり戻らなかったか」
 
 諦めたような口調でレギスは呟く。デュナミスはその声に顔を上げた。
 
「決め事だったみたいだよ」
 
 デュナミスは沈んだ声で語り掛けた。レギスは小さく首を振る。

「それは違う。あの子は自分が納得しなければ動くことはない。依頼者が自身の欲にまみれていると知れば容赦なかった」
 
 レギスは思い出すように架空を見詰めた。
 
「お姉ちゃんは私に暗殺技術を教えてはくれなかったわ」
 
 アシャンティは涙声で言う。
 
「それがあの子の優しさだ。一度染み付いた技術は並の努力ではぬぐい去ることは出来ない。知らなければ、そんな努力は必要ないからな」
 
 レギスの言葉に二人は口を噤んだ。確かに知る必要のない技術に違いない。

「それに、暗殺技術などこの先必要になることはないだろう。そんなことよりも、生きることすら困難になる」
 
 レギスは溜め息のように言った。確かに、結界と封印は正常に機能を始めたが、世界は荒廃したままだ。おそらく、命あるものが生きていけるのは、修道院の結界内だけだ。
 
 元の森があった辺りに出現した結界で太陽の光は和らいだかもしれないが、大地はむき出しのままだ。
 
「これからどうなるのか、知り得る者はいないだろう」
 
 レギスの言葉にアシャンティは首を振った。唯一、知ることが出来る方法がある。その方法に必要な人物も存在している。

 もしかしたら、望んでいた結果とは違う答えが出るのかもしれない。それでも、何も知らずにいるよりも的確に進んでいける筈だ。
 
「ゼディスさんなら、判る筈です。彼は紅だもの」
 
 大きな声ではなかったが、はっきりとした口調で言い切った。デュナミスも頷く。今はこのままでいいだろう。いきなりの変化に、皆がついていけていない筈だ。
 
 だが、落ち着けば考えるようになる。これからどうしていくのか。どうなっていくのか。この狭い土地にどれ程の人達がいるのかも判っていない。

 大地が元凶の魔力で再生を始めたとしても、このままでは命あるものは生きていけない。それに、デュナミスには疑問に思っていることがあった。
 
 命は適応する。
 
 もし、今の環境に体が少しずつ適応し、変化していた場合、ゆっくりではあっても普通の変化よりも劇的に早い変化に、今の人間がついていけるだろうか。
 
「アシャンティ」
 
 その声にデュナミスは我にかえった。声の主は大神官だった。アシャンティは大神官の胸に縋りつき泣いていた。一番幼い少女でしかないアシャンティにとって、今回の出来事は衝撃が強すぎた。

 そして更にデュナミスは思う。何故、冷静に考えることが出来るのか。冷めた頭が淡々と単語を脳裏に浮かべては消えていく。その様に笑いがこみ上げてくる。
 
「王子」
 
 レギスは戸惑っていた。デュナミスが狂ってしまったのではないかと危惧した。だが、向けられた瞳に狂気の色はない。
 
「感情は消えてしまうと思う」
 
 デュナミスの不可解な問いに、レギスは首を傾げた。
 
「前は感じた筈なのに何も感じない。ただ、事実を事実として受け止めている冷静な自分がいる」
 
 悲し気にデュナミスは呟いた。麻痺した心はアシャンティのように悲鳴すら上げていない。

 レギスは目を細めた。そして、出た結論は簡単なものだった。
 
 デュナミスは王族として生を受け、隔離されていた期間が長くはあったが、幼いときから諦めることを知っていた。それは、悲しいことかもしれないが、適応力という意味においては優れていると言っていい。
 
 つまり、デュナミスの中で激しい感情は今必要でないと判断したのだろう。だから、冷静でいられる。暴走することなく状況を判断出来る。
 
「気になることがあるのか」
 
 レギスはデュナミスの疑問を訊くことにした。デュナミスは目を細めた。

「僕達は今までの環境に適応していた。つまり、不完全な形の世界に。そう考えると、全てが本来望んだ形になった今、僕達は適応出来るんだろうか」
 
 呟くように紡がれた言葉にレギスは眉を顰めた。
 
「世界は再生される。おそらく、月の民である元凶が来る前の世界に巻き戻される」
 
 デュナミスは架空を見詰めた。藍の書庫に記載されていた原初の世界は緑豊かな、澄んだ空気をたたえていたようだった。捻れ歪んだ世界で生を受け生きていた人々が、原初の清浄な空気に耐えられる保障はない。
 
