ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

第4話 この素晴らしき異世界に女子会を その二

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 白音たちは、リックが『ベースキャンプ』と呼んでいた町に着いた。
 召喚者英雄たちが多くいるというこの地で、はぐれてしまった仲間たちの情報が手に入らないかと考えたのだった。

 しかしやはりリプリンは、人族の多くいる場所へ入るのは怖いらしかった。
 白音の後ろにぴったりとくっついて、体を少し大きく見せている。
 見せている、というかスライムの特質を生かして本当に少し大きくなっている。
 白音は猫が威嚇する時にやる、体毛を逆立てて体を弓なりにするポーズを連想してしまった。

「平気よ、リプリン。何かあったらわたしが守る」

 そう言いながら白音が後ろに手を差し出す。
 夕べは自分が助けられておいてどの口が、と思わなくもなかったが、リプリンがそっとその手を取ってくれた。
 この子にとって頼れる存在は自分しかいないのだと、白音は気持ちを引き締める。


 奴隷商はこの町に二軒あるらしいが、どちらもこの町の一番大きな通り、メインストリートに沿って構えられているとのことだった。
 それだけでいかに堂々と奴隷の売買が営まれているのかということが窺える。
 多分家財道具でも揃えるような感覚で奴隷を買うのだろう。

 どちらもしっかり調べるつもりでいたから、白音たちはまず最初に目についた奴隷商へと飛び込んだ。
 看板にはご丁寧に人族語と日本語の両方で『奴隷扱います』と書かれている。
 そこは、主に現世の人間たちが持ち込んだ物品の取り引きを行う雑貨屋のようだった。
 それと並んで奴隷の売買も行っているらしい。本当に奴隷は物と同じように扱われているのだ。

 白音にとっては、奴隷売買自体が到底受け容れがたい制度ではある。
 しかしこの世界では、それが当たり前のことなのだということもまた、白音はよくよく知っている。
 だからともすれば殺気立ってしまう感情を極力抑え、冷静でいようと心がけていた。
 白音を唯一の頼るよすがとしてくれているリプリンを、また怖がらせたくはない。


「すみません。店のご主人を呼んで欲しいのだけど」

 白音は、カウンターの前で椅子に腰を掛けていた青年に声をかけた。
 暇そうにうとうととしている。
 その様子から勝手にただの店番だと判断したのだが、青年ははっと目を覚ますとふたりを見て一瞬ぎょっとして固まった。

 顔をすっぽりとフードで覆った、怪しいふたり組が声をかけたのだから仕方あるまい。
 もしここが深夜のコンビニでも、『非常通報ボタン』に手をかけるところだろう。

「あの…………」

 しかし白音が再び呼びかけたその声を聞いて、青年は白音たちに俄然興味を持ったようだった。
 それが若い女性の声だったからだ。

 この町は明らかに男性過多である。
 英雄召喚に喚ばれるのは『漂泊症候群ドリフトシンドロームの男性に多い』のだから、日本人が中心になって築いた町なら当然そうなるだろう。
 異世界の人族も暮らしているようだが、やはりその比率はいかんともしがたいらしい。
 少し町を歩いただけの白音でも、「この町は男性ばかりだな」と感じていた。

 そこへ白音の鈴を転がすような声に呼びかけられる。
 すると当然青年は、

(お?)

という反応になる。

 青年は白音のフードの奥を覗き込もうとした。
 もしそこで白音が顔を隠したらさすがに不審者確定なので、顔を上げてよく見えるようにしてやる。

「すげぇ美人さん。」

 青年は訛りの強い日本語でそう言った。
 彼はその顔立ちと雰囲気からすると、おそらくはこの世界の人族だ。
 しかしこういう店なので通じるだろうと考えて、白音も初めから日本語で話しかけている。


「あの、ごめんなさい。急ぐの。店主さんを」
「まあまあ、便宜図るから名前教えてよ。後ろの人も女の子?」

 そう言って青年は、リプリンのフードの奥も覗こうとする。

「あ、ちょっと…………」

 白音はこの程度の事なら気にしないが、リプリンを怖がらせてしまうかもしれない。
 青年の視線を遮るように白音が移動する。
 しかし多分青年は、リプリンのフードの奥を覗いたのだろう。
 いや、覗いてしまったのだろう。

「うわああぁっ!」

と悲鳴を上げて椅子から転げ落ちてしまった。

 白音にはリプリンが何をしたのか見えなかったが、背後で液状の物体が動いているような湿性の音が聞こえていた。
 何かしたのは間違いない。
 青年はそのまま転がるようにして奥に引っ込んでしまった。

「ちょ、リプリン?」
「白音ちゃんを困らせるから」

 そう言ってくすくすと笑っている。
 白音にちょっかいをかける悪い虫に、軽くお仕置きをしただけなのだろう。
 リプリンがそういう悪戯をするとは意外だった。
 星石と融合して英雄核を胸に抱いて、彼女は少しずつ変わり始めている。
 もう引きこもりを卒業しようとしているのかもしれない。

