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行商人と、森の恵みの価値
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結婚式から数日。森は静かに、けれど確かに、季節の歩みを進めていた。
悠馬とリリーナの暮らす開拓地も、少しずつその姿を変え始めていた。
小屋の隣に増設された物置小屋。乾燥させた薬草や保存食、薪、干し草などが整然と並び、悠馬の几帳面な性格がよく表れていた。
畑では麦の穂が実りはじめ、サンタリラや豆も収穫期を迎えている。
さらに森から採れる薬草や木の実、そしてハーブ──カモミールやセージ、ミントなど──が、リリーナの手で丁寧に乾燥されていた。
「こうして見ると……うち、けっこう色々あるよな」
「ええ。もしかしたら、売り物にできるかもしれないわね」
リリーナの一言に、悠馬は目を瞬いた。
「売り物?」
「そう。行商人がこの辺りを通るって、以前聞いたことがあるの。もし会えたら、交換してもらえるかも。食器とか布とか、金貨でね」
「お金か……そっか。そろそろ物々交換じゃ足りなくなってくるかもな」
それは、彼らのスローライフに“経済”が芽生えた瞬間だった。
そして、数日後の朝。
「うおっ!? なんだ、あの音──」
コトコト、ギシギシと木の車輪が軋む音が、森の小道から聞こえてきた。
悠馬が畑から顔を上げると、道の向こうから、木製の荷車を引いた老人が現れた。
「ほっほっほ、おぬしらが噂の森の若夫婦かのぅ?」
「……えっ?」
その男は、肩まで伸びた白髪に丸い帽子、赤茶のマントを羽織り、腰には大きな鞄を提げていた。
ひげは豊かに生え、顔には幾筋ものしわが刻まれている。が、その目は鋭く、笑っていても油断のならぬ雰囲気を持っていた。
「名をゼムという。行商をしておってな、この辺りの村や農家に物資を届けておる」
「ゼムさん……!」
リリーナが目を輝かせる。
「父が生前、話してた行商人って、あなたのことかもしれないわ!」
「おお、それは光栄なことじゃ。そなたは……エルフの娘さんじゃな?」
「はい。リリーナといいます。この人は……夫の悠馬です」
「よ、よろしくお願いします」
「ほほう、遠い東の地から来たという噂の男か。人間とエルフの夫婦とは珍しい。面白い縁じゃなあ」
ゼムは荷車から品物を広げて見せた。
陶器の皿、ガラス瓶、上質な布、乾燥果実、塩、香辛料、小さな金属製の工具や針金……どれも貴重なものばかりだ。
「これが全部、交換できるのか……!」
「もちろん。だがワシも商人、無償では渡さぬぞ? そなたらの持ち物を見せてくれるかの」
悠馬とリリーナは、森で採れた薬草や自家製の保存食、乾燥ハーブ、そして木製の器や簡易な罠の仕掛けなどを見せた。
「ふむふむ、これはカモミールか。なかなか質が良いな。……この干し肉、保存処理も上手い。おぬし、料理も得意そうじゃの」
「いちおう、前世では一人暮らし長かったんで……」
「ほっほっ、前世とな? やはり噂は本当か。異なる世界の出身とは!」
ゼムは愉快そうに笑いながら、取引に応じてくれた。
干し肉10枚で塩1袋。薬草5束で陶器の壺。乾燥ハーブと保存野菜で小さなガラス瓶3本。
さらに、木製の器と交換で銅貨数枚──
「お金って、こうやって稼ぐんだな……!」
「少ないが、立派な収入じゃ。次の月にもまた通るぞ。そのときまでに何か作っておくとよい」
「よし、次はハーブティー用のブレンドも作っておこう。レシピなら俺、いくつか知ってるし」
「それは楽しみじゃな。では、おぬしたちに祝福を。森と共にあらんことを」
ゼムは再び荷車を引いて、森の道をゆっくりと去っていった。
ふたりはその背を見送ったあと、目を見合わせて笑った。
「まさか……こんなにスムーズに取引できるなんて」
「俺たちの暮らしが、ちゃんと“価値”になってるってことだよな。森の中でも、自立できるんだって実感がある」
その夜。
リリーナが作ったハーブティーを飲みながら、悠馬は新しく手に入れた塩で味付けしたスープをすすった。
「やっぱ、塩があると全然違うな」
「ふふっ、素材の味が引き立つでしょ?」
「あと、この布も良かったな。これで赤ちゃんができた時の準備もできそうだ」
ふいに、リリーナが頬を染めた。
「……もう、先走りすぎよ。でも……うれしい」
シエルがふたりの間に割り込むように、尾をふりふりしながら跳び乗ってくる。
「おっと、シエル。お前も祝ってくれてんのか?」
「きゅっ!」
その小さな鳴き声に、ふたりはまた笑い合った。
こうして、森の生活に“商売”という新たな選択肢が加わった。
それは、ふたりにとって新しい未来への扉でもあった。
