孤独なライオンは運命を見つける

朝顔

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番外編

番外編① ジェラシーとスパイス

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 カチコチカチコチ…。
 時計の音だけが部屋に響いている。

 あまりに静かすぎる時間が気まずいのだが、聴診器を当てられて診てもらっているので、とにかく平常心を保とうと小さく息を吸い込んだ。

「うん、異常はないね」

 医師の言葉に安堵したのか、半分腰を上げていた燿一郎がガタンと音を立てながら椅子に体を預けた。

「そもそも、周期が乱れることはよくあるよ。特に精神的なものの影響が強いんだ。例えばパートナーと離れたりとか……」

「でも、俺が帰ってきてもう半年ですよ」

「だから精神的なものが大きいの。特に君ずいぶん強いアルファ性を持っているみたいだから、オメガは本能的に警戒するのかもしれない。少し落ち着くまで刺激しないで待ってあげることだ」

 納得できなかったのか、ズイっと前に出た燿一郎だが、老医師にピシャリと言われたので意気消沈して大人しくなった。

「後は少し疲れ気味かな。栄養剤を出しておくから飲むように。それと…、少し控えてあげるといい。ヤリ過ぎは逆に本能を鎮めてしまうからね」

 老医師が口髭をピンとはじきながら、決め台詞のように最後のシュートを決めてきて、顔面で受け止めた俺は真っ赤になって下を向いた。
 こんな場所で指摘されるとは、恥ずかしすぎて顔を上げることができない。
 しかも言われた通りなので、否定できないのもまた恥ずかしかった。



 5年の遠距離恋愛を経て、燿一郎が日本に帰って来て半年。
 一度、発情期と疑うような体調の変化があったが、実はただの疲労ですぐに回復してしまった。

 もう誰にも邪魔されることはなくなったので、早く番いになりたいと思っているのだが、俺の体の方がなかなか言うことをきかない。心配になった燿一郎とバース研究で有名な名医の元で診察を受けたが、特に異常はなしという結果だった。
 診察室を出て、二人で並んで歩いていたが、なんと言っていいかお互い言葉を探すような沈黙が流れていた。

 俺自身はもちろん番にはなりたいが、そこまで焦ってはいなかった。
 だが、燿一郎はすごく焦っているように見えた。それは彼の過ごしてきた環境が起因しているのだろう。

 自分の意思とは関係なく立て続けに変わる生活。傲慢な父親に振り回されて、日本と外国を何度も行き来させられた学生時代。
 二人で挨拶に行って、ほぼ縁を切るみたいに飛び出したが、それでもまだ燿一郎は縛られているように思えた。
 時々不安を消したいかのように、むちゃくちゃに抱かれる時がある。
 求められるままに全部受け止めているのだが、きっと確証が欲しいのではないかと思っていた。
 もう誰かに自分の人生を左右させられないという証。
 俺との間にそれを求めているのだとひしひしと感じていた。


「ここまで来て良かった。問題ないことが分かったのはいいことだ」

 沈黙を破るように、燿一郎が明るく声を出した。不安を悟られたくないのだろう。やけに明るい笑顔が逆に申し訳ない気持ちになった。

「ごめんな、燿一郎」

「柊が謝ることじゃない。俺が変に焦っていただけだ。ゆっくり待てばいい」

 シュンとした俺の頭を燿一郎が優しく撫でてきた。燿一郎の手は骨張ったごつごつしているが、手のひらは柔らかい。気持ち良くてうっとりとして目を細めた。

「ただ、確かにヤリ過ぎだな。柊は疲労だっていうし、少し控えよう……」

「そ…そうだな…」

 その話になると気まずくてまた顔が熱くなった。確かにここに来る前にも玄関先で二回もしてしまった。
 それを思い出して、口元に手を当てた。

「すみませんー。こちらのファイルを会計に持っていってください」

 パタパタと足音がして、若い看護師の女性が走ってきた。ここの病院は院長の趣味なのか、コスプレみたいな可愛いミニスカートのナース服だ。
 胸も谷間まで見えそうなくらい開いている。
 若い看護師さんは、明らかに燿一郎にペッタリとくっついて、ファイルを渡していた。
 手渡しする際、さりげなく親指で燿一郎の手を撫でたところを見てしまい、ピクッとこめかみに力が入った。

 燿一郎はモテる。
 スラリと背が高く、海外生活で体を作ってきたのか、以前よりともっとガッシリとして逞しくなって帰ってきた。
 精悍で整った顔つきには、ほんのりと大人の色気が加わって、見ているだけで溶けそうな気持ちになる。
 何よりアルファのフェロモンだ。
 本人はコントロールできていると言っているが、俺からしたらまだまだ漏れていて時々無意識に吸い寄せられてしまう。

