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Category 1 :Recognition
3 : Doubt
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四角い廊下を歩きながら少年は考え事をしていた。
この建物は医療施設かと思ったが、違うらしい。少年の前方を歩く少女によれば、この都市の中心部に位置する二十階建ての建物は彼女達が所属する「組織」の事務等を行う支部だという。その「組織」とは何か、と訊くと彼女は「これから会う人が教えてくれるわ」とだけ言い残し、先頭を歩き続けている。
窓からは、まず大地から伸びる建つ大小様々な建築物が、離れた場所には古い自然式農業地帯の緑色、更に遠くには砂色に染まる廃墟や荒地……まるで一度文明が崩壊し、その上で再建が行われている様子だ。
「あっそうだ」
思考は少女の明るい声によって目の前に引き戻された。少女が長い灰髪を揺らしながら百八十度振り返り、少年と目を合わせる。少年は釣られて立ち止まった。
「もう聞いたと思うけど、私はアンジュリーナ・フジタ。これから色々私も教える事あると思うから、改めてよろしくね」
「分かった」
返事されてアンジュリーナが残念そうに少し黙ったのは、少年の反応があまりにも薄情だったからに違いない。それでも少女は気を取り直して言った。
「……アダム・アンダーソン、それが貴方の名前なんでしょ?」
「そうらしい」
「……貴方の事はアダムって呼んで良い?」
「良いだろう」
「……じゃあ私の事はアンジュって呼んで」
「分かった」
少女は親しく柔らかに話し掛けているが、少年は表情一つ変えず、聞き手によっては冷酷に返す――アンジュリーナ自身もそう感じていた。
(……やっぱり怒ってるのかな?)「……アダム君、貴方に言っておきたい事があるの」
「何だ?」
少女は明るい表情から一変、悲しみと後悔を帯びる。灰色の髪と目に暗さが追加されたように思えた。
「私は、貴方を助けてあげたかった。苦しそうな貴方を見てそう思ったの……でもそれが貴方を傷つけてしまう事になって……ごめんなさい!」
アダムは状況に対する最適解が分からなかった。頭を深く下げた少女相手に立ち尽くしたまま、手を差し伸べも突き放しもしない。
(何を言っている?)
少女はまだ頭を下げたまま。
「何故そうするのだ?」
温かみは無い。ただの疑問。
「だって、酷い目に遭って怒っているでしょう……」
「どうでも良い」
断言に、アンジュリーナは思わず顔を上げる。冷たい言い草がこの時の彼女にとって救いだった。
「……ぼんやりしているが、アンジュリーナ、君は戦場で不思議な顔をしていた。今のその顔と似ている」
「へっ?」
「……いや、何でもない」
言われた事が分からず、拍子抜けた声を上げた少女。一方、少年は混乱したように首を振って話題を打ち切った。
少女に先立って歩き始めたアダム。少女がそれを見るや否や、自分が先導する役割である事を思い出し、「ご、ごめんなさい!」と言いながら慌ててアダムを追い越した。
無言のまま歩き続ける。
「……アンジュリーナ」
先に沈黙を破ったのは、アダムだった。
「……アンジュ、で良いわよ」
「……アンジュ、自分には知らない事がある。君の分かる範囲で構わない。自分が頼んだ時で良い、教えてくれ」
「分かったわ」
またも無表情でものを頼むにしては冷たい口調のアダム。
しかし、アンジュリーナの方は、頼まれたのが嬉しかったのか、愛称で名前を呼ばれたのが良かったのか、とにかく笑顔で答えた。灰色の髪と目が明るさを帯びた。
弾んだ足取りのアンジュリーナに誘導され、途中で階段を何階分も歩き、数分。
「ここよ」
少女が示したのは重そうなドア。まるで非常口みたいな無愛想な扉だった。
扉が開く。すると、奥から空気の流れ。少女のロングヘアが揺れ、ドアが開き切った。
打ち付ける空気が一層強くなる。空調設備があるのを見ると、ビルの屋上らしい。
中央には一辺二十メートルはあるだろう正方形の囲み。その中央には円に囲まれた【H】の文字――だが、二人の目線は別の所に。
