男だって愛されたい!

朝顔

文字の大きさ
23 / 32
第二章 街

②嵐の予感

しおりを挟む
 シドヴィスの部屋に入ったレオンは感嘆のため息をついた。さすが貴族、しかも旧三国ひとつであるジェラルダン家のご令息の部屋だ。

 部屋は何十人入れるのだろうというくらい広かった。何人も寝られそうな大きな天盖つきのベッドに、金や銀が散りばめられた調度品は目にも眩しいくらいだ。毛足の長いふかふかの絨毯に乗せられてどこに立っているのが正解か分からず、レオンはうろうろと動いては、ぼけっと周りを見渡していた。

「すでにレオンの服も用意してありますが、一度体を洗いましょう。用意させてあるので……」

 シドヴィスに勧められて、レオンはお湯をもらうことにした。簡単に体を清めて、もらった服を身に付けると、久々にアデルの格好ではなく、レオンとしての姿に戻った。
 質のいいシャツとズボンに、濃い赤色のベストは金糸が編み込んであり、これ一つでレオンの店が丸ごと買えるような気がして気が遠くなった。

「可愛い!!女装も素敵でしたけど、やっぱりレオンの姿はこちらですね。惚れ直しました!もう、夢中すぎて……あぁ、誰にも見せたくない!」

 着替えた姿を早速シドヴィスに見せると、えらく喜んでくれてレオンは嬉しかった。しかし、男の姿は好みすぎると、シドヴィスは言い出して、やっかい度がアップしてしまった。レオンが隙を見せるとシャツに手を突っ込んで来たり、ズボンを下ろそうとしてくるので、なかなか油断ができない。

「し…シド!だめだっ…てば!これから……ご両親に会うのに……!あっちょっ…ボタンが……ボタンが!!」

「そうですね、早く済ませてしまいましょう」

 またもや、レオンは抱き上げられそうになって、ご両親の前でそんな姿は見せられないとそれだけは頑なに断った。
 不満そうなシドヴィスだったが、手を繋ぐことでやっと笑顔に戻り、二人で部屋を出たのだった。


 □□




「初めまして、レオン・アーチホールドです。シドヴィス様とはまだ知り合って短いですが、とても良くしていただいています。私のような平民が恐れ多いのは分かっておりますが、お付き合いされていただくことを、どうかご両親にお認めいただきたいと思い、ご挨拶に伺いました」

 シドヴィスのご両親が待っていてくれた部屋に入ると、喋りだそうとするシドヴィスを止めて、レオンが口を開いた。
 シドヴィスを大切に育ててくれた人に、まずは自分から進み出る必要があると考えたのだ。

 お父様もお母様も優しそうな人だった。
 涙ぐんだお母様の背中を、お父様がそっと撫でながら口を開いた。

「シドから聞いている。貴族ではない平民でしかも男というのは、私個人的には思うところはある。それは二人のこれからが楽な道ではないということが心配である、ということだ。ただ、シドは確かな目を持っているし、決めたことは曲げない。もう子供ではないのだから、責任を持って、強く未来へ進んで欲しい。そして、レオンくん、シドは困難な立場に置かれるかもしれない。側で寄り添って助けてあげて欲しい」

「はい、もちろんです」

 その答えを聞いて、表情の固かったお父様が目を細めて笑ってくれた。その、顔はシドヴィスによく似ていて、レオンの胸は小さく揺れた。

 その後はお母様から色々と質問を受けて、それに答えながら部屋の中は和やかな雰囲気に包まれたのだが、突然バンと音を立てて扉が開いて、二人の男が飛び込んできたことで空気は一変した。

「アイゼン!マーシャル!なんですか、ノックもなしに飛び込んできて……」

 お母様が立ち上がって二人に声をかけると、母親のことは無視してつかつかとレオンの前まで歩いてきた。

「へぇ、お前がシドヴィスの恋人かよ、間抜けなツラしてんな。しかも女じゃなくて、男を選ぶなんて、俺には信じられないよ」

「平民らしく貧乏くさい顔だ。うちの家系にこんな卑しい人間が入るなんて、俺達は反対だよ。なぜ貴族から選ばないんだよシド、優秀すぎてついにおかしくなったのか?」

 二人とも背の高さはシドヴィスと同じくらいだった。黒髪にグレーの瞳で、顔の作りがほぼ一緒に見えた。どうやら、シドヴィスの兄は双子らしい。

「お二人に言っておくことがあります。貴族としてのプライドを持つことは勝手ですが、レオンのことをバカにするようなことを言ったり、傷つけるようなことは絶対に許しません。兄であっても、私は容赦しませんよ」