 もちろんそれは周りもそうだ。
 オメガもベータも熱視線を送っている時があって、隣にいると俺の方がよく気がついてしまう。
 こんなに愛されて心が狭いと思うのだが、その度に胸がジリジリと焦げてしまう。
 そんな自分を悟られたくなくて、手を伸ばして燿一郎の腕に触れた。

「どうした? 珍しいな…柊からなんて…」

 俺はもともとプライドが高い人間だ。本当はもっと燿一郎に触れていたいが、自分から甘えることはどうしても上手くできない。
 それに外でなんて人目も気になるので、いつもある程度の距離を保っている。

 ただ今日は焦げた胸に背中を押されるように、燿一郎に触れたくなってしまった。

「やっぱり、調子が悪いんだろう。疲労だって言われたからな。今日のクライアントの打ち合わせは俺が一人で行くから」

「えっ!? ちょっ…」

「俺はタクシーでいいから、柊は堤の車に乗って早退だ。家で薬を飲んで寝ること!」

 心配そうに眉を寄せた燿一郎に病人だと認定されてしまい、病院の前に横付けしていた堤の運転する社用車に押し込まれた。
 一応否定はしてみたが、思い込んだ燿一郎を止めることはできなかった。大人しく後部座席に寝かされて、手を振る燿一郎を残して車は発車した。





「あっはっはっはははははっ」

「……笑い事じゃないです」

 運転しながら大口を開けて笑う堤の顔がミラーに映って、それを見た俺はムッとしながら顔を窓の外に向けた。

「だって、柊が甘えようとしたら、体調が悪いって勘違いされて早退命令だろう。あー…おかしい」

 窓の外を見ながら、俺は情けなくてため息をついた。
 堤は大学時代の先輩で、燿一郎の従兄弟にあたる。海外に行っていた燿一郎から頼まれて、俺の相談役をやってくれていた人だ。
 それは今でも変わりなく、仕事面も含めて色々と話を聞いてくれる。

「自分でも分かっているんですよ。変な嫉妬ばかりして、全然素直になれなくて…。だから勘違いされるって……」

「俺も種類は別だけどアイツに惚れた人間の一人だからさ。とにかく人を惹きつける男だから、嫉妬してしまう柊の気持ちも分かるよ」

 年上だが、燿一郎のカリスマ性に惹かれたということで、堤は昔から燿一郎の側を付いてまわり、今は副社長として燿一郎を支えている。

「柊はアルファとして教育を受けてきたから、弱みを見せてはいけないって気持ちが根付いてるんだろうな。まぁ、無理しなくていいって。燿一郎はそのままの柊が好きなんだろうから」

「……堤さん」

「と言うか、もっとドス黒いところ見せてやれ。俺の燿一郎を勝手に見るな! とか、触るな俺のモンだ! とか言ってさ。アイツ絶対大喜びすると思うよ」

「…い……いや、それは…ちょっと…」

 仕事中そんなことをしたら、完全に空気の読めない社会人になってしまう。プライベートでも恥ずかしくてできない。
 堤のアドバイスは、ありがたく胸にしまっておくことにした。








「はぁぁぁーーー………」

 思ったより大きなため息が出てしまい、慌てて口に手を当てた。
 トイレの狭い個室中は、色々考えてしまうので苦手だ。

「二週間……」

 完全に独り言だが、もう喉をついて出てきてしまった。
 一緒にいられる時は毎日のように抱き合っていたのに、それが全くなくなってしまった。
 出張で会えないのなら分かるが、それもなくて、一緒の部屋で過ごしながら、全く触れ合うことなくまるで友人のように過ごしている。
 普通に話すがうまく言えないが一定の距離を作られている。そういう意味では友人というよりも距離があるかもしれない。
 一応お互い別に部屋があるが、俺の部屋は二人でいる時は全く使っていなかった。
 それが、燿一郎は一人でさっさと寝てしまうので、仕方なく俺も自分の部屋で寝ている。

 分かっている。
 喧嘩をしたわけではないし、燿一郎はこうと決めたらこうだという男だ。
 医師の言葉を聞いて、それを忠実に実践しているのだろう。

「……だからって、ちっとも触れてくれないなんて……」

 あのウザがってもベタベタしてくる男が、正反対の淡白な男になってしまった。

「あぁ…なんだよ…もう」

 寂しい。
 言葉にできたらどんなに楽になるだろう。

 でも完璧すぎる燿一郎を前にすると、俺は自分が何にもないように思えて、そんな俺が寂しいなんて言ってしまったら、本当に燿一郎の足を引っ張ってしまうように思えるのだ。

 だから、閉まったドアを見ながら、平気なフリをして小さく涙をこぼす。
 こんなウジウジした自分が本当に嫌だ。
 嫌でたまらない。

 会社まで来て個室のトイレにこもって、ウジウジとしていたら、ドンドンとドアを叩かれてしまった。
 次の人が待っていたようだ。さすがにトイレ休憩にしては長すぎた。
 慌ててすみませんと声を出して、水を流してから外へ出た。ため息を飲み込んで仕事に戻ることにした。