隅の方にある屋上の転落防止柵、それに手を掛けていた大柄な彫りの深い男性。
ドアが閉まる。しかし、奥の男性は振り向かない。
「あの人はトレバーさんっていうの。トレバーさんの話は難しいけど、頑張って」
「あの人物か」
「そうよ。私はここで待ってるから」
扉の元に立ったまま待機する少女。後から出て来た少年は真っ直ぐ前に進み始めた。
少年はヘリポートマークを横断し、大柄な男性の正面に。
「アダム・アンダーソンか」
「そうだ」
向きを変えないまま、間髪入れず言葉。少年は動じない。
「お前を待っていた。チャックかアンジュリーナから聞いただろうが、俺はトレバー=マホメット=イマーム。お前に教えるべき事を教える」
「教えてくれ」
そう言われたトレバーは手すりに掛けていた手を放し、身体をアダムと向き合わせた。
「……」
「……」
何も言わない両者。ただ、少年の方は口元に力が入っていた。
「……それは疑問だ。感じた事が府に落ちない、起こった出来事が信じられない。そうだろう」
「ああ」
まるで自分の事のように断言するトレバー。何が疑問なのか、少年はそれを理解していた。
「お前が疑問に思ったのは、“真実”だ。普通の人間には疑問にすら思わない。だがお前のように“疑問”を持つ者が稀に居る。疑問を持った者だけが真実を知る。だからお前には“真実”を知る権利がある……何を感じた?」
僅かに残っている記憶を思い起こす。昨日医療テントで起きてから戦場に出た事、そして感じた事……
ひょっとしたら、目覚めたのは“あれ”の力なのかもしれない。
少年にとっては、不思議としか言いようがない出来事だった。例えるなら光の筋が、見えない筈のものが“視え”た。否、“感じ”た。あの輝きは、それを操る人物に途轍もない力を与えた。
「“あれ”は何だ? “あれ”によって力が得られたとしか思えない。“あれ”を認識した瞬間、全てが“視え”た」
表情に変化は無かったが、その声には「知りたい」という純粋な強さがあった。
「説明するより実際にやった方が早い。これを見ろ」
トレバーは右手を前に出し、掌を少年の頭に向けた。”普通の人間”にはそれだけにしか見えなかったに違いない。
だが、アダムには見えていた。いや、“感じ”ていた。
トレバーの掌に纏う輝き。
可視光線ではない。無意識に直接頭に叩き込まれる。
「これだ、あの時これと同じものを見た。分かる」
「やはり、間違いない」
何が間違いないのか、それを言わずにトレバーは掌に力を込めた。
「輝き」はアダムの顔面に向かって一直線。発射された、とでも言うべきか。
少年に命中し、輝きは少年の皮膚から身体の中へ溶け込む。
次の瞬間、突然の強い感覚がアダムを襲った。
視界が眩む。耳が痛い。皮膚に何か触れる。体が揺れる。“それ”が流れ込んでくる。
一瞬――何千何万倍にも引き延ばされる。
感覚は終わっても尚、心臓の鼓動はアダム自身にも分かる程速くなっていた。
「……今のは?」
「軽い簡単な幻覚だ。あの「光」を操り、調整し、お前に作用させた結果だ。「光」が分かるならお前も操れる可能性がある」
アラブ人の表情は次第に鋭さを帯びていた。心拍が落ち着き、息を整えたアダムは更に問う。
「今の幻覚も使えるのか?」
「いや、人によって違う。俺の場合は、今のように幻覚を人に見せる。お前の「能力」が何なのかは、お前自身が答えを探さなければならない」
「どうやって行う?」
そう訊かれたトレバーは自分が居た位置から二歩だけ下がり、言った。
「まずは覚えろ。俺に攻撃を当ててみろ。やり方は分かるな」
足を閉じたまま、右手を平手にして体の前に出したトレバー。
「格闘なら分かる」
対するアダムは、左半身を前に重心を後ろに、右拳で顎をガードし左拳を胸の高さに。
「来い」
地面を一蹴り。
カルフォルニア北部の荒野に位置する、前日襲撃を受け、修復中のとある施設の地下奥深くの一室。
「只今掴めました。「アンダーソン」はロサンゼルスの「反乱軍」のこのビルに居る模様です」
「ご苦労。早速戦力の確認をしろ」
