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001 剣の母
しおりを挟む暗雲垂れ込め、禍々しき妖気漂う最果ての地。
そびえ立つは、世に混沌をもたらす者の城。
幾多の試練を乗り越え、ここまでやってきた勇者と仲間たち。
最深部にて、ついに大魔王と対峙する。
「よくぞここまでたどり着いた、勇者たちよ。どれ、存分にもてなしてやろうぞ」
玉座にてふんぞり返っている大魔王。壇上より余裕の笑み。
これをにらみつける勇者。
両者にて「我が軍門に下れ、さすれば……」「断る」なんぞという、お約束のやりとりがあったのち。
「きさまの野望もこれまでだ。勇者の名において、ここに成敗せん!」
我こそは選ばれし者と、大剣を掲げ、臆することなく高らかに名乗りをあげる青年。
仲間たちも次々これにならう。
そしてトリを飾ったのは、このわたし。
「ポポの里の