サクラメント300

朝顔

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18 休日ドライブ

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 真っ赤な外車のスポーツカーで登場するシーンをイメージしていたが、アパートの前に横付けされたのは、意外にも国産のステーションワゴンだった。
 真っ黒なスモークのおかげで中が全く見えなかったが、窓が開けられるとそこにいたのは、休日仕様のラフな黒いTシャツ姿の梶だった。

「待ったか? 少し渋滞したんだ」

「いや……全然大丈夫だけど……」

 これでグラサンに金の腕時計でもしていたら、いかにも金持ちのお坊ちゃんという感じだが、それはなかったので少しホッとした。

 入れよと促されて、お邪魔しますと助手席に乗り込むと、車内は広々として清潔な空気が漂っていた。
 匂いに敏感なアルファやオメガは、タバコを吸わない者が多い。
 体にも影響を受けてしまうので、残り香だけでもむせることがあった。
 佐倉が人の車に乗るのを苦手としているのはその点なのだが、同じアルファである梶にはその心配はなかった。

「ずいぶんと大きな車だな。てっきりスポーツカーみたいなので来ると思った」

「ああいう派手なのは嫌いなんだ。荷物もろくに積めないじゃないか。一人で旅行に行くこともあるから、なるべく大きい車がいいんだ」

 車中泊することもあると、これまたワイルドな発言が飛び出して、佐倉は目を丸くしてしまった。

「……騒がしいところが好きじゃないんだ。一人でいる方が気楽だし、都会の暮らしは時々息が詰まりそうになる」

 ハッキリと聞いたわけではないが、おそらくそうだろうなと佐倉も気がついていた。
 梶は人との距離の取り方が上手い。
 誰とでも気さくに話して仲良くなっている風に見せているが、ここだと決めた場所でスッと身を引いていなくなってしまう。
 あえて孤立することを選んで生きているようにすら見えた。

「未春は別だ」

「え?」

「未春といると苦しくない。重くなった心が軽くなる気がする」

「なんだよそれ。喜んでいいのかな」

 佐倉は呆れた顔をして笑ってみたが、心の中では嬉しいと思ってしまった。
 自分だけ特別に選ばれたような感覚、それは悪くなかった。

「まぁ……楽しいと思ってくれるならよかったよ」

「ああ、こんな気持ちは初めてだ」

 梶の素直な言葉に、佐倉の頬はぼっと火がついたみたいに赤くなった。
 梶は運転に集中しているので、顔を見られなくてよかったと佐倉は顔を窓の方に向けた。


 海沿いのカフェで少し遅めの朝ごはんを食べて、紹介された物件を見に行った。
 どこも駅前の好立地に建っていて、ファミリータイプの間取りの大きな部屋だった。
 梶は前の家賃と同じでいいと言ってくれたので、全部見終わる頃には、お願いしようと考えていた。
 どこにするか決めたら目黒川に頼んでくれと言われて、物件の見回りは終わった。

 次に向かったのは、桜の名所で有名な公園だった。
 男二人でボートに乗って沈みそうになったり、健康遊具みたいなので、梶がめちゃくちゃ腹筋をしまくって、近所のお年寄りに拍手されたり、よく分からないがのんびりした時間を過ごした。

 梶はただ暇人というわけでもなく、佐倉がトイレに行って戻ると、電話で指示を出していたり、メールを送っていたりと合間で仕事をしていた。
 忙しいのにわざわざなんでこんな時間を過ごしているのか疑問だったが、都会の喧騒より自然の中でのんびりするのが好きだと言っていた横顔を思い出した。
 佐倉は邪魔しないように、少し一人で近くを歩くことにした。

 梶にとってはいい気分転換みたいなものかもしれない。
 それは佐倉にとってもそうだった。

 休日の公園ということもあって、親子連れが多く訪れていた。
 佐倉は楽しそうに遊ぶ子供とそれを見守る両親という光景を見るのが好きだった。
 佐倉は一人っ子で、優しい両親に大切に育てられた。
 こんな風に休日に公園に行って、走り回って遊んだ後、アイスを買って三人で手を繋いで帰った。
 目を閉じると今でもその時のことを思い出すことができる。

 親指と人差し指を伸ばして、手で四角を作って眺めてみた。
 この一瞬を切り取って、大切な人に届けたい。
 温かい思い出は、前に進む力になる。
 そんな写真が撮りたいと思ってきた。

 あの時は確か桜が咲いていて、光が差し込む様子が美しくてカメラを向けた。
 その時の一枚を、人生を賭けたあのコンテストに応募したのだ。

 題名は……

「未春」

 名前を呼ばれて現実に引き戻された佐倉は、慌てて手を下ろしてポケットに突っ込んだ。

「帰りが遅いからどこへ行ったのかと思った。何していたんだ?」

「ん? 邪魔しちゃ悪いと思って。ただの散歩だよ」

「大したことじゃない。来週の会議の確認だ。ほら、行くぞ」

 梶が自然に差し出してきた手を見て、佐倉は目を瞬かせた。
 どちらかというと、外でくっ付いたりするのは嫌いなタイプに見えた。
 かつての恋人も甘えん坊で、よく手を繋いで歩いたことを思い出して胸がチクッと痛んだ。