ポール・アレクソンはオペレーターの操作するモニターを見ながら、大して礼の気持ちも込めずに急がすように次の命令を出す。
丁度、指令室のスライド式ドアが音も無くスッ、と開いた。入ってきた人物の手にはアタッシェケース。
「アレクソン君、仕事熱心なのは結構だ。今はどんなだ?」
「中佐、はい、たった今アンダーソンの居場所を特定しました」
「よし。それとアレクソン君、私から提案があるが良いか?」
「勿論です」
表情を変えぬポール。中佐は言う前に目だけをチラチラと横に動かした。何か迷いでもあるのだろうか。
「実はだな、戦力はそんなに集められなさそうでな、想定より少数による計画になってしまうが、大丈夫か?」
「問題ありません、合わせます」
ポールは想定から外れても動じず、断言する。中佐の方は何故か意外感を隠せていなかった。ポールは気にも留めなかったが。
「埋め合わせに、とでも言うべきかね、ステルス能力を持つ者を招集させた。作戦にうってつけだろう。それと「変圧器」も用意した。もう実質的に成功段階にあるだろう」
「はい、成功はまだ三機だけですが」
すると、中佐は片手に提げていたアタッシェケースを机の上に置き、それを開ける。中にはブレスレットのような輪状の物体。取り出し、続けて言う。
「三人も居れば十分だろう。しかし、長時間の使用は負担が強い。扱いに気を付けるんだ」
そして中佐は安堵のため息をつくと横開きのドアを開け、指令室から出て行こうとした。
しかし、彼は立ち止まった。ドアの向こうに誰かが居るらしく、外に向かって何かを話している。
中佐が引き返してきた。
「アレクソン君、噂をすれば、来たらしい」
そう言うと、手振りでドアの向こうの人物を部屋へ招き入れる。一方、それが終わると中佐は存在感を感じさせず部屋を後にした。
「アレクソン指揮官、到着致しました」
「良く来た。話は既に聞いていると思う」
ポールの前には三人の人物が立っていた。
まず向かって左の人物。背が高く、少なくともポールの五センチメートル以上はあり、体格もガッチリしている。七三に分けられた短めの暗い茶髪とサングラスが、ボディガードのような印象を与える男性。
次に右の人物。先に目に入るのは、肩まで掛かる明るめの金髪に赤いメッシュ。女性であり、この中では一番若くあり小柄だが、その顔つきは「舐めるな」と主張していた。
最後に真ん中の人物。人相が全く読めない黒一色のフルフェイスヘルメットを被り、服や靴や手袋まで黒に統一されており、肌が一切見えない。そして、癖なのか手をジャケットのポケットに突っ込んでいる。
ポールは興味無さげに、まるで石ころを見るように三人を観察し、背中で手を組み、自分の後ろのモニターへ向き直すと説明を始めた。
オペレーターがポールの指示に従い、キーボードを叩く。
「お前達へ命じるのはアンダーソンの奪還もしくは破壊。現在この「反乱軍」が管理する建物に居る。データは既に読んだか? 恐らく中佐に貰っただろうが、向こうの「トランセンド・マン」に関する情報もあるからもう一度見直しておけ」
「はい」
ヘルメットの人物が低い声で代表して言った。本当に正面を向いているのかすら疑わしかったが。
「それとお前達に渡す物がある。わざわざ集まってもらったのはその為だ」
ポールはモニターの横に並べていたブレスレットらしき物を三つ取り、それらをそれぞれに渡す。これに質問したのは金髪赤メッシュの女性だった。
「これは何です?」
「「変圧器」だ。中佐によれば最近実用レベルにまで開発が進んでいたらしい。先程受け取ってな。少数人数作戦には持ってこいだろう」
「もう完成したのですか?」
「その三つだけだそうだ。やはり生産にコストが掛かるのは仕方ないだろう」
三人は揃ってこれを腕、ではなく首に巻き付けた。
「……別に疑うつもりは無いのですが、性能は確かでしょうね」
「個人差によるが、「活性率」はおおよそ二倍にまで跳ね上がる。だが持続使用は禁物だ、負担が大きい。主に断続使用か失敗時の逃走用だけにしろ」
ヘルメットの男の質問に、ポールは無愛想な口調で丁寧に答えた。
