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第五章 追う者、去る者
第五十二話 子は子
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三日後。
レイティルさんに案内され、俺は再び面会室前の部屋へと向かった。
「待たせたね。この扉の奥…‥面会室には、君の父親が待っている。だが……それが君の覚えている父親のイメージと必ずしも一致するとは限らない。それだけは、頭に入れておいて欲しい」
「分かりました。そりゃあ、逮捕されてから九年経ちますもんね」
父が逮捕された当時、俺は七歳だった。
そんな俺も十六歳になって大きく体格も精神面も成長したのである。
父は九年間を過ごしたのが牢獄の中であったとて、人間として少しも変わっていないということは無いだろう。
また、そもそも九年も経って覚えている当時の記憶といえば、いくら父親の事といえど薄れているものである。
そんな父親と久しぶりに会うのだ。
ガラテヤ様と出会って人生が変わってから、いくつも修羅場は潜ってきたつもりだが……流石の俺でも、緊張を抑え切ることができない。
身体が小刻みに震えていることが、何よりの証拠である。
「怖いのかい、父に会うことが」
「まあ……色んな意味で」
「……きっと、大丈夫さ。九年ぶりとはいえ、相手は親だ。それに、離れ離れになった理由が君にある訳でも無いんだろう?」
「そうですけど……何というか、心構えが要るんですよ」
「とは言ってもねぇ……。向こうもずっと面会室に置いておく訳にはいかないものだから……」
「分かりました。……行きます。無理矢理にでも覚悟決めます」
「そうしてもらえると助かるねぇ。じゃあ、扉を開けるよ」
レイティルさんが扉を開けると、その奥からおぞましい気配が漂ってくる。
殺気とはまた違う、本質的に歪んだ力。
「これは……思っていたより」
「キツいよね。私もそう思うとも」
「よく三日で面会許可されましたね」
「ホントだよ」
「部屋に入る前に聞いておきますけど……大丈夫なんですか?」
「一応、何かあったら私が何とかするつもりだよ。だから大丈夫。安心して行って来なさい」
「……もしもの時は、頼みます」
俺は先に入室した監視員の後に続き、面会室へ。
監視員の目が血走っている。
この空間は今、「普通」では無いのだろう。
こちらも、自然と顔が強張ってしまう。
一歩一歩、前へ進んでいく。
そして俺の視界に、監視員とは別の人影が入った。
「……お前は、誰だ」
「やあ、九年ぶりだね。俺のこと、覚えてない?」
「知らん」
「そっか」
予想通りと言うべきだろうか。
網膜に映る父の姿は、何か大切なものを抜き取られた抜け殻のようであり、しかし何か別の、こちらへ向いた殺意というわけではやい、言うなれば「純粋なおぞましいさ」を感じた。
「だが……どこかで見たことがあるような気もする。昔、オレはお前と過ごしていたような」
「そうだね。……そうだよ、確かにそうだ。……俺は確かに、あんたと一緒に過ごしてた時がある」
「ああ……お前は、オレにとっての何だ?教えてくれ。知っているのだろう?オレはとっくに、多くのものを忘れてしまった。……お前は……何だ?」
俺のことを完全には覚えていないのだろう。
しかし、何か少しでも思い出すきっかけになれば。
俺は喉元に引っかかっている言葉を吐き出すように、息と共に漏らした。
「俺は……俺は、あんたの息子だよ、父さん」
「オレの……息子?」
「ああ。父さんが逮捕されたのは、俺が七歳の時だったかな。……こんなことを言うべきじゃあ無いんだろうけど……懐かしいよ」
「……そうか。そう言われれば、納得できない話じゃあないな。お前がオレの息子ってことは……オレには女房がいたのか?お前の母親は、今どうしてる……?」
「……いないよ、母さん」
「いない?」
「うん、いない。俺に母さんはいないんだ」
この様子だと、事件当時のことも覚えていないのだろう。
何かしらの精神障害を抱えていると見える。
