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午前八時を少し回った県警本部の廊下は足早に行き来する職員で溢れていた。
制服をキッチリと着込んだ職員が背筋を正して闊歩する中、寝癖が残ったままの髪の毛をわしゃわしゃと掻きまわしながら、十束はゆったりとした足取りで捜査会議室へ向かっていた。
「十束先輩!」
元気そうな声に振り返ると榊が少し後で手を振っている。
「先輩、おはようございます」
「おはようさん、しっかり休めたか?」
「はい、久しぶりにグッスリ眠れたっす。十束先輩は?」
言葉通り、榊の顔色はすこぶるよくなっていて肌に艶まで出ている。ロクに睡眠が取れていなかった数日前に比べたら見違えるほど生気に溢れていた。
「ああ、他の奴には悪いが……なんせ上司命令だからな」
異常事態の翌日、本来なら朝の会議を開始する時間、救急搬送された鈴谷を除く十束たち「当事者」は県警本部の会議室に集められた。
鑑識官の鈴谷が緊急搬送されたことを受けて、急きょ、捜査本部長が捜査官たちへの聞き取りを実施することになったのだ。
「あの時はスゲー緊張しましたよ。取り調べを受ける被疑者って、あんな気持ちなんすかね……」
げっそりとした表情で榊がそう零すのに、十束も黙って頷いた。
重苦しい空気が立ち込める会議室はさながら取調室の様相を呈していた。
会議机越しに捜査官たちに相対するのは管理官と副部長そして桃実本部長。
捜査官たち一人一人が昨晩の出来事について説明する中、副部長の額には徐々に青筋が浮かび、今にも怒鳴りだしそうな雰囲気を醸し出ていた。
管理官は終始、冷ややかな目で一同を観察しながら、捜査員の曖昧な発言に対して容赦なく追及した。
ただひとり、桃実本部長だけは一言も発せず、腕組みをしたまま鋭い視線を正面に据えていた。
全員の話を聞き終わった後、上司たちが下したのは『停電でパニックになり、幽霊の噂と元々の過労があいまって集団幻覚を起こした』という結論だった。
その結果、あの晩鑑識課にいた職員たちは半ば強制的に病院を受診させられ『過労』の診断を受けた後、数日間の自宅待機を命じられたのだった。
――幻覚か。
確かに、あの夜の異常事態を説明するのに都合のいい解釈ではある。
少なくとも榊をはじめとした捜査官たちは百パーセント納得はしていないものの、その解釈を受け入れることによって心の平穏を取り戻している。
しかし、十束の考えは全く逆だった。
――あの夢で見た光景、そしてコイツを見つけちまったからには、なぁ?
胸ポケットに入れた手帳の中には、休みの間コッソリと図書館に通って手に入れた新聞のコピーが挟まれている。
あの晩の出来事を幻覚で片づけることは十束にはとてもできなかった。
むしろ一連の事件に影のように付きまとっている『異常』に目を向けることで――その裏にある『何か』がようやくおぼろげに見えてくるような思いがしてならない。
「そうそう、幽霊といえば俺達が休みの間に県警本部と捜査本部のあるH署で、お祓いをしたらしいっす」
「お? それは初耳だな」
「あんまりにも捜査が進展しないし、なんかやたらとトラブルが起こるしで……縁起が悪いからって。幽霊とか信じてない人達はブツブツ言ってたけど、本部長が『皆が安心できるなら、やろう』と言った事で了承したようです」
「へぇ……本部長が」
会議室での聞き取りが終わった後、退出する際に誰に対するでもなく桃実が呟いた一言を十束は思い出した。
『幽霊だろうと、これ以上の勝手は許さない』
取り調べの間、桃実本部長の真正面に座っていたのは外でもない十束だった。
だからこそ、桃実本部長が何を見ていたのか……本部長の視線が自分に向けられていないことを十束は充分に理解していた。
――桃実本部長、あの人は。何かを知っているんじゃないのか……。
「それでー! なんと出なくなったらしいんですよ! 幽霊!」
榊の声で現実に引き戻された十束は、興味のある風を装って相槌を打った。
「ほお、……お祓いの効果があったてことか」
「そうみたいっす! 以前は一日に二、三回目撃されてたのが、今やゼロ! これで幽霊に怯えることなくスムーズに捜査が進められまぁす!」
休養と幽霊騒ぎがひと段落したことで榊のテンションは上がっているようだった。
「おはようございま――す……」
勢いよく発せられた榊の挨拶がしりすぼみに消えた。
それほど捜査本部面々は殺気立っており、慌ただしく部屋を出ていく者、携帯電話で指示を飛ばしている者……もうすぐ捜査会議が始まるというのに席に座っている者はほとんどいなかった。
「えっ、コレ……一体何が……」
「おい、まだ聞いてないのか?」
入り口で突っ立ったままの榊に捜査員の一人が声をかけた。