次の月、ゼムはまたきっとやってくる。
その日までに、もっと森の恵みを形にして──誰かに届けられるものをつくっていこう。
悠馬とリリーナの暮らす開拓地も、少しずつその姿を変え始めていた。
小屋の隣に増設された物置小屋。乾燥させた薬草や保存食、薪、干し草などが整然と並び、悠馬の几帳面な性格がよく表れていた。
畑では麦の穂が実りはじめ、サンタリラや豆も収穫期を迎えている。
さらに森から採れる薬草や木の実、そしてハーブ──カモミールやセージ、ミントなど──が、リリーナの手で丁寧に乾燥されていた。
「こうして見ると……うち、けっこう色々あるよな」
「ええ。もしかしたら、売り物にできるかもしれないわね」
リリーナの一言に、悠馬は目を瞬いた。
「売り物?」
「そう。行商人がこの辺りを通るって、以前聞いたことがあるの。もし会えたら、交換してもらえるかも。食器とか布とか、金貨でね」
「お金か……そっか。そろそろ物々交換じゃ足りなくなってくるかもな」
それは、彼らのスローライフに“経済”が芽生えた瞬間だった。
そして、数日後の朝。
「うおっ!? なんだ、あの音──」
コトコト、ギシギシと木の車輪が軋む音が、森の小道から聞こえてきた。
悠馬が畑から顔を上げると、道の向こうから、木製の荷車を引いた老人が現れた。
「ほっほっほ、おぬしらが噂の森の若夫婦かのぅ?」
「……えっ?」
その男は、肩まで伸びた白髪に丸い帽子、赤茶のマントを羽織り、腰には大きな鞄を提げていた。
ひげは豊かに生え、顔には幾筋ものしわが刻まれている。が、その目は鋭く、笑っていても油断のならぬ雰囲気を持っていた。
「名をゼムという。行商をしておってな、この辺りの村や農家に物資を届けておる」
「ゼムさん……!」
リリーナが目を輝かせる。
「父が生前、話してた行商人って、あなたのことかもしれないわ!」
「おお、それは光栄なことじゃ。そなたは……エルフの娘さんじゃな?」
「はい。リリーナといいます。この人は……夫の悠馬です」
「よ、よろしくお願いします」
「ほほう、遠い東の地から来たという噂の男か。人間とエルフの夫婦とは珍しい。面白い縁じゃなあ」
ゼムは荷車から品物を広げて見せた。
陶器の皿、ガラス瓶、上質な布、乾燥果実、塩、香辛料、小さな金属製の工具や針金……どれも貴重なものばかりだ。
「これが全部、交換できるのか……!」
「もちろん。だがワシも商人、無償では渡さぬぞ? そなたらの持ち物を見せてくれるかの」
悠馬とリリーナは、森で採れた薬草や自家製の保存食、乾燥ハーブ、そして木製の器や簡易な罠の仕掛けなどを見せた。
「ふむふむ、これはカモミールか。なかなか質が良いな。……この干し肉、保存処理も上手い。おぬし、料理も得意そうじゃの」
「いちおう、前世では一人暮らし長かったんで……」
「ほっほっ、前世とな? やはり噂は本当か。異なる世界の出身とは!」
ゼムは愉快そうに笑いながら、取引に応じてくれた。
干し肉10枚で塩1袋。薬草5束で陶器の壺。乾燥ハーブと保存野菜で小さなガラス瓶3本。
さらに、木製の器と交換で銅貨数枚──
「お金って、こうやって稼ぐんだな……!」
「少ないが、立派な収入じゃ。次の月にもまた通るぞ。そのときまでに何か作っておくとよい」
「よし、次はハーブティー用のブレンドも作っておこう。レシピなら俺、いくつか知ってるし」
「それは楽しみじゃな。では、おぬしたちに祝福を。森と共にあらんことを」
ゼムは再び荷車を引いて、森の道をゆっくりと去っていった。
ふたりはその背を見送ったあと、目を見合わせて笑った。
「まさか……こんなにスムーズに取引できるなんて」
「俺たちの暮らしが、ちゃんと“価値”になってるってことだよな。森の中でも、自立できるんだって実感がある」
その夜。
リリーナが作ったハーブティーを飲みながら、悠馬は新しく手に入れた塩で味付けしたスープをすすった。
「やっぱ、塩があると全然違うな」
「ふふっ、素材の味が引き立つでしょ?」
「あと、この布も良かったな。これで赤ちゃんができた時の準備もできそうだ」
ふいに、リリーナが頬を染めた。
「……もう、先走りすぎよ。でも……うれしい」
シエルがふたりの間に割り込むように、尾をふりふりしながら跳び乗ってくる。
「おっと、シエル。お前も祝ってくれてんのか?」
「きゅっ!」
その小さな鳴き声に、ふたりはまた笑い合った。
こうして、森の生活に“商売”という新たな選択肢が加わった。
それは、ふたりにとって新しい未来への扉でもあった。
次の月、ゼムはまたきっとやってくる。
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