「もしかしたら、全てが整いその結果、僕達は淘汰される運命なのかもしれない」
 
 デュナミスの言葉はあまりに衝撃的だった。だが、間違った考えではなかった。

 本来なら生まれる筈がなかった命があり、本来ある筈の命は失われている。生きる権利があると言ったところで、世界に認められなければ終わりだ。
 
 確かに今は受け入れてくれているのかもしれない。だが、それはあくまで不完全だからこそだ。
 
「その通りだ」
 
 いきなりかけられた声に顔を向ける。そこには、紅の村人を連れたゼディスの姿があった。
 
「その通りとは」
 
 レギスはあえて問う。
 
「俺達は淘汰される。世界は全てが成されたときに、俺達を必要としていない。月の民は排斥される。それが運命だ」
 
 ゼディスは感情のこもらない、淡々とした口調で言い切った。
 
「でも、私は約束したわっ」
 
 アシャンティは涙声で叫んだ。

「番人に変化をしていく世界を見せると」
 
 その言葉に二人も頷いた。アシャンティは目を見開く。
 
「二人もなの」
 
 デュナミスは小さく頷いた。
 
「番人になるかわりの、交換条件みたいなもんだな」
 
 ゼディスは肩を竦めて言った。
 
「俺達の寿命は魔力のおかげか長いことは確かだが、確実に死は避けられない」
 
 ゼディスは目を細めた。死んだ後のことまで約束はしていない。だが、彼等は納得しない筈だ。
 
「私の仕事なんですね」
 
 アシャンティは諦めにもにた気持ちで呟いた。
 
 死が避けられないのなら、その後に体が朽ちない方法を探すしかない。

「淘汰されるとは」
 
 レギスの言葉にゼディスは目を細めた。
 
「正確には子孫を残す能力が低下し、結果、種を存続できなくなる」
 
 ゼディスの言葉に一同は息を飲んだ。
 
「世界が何かをするんじゃない。俺達の種としての能力が衰退するだけのことだ」
 
 デュナミスは小さく溜め息を吐いた。
 
「じゃあ、グウェンはこの世界で唯一の存在になるんだね」
 
 その呟きに皆が沈黙した。
 
 風が吹き抜けていく。全てが成され今、確実に時間が動き始め、修正の道を辿り始めている。消えていく種だとしても、成すことは成さねばならない。
 
 一同は沈黙し、何も語らなくなった。

 
 
      †††
 
 
 最初目に飛び込んできたのは淡い光だった。長い間、光から遠ざかっていた瞳は、淡い光すら強烈だった。目を眇め、ぼやけた視界を何とか元に戻そうとする。
 
「目が覚めたみたいだな」
 
 思いのほか、近い場所から聞こえてきた声に、神経が逆立つ。
 
「まだ、寝ぼけてるのか。あきるくらい寝ただろうに」
 
 呆れたような声音に頭が回り始める。目の焦点が合い、周りを確認出来るようになった。今いる場所はそれほど広くはない。部屋のほぼ中央の台の上に横になっていることは、容易に理解出来た。

「まだ、寝たりないのか」
 
 流石に言われたい放題だと頭にくる。文句を言おうと声の主に頭ごと視線を向けた。首が軋んだように痛み、思わず顔をしかめてしまう。
 
「グロウ」
 
 視界に入ったその姿は、神秘的な色合いの猫だった。毛並みは確かに黒くはあったが、光の加減で微妙に色が変わる。
 
「私の姿に驚いているようだが、自分の方がはるかに変わった姿になっているんだぞ」
 
 グロウの言葉に何を言われているのか理解が出来なかった。確かに体は石のように重く、筋肉が固まったかのように自由にならない。何とか腕を持ち上げ、視界に収める。
 
 異常に白い肌が目に入り、驚きはしたがおかしいほどではない。

 どこが変わったのだろうと首を傾げた。グロウは大きく溜め息を吐くと、いきなりグウェンティアの髪を引っ張った。容赦なく加えられた一撃に、グウェンティアは飛び起きる。
 
「いたっ」
 
 いきなり動いたのと、髪が引っ張られる痛みに涙が出てくる。
 
「いきなり何をするのよっ……」
 
 叫び声は尻すぼみになった。理由は起き上がったことで虹色の糸のような物が視界に入ったからだ。思わず長い絹のような肌触りの糸に触れる。軽く引っ張ると頭皮がひきつったように痛んだ。
 