 シドヴィスのよく通る声は一字一句も迷いがなく、気持ちいいくらい真っ直ぐに二人に向けられて、目を開いて驚いた顔をしたアイゼンとマーシャルはわずかに後ろに下がった。

「……なんだよ。ムキになって………、バカだろう。たかが平民相手に……」

「うちは高貴な血の家系なんだ。それを自覚しろよ、シド」

「二人とも、レオンくんの前だ。これ以上、恥を上塗りしないでくれ。二人とも花街でまた問題を起こしたらしいな…、高貴な血が聞いて呆れる。これ以上は助けられない、自制できないなら外へ出ていきなさい」

 苛立たしげにそう言い放って、椅子を荒々しく動かしてお父様は席を立った。
 レオンの側を通るときだけ、ゆっくりして行ってくれと優しく言い残して、後は怒りを隠すことなく大きな音を立ててドアを閉めて出て行ってしまった。
 お母様も私もこれでと言って、後を付いていくように部屋から出て行った。

「チッ、親父のやつ、キレてやんの」

 レオンには、アイゼンだかマーシャルだか分からないが、どちらかがバカにしたように溢した。

「レオン、私達も行きましょう」

「あっ、はい」

 シドヴィスは、お兄様達の冷たい視線から庇うようにレオンを引き寄せた。
 そのまま背中に手を回して、守るようにしてくれて部屋から出た。

 歓迎されないことは分かっていたつもりだったが、なかなか道は厳しそうだとレオンは一瞬だけ振り返った。音を立てて閉まった重厚そうなドアはその先にいる二人との壁を表しているようで、胸が痛むのを感じた。

「本当に申し訳ございません、レオンを傷つけたくはなかった……」

「そんな……シドは庇ってくれたじゃないか。大丈夫だよ、いつか認めてくれる日が来るって……時間はかかるかもしれないけど」

 レオンが儚げに微笑むと、それを見たシドヴィスに抱き寄せられて、唇を奪われた。
 シドヴィスの口づけは甘くて柔らかく、その温かさにレオンの冷たくなった気持ちは、温められてじんわりと溶けていった。



 □□



 トントンと部屋のドアを叩く音がした。
 ちょっと強めの音に驚いてレオンはベッドから飛び起きた。
 シドヴィスは不在中の報告などでお父様の執務室へ行き、レオンは先に部屋に戻って休んでいたのだ。少し遅くなると言っていたのに、ずいぶんと早い戻りに何かあったのかとレオンの心臓は揺れた。

 レオン様と名前を呼ばれたので、急いでドアを開けると、実家へ連絡に行ってくれていた、ジェラルダン家の使用人が立っていた。お話ししたいことがと言われて、レオンの緊張は高まった。
 嫌な予感が背筋を上り、手に汗が出てきたのが分かった。

「アーチボルト氏からのご伝言です。至急戻って欲しいとの事です。詳しいことは帰ってからとの事でした」

「……分かりました。ありがとうございます」

 また父の病気が出たなとレオンは頭痛がして頭を押さえた。レオンの父は定期的に大騒ぎしないと気がすまない人であり、そのほとんどが大したことではないのに、散々周りを振り回して疲弊させるのだ。

 しばらく立ち尽くしていたら、報告を聞いたのか、シドヴィスが走ってきた。

「大丈夫ですか?急用があるそうですね。これから、戻られますか?」

「すみません。大したことではないと思いますが、一応心配なので……。ごめんなさい。軽くご挨拶した程度で……」

「私の方は問題ありません。明日は王宮へ向かう予定でしたが、それは私一人でも問題ないので、どうかすぐ向かってください。私も王宮での報告が終わり次第向かいます」

 せっかく色々と歓迎の用意をしてくれていたのに、申し訳なかった。荷物もまだ馬車に積んであったので、そのまま支度もすることなく、また馬車の中に戻ってきた。
 今日はシドヴィスと一緒にいられると思ったのに、離れなければならないことに寂しさが込み上げてきて、レオンはシドヴィスの瞳を見つめた。