「出来るだけこの作戦は向こうに知られない事を優先に行動する事だ。掃討作戦も更に延期せざるを得なくなるだろうし向こうは更に防衛力を付けるだろう」
「分かっています」
三人はヘルメット男を先頭にして部屋から出て行き、大柄なボディガード風の男がドアを閉めた。
残ったポールは退屈そうに指を鳴らし、オペレーターの横に立つのだった。
この建物は医療施設かと思ったが、違うらしい。少年の前方を歩く少女によれば、この都市の中心部に位置する二十階建ての建物は彼女達が所属する「組織」の事務等を行う支部だという。その「組織」とは何か、と訊くと彼女は「これから会う人が教えてくれるわ」とだけ言い残し、先頭を歩き続けている。
窓からは、まず大地から伸びる建つ大小様々な建築物が、離れた場所には古い自然式農業地帯の緑色、更に遠くには砂色に染まる廃墟や荒地……まるで一度文明が崩壊し、その上で再建が行われている様子だ。
「あっそうだ」
思考は少女の明るい声によって目の前に引き戻された。少女が長い灰髪を揺らしながら百八十度振り返り、少年と目を合わせる。少年は釣られて立ち止まった。
「もう聞いたと思うけど、私はアンジュリーナ・フジタ。これから色々私も教える事あると思うから、改めてよろしくね」
「分かった」
返事されてアンジュリーナが残念そうに少し黙ったのは、少年の反応があまりにも薄情だったからに違いない。それでも少女は気を取り直して言った。
「……アダム・アンダーソン、それが貴方の名前なんでしょ?」
「そうらしい」
「……貴方の事はアダムって呼んで良い?」
「良いだろう」
「……じゃあ私の事はアンジュって呼んで」
「分かった」
少女は親しく柔らかに話し掛けているが、少年は表情一つ変えず、聞き手によっては冷酷に返す――アンジュリーナ自身もそう感じていた。
(……やっぱり怒ってるのかな?)「……アダム君、貴方に言っておきたい事があるの」
「何だ?」
少女は明るい表情から一変、悲しみと後悔を帯びる。灰色の髪と目に暗さが追加されたように思えた。
「私は、貴方を助けてあげたかった。苦しそうな貴方を見てそう思ったの……でもそれが貴方を傷つけてしまう事になって……ごめんなさい!」
アダムは状況に対する最適解が分からなかった。頭を深く下げた少女相手に立ち尽くしたまま、手を差し伸べも突き放しもしない。
(何を言っている?)
少女はまだ頭を下げたまま。
「何故そうするのだ?」
温かみは無い。ただの疑問。
「だって、酷い目に遭って怒っているでしょう……」
「どうでも良い」
断言に、アンジュリーナは思わず顔を上げる。冷たい言い草がこの時の彼女にとって救いだった。
「……ぼんやりしているが、アンジュリーナ、君は戦場で不思議な顔をしていた。今のその顔と似ている」
「へっ?」
「……いや、何でもない」
言われた事が分からず、拍子抜けた声を上げた少女。一方、少年は混乱したように首を振って話題を打ち切った。
少女に先立って歩き始めたアダム。少女がそれを見るや否や、自分が先導する役割である事を思い出し、「ご、ごめんなさい!」と言いながら慌ててアダムを追い越した。
無言のまま歩き続ける。
「……アンジュリーナ」
先に沈黙を破ったのは、アダムだった。
「……アンジュ、で良いわよ」
「……アンジュ、自分には知らない事がある。君の分かる範囲で構わない。自分が頼んだ時で良い、教えてくれ」
「分かったわ」
またも無表情でものを頼むにしては冷たい口調のアダム。
しかし、アンジュリーナの方は、頼まれたのが嬉しかったのか、愛称で名前を呼ばれたのが良かったのか、とにかく笑顔で答えた。灰色の髪と目が明るさを帯びた。
弾んだ足取りのアンジュリーナに誘導され、途中で階段を何階分も歩き、数分。
「ここよ」
少女が示したのは重そうなドア。まるで非常口みたいな無愛想な扉だった。
扉が開く。すると、奥から空気の流れ。少女のロングヘアが揺れ、ドアが開き切った。
打ち付ける空気が一層強くなる。空調設備があるのを見ると、ビルの屋上らしい。
中央には一辺二十メートルはあるだろう正方形の囲み。その中央には円に囲まれた【H】の文字――だが、二人の目線は別の所に。