「これは何……」
 
 自身に起こった変化にグウェンティアは目を見開いた。

「私の髪の色は黒の筈だわ」
 
 グロウに視線を戻し説明を求めた。グロウは軽く首を振る。
 
「私に判るわけがないだろう。説明をして欲しいのは私の方だ」
 
 グロウの話しを聞くと、最初は変化はなく、ただ光の膜に包まれていたようだった。変化が起こり始めたのは目覚める少し前だという。
 
「お前が変化を始めると私も同様の変化を始めた。知っているのはそれだけだ」
 
 グロウは淡々と言い切った。
 
「つまり、魔力を受け続けたことで変化したと考えて間違えないのかしら」
「おそらく」
 
 グウェンティアは小さく息を吐き出した。

 そして、膝を抱えた。
 
 はっきりと感じる体の変化が、何を意味しているのか、理解してないまでも判っていた。器となり、受け続けた魔力は、グウェンティアの体を変化させ、老いというものが彼女の中で消え失せた。
 
 つまり、誰もが求め、決して手に入れることが出来ないといわれていたものを、彼女は手に入れたことになる。
 
「覚悟はしていたわ。でも、こんなのは望んだことじゃない」
「後悔しているのか」
 
 グロウの問いに一瞬迷い、だが、首を横に振った。後悔するくらいなら、こんな運命を受け入れてはいない。

「後悔はしていないわ。ただ、命が尽きなくなるなんて考えてもみなかった」
 
 グロウは目を細めた。
 
「考えても仕方ないんじゃないか」
 
 淡々とグロウは言う。グウェンティアはその言葉に更に盛大に溜め息を吐いた。決まってしまったことは覆ることはない。ただ、このままこの場所にい続けるつもりもなかった。
 
 ゆっくりと足を大地につける。ひやりと冷たい感触が足の裏に感じられた。気が付けば何一つ身に着けていない体に驚きはしたが、納得もした。強い魔力で創られた服であっても、元凶の魔力を受け続け無事であるわけがなかった。