しかし、この父に真実を告げるのはあまりにも酷であろう。
無理な言い訳であるとは分かっているが、俺は誤魔化すことにした。
「じゃあ、何だ……?何故、俺はお前の父なのだ……?」
「育ての親、みたいなものかな」
「そうか……。もし本当に、オレがお前の父親なのだとしたら……面倒を見てやれなくて、すまなかった。よく、生きてくれたな」
「いいんだよ。辛いことはあったけど、今はこうして普通に生きてるんだから」
「お前は……優しいんだな」
「久々に父さんに会ったから、浮かれてるだけだよ」
「そうか……」
父の表情は、どこか安堵しているようにも見える。
俺が息子であるということを思い出したのか、はたまた確信は持てないが、それを真実だと信じたいのか。
少なくとも、この部屋に入った時に感じた禍々しい力は、必死に息を潜めるように、不安定なかたちで落ち着いていた。
「じゃあまたね、父さん」
「ああ。面会希望さえ通れば、また、来ると良い。昔と今のオレは違うだろうが、それでも……お前さえ良ければ、な」
「うん。ありがとう、父さん」
会ってみれば、記憶が抜け落ちているということを除けば普通の男であった。
そして……やはり心優しい、俺の父親であった。
父が虐殺を行ったことは、確かな事実だ。
しかし、それが妻であり俺の母でもある人を、事故とはいえ奪われたことによる憎しみの表出であると言うこともまた、事実として理解しているというつもりだ。
きっと、俺が父さんの立場だったとして、事故で馬車に轢かれたのがガラテヤ様だったら、同じことをしていたかもしれない。
そう考えると、世界とは、秩序とは、人とは、時に融通の効かないものであると憂いながらも、そうでもしないと世界が保たない人間の危うさを覚えながら、俺は面会室を去る。
扉の前に立っていたレイティルさんに連れられ、俺はガラテヤ様とファーリちゃんが先行している食堂へ向かう。
秩序を具現化した施設とも言える牢獄の中で、俺が何かを憂いていたということを、レイティルさんは察したのだろう。
彼は俺の頭を撫で、そしてガラテヤ様の隣の席につかせてくれたのであった。
レイティルさんに案内され、俺は再び面会室前の部屋へと向かった。
「待たせたね。この扉の奥…‥面会室には、君の父親が待っている。だが……それが君の覚えている父親のイメージと必ずしも一致するとは限らない。それだけは、頭に入れておいて欲しい」
「分かりました。そりゃあ、逮捕されてから九年経ちますもんね」
父が逮捕された当時、俺は七歳だった。
そんな俺も十六歳になって大きく体格も精神面も成長したのである。
父は九年間を過ごしたのが牢獄の中であったとて、人間として少しも変わっていないということは無いだろう。
また、そもそも九年も経って覚えている当時の記憶といえば、いくら父親の事といえど薄れているものである。
そんな父親と久しぶりに会うのだ。
ガラテヤ様と出会って人生が変わってから、いくつも修羅場は潜ってきたつもりだが……流石の俺でも、緊張を抑え切ることができない。
身体が小刻みに震えていることが、何よりの証拠である。
「怖いのかい、父に会うことが」
「まあ……色んな意味で」
「……きっと、大丈夫さ。九年ぶりとはいえ、相手は親だ。それに、離れ離れになった理由が君にある訳でも無いんだろう?」
「そうですけど……何というか、心構えが要るんですよ」
「とは言ってもねぇ……。向こうもずっと面会室に置いておく訳にはいかないものだから……」
「分かりました。……行きます。無理矢理にでも覚悟決めます」
「そうしてもらえると助かるねぇ。じゃあ、扉を開けるよ」
レイティルさんが扉を開けると、その奥からおぞましい気配が漂ってくる。
殺気とはまた違う、本質的に歪んだ力。
「これは……思っていたより」
「キツいよね。私もそう思うとも」
「よく三日で面会許可されましたね」
「ホントだよ」
「部屋に入る前に聞いておきますけど……大丈夫なんですか?」
「一応、何かあったら私が何とかするつもりだよ。だから大丈夫。安心して行って来なさい」