隅の方にある屋上の転落防止柵、それに手を掛けていた大柄な彫りの深い男性。
ドアが閉まる。しかし、奥の男性は振り向かない。
「あの人はトレバーさんっていうの。トレバーさんの話は難しいけど、頑張って」
「あの人物か」
「そうよ。私はここで待ってるから」
扉の元に立ったまま待機する少女。後から出て来た少年は真っ直ぐ前に進み始めた。
少年はヘリポートマークを横断し、大柄な男性の正面に。
「アダム・アンダーソンか」
「そうだ」
向きを変えないまま、間髪入れず言葉。少年は動じない。
「お前を待っていた。チャックかアンジュリーナから聞いただろうが、俺はトレバー=マホメット=イマーム。お前に教えるべき事を教える」
「教えてくれ」
そう言われたトレバーは手すりに掛けていた手を放し、身体をアダムと向き合わせた。
「……」
「……」
何も言わない両者。ただ、少年の方は口元に力が入っていた。
「……それは疑問だ。感じた事が府に落ちない、起こった出来事が信じられない。そうだろう」
「ああ」
まるで自分の事のように断言するトレバー。何が疑問なのか、少年はそれを理解していた。
「お前が疑問に思ったのは、“真実”だ。普通の人間には疑問にすら思わない。だがお前のように“疑問”を持つ者が稀に居る。疑問を持った者だけが真実を知る。だからお前には“真実”を知る権利がある……何を感じた?」
僅かに残っている記憶を思い起こす。昨日医療テントで起きてから戦場に出た事、そして感じた事……
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表情に変化は無かったが、その声には「知りたい」という純粋な強さがあった。
「説明するより実際にやった方が早い。これを見ろ」
トレバーは右手を前に出し、掌を少年の頭に向けた。”普通の人間”にはそれだけにしか見えなかったに違いない。
だが、アダムには見えていた。いや、“感じ”ていた。
トレバーの掌に纏う輝き。
可視光線ではない。無意識に直接頭に叩き込まれる。
「これだ、あの時これと同じものを見た。分かる」
「やはり、間違いない」
何が間違いないのか、それを言わずにトレバーは掌に力を込めた。
「輝き」はアダムの顔面に向かって一直線。発射された、とでも言うべきか。
少年に命中し、輝きは少年の皮膚から身体の中へ溶け込む。
次の瞬間、突然の強い感覚がアダムを襲った。
視界が眩む。耳が痛い。皮膚に何か触れる。体が揺れる。“それ”が流れ込んでくる。
一瞬――何千何万倍にも引き延ばされる。
感覚は終わっても尚、心臓の鼓動はアダム自身にも分かる程速くなっていた。
「……今のは?」
「軽い簡単な幻覚だ。あの「光」を操り、調整し、お前に作用させた結果だ。「光」が分かるならお前も操れる可能性がある」
アラブ人の表情は次第に鋭さを帯びていた。心拍が落ち着き、息を整えたアダムは更に問う。
「今の幻覚も使えるのか?」
「いや、人によって違う。俺の場合は、今のように幻覚を人に見せる。お前の「能力」が何なのかは、お前自身が答えを探さなければならない」
「どうやって行う?」
そう訊かれたトレバーは自分が居た位置から二歩だけ下がり、言った。
「まずは覚えろ。俺に攻撃を当ててみろ。やり方は分かるな」
足を閉じたまま、右手を平手にして体の前に出したトレバー。
「格闘なら分かる」
対するアダムは、左半身を前に重心を後ろに、右拳で顎をガードし左拳を胸の高さに。
「来い」
地面を一蹴り。
カルフォルニア北部の荒野に位置する、前日襲撃を受け、修復中のとある施設の地下奥深くの一室。
「只今掴めました。「アンダーソン」はロサンゼルスの「反乱軍」のこのビルに居る模様です」
「ご苦労。早速戦力の確認をしろ」
ポール・アレクソンはオペレーターの操作するモニターを見ながら、大して礼の気持ちも込めずに急がすように次の命令を出す。
丁度、指令室のスライド式ドアが音も無くスッ、と開いた。入ってきた人物の手にはアタッシェケース。
「アレクソン君、仕事熱心なのは結構だ。今はどんなだ?」
「中佐、はい、たった今アンダーソンの居場所を特定しました」
