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1 贖罪の日々
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ひらひらと舞い落ちた桜の花びらが、鼻先に乗った。
クスリと笑って手を伸ばしたのはいつだっただろう。
振り返った君の笑顔が桜の花びらに包まれて消えていく。
待って
伸ばした手がむなしく空を切って、何もかも消えてしまった。
ガタンッ!!
大きな音を立ててゴミ箱が倒れて、床にゴミが散乱した。
「何やってんだよ、よそ見してるからだろう」
「ひぁ、スミマセン! うわぁ、きったなっ」
「あ、ちょうどよかった。掃除の人いるよ。すみませんー、こっち片付けてもらえますか?」
顔を上げた男があまりにも暗くて気味の悪い雰囲気だったからか、声をかけた女子社員の顔がわずかに引き攣ったのが分かった。
近づいてきた清掃員の男が、散らかったゴミを黙々と片付け始めたので、辺りに微妙な空気が流れた。
「何あれ、何か言えばいいのに。気持ち悪い」
ぼそっと溢れた声はしっかり耳に届いた。
社員達はもう行こうと言って、その場を離れて行った。
散乱したゴミを片付けながら、佐倉は小さくため息をついて、帽子を深く被り直した。
伸び放題の髪に、剃り残した口髭、生気がなくて落ち窪んだ目、窓に映った姿を見て、自分でもひどいなと思うくらいだ。
すれ違った女子社員から、変な目で見てくる気持ち悪い清掃員がいると苦情が入るのはよくあること。
最低限清潔にはしているが、自分の容姿などどうでもいいと思う佐倉は、誰にどう思われようとかまわなかった。
ため息をついたのは、絨毯に染み込んだコーヒーの汚れを見たからだ。
誰かが飲みかけのカップをそのままゴミ箱に捨てたらしい。
ゴミ箱には飲み物を捨てないでくださいと書かれているが、全く見ずになんでも捨てるやつがほとんどだ。
「これは、洗剤を持ってこないと取れないな……」
腰に下げた清掃バッグの中に、この手の汚れが取れる強めの洗剤はない。
仕事だから仕方がないが、事務所に戻ってからまたここに来るまでには時間がかかる。
まだ別のフロアのゴミ集めが残っているので、今日は残業だなと思いながら、佐倉は息を吐いて立ち上がった。
都心の一等地に建つ、地上四十八階、地下五階の超高層ビル。
ここは日本でも有数の大企業、梶グループの自社ビルで、梶エンターテイメントの本社だ。
佐倉未春は、ビルメンテナンス会社ヤマノクリーンに所属するビルの清掃員で、この仕事を始めてもう四年を過ぎた。
ヤマノクリーンは梶グループの傘下に入っていて、グループが所有するビルの清掃を一手に任されている。
学も資格もないワケありの男を、何も聞かずに採用してくれた山野社長には感謝しかない。
社長の息子である泰成は大学時代の先輩で、まともな暮らしを送っていなかった佐倉を拾ってくれた。
遅番に入ることが多い佐倉は、いつものように清掃を終えてエレベーターに乗り込んだ。
朝や日中は混雑しているか、もうこの時間は一人で乗ることが多い。
掃除が終わる時間になると残っている社員はほとんどいなかった。
エレベーターの窓から見える夜景は、まるでファインダーから覗いた世界だ。
毎日高層ビルから夜景を眺めているが、いつ見てもこの絵になる美しい光景を切り取ることができたらどんなにいいだろうと考えてしまう。
いまだに切り捨てることができない自分自身に嫌気がさして、佐倉はそっと目を閉じた。
「お疲れー佐倉。明日は休みだっけ?」
ビル内の地下にある事務所に戻ると、泰成が用具の点検をしながら顔を上げて話しかけてきた。
「はい、すみません」
「何謝ってんだよ。病院だろう、有休残ってるんだから、消化してほしいくらいだ」
佐倉は泰成に頭を下げて、ロッカーを開けて片付けを始めた。
「それとさ、またクレーム入ってんだ。その……暗い雰囲気の若い男の清掃員がいて困るって。女性はそういうの嫌がるから」
「……すみません」
清掃員は全員ネームプレートを腰から下げているので、おそらく名前も伝えられたはずだ。