 ゆっくり足に体重をのせる。長い間使われていなかった足は、最初悲鳴を上げたが、少しずつ受け入れ始める。
 
「大丈夫か」
 
 グロウの言葉に小さく頷く。
 
「何とか。でも、慣らさないと動けないわね」
 
 グロウは小さな頭を動かし、何かを探し始めた。何かが目に入り、移動すると何かを口にくわえグウェンティアに近付く。
 
「私は構わないが、そのままでは都合が悪いのではないか」
 
 グロウは大きめの布をグウェンティアの前で落とした。彼女にしてみれば些細なことだ。

 過去のグウェンティアなら慌てたであろうが、今はそんなことを気にすることはなかった。何故なのかは判らないが、何かが欠落したのかもしれない。
 
 緩慢な動作で布を拾い上げ体を覆う。肌触りが良いとは言えないが、我慢するしかない。
 
「これからどうするつもりだ」
 
 グロウの問いにグウェンティアは首を捻る。本当のところ、これからの予定は完全な白紙だ。何かが決まっているわけではない。
 
「外に出ることかしらね」
 
 笑い始めた膝に、グウェンティアは諦めたように台に腰掛けた。
 
「とりあえず動けるようにならないと話にならないわ」
 
 彼女は情けないと肩をすくめた。

 室内を見渡し、少しずつかけられている魔術が解除され始めていることが判った。魔術文字の淡い光が失われ、消えつつある。それは、完全に役目を終えた証でもあった。
 
「本当に全て終わったのね。私の存在以外は」
 
 悲し気に呟いた言葉に、答えることが出来るのはグロウだけだったが、あえて口を挟まなかった。
 
「そうね。命を終わらせる方法を探すしかないわね。命に固執しているわけではないし」
「それが目的か」
 
 グロウは問う。グウェンティアは目を細め頷いた。

 役目を果たし、世界は月の民が来る、以前の流れに戻った。親しかった人達はもう、存在していない。
 
「当面は世界を巡るわ。どう変わったのか見てみたいしね」
「そうだな」
 
 グロウは軽く跳躍し、台の上に飛び乗る。
 
「とりあえず、魔術が発動しているうちに外に出ないと閉じ込められるぞ」
「やっぱりそうなのね」
 
 グウェンティアは頷くと、無理矢理立ち上がり、壁に向かって歩を進めた。

 何とか壁に辿り着き、出口を探る。城の地下の仕掛けと同じであることを願ながら、目を閉じ、あるものを探し出す。
 
 ゆっくりと壁に手を付き移動し、額の三日月を晒した。壁に複雑な魔術文字が踊り、何の前触れもなく壁が消失した。グウェンティアは完全に壁に体を預けていたため、前のめりになり倒れ込む。受け身をとることも出来ず、強かに膝を床に打ち付けた。
 
 グロウは小さく溜め息を吐くと元の姿に戻る決心をした。
 
「この姿は気に入っていたんだがな」
 
 仕方ないという態度でグウェンティアの横に来る。

「背に乗れ。そんな動きでは閉じ込められる」
 
 グウェンティアは文句を言ってやりたかったが、言うこときかない体に渋々従った。グロウはグウェンティアの存在を背に感じると、一気に坂を駆け上った。
 
 グウェンティアは後ろを振り返る。そこにあった筈の空間は、彼女達がいなくなると同時に崩壊を始めていた。
 
 過去の遺物がそこにあった痕跡を残さないかのように。寂しく感じている心に、グウェンティアは苦笑した。感傷的になる感覚が残っていることが新鮮だった。
 
「地上だ」
 
 グロウの言葉にグウェンティアは前方に視線を戻した。

 今まで感じたことのない濃い空気が、グウェンティアを包み始める。
 
 そして、強く感じた。
 
 彼女がいた時代、そこにいた人々はこの正常で濃い空気の中では生きてはいけない。作り替えられたグウェンティアですら、肺が強い圧迫を受ける。
 
「大丈夫か」
 
 グロウが微かな変化を感じ取り訊いてきた。グウェンティアは小さく頷く。
 
「これがこの世界の本来の空気なのね」
「そのようだな。私は本当の意味での生物ではないが、この空気は濃すぎる」
 
 頬をかすめる風が、その香りがすべて知っているものと違う。懐かしさは一つもない。あえて言うなら、いきなり知らない世界に放り出された感じだった。

 グロウの体が空に舞う。いきなり開けた視界に入ったのは、月明かりに照らされた濃い緑だった。グロウは大地に立つと辺りを見渡し、今出てきた場所に視線を向けた。だが、そこには何もない。
 
 唯一ある物。
 
 それは遠い過去、見覚えのある物だった。グウェンティアはグロウの視線の先に目を向け、ゆっくりとした動作で背から降りる。
 
 見覚えのある物。
 
 紅の村を安全に維持していた要の水晶だった。大地の上に鎮座し、月の光を反射させている。
 
 覚束ない足取りで近付き、水晶に触れた。

 指先が軽く触れた瞬間、水晶は音もなく砕けた。欠片すら残さず、文字通り消失した。
 
 グウェンティアはきつく目を瞑りその場に座り込んだ。彼女に残された物は何もなかった。与えられたのは死なない体と孤独だけだ。
 
 グロウは身震いすると小さな黒猫に戻った。しなやかな動きでグウェンティアに近付く。
 
「戻っちゃったのね」
「この姿に慣れてしまったからな」
「本当に全て終われば過去の物は消えるように創られていたのね」
 
 グロウは目を細めた。グウェンティアの言葉には間違えている箇所がある。

「私はいるぞ。おそらく、番人達は残っている筈だ」
 
 グウェンティアは驚いたようにグロウを見た。
 
「会いに行ってみたらどうだ」
 
 グロウの言葉にグウェンティアは頷いた。
 
 空が白み始める。
 
 過去の清算が終わり、この世界は月の民から完全に離れ本来の流れに戻った。グウェンティアは空を見上げる。グロウはそんな彼女をただ静かに見詰めていた。
 
 
end
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