「よし。それとアレクソン君、私から提案があるが良いか?」
「勿論です」
表情を変えぬポール。中佐は言う前に目だけをチラチラと横に動かした。何か迷いでもあるのだろうか。
「実はだな、戦力はそんなに集められなさそうでな、想定より少数による計画になってしまうが、大丈夫か?」
「問題ありません、合わせます」
ポールは想定から外れても動じず、断言する。中佐の方は何故か意外感を隠せていなかった。ポールは気にも留めなかったが。
「埋め合わせに、とでも言うべきかね、ステルス能力を持つ者を招集させた。作戦にうってつけだろう。それと「変圧器」も用意した。もう実質的に成功段階にあるだろう」
「はい、成功はまだ三機だけですが」
すると、中佐は片手に提げていたアタッシェケースを机の上に置き、それを開ける。中にはブレスレットのような輪状の物体。取り出し、続けて言う。
「三人も居れば十分だろう。しかし、長時間の使用は負担が強い。扱いに気を付けるんだ」
そして中佐は安堵のため息をつくと横開きのドアを開け、指令室から出て行こうとした。
しかし、彼は立ち止まった。ドアの向こうに誰かが居るらしく、外に向かって何かを話している。
中佐が引き返してきた。
「アレクソン君、噂をすれば、来たらしい」
そう言うと、手振りでドアの向こうの人物を部屋へ招き入れる。一方、それが終わると中佐は存在感を感じさせず部屋を後にした。
「アレクソン指揮官、到着致しました」
「良く来た。話は既に聞いていると思う」
ポールの前には三人の人物が立っていた。
まず向かって左の人物。背が高く、少なくともポールの五センチメートル以上はあり、体格もガッチリしている。七三に分けられた短めの暗い茶髪とサングラスが、ボディガードのような印象を与える男性。
次に右の人物。先に目に入るのは、肩まで掛かる明るめの金髪に赤いメッシュ。女性であり、この中では一番若くあり小柄だが、その顔つきは「舐めるな」と主張していた。
最後に真ん中の人物。人相が全く読めない黒一色のフルフェイスヘルメットを被り、服や靴や手袋まで黒に統一されており、肌が一切見えない。そして、癖なのか手をジャケットのポケットに突っ込んでいる。
ポールは興味無さげに、まるで石ころを見るように三人を観察し、背中で手を組み、自分の後ろのモニターへ向き直すと説明を始めた。
オペレーターがポールの指示に従い、キーボードを叩く。
「お前達へ命じるのはアンダーソンの奪還もしくは破壊。現在この「反乱軍」が管理する建物に居る。データは既に読んだか? 恐らく中佐に貰っただろうが、向こうの「トランセンド・マン」に関する情報もあるからもう一度見直しておけ」
「はい」
ヘルメットの人物が低い声で代表して言った。本当に正面を向いているのかすら疑わしかったが。
「それとお前達に渡す物がある。わざわざ集まってもらったのはその為だ」
ポールはモニターの横に並べていたブレスレットらしき物を三つ取り、それらをそれぞれに渡す。これに質問したのは金髪赤メッシュの女性だった。
「これは何です?」
「「変圧器」だ。中佐によれば最近実用レベルにまで開発が進んでいたらしい。先程受け取ってな。少数人数作戦には持ってこいだろう」
「もう完成したのですか?」
「その三つだけだそうだ。やはり生産にコストが掛かるのは仕方ないだろう」
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ヘルメットの男の質問に、ポールは無愛想な口調で丁寧に答えた。
「出来るだけこの作戦は向こうに知られない事を優先に行動する事だ。掃討作戦も更に延期せざるを得なくなるだろうし向こうは更に防衛力を付けるだろう」
「分かっています」
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恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
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