 しかしリプリンの成長は嬉しいが、あまり怖がらせすぎると青年が店の奥に立てこもってしまうかもしれない。
 白音はそう危惧した。
 しかし幸いなことに、この店の主人とおぼしき男性がすっ飛んで出てきてくれた。
 そして白音たちを見るなり店主は、

「ああ…………」

と何か得心したように呟いた。
 店主も青年と同じくこの世界の人族のようだった。
 顔立ちもそうなのだが、同じ場所で暮らしてはいても、やはり髪型や服装の趣味などで現世界人とは違う雰囲気を持っている。
 店主は何も聞かず、すぐにふたりを奥まったところにある商談用の個室へと案内してくれた。

 途中、こっそりと物陰から様子を窺っている青年を見つけたリプリンが、そちらを振り向いた。
 わざわざフードの中をよく見えるようにしている。また何かやっているらしい。

「ひっ……」

 青年が悲鳴を上げてどこかへ逃げてしまった。
 再びリプリンがくすくすと笑っている。

「もう、その辺にしておいてあげて」

 白音がそうたしなめると、リプリンが白音の方を向いた。
 いつもの端正な愛らしい顔をしている。

「白音ちゃんにイロメ使うから!!」

 白音もとうとう我慢できなくて吹き出してしまった。
 どこでそんな言葉を覚えたのか。
 どうやらリプリンは白音が思うより多くの知識を、白音の胎内にいる間に得ていたらしい。
 青年に何を見せたのかはちょっと気になるが、それはまたもっと余裕のある時に聞いてみようと白音は思う。
 彼のトラウマになっていなければいいのだが。


 個室は多分、他人にあまり知られたくないような商談をする時に用いるものだろう。
 厚みのある壁で防音対策が施されているみたいだった。
 ただし、魔法使いを前にしてその対策がどのくらい効果があるのかは分からない。
 この町にあっては、気持ち程度の対策に過ぎないだろう。

 部屋に通されて席に着くなり、店主が尋ねる。

「お前たち、リックをったのか?」

 瞬時に白音は緊張し、気炎を上げそうになる。

「いやいやいやいや…………。勘弁してくれ。それについてどうこう言う気はないんだ」

 店主は青年をびびらせていたリプリンよりも、白音の方を特に警戒しているみたいだった。


「ここにいるのは、召喚はされたが大した力を持たない者ばかりでね。召喚されたての何も知らない奴を騙して売っ払う。そんなことで儲けを得ているケチな野郎どもの集まりさ。逆襲にあってやられることも珍しくはないんだ」
「彼らの味方をするわけではないと?」
「もちろんもちろん。リックたちはここでは一番の勢力だったんだ。たったふたりであいつらを倒せるような召喚英雄に手を出そうなんて、そんな勇気のある奴はここにはいないさ。」

 にこやかに笑顔を作って見せる店主に、一応の信頼の証として白音はフードを取って顔を見せた。
 リプリンもそれに倣う。

「っ! ……、相変わらず召喚英雄ってのは規格外だな。俺の娘とそう変わらない歳だろうに……」

 娘が同い年くらいという事は……、逆算してみるとこの店主は思ったよりも若いらしい。
 白音も驚いた。
 規格外かもしれない。


「でもどうして彼らを退治したのがわたしたちだって思うの?」
「退治……、退治ね。まあ退治には違いないな」

 店主が苦笑いを浮かべた。
 確かに真っ当な人間を『退治する』とは言わない。
 店主もやはり現地人なのだろうが、逃げていった青年よりはかなり上手に日本語を使いこなしている。

「あんたアレだろ、二日ほど前からとんでもない魔力放ってたって奴だろ? 他のチームはもうあれだけで怖じ気づいて馬を出さなかったんだ。リックの奴らだけが、イイ獲物捕まえて大金稼いでやるって息巻いて出てったんだよ。まああいつら、ここじゃ一番強いってんで随分幅利かせてたからなあ。他の奴らにとっちゃ、死んでくれてせいせいしてるこったろうよ」
「その魔力を放ってたのがわたしたちだって、どうして言えるの?」
「ああ…………。靴だよ」
「靴?」
「あんたたちの靴。まだ綺麗じゃないか。召喚されたてってことだろ? そんなにしょっちゅう召喚英雄が現れるわけじゃないからな。あんたたち以外にはあり得ないだろうよ」

 ああ、さすがはぐれ者たちを相手にする奴隷商だなと、白音はちょっとこの老け顔の店主に感心した。
 まあ、リプリンの靴は魔法少女のコスチュームだから、いつでも綺麗なままなのだが。

「でもリックたちは殺してないわ」
「どういうことだ?」

 店主がその話に興味を持ったようだった。
 白音が細かいところは伏せて、リックたちに囚われそうになった事のおおよその顛末を話す。
 そしてリックたちはつないだ馬車の中に捕縛してある事を伝える。

「なんだ、そうか…………。じゃあ買ってやろうか?」
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