銀の鳥籠

善奈美

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銀の鳥籠SS

022 過去編 失われし刻の欠片 後編

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 俺達は無事、魔法学校を卒業した。最終学年で知らされた事実に、俺は必死で図書室に通い有りとあらゆる知識を詰め込む。此処よりも膨大な知識を有するのは禁書庫位だろう。だが、一杖の職人に禁書庫が開かれる事はない。次いで蔵書が多いのが何故か魔法省管轄の図書館ではなく、魔法学校の図書室なのだ。
 
 今まで無視をしていた有りとあらゆる素材の知識と、普通なら手に入らない素材の本。果ては無駄だと思っていた杖に必要な魔法。ドラゴンの心臓を如何に均等に六当分するか。俺は必死に頭に詰め込む。
 
 調べれば調べる程、ドラゴンの心臓を割る作業の難解さ。まず、特殊な鱗とは何だ。その鱗は何処で手に入る。
 
 難問を持ち掛けた二人と言えば、それなりに協力はしてくれた。全く業種が違うのだから仕方がないが。
 
 そして、今目の前に居るのは、目的のドラゴンの真前。
 
 何十年もの時が流れ二人に強引に連れ出された。対峙した存在はあまりに大きい。その魔力の強さも。はっきり言えば、冗談ではないだ。
 
『やっと来ましたね』
 
 美しい白銀のドラゴンは何もかも悟ったような紫の瞳をしていた。見上げる大きさゆえに、瞳の色は何となく伺えるが、表情を読み解くのは困難だ。
 
 もう一頭。此方は黒銀の鱗を持つドラゴン。気のせいか威嚇されてる気がしないでもない。一緒に来た二人と言えば、白銀のドラゴンと何やら密談中だ。本来ならドラゴンは一対一で戦いを挑み、納得する事で命を散らしてくれる。魔法使いがドラゴンの命を散らすのではなく、ドラゴン自身が納得して命を散らすのだ。
 
「……えっと、納得してないよな」
 
 俺が伺うように黒銀のドラゴンに話し掛ける。
 
『納得すると思っているのか?』
「だよな」
 
 なんせあれよって間に此処まで運ばれた俺には、何が何やらさっぱりだ。
 
『だが、未来に起こりうる事象を放置しては我等にも害が及ぶ』
 
 黒銀のドラゴンは苦渋をその濃い藍色の瞳に宿した。
 
『哀れな子だ。近くに救ってくれる存在があったのにも関わらず、それを袖にした』
 
 黒銀のドラゴンの言葉に俺は察した。つまり、この二頭のドラゴンは俺がユズハの相手だと知ってる訳だ。
 
『納得など出来よう筈はない。だが、我が妻の言葉は未来を映し、このまま放置すれば更なる悲劇が訪れる』
 
 深い藍色の瞳にありとあらゆる感情が現れては消える。俺はただ、何も言えず佇むしかない。
 
「アカリ」
 
 ツキトが俺を呼ぶ。白銀のドラゴンはただ静かに俺に視線を向けていた。渋々歩を進め、白銀のドラゴンの前で足を止めた。
 
『杖を』
「杖?」
『そうです。杖を出しなさい』
 
 俺は首を傾げつつ、杖を手に持つ。材質は黒檀。長くもなく短くもない。俺の手に馴染む物を選び、自分で作り上げた。中に入っているのは幻想猫の髭と体毛。
 
『幻想猫の一部を核に使っていますね。では……』
 
 白銀のドラゴンは徐に心臓の上に有る、隠された場所の鱗を剥いだ。それを見た俺は初めて理解した。ドラゴンの心臓を均等に割るのに必要な鱗。それがドラゴンが持つ特殊な鱗だと。
 
『本来はこの鱗で杖を作って貰いたかったのだけど、その杖の核となった子は貴方を好いている様子。だから……』
 
 ほんのりと発光している鱗の大きさは大人の男性の掌程の大きさだ。その鱗の姿が溶け、俺の持つ杖と融合する。杖を作る職人として、今の光景はあり得なかった。本来、杖は二つの核を持つ事は叶わない。
 