「……もしもの時は、頼みます」
俺は先に入室した監視員の後に続き、面会室へ。
監視員の目が血走っている。
この空間は今、「普通」では無いのだろう。
こちらも、自然と顔が強張ってしまう。
一歩一歩、前へ進んでいく。
そして俺の視界に、監視員とは別の人影が入った。
「……お前は、誰だ」
「やあ、九年ぶりだね。俺のこと、覚えてない?」
「知らん」
「そっか」
予想通りと言うべきだろうか。
網膜に映る父の姿は、何か大切なものを抜き取られた抜け殻のようであり、しかし何か別の、こちらへ向いた殺意というわけではやい、言うなれば「純粋なおぞましいさ」を感じた。
「だが……どこかで見たことがあるような気もする。昔、オレはお前と過ごしていたような」
「そうだね。……そうだよ、確かにそうだ。……俺は確かに、あんたと一緒に過ごしてた時がある」
「ああ……お前は、オレにとっての何だ?教えてくれ。知っているのだろう?オレはとっくに、多くのものを忘れてしまった。……お前は……何だ?」
俺のことを完全には覚えていないのだろう。
しかし、何か少しでも思い出すきっかけになれば。
俺は喉元に引っかかっている言葉を吐き出すように、息と共に漏らした。
「俺は……俺は、あんたの息子だよ、父さん」
「オレの……息子?」
「ああ。父さんが逮捕されたのは、俺が七歳の時だったかな。……こんなことを言うべきじゃあ無いんだろうけど……懐かしいよ」
「……そうか。そう言われれば、納得できない話じゃあないな。お前がオレの息子ってことは……オレには女房がいたのか?お前の母親は、今どうしてる……?」
「……いないよ、母さん」
「いない?」
「うん、いない。俺に母さんはいないんだ」
この様子だと、事件当時のことも覚えていないのだろう。
何かしらの精神障害を抱えていると見える。
しかし、この父に真実を告げるのはあまりにも酷であろう。
無理な言い訳であるとは分かっているが、俺は誤魔化すことにした。
「じゃあ、何だ……?何故、俺はお前の父なのだ……?」
「育ての親、みたいなものかな」
「そうか……。もし本当に、オレがお前の父親なのだとしたら……面倒を見てやれなくて、すまなかった。よく、生きてくれたな」
「いいんだよ。辛いことはあったけど、今はこうして普通に生きてるんだから」
「お前は……優しいんだな」
「久々に父さんに会ったから、浮かれてるだけだよ」
「そうか……」
父の表情は、どこか安堵しているようにも見える。
俺が息子であるということを思い出したのか、はたまた確信は持てないが、それを真実だと信じたいのか。
少なくとも、この部屋に入った時に感じた禍々しい力は、必死に息を潜めるように、不安定なかたちで落ち着いていた。
「じゃあまたね、父さん」
「ああ。面会希望さえ通れば、また、来ると良い。昔と今のオレは違うだろうが、それでも……お前さえ良ければ、な」
「うん。ありがとう、父さん」
会ってみれば、記憶が抜け落ちているということを除けば普通の男であった。
そして……やはり心優しい、俺の父親であった。
父が虐殺を行ったことは、確かな事実だ。
しかし、それが妻であり俺の母でもある人を、事故とはいえ奪われたことによる憎しみの表出であると言うこともまた、事実として理解しているというつもりだ。
きっと、俺が父さんの立場だったとして、事故で馬車に轢かれたのがガラテヤ様だったら、同じことをしていたかもしれない。
そう考えると、世界とは、秩序とは、人とは、時に融通の効かないものであると憂いながらも、そうでもしないと世界が保たない人間の危うさを覚えながら、俺は面会室を去る。
扉の前に立っていたレイティルさんに連れられ、俺はガラテヤ様とファーリちゃんが先行している食堂へ向かう。
秩序を具現化した施設とも言える牢獄の中で、俺が何かを憂いていたということを、レイティルさんは察したのだろう。
彼は俺の頭を撫で、そしてガラテヤ様の隣の席につかせてくれたのであった。
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