「三件目の生首事件だっ! ……今朝、また生首が遺棄された!」
制服をキッチリと着込んだ職員が背筋を正して闊歩する中、寝癖が残ったままの髪の毛をわしゃわしゃと掻きまわしながら、十束はゆったりとした足取りで捜査会議室へ向かっていた。
「十束先輩!」
元気そうな声に振り返ると榊が少し後で手を振っている。
「先輩、おはようございます」
「おはようさん、しっかり休めたか?」
「はい、久しぶりにグッスリ眠れたっす。十束先輩は?」
言葉通り、榊の顔色はすこぶるよくなっていて肌に艶まで出ている。ロクに睡眠が取れていなかった数日前に比べたら見違えるほど生気に溢れていた。
「ああ、他の奴には悪いが……なんせ上司命令だからな」
異常事態の翌日、本来なら朝の会議を開始する時間、救急搬送された鈴谷を除く十束たち「当事者」は県警本部の会議室に集められた。
鑑識官の鈴谷が緊急搬送されたことを受けて、急きょ、捜査本部長が捜査官たちへの聞き取りを実施することになったのだ。
「あの時はスゲー緊張しましたよ。取り調べを受ける被疑者って、あんな気持ちなんすかね……」
げっそりとした表情で榊がそう零すのに、十束も黙って頷いた。
重苦しい空気が立ち込める会議室はさながら取調室の様相を呈していた。
会議机越しに捜査官たちに相対するのは管理官と副部長そして桃実本部長。
捜査官たち一人一人が昨晩の出来事について説明する中、副部長の額には徐々に青筋が浮かび、今にも怒鳴りだしそうな雰囲気を醸し出ていた。
管理官は終始、冷ややかな目で一同を観察しながら、捜査員の曖昧な発言に対して容赦なく追及した。
ただひとり、桃実本部長だけは一言も発せず、腕組みをしたまま鋭い視線を正面に据えていた。
全員の話を聞き終わった後、上司たちが下したのは『停電でパニックになり、幽霊の噂と元々の過労があいまって集団幻覚を起こした』という結論だった。
その結果、あの晩鑑識課にいた職員たちは半ば強制的に病院を受診させられ『過労』の診断を受けた後、数日間の自宅待機を命じられたのだった。
――幻覚か。
確かに、あの夜の異常事態を説明するのに都合のいい解釈ではある。
少なくとも榊をはじめとした捜査官たちは百パーセント納得はしていないものの、その解釈を受け入れることによって心の平穏を取り戻している。
しかし、十束の考えは全く逆だった。
――あの夢で見た光景、そしてコイツを見つけちまったからには、なぁ?
胸ポケットに入れた手帳の中には、休みの間コッソリと図書館に通って手に入れた新聞のコピーが挟まれている。
あの晩の出来事を幻覚で片づけることは十束にはとてもできなかった。
むしろ一連の事件に影のように付きまとっている『異常』に目を向けることで――その裏にある『何か』がようやくおぼろげに見えてくるような思いがしてならない。
「そうそう、幽霊といえば俺達が休みの間に県警本部と捜査本部のあるH署で、お祓いをしたらしいっす」
「お? それは初耳だな」
「あんまりにも捜査が進展しないし、なんかやたらとトラブルが起こるしで……縁起が悪いからって。幽霊とか信じてない人達はブツブツ言ってたけど、本部長が『皆が安心できるなら、やろう』と言った事で了承したようです」
「へぇ……本部長が」
会議室での聞き取りが終わった後、退出する際に誰に対するでもなく桃実が呟いた一言を十束は思い出した。
『幽霊だろうと、これ以上の勝手は許さない』
取り調べの間、桃実本部長の真正面に座っていたのは外でもない十束だった。
だからこそ、桃実本部長が何を見ていたのか……本部長の視線が自分に向けられていないことを十束は充分に理解していた。
――桃実本部長、あの人は。何かを知っているんじゃないのか……。
「それでー! なんと出なくなったらしいんですよ! 幽霊!」
榊の声で現実に引き戻された十束は、興味のある風を装って相槌を打った。
「ほお、……お祓いの効果があったてことか」
「そうみたいっす! 以前は一日に二、三回目撃されてたのが、今やゼロ! これで幽霊に怯えることなくスムーズに捜査が進められまぁす!」
休養と幽霊騒ぎがひと段落したことで榊のテンションは上がっているようだった。
「おはようございま――す……」
勢いよく発せられた榊の挨拶がしりすぼみに消えた。
それほど捜査本部面々は殺気立っており、慌ただしく部屋を出ていく者、携帯電話で指示を飛ばしている者……もうすぐ捜査会議が始まるというのに席に座っている者はほとんどいなかった。
「えっ、コレ……一体何が……」
「おい、まだ聞いてないのか?」
入り口で突っ立ったままの榊に捜査員の一人が声をかけた。
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