『ふふ。驚いているようだけど。不思議な事では有りませんよ。杖の子は納得して私の鱗を受け入れました。その子は時を跨ぎ、貴方に仕えるでしょう。命を変え姿を変えても、必ず貴方の手元に行き着く』
「何を言ってるんだ」
『それは、貴方自身が時を超えた時、知るべき事でしょう。さあ、受け取りなさい。私の心臓がより良い流れを生み出す事を切に願います』
 
 白銀のドラゴンはそう言うなり、自身の爪で心臓を取り出した。俺達三人の上に大量の血が降り注ぐ。
 
『約束は守ってもらいますよ。貴方達二人の命。私と共に失ってもらいましょう。時間の猶予は与えてありました。分かっていますね』
 
 俺は白銀のドラゴンの言葉に目を見開く。二人は命を差し出した。そう、言っているのだ。
 
「分かっています」
「未来のための投資と思えば安い物です」
 
 驚愕に目を見開く俺に、二人は淡い笑みを浮かべた。
 
「君にだけに押し付ける気はないよ」
「僕達は最初から詠んでいたから。ドラゴンの心臓と共にその力を注ぐ。忘れないで。必ず杖を作り上げて」
「待てよっ」
 
 白銀のドラゴンは自分の心臓を大地に置いた。そして、二人はその心臓に手を添える。ゆっくりと二人の体が心臓に吸収される。そして、例に漏れず心臓は硬化を始める。
 
『忘れないで。貴方は貴方がすべき事を全うなさい。無意識であったとしても、貴方はそれを選んだ』
 
 白銀のドラゴンは最後にそう呟く。黒銀のドラゴンが白銀のドラゴンの躰を受け止め、空へと首を向ける。待って欲しいと呼び止めた。だが、黒銀のドラゴンは俺を一瞥しただけで空へと消えた。その時に深い藍色の瞳に映ったのは毅然とした意志。失敗は許されない、それ程に強い光だった。
 
 目の前に鎮座する人の頭程もあるドラゴンの心臓。二人の体も命も杖も吸収し、深紅に輝いている。俺はただ、手を握り締め唇を噛み締めるしかない。
 
「私がいるわ。必ず杖を作り上げて」
 
 足元に視線を向ければ
黒猫の姿。俺はまさかと瞳を瞬かせる。
 
「私の記憶はこの場から離れたら消えてしまう。それはドラゴンの鱗を受け入れたから」
 
 俺は黒猫の言葉に愕然とする。黒猫は俺が使う杖。実体を持ち、言葉を操るなど書物の中でしか知らない。
 
 俺は放心状態でドラゴンの心臓と共に工房に戻る。程なくして、ユズハが魔法界に牙を剥いた。有りとあらゆるモノを破壊して。ユズハの名前を口にしただけで操られる。その魔力の強さに。魔法使い達がユズハの名前を口に出来なくなり、遂にはあの人と呼ばれるようになる。
 
 俺はそれを横目に必死でドラゴンの心臓を使った杖を作り上げた。本来なら杖そのものに彫りを施すことはない。だが、俺は敢えて杖に彫物を施した。ドラゴンと二人を象徴する紋様。杖の中に眠るドラゴンの命と二人の命。それ等が未来の二人に加護を与えてくれるように。
 
 そして、俺は手記を残した。魔法省にユズハ関係の資料がある。それとは別の場所に保管してもらった。そして、魔法大臣に口伝で伝えるよう伝言を頼んだ。ユズハは必ず自分に関するモノを抹消する。確実に手に入れる為に。
 
 俺は命が尽きる少し前、最後の杖として六本の杖を納品した。その時、自分の杖も預かってもらった。あの時の記憶をなくした杖に、俺が作り上げた杖の行く末を見守って欲しいと嘯いて。杖は納得していなかったが、俺の意思に従ってくれた。
 
 遠い未来、俺の作り上げた杖が役に立ってもらえる事を願って。そして、ユズハが魔法界から姿を消したのを確認すると同時に、俺は自分の人生の幕を下ろした。
 
 白銀のドラゴンが言っていたように、俺が時を巡る先に杖があるのなら。本当にまた、手に取ることが出来るなら。そう思いながら、俺の意識は完全に途絶えた。
 
 
終わり。
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