「そんな目で見つめないでください。あなたを離したくなくなります。今日はお父様に譲りますが、次に会うときは必ずレオンを私のものにします。もう離さないですから」

「シド……」

「大丈夫です。すぐに会えます」

 ドアを閉める前にレオンはシドヴィスとキスをした。軽く合わせただけで、先ほどの熱いキスに比べたら物足りないくらいのものだったが、少しだけでも触れることができてレオンは嬉しかった。

 窓から顔を出すと、馬車が小さくなっても手を振ってくれているシドヴィスの姿が見えた。
 大丈夫、早ければ明後日にはまた会えるからと、レオンは自分に言い聞かせた。

 しかし、シドヴィスとこの別れが早く終わるものではないことを、レオンはまだ知らなかった。
 夕日に赤く染まる道をやがて来る夜の闇に向かって、馬車は静かに進んでいったのだった。




 □□□
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました

ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。 タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。

惚れ薬をもらったけど使う相手がいない

おもちDX
BL
シュエは仕事帰り、自称魔女から惚れ薬を貰う。しかしシュエには恋人も、惚れさせたい相手もいなかった。魔女に脅されたので仕方なく惚れ薬を一夜の相手に使おうとしたが、誤って天敵のグラースに魔法がかかってしまった! グラースはいつもシュエの行動に文句をつけてくる嫌味な男だ。そんな男に家まで連れて帰られ、シュエは枷で手足を拘束された。想像の斜め上の行くグラースの行動は、誰を想ったものなのか?なんとか魔法が解ける前に逃げようとするシュエだが…… いけすかない騎士 × 口の悪い遊び人の薬師 魔法のない世界で唯一の魔法(惚れ薬)を手に入れ、振り回された二人がすったもんだするお話。短編です。 拙作『惚れ薬の魔法が狼騎士にかかってしまったら』と同じ世界観ですが、読んでいなくても全く問題ありません。独立したお話です。

姉が結婚式から逃げ出したので、身代わりにヤクザの嫁になりました

拓海のり
BL
芳原暖斗(はると)は学校の文化祭の都合で姉の結婚式に遅れた。会場に行ってみると姉も両親もいなくて相手の男が身代わりになれと言う。とても断れる雰囲気ではなくて結婚式を挙げた暖斗だったがそのまま男の家に引き摺られて──。 昔書いたお話です。殆んど直していません。やくざ、カップル続々がダメな方はブラウザバックお願いします。やおいファンタジーなので細かい事はお許しください。よろしくお願いします。 タイトルを変えてみました。

王子と俺は国民公認のカップルらしい。

べす
BL
レダ大好きでちょっと?執着の強めの王子ロギルダと、それに抗う騎士レダが結ばれるまでのお話。

大魔法使いに生まれ変わったので森に引きこもります

かとらり。
BL
 前世でやっていたRPGの中ボスの大魔法使いに生まれ変わった僕。  勇者に倒されるのは嫌なので、大人しくアイテムを渡して帰ってもらい、塔に引きこもってセカンドライフを楽しむことにした。  風の噂で勇者が魔王を倒したことを聞いて安心していたら、森の中に小さな男の子が転がり込んでくる。  どうやらその子どもは勇者の子供らしく…

花街だからといって身体は売ってません…って話聞いてます?

銀花月
BL
魔導師マルスは秘密裏に王命を受けて、花街で花を売る(フリ)をしていた。フッと視線を感じ、目線をむけると騎士団の第ニ副団長とバッチリ目が合ってしまう。 王命を知られる訳にもいかず… 王宮内で見た事はあるが接点もない。自分の事は分からないだろうとマルスはシラをきろうとするが、副団長は「お前の花を買ってやろう、マルス=トルマトン」と声をかけてきたーーーえ?俺だってバレてる? ※[小説家になろう]様にも掲載しています。

【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる

ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。 ・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。 ・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。 ・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。

俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。 目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。 しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。 転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。 だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。 そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。 弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。 そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。 颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。 「お前といると、楽だ」 次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。 「お前、俺から逃げるな」 颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。 転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。 これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。 続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』 かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、 転生した高校時代を経て、無事に大学生になった―― 恋人である藤崎颯斗と共に。 だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。 「付き合ってるけど、誰にも言っていない」 その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。 モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、 そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。 甘えたくても甘えられない―― そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。 過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。 今度こそ、言葉にする。 「好きだよ」って、ちゃんと。

処理中です...