それに、清掃員はほとんどが中年の女性で、男は佐倉とシルバー雇用で来ている年配の男性が数名なので、誰のことだかすぐに分かってしまう。
それでも今年三十になったのと、ひどく萎れた見た目なので、まだ若い男と呼ばれることの方が驚くべきかもしれない。
「いいって。仕事柄、少しは清潔を心がけてほしいけど、佐倉はまぁその辺は大丈夫だし。ただ、挨拶かなぁ。笑顔を見せろとは言わないけど、話しかけられたら、とりあえず挨拶くらいは頼むよ」
分かりましたと言って着替えを終えた佐倉は職場を後にした。
二月に入って寒い日が続いている。
ビルの隙間を冷たい風が吹き抜けていき、佐倉は悴んだ手を上着のポケットに突っ込んだ。
街を歩く人々も足早に通り過ぎていく。
前から歩いてきた男二人が、仲睦まじく肩を寄せ合って歩いていた。
片方の男の首にカラーが見えて、佐倉の心臓はドキッと揺れた。
すれ違った二人が楽しげに話しながら歩いて行ったのを見て、佐倉はやっと息を吸って呼吸ができるようになった。
「……まったく、いつまで経っても慣れないな」
空を見上げると大きな月が見えた。
一人寂しく冷たい風の中に取り残されたように佇んでいた佐倉は、頭を振ってまた歩き出した。
この世には男女の性とは別に、三つの性が存在する。
人口の七割を占めると言われているのが、β(ベータ)性。
残りの二割はα(アルファ)性。
一割にも満たないと言われているのが、Ω(オメガ)性。
アルファとオメガは特有のフェロモンを発することで知られている。
アルファは男女ともに容姿や才能に優れ、社会的に高い地位の仕事に就くことが多い。
かつてオメガは、周期的に発情期がやってきて、その度に催淫フェロモンを撒き散らしてアルファをラット(暴走状態)にしてしまうので、迷惑な存在として見られることがあった。
しかしそれは昔の話で、今は科学の発展とともに効果の高い抑制剤が次々と開発され、安価で手に入れることができるようになった。
抑制剤の開発によってオメガは周期をコントロールできるようになり、無自覚にフェロモンを撒き散らすようなことはなくなった。
そして、オメガの中にはフェロモンのコントロールができるようになった者も現れた。
コントロール可能のオメガは、自由にフェロモンを発することができる。
今やフェロモンは、その人自身の魅力であり、恋愛においての一つのアイテムのように捉えられている。
オメガを保護する法律も作られて、社会的にも守ろうという意識が根付いている。
発情期の休暇は自由に申請できるし、オメガを雇うと国から補助金も出るので、企業も積極的に採用している。
研究でもオメガは社会的にも優秀なアルファを産みやすいと言われていて、婚活市場では引く手数多である。
もちろんそれは完璧にオメガと認められた者のことで、佐倉には関係のない話であった。
「うん、数値は変わらずね。協力ありがとう」
馴染みの女性医師からお礼を言われた佐倉は、病院の診察室のベッドに寝ていた。
白い壁に囲まれたこの部屋をもう何回見ているか分からない。
天井のシミの数も覚えてしまった。
胸に当てた測定器を外されたので、佐倉は自分でシャツのボタンを留めた。
毎回同じ手順で同じ検査、採血の痛みももう感じないくらいになっていた。
「佐倉さんのような混合型は希少だから、臨床研究において大事な存在なのよ。特にバース研究は未知の部分もあるし、血液のサンプルをもらえるだけでかなり助かってます」
「こちらとしては、血を提供するだけて金をもらえるので、ありがたい話です」
佐倉がそう言うと、医師は少なくてごめんなさいね、と言って笑った。
少しでも多く金を稼がなければいけない。
切実な佐倉にとって、お金になることならなんでもよかった。
希少種、そう呼ばれた佐倉は、二つのバース性を持って生まれてきた混合型だ。
アルファ性が八十パーセント、オメガ性が二十パーセントという配分のため、ほとんどアルファだと言っていい。
不完全型のため、オメガとしての機能はほとんどない。
匂いを感じることはできるが、オメガ特有の子宮もなく、発情期もない。
