異世界農家のスローライフ

asahi

文字の大きさ
7 / 25

霧狼の咆哮と守るべきものたち

しおりを挟む
 森が新緑の香りで満ちはじめ、春の陽光が木々の葉の間から優しく差し込む季節。
 開拓地の畑には、悠馬が育てた麦が青々と伸び、豆やサンタリラも元気に葉を広げていた。

「そろそろ支柱を足してやらないとな……」

 悠馬は汗をぬぐいながら、畑に杭を打ち込み、豆の蔓を絡ませるための横木を組んでいた。

 ふと横を見ると、小さな霧狼──シエルが、尻尾をぴょこぴょこと揺らしながら畑の畝を駆け回っていた。

「シエルー、そこは踏んじゃダメっていつも言ってるだろー!」

「きゅーん……」

 しょんぼりとした声を上げ、シエルはぺたんと伏せた。
 まだ仔犬のように幼いが、日々リリーナと悠馬に育てられ、体つきも少しずつ大きくなってきている。

 毛並みは淡い灰色に近く、背には青い斑模様が広がっていた。瞳は澄んだ空のような色で、どこか神聖な光を宿している。
 そして何より──シエルには、ある特別な“力”があった。

「悠馬~! お昼できたわよ!」

 小屋からリリーナの声が届いた。彼女はエプロン姿で、木の盆にスープとパンを乗せている。

「よっし、昼休みにしようぜ、シエル!」

「きゅっ!」

 小さく鳴いて駆け寄るシエルを抱き上げながら、悠馬は笑顔で小屋へ向かった。


 昼食を終えたあと、ふたりは木陰でのんびりと横になっていた。
 ユキがその傍らで反芻しながら寝そべり、ポコは母のピコの翼の下でまどろんでいる。

「……こうしてると、本当に時間がゆっくり流れるわね」

「だろ? 毎日こんな風に過ごせるなら、前世で苦労した甲斐もあるってもんだよ」

 風が吹き抜け、草の匂いが漂う。

 リリーナはシエルの頭を撫でながら、ふと呟いた。

「そういえば……シエル、最近少し“霧”をまといはじめたの、気づいてた?」

「霧?」

「ええ。魔力を持った霧狼は、生後半年を過ぎる頃から、自分の魔力を“霧”として放つようになるの。まだ不安定だけど……この子、力を秘めてるわ」

「へぇ……すげぇな、シエル。お前、やっぱり特別な存在なんだな」

 シエルは得意げに尾を振り、胸を張るように鳴いた。

 ──しかし、その午後。
 思いもよらない危機が、彼らのもとに忍び寄っていた。


「ユキ!? どうした、そんなに鳴いて!」

 小屋の奥で草を食んでいたユキが、突然短く警戒音を鳴らし、尻尾を立てて外を見た。

 悠馬が駆け寄ると、リリーナがすでに弓を手にしていた。

「何かが……来る!」

 森の方から、明らかに“獣の気配”が近づいてくる。
 ただの野生動物ではない。これは──“魔物”の気配。

「シエル、ピコたちを頼む! リリーナ、俺は前に出る!」

「気をつけて!」

 斧を手にした悠馬は、小屋の前へと飛び出した。

 森の影から現れたのは──

 鋭い爪と血に濡れた牙を持つ“牙鬼狼(がきろう)”。
 魔物化した野生の狼で、その体長は成人男性をゆうに超える。目は赤く濁り、理性のない本能の獣だ。

「ちっ、なんでこんなやつがここに……!」

 悠馬は斧を構えた。だが、牙鬼狼はただの獣ではない。動きは素早く、硬い毛皮は通常の斧では簡単に傷つけられない。

「くっ──!」

 飛びかかってきた牙鬼狼の爪を、ぎりぎりでかわす。
 斧を振り下ろすが、浅い傷しか与えられなかった。

 次の瞬間──

「きゅおおおおおおおん!!!」

 響き渡る、霧を切り裂くような咆哮。

「シエル!?」

 シエルが、悠馬の前に立ちはだかっていた。
 その小さな体から、淡い青白い霧が、ふわりと立ち昇る。

「まさか……!」

 霧が広がる。視界がぼやけ、森の木々がかすむ。

 その中で、シエルは跳んだ。
 青白い残光をまとって牙鬼狼の背中に飛び乗り、小さな牙で首筋をかじる。

「グァオオオオオオオッ!!」

 牙鬼狼は雄叫びを上げて暴れるが、霧の中では動きが鈍る。

 悠馬はその隙を見逃さなかった。

「今だあああああっ!!」

 渾身の力で振るった斧が、霧の導きとともに牙鬼狼の肩口に深くめり込む。

 悲鳴とともに、巨体が地に崩れ落ちた。


 戦いのあと、霧は静かに消えていった。

 リリーナが駆け寄り、シエルを抱きしめる。

「よくがんばったわ、シエル……!」

「お前……すげぇよ。ほんとに、みんなを守ったんだな」

 シエルは少しふらつきながらも、嬉しそうに尻尾を振った。

「でも……無理はさせられないわね。霧狼の力は幼体には強すぎる。きっと、しばらくは眠るかも……」

 悠馬が抱き上げると、シエルは小さく「きゅ……」と鳴いて、すやすやと眠りに落ちた。


 その夜。

 小屋の暖炉の前、悠馬とリリーナはシエルを毛布で包んでそっと寝かせていた。

「今日、守られたのは、俺たちの方だったな」

「ええ。シエルも、家族を守りたいって思ったのよ。……あなたと同じように」

「……俺たち、ちゃんと“家族”になってるんだな」

 リリーナは微笑み、そっと手を差し伸べた。

 悠馬はその手を握る。温かく、やさしい、そのぬくもり。

「今日みたいな日があったから、もっと誓いたくなった。……俺、この森で、お前と──本当の家族になりたい」

「それって……また“予行演習”? それとも──」

「今度は本番だよ。……リリーナ、俺と結婚してくれ」

 リリーナの瞳が、ほんの一瞬だけ潤んだ。

 そして、しっかりとうなずいた。

「──ええ。喜んで」


 森の夜は静かに更けていく。
 小さな命が仲間を守り、絆が深まり、ひとつの決意が芽生えた。

 それは、たしかに“家族”になるための一歩。

 次の朝、彼らはきっとまた、新しい命と、新しい日常に出会うだろう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。 気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。 「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」 「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」 最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク! 本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった! 「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」 そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく! 神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ! ◆ガチャ転生×最強×スローライフ! 無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  お気に入り・感想、宜しくお願いします。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~

津ヶ谷
ファンタジー
 綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。 ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。  目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。 その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。  その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。  そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。  これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。

処理中です...