「草壁さん、これ知ってますか?」

 自分のデスクに戻ると、同僚に書類の入った封筒を渡された。
 俺は燿一郎の仕事の調整などを担当していて秘書のような役割をしている。
 だから燿一郎が忘れたものなどが、俺に回ってくることが多い。

「社長の机の上に残っていて、大事なものなら……」

「ああ、これは確か、今日の取材用のアンケートが入った資料だ。……おいおい、社長。まったく…また忘れたみたいだな」

 燿一郎は完璧と見せかけて、忘れ物が多いところがある。
 多分出かける前に、チェックしていてそのまま置き忘れたのだろう。
 俺も外を回っていたから、気が付かなかった。

「どうします? 連絡して、出版社に送りますか?」

「いや…、急ぎで必要だと聞いていたから、俺が持って行くよ。この後は予定はないから」

 よろしくお願いしますと言われて、俺はすぐに会社を出た。
 燿一郎は今をときめく若手社長。
 会社を大きくするためにも、宣伝は必要なので積極的に受けている。今日は都内のスタジオで出版社の撮影と取材が入っていた。
 期待の社長十人に選ばれて、特集ページが組まれる予定だ。
 いつまでも私情でウジウジしていられない。
 社のチャンスだと俺は仕事モードに頭を切り替えることにした。





「それじゃあ、九鬼さんはゴルフとかはやらないんですかぁ」

「ええ、付き合いで何度かありますが。趣味にするには格好がつかないくらいの腕でして」

「ええーっ、ひな子教えてもらおうかと思ったのにぃー」

 甘ったるい声がスタジオ響いて、俺はこめかみどころか眉間にまでシワが寄った。力が入り過ぎたのか、顔面がピクピクと動き出した。
 周りのスタッフからひな子ちゃん可愛いという声が上がり、うさぎの耳をつけたバニーちゃんスタイルのひな子ちゃんは、うふふっと微笑んだ。
 見ているだけで口の中が甘くなって砂糖を吐きそうだ。
 何を見せられているのだろうかと、俺は頭痛がして頭を抱えた。


 俺がスタジオに到着すると、前半の真面目な取材は終わっていて、次のコーナーの取材が始まっていた。
 書類は無事渡したが、出版社の担当さんにせっかくだから見ていってくださいとスタジオに押し込まれた。
 今回の概要ですと渡された資料には、Web版限定、人気グラビアイドルのひな子ちゃんが社長さんに突撃!明日の日本を教えてくださぁい、と書かれていた。

 どうやらターゲットがオジ様世代で、経済には無知なひな子ちゃんが、社長の生い立ちや成功論などを面白おかしく、時々セクシーも取り入れつつインタビューするという内容だった。

 誰がこの企画を了承したのか、俺はイラつきが止まらなかった。
 何しろひな子ちゃんは普段の仕事服なのか黒いビキニでうさ耳を付けている。
 とても直視できないセクシーな格好で、燿一郎の横にピタリと添うようにソファーに並んで座っているのだ。
 しかも豊満な胸を押し付けていて、始終上目遣いでインタビューをしていた。
 ちなみにひな子ちゃんは、まだ誰とも番っていないオメガのアイドルというキャッチフレーズで売れている子だ。

 何とか撮影も終わり、スタッフが撤収作業に入った今がチャンスだと思ったのか、ひな子ちゃんが動いた。
 金髪のフワフラとした髪の毛を靡かせながら、なんと燿一郎の太ももに手を置いたのだ。

 ひゅうと、思わず息を吸い込んで、俺は一歩前へ出てしまったが、何とか手を力を入れて耐えた。何の拷問だと思いながら歯を食いしばった。

「えー…。九鬼さん、マジでカッコいい。私達絶対相性いいですよ。今夜あたり、試しません?」

「申し訳ございませんが、私にはもうパートナーがおりますので、こういった事はやめてください」

「そんなこと言わないでくださぁい。ひな子、絶対満足させますよ。こんなお誘いしたのは九鬼さんが初めてなのにぃ」

 燿一郎はちゃんと断っていたが、ひな子ちゃんは自信があるのか強引に勝負に出たようだ。
 燿一郎の胸に手を置いて、その手がシャツの間に入り込みそうになっているのを見たら、プチンと俺の中で何かが切れた音がした。





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