アルファとしては微弱なフェロモンは出るらしいが、オメガのフェロモンにあてられて、ヒートを起こすこともない。
もちろんアルファの抑制剤を飲む必要もないし、日常生活において、何か特別なものはなにもなかった。
考えれば、ほとんどベータと変わりないのではないかと思うくらいだ。
アルファとしてオメガを番にすることはできるだろうと言われているが、もうその機会はない。
自分のバース性など無くなってしまえと思うのだが、臨床研究の被験者は国から給付金がもらえる。
それを知ってから佐倉は、定期的に病院に通って、検査を受けて血を提供し続けてきた。
清掃の仕事だけでは金が足りない。
少しでも多く働いて金を、佐倉の頭にはそれしかなかった。
銀行のATMの画面を食い入るように見つめた佐倉は、間違いがないか何度も確認して、決定ボタンを押した。
頑張って働いたつもりだったが、今月は七万しか送金できなかった。
印刷されてきた明細書を見て、佐倉はため息をついた。
振込み人名欄には、治療費と印字されている。
こうやって毎月休むことなく振り込みを続けてきた。
こんなことでしか償うことができない。
それでも今の佐倉にはこれが精一杯の償いだった。
いつ終わるか分からない贖罪。
自分が生きている間はずっと続けていくつもりだ。
駅から遠く離れた安アパートに帰宅した佐倉は、部屋の電気をつけた。
電球がだめになっていて、チカチカと眩しく光るので結局電気をすぐに消した。
テレビも何もない。
佐倉にとって家は帰って寝るだけの空間だ。
トイレと一緒になった狭い風呂でシャワーを浴びて、畳に敷きっぱなしの布団に潜り込んだ。
毎日黙々と仕事をして、家に帰って寝るだけ。
休みの日も日雇いの仕事をして金を稼ぐ。
楽しみなど一切ない。
これが今の佐倉の生活だ。
佐倉の残りの人生は贖罪そのもの。
もうとっくに記憶から消えてしまった温もりを求めて、薄い布団にくるまった。
目を閉じると自分の名前を呼ぶ可愛らしい笑顔が浮かんできた。
「ごめん……ごめんね、夕貴」
一人で寝る部屋、紙のような薄い布団はいくらくるまっても少しも温かくならなかった。
佐倉は寒さと胸の痛みに震えながら、今日も眠りについた。
□□□
クスリと笑って手を伸ばしたのはいつだっただろう。
振り返った君の笑顔が桜の花びらに包まれて消えていく。
待って
伸ばした手がむなしく空を切って、何もかも消えてしまった。
ガタンッ!!
大きな音を立ててゴミ箱が倒れて、床にゴミが散乱した。
「何やってんだよ、よそ見してるからだろう」
「ひぁ、スミマセン! うわぁ、きったなっ」
「あ、ちょうどよかった。掃除の人いるよ。すみませんー、こっち片付けてもらえますか?」
顔を上げた男があまりにも暗くて気味の悪い雰囲気だったからか、声をかけた女子社員の顔がわずかに引き攣ったのが分かった。
近づいてきた清掃員の男が、散らかったゴミを黙々と片付け始めたので、辺りに微妙な空気が流れた。
「何あれ、何か言えばいいのに。気持ち悪い」
ぼそっと溢れた声はしっかり耳に届いた。
社員達はもう行こうと言って、その場を離れて行った。
散乱したゴミを片付けながら、佐倉は小さくため息をついて、帽子を深く被り直した。
伸び放題の髪に、剃り残した口髭、生気がなくて落ち窪んだ目、窓に映った姿を見て、自分でもひどいなと思うくらいだ。
すれ違った女子社員から、変な目で見てくる気持ち悪い清掃員がいると苦情が入るのはよくあること。
最低限清潔にはしているが、自分の容姿などどうでもいいと思う佐倉は、誰にどう思われようとかまわなかった。
ため息をついたのは、絨毯に染み込んだコーヒーの汚れを見たからだ。
誰かが飲みかけのカップをそのままゴミ箱に捨てたらしい。
ゴミ箱には飲み物を捨てないでくださいと書かれているが、全く見ずになんでも捨てるやつがほとんどだ。
「これは、洗剤を持ってこないと取れないな……」
腰に下げた清掃バッグの中に、この手の汚れが取れる強めの洗剤はない。
仕事だから仕方がないが、事務所に戻ってからまたここに来るまでには時間がかかる。
まだ別のフロアのゴミ集めが残っているので、今日は残業だなと思いながら、佐倉は息を吐いて立ち上がった。