「どうした?」

「……手、繋ぐのか?」

「……また、いなくなったら探すのが面倒だ」

 視線を逸らして横を向いた梶の耳が少し赤くなっていた。
 寒さのせいなのか、それとも照れたのか。
 切なく痛んでいた胸がぽっと温かくなった。

 小さく鼻から息をした佐倉は、差し出されたままの梶の手を掴んだ。

「寒い」

「こんなところで突っ立ってるからだろう。どこか店に入るか?」

「いや、飲み物だけ買って車に戻ろう」

 くっ付いて並んで歩く二人は、どう見えているのだろう。
 仲のいい友人にしては距離が近く、恋人にしては甘すぎない関係。
 自分にはちょうどいいのかもしれないと佐倉は思った。
 いつか梶がもう飽きたと言って手を離したとしても、傷つくこともない。

 そう思った佐倉は、梶の手を握る力を少し強めた。梶は何も言わなかったが、同じように握り返してくれた。





 途中のカフェでコーヒーをテイクアウトして、車に乗り込んだら、ドライブがてらに海沿いを走って、そこから山道に入り展望台までやってきた。

 駐車場に車を止めたが、険しい山道だったのと、ナビにも載っていなかったので観光客の姿はなかった。
 かなり年季の入った手すりが備え付けられた展望台は、遠くの海まで眺めることができた。
 景色はいいのだが、あるのは駐車場かよく分からない開けた場所のみで、自販機や売店などもなかった。
 カップルが夜景を見に訪れるには穴場の場所なのかもしれない。
 ただ、狭い山道を通らないといけないので、やはり夜も人は来なそうな場所だった。

「ここは適当に走らせていたら偶然見つけたんだ。静かでいいだろう。聞こえるのは波の音だけで、海から離れているから潮の匂いもしない。たまにここに来るんだが、他に観光客を見たことはないな」

「静かでいいけど……ちょっと寂しすぎるというか……」

 展望台からしばらく海を眺めた後、寒いので車に戻って買ってきたコーヒーを飲んだ。
 座席をリクライニングさせて、ぼけっと天井を眺める時間がなんだかとても贅沢に思えてしまった。
 佐倉の人生にはなかった時間だ。
 なんて心地いいのだろうと静かに目を閉じた。

「俺に弟がいるのは知っているだろう」

 泰成に色々聞いたが、早番のおばちゃん達もそんな話をしていて、社内では誰もが知っている話だった。
 目を開けて梶の方を見た佐倉は静かに頷いた。

「父はアルファだが、同じアルファの女と結婚した。向こうの名の知れた大企業のお嬢様で、気位の高いアルファだった。愛があったのかは知らない。俺を生んだ後、忙しすぎる父に愛想をつかして、さっさと別れて次の男と結婚したらしい。その後に結婚したのが、今の母親ですぐに弟が生まれた」

 これもまた、おばちゃん達から聞いていた。
 どちらが優秀か、次の社長は誰かという話題で休憩時間に盛り上がっていた。

「本当はこの仕事に就くつもりはなかった。ものづくりが好きで、一人で黙々と作業するような仕事の方が向いているんだ」

「それなら、なぜ会社勤めなんて……」

「……学生時代に一時期荒れて……、もうどうでもいいって自暴自棄になって、気がついたら流されるままここにいた」

「そうだったんだ……」

「弟の宏樹は、かなりの努力家なんだ。何かにつけてベータだと言ってくるやつがいるが、宏樹の頑張りにはバース性なんて関係ない。頑張っているやつが認められるべきなんだ。アルファだからといって、俺みたいな中途半端な男が上に立つべきではないと思っている」

「それじゃあ……」

 周りの噂話など聞きたく無くなくても耳に入ってくるのだろう。梶は何もかも分かった顔で微笑んでいた。

「父は好きなようにしろと言っているから、時期を見て退くつもりだ。人脈作りは必要だからな。今はそれが仕事だと思っている」

 辛くあたられたわけではないが、家にいるのがしんどかったと梶は言っていた。
 もしかしたら、些細なことで弟と自分の違いに気がついてしまい、ちょっとずつ心が削れていったのかもしれない。
 そんな風に思えた。

 荒れるような出来事が気になったのだが、話が先に進んでしまったので、佐倉は触れるタイミングを逃してしまった。

 梶に出会ったばかりの頃、忘れられない女性でもいるのかと冗談で思ったが、そのことが思い浮かんだ。
 例えば失恋だとしたら、荒れることもあるだろう。
 そんな想像をしてしまい、佐倉は痛んだ胸に手を当てた。

「それで、そろそろそっちの事情を打ち明けてもいいんじゃないか?」

「……え?」

「いつも何か思い詰めたように辛そうにしているのを見て、力になりたいと思うんだ。何もできない自分がもどかしい。ここにはお前と俺しかいない。壁に話していると思ってくれてもいい。話すことで少し楽になれるかもしれない」

 梶の真剣な目を受けて、佐倉は目を泳がせた。
 路頭に迷っていたところを、拾ってくれた泰成にすら、詳しい事情を話せずにいた。

「それは……」

「思い出すことすら苦しいならいい。無理はしないでくれ」

 ハンドルの上に手を置いて、梶は空を見つめていた。その横顔を見たら、これ以上何を隠す必要があるのだろうという思いに変わった。

 梶に自分の過ちを知られるのが怖いという気持ちはある。
 でも、梶とこの先も関係を続けるなら、いつか過去の出来事を知られて、最低だと思われる日が来るかもしれない。
 それが罪であるのだから、受け止めなければいけないと佐倉は思った。
 そして今がその時かもしれない。
 佐倉はゴクリと唾を飲み込んだ。

「運命の番って知っているか?」

 佐倉がそう言うと、梶は目を開いて少し驚いたように眉を上げた。





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