異世界農家のスローライフ

asahi

文字の大きさ
9 / 25

行商人と、森の恵みの価値

しおりを挟む
 結婚式から数日。森は静かに、けれど確かに、季節の歩みを進めていた。

 悠馬とリリーナの暮らす開拓地も、少しずつその姿を変え始めていた。

 小屋の隣に増設された物置小屋。乾燥させた薬草や保存食、薪、干し草などが整然と並び、悠馬の几帳面な性格がよく表れていた。

 畑では麦の穂が実りはじめ、サンタリラや豆も収穫期を迎えている。

 さらに森から採れる薬草や木の実、そしてハーブ──カモミールやセージ、ミントなど──が、リリーナの手で丁寧に乾燥されていた。

「こうして見ると……うち、けっこう色々あるよな」

「ええ。もしかしたら、売り物にできるかもしれないわね」

 リリーナの一言に、悠馬は目を瞬いた。

「売り物?」

「そう。行商人がこの辺りを通るって、以前聞いたことがあるの。もし会えたら、交換してもらえるかも。食器とか布とか、金貨でね」

「お金か……そっか。そろそろ物々交換じゃ足りなくなってくるかもな」

 それは、彼らのスローライフに“経済”が芽生えた瞬間だった。


 そして、数日後の朝。

「うおっ!? なんだ、あの音──」

 コトコト、ギシギシと木の車輪が軋む音が、森の小道から聞こえてきた。

 悠馬が畑から顔を上げると、道の向こうから、木製の荷車を引いた老人が現れた。

「ほっほっほ、おぬしらが噂の森の若夫婦かのぅ?」

「……えっ?」

 その男は、肩まで伸びた白髪に丸い帽子、赤茶のマントを羽織り、腰には大きな鞄を提げていた。

 ひげは豊かに生え、顔には幾筋ものしわが刻まれている。が、その目は鋭く、笑っていても油断のならぬ雰囲気を持っていた。

「名をゼムという。行商をしておってな、この辺りの村や農家に物資を届けておる」

「ゼムさん……!」

 リリーナが目を輝かせる。

「父が生前、話してた行商人って、あなたのことかもしれないわ!」

「おお、それは光栄なことじゃ。そなたは……エルフの娘さんじゃな?」

「はい。リリーナといいます。この人は……夫の悠馬です」

「よ、よろしくお願いします」

「ほほう、遠い東の地から来たという噂の男か。人間とエルフの夫婦とは珍しい。面白い縁じゃなあ」


 ゼムは荷車から品物を広げて見せた。

 陶器の皿、ガラス瓶、上質な布、乾燥果実、塩、香辛料、小さな金属製の工具や針金……どれも貴重なものばかりだ。

「これが全部、交換できるのか……!」

「もちろん。だがワシも商人、無償では渡さぬぞ? そなたらの持ち物を見せてくれるかの」

 悠馬とリリーナは、森で採れた薬草や自家製の保存食、乾燥ハーブ、そして木製の器や簡易な罠の仕掛けなどを見せた。

「ふむふむ、これはカモミールか。なかなか質が良いな。……この干し肉、保存処理も上手い。おぬし、料理も得意そうじゃの」

「いちおう、前世では一人暮らし長かったんで……」

「ほっほっ、前世とな? やはり噂は本当か。異なる世界の出身とは!」

 ゼムは愉快そうに笑いながら、取引に応じてくれた。

 干し肉10枚で塩1袋。薬草5束で陶器の壺。乾燥ハーブと保存野菜で小さなガラス瓶3本。
 さらに、木製の器と交換で銅貨数枚──

「お金って、こうやって稼ぐんだな……!」

「少ないが、立派な収入じゃ。次の月にもまた通るぞ。そのときまでに何か作っておくとよい」

「よし、次はハーブティー用のブレンドも作っておこう。レシピなら俺、いくつか知ってるし」

「それは楽しみじゃな。では、おぬしたちに祝福を。森と共にあらんことを」

 ゼムは再び荷車を引いて、森の道をゆっくりと去っていった。

 ふたりはその背を見送ったあと、目を見合わせて笑った。

「まさか……こんなにスムーズに取引できるなんて」

「俺たちの暮らしが、ちゃんと“価値”になってるってことだよな。森の中でも、自立できるんだって実感がある」


 その夜。

 リリーナが作ったハーブティーを飲みながら、悠馬は新しく手に入れた塩で味付けしたスープをすすった。

「やっぱ、塩があると全然違うな」

「ふふっ、素材の味が引き立つでしょ?」

「あと、この布も良かったな。これで赤ちゃんができた時の準備もできそうだ」

 ふいに、リリーナが頬を染めた。

「……もう、先走りすぎよ。でも……うれしい」

 シエルがふたりの間に割り込むように、尾をふりふりしながら跳び乗ってくる。

「おっと、シエル。お前も祝ってくれてんのか?」

「きゅっ!」

 その小さな鳴き声に、ふたりはまた笑い合った。


 こうして、森の生活に“商売”という新たな選択肢が加わった。
 それは、ふたりにとって新しい未来への扉でもあった。

 次の月、ゼムはまたきっとやってくる。
 その日までに、もっと森の恵みを形にして──誰かに届けられるものをつくっていこう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。 気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。 「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」 「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」 最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク! 本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった! 「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」 そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく! 神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ! ◆ガチャ転生×最強×スローライフ! 無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

処理中です...