都心の一等地に建つ、地上四十八階、地下五階の超高層ビル。
ここは日本でも有数の大企業、梶グループの自社ビルで、梶エンターテイメントの本社だ。
佐倉未春は、ビルメンテナンス会社ヤマノクリーンに所属するビルの清掃員で、この仕事を始めてもう四年を過ぎた。
ヤマノクリーンは梶グループの傘下に入っていて、グループが所有するビルの清掃を一手に任されている。
学も資格もないワケありの男を、何も聞かずに採用してくれた山野社長には感謝しかない。
社長の息子である泰成は大学時代の先輩で、まともな暮らしを送っていなかった佐倉を拾ってくれた。
遅番に入ることが多い佐倉は、いつものように清掃を終えてエレベーターに乗り込んだ。
朝や日中は混雑しているか、もうこの時間は一人で乗ることが多い。
掃除が終わる時間になると残っている社員はほとんどいなかった。
エレベーターの窓から見える夜景は、まるでファインダーから覗いた世界だ。
毎日高層ビルから夜景を眺めているが、いつ見てもこの絵になる美しい光景を切り取ることができたらどんなにいいだろうと考えてしまう。
いまだに切り捨てることができない自分自身に嫌気がさして、佐倉はそっと目を閉じた。
「お疲れー佐倉。明日は休みだっけ?」
ビル内の地下にある事務所に戻ると、泰成が用具の点検をしながら顔を上げて話しかけてきた。
「はい、すみません」
「何謝ってんだよ。病院だろう、有休残ってるんだから、消化してほしいくらいだ」
佐倉は泰成に頭を下げて、ロッカーを開けて片付けを始めた。
「それとさ、またクレーム入ってんだ。その……暗い雰囲気の若い男の清掃員がいて困るって。女性はそういうの嫌がるから」
「……すみません」
清掃員は全員ネームプレートを腰から下げているので、おそらく名前も伝えられたはずだ。
それに、清掃員はほとんどが中年の女性で、男は佐倉とシルバー雇用で来ている年配の男性が数名なので、誰のことだかすぐに分かってしまう。
それでも今年三十になったのと、ひどく萎れた見た目なので、まだ若い男と呼ばれることの方が驚くべきかもしれない。
「いいって。仕事柄、少しは清潔を心がけてほしいけど、佐倉はまぁその辺は大丈夫だし。ただ、挨拶かなぁ。笑顔を見せろとは言わないけど、話しかけられたら、とりあえず挨拶くらいは頼むよ」
分かりましたと言って着替えを終えた佐倉は職場を後にした。
二月に入って寒い日が続いている。
ビルの隙間を冷たい風が吹き抜けていき、佐倉は悴んだ手を上着のポケットに突っ込んだ。
街を歩く人々も足早に通り過ぎていく。
前から歩いてきた男二人が、仲睦まじく肩を寄せ合って歩いていた。
片方の男の首にカラーが見えて、佐倉の心臓はドキッと揺れた。
すれ違った二人が楽しげに話しながら歩いて行ったのを見て、佐倉はやっと息を吸って呼吸ができるようになった。
「……まったく、いつまで経っても慣れないな」
空を見上げると大きな月が見えた。
一人寂しく冷たい風の中に取り残されたように佇んでいた佐倉は、頭を振ってまた歩き出した。
この世には男女の性とは別に、三つの性が存在する。
人口の七割を占めると言われているのが、β(ベータ)性。
残りの二割はα(アルファ)性。
一割にも満たないと言われているのが、Ω(オメガ)性。
アルファとオメガは特有のフェロモンを発することで知られている。
アルファは男女ともに容姿や才能に優れ、社会的に高い地位の仕事に就くことが多い。
かつてオメガは、周期的に発情期がやってきて、その度に催淫フェロモンを撒き散らしてアルファをラット(暴走状態)にしてしまうので、迷惑な存在として見られることがあった。
しかしそれは昔の話で、今は科学の発展とともに効果の高い抑制剤が次々と開発され、安価で手に入れることができるようになった。
抑制剤の開発によってオメガは周期をコントロールできるようになり、無自覚にフェロモンを撒き散らすようなことはなくなった。
そして、オメガの中にはフェロモンのコントロールができるようになった者も現れた。
コントロール可能のオメガは、自由にフェロモンを発することができる。
今やフェロモンは、その人自身の魅力であり、恋愛においての一つのアイテムのように捉えられている。
オメガを保護する法律も作られて、社会的にも守ろうという意識が根付いている。
発情期の休暇は自由に申請できるし、オメガを雇うと国から補助金も出るので、企業も積極的に採用している。
研究でもオメガは社会的にも優秀なアルファを産みやすいと言われていて、婚活市場では引く手数多である。
もちろんそれは完璧にオメガと認められた者のことで、佐倉には関係のない話であった。
「うん、数値は変わらずね。協力ありがとう」
馴染みの女性医師からお礼を言われた佐倉は、病院の診察室のベッドに寝ていた。
白い壁に囲まれたこの部屋をもう何回見ているか分からない。
天井のシミの数も覚えてしまった。
胸に当てた測定器を外されたので、佐倉は自分でシャツのボタンを留めた。
毎回同じ手順で同じ検査、採血の痛みももう感じないくらいになっていた。
「佐倉さんのような混合型は希少だから、臨床研究において大事な存在なのよ。特にバース研究は未知の部分もあるし、血液のサンプルをもらえるだけでかなり助かってます」
「こちらとしては、血を提供するだけて金をもらえるので、ありがたい話です」
佐倉がそう言うと、医師は少なくてごめんなさいね、と言って笑った。
少しでも多く金を稼がなければいけない。
切実な佐倉にとって、お金になることならなんでもよかった。
希少種、そう呼ばれた佐倉は、二つのバース性を持って生まれてきた混合型だ。
アルファ性が八十パーセント、オメガ性が二十パーセントという配分のため、ほとんどアルファだと言っていい。
不完全型のため、オメガとしての機能はほとんどない。
匂いを感じることはできるが、オメガ特有の子宮もなく、発情期もない。
アルファとしては微弱なフェロモンは出るらしいが、オメガのフェロモンにあてられて、ヒートを起こすこともない。
もちろんアルファの抑制剤を飲む必要もないし、日常生活において、何か特別なものはなにもなかった。
考えれば、ほとんどベータと変わりないのではないかと思うくらいだ。
アルファとしてオメガを番にすることはできるだろうと言われているが、もうその機会はない。
自分のバース性など無くなってしまえと思うのだが、臨床研究の被験者は国から給付金がもらえる。
それを知ってから佐倉は、定期的に病院に通って、検査を受けて血を提供し続けてきた。
清掃の仕事だけでは金が足りない。
少しでも多く働いて金を、佐倉の頭にはそれしかなかった。
銀行のATMの画面を食い入るように見つめた佐倉は、間違いがないか何度も確認して、決定ボタンを押した。
頑張って働いたつもりだったが、今月は七万しか送金できなかった。
印刷されてきた明細書を見て、佐倉はため息をついた。
振込み人名欄には、治療費と印字されている。
こうやって毎月休むことなく振り込みを続けてきた。
こんなことでしか償うことができない。
それでも今の佐倉にはこれが精一杯の償いだった。
いつ終わるか分からない贖罪。
自分が生きている間はずっと続けていくつもりだ。
駅から遠く離れた安アパートに帰宅した佐倉は、部屋の電気をつけた。
電球がだめになっていて、チカチカと眩しく光るので結局電気をすぐに消した。
テレビも何もない。
佐倉にとって家は帰って寝るだけの空間だ。
トイレと一緒になった狭い風呂でシャワーを浴びて、畳に敷きっぱなしの布団に潜り込んだ。
毎日黙々と仕事をして、家に帰って寝るだけ。
休みの日も日雇いの仕事をして金を稼ぐ。
楽しみなど一切ない。
これが今の佐倉の生活だ。
佐倉の残りの人生は贖罪そのもの。
もうとっくに記憶から消えてしまった温もりを求めて、薄い布団にくるまった。
目を閉じると自分の名前を呼ぶ可愛らしい笑顔が浮かんできた。
「ごめん……ごめんね、夕貴」
一人で寝る部屋、紙のような薄い布団はいくらくるまっても少しも温かくならなかった。
佐倉は寒さと胸の痛みに震えながら、今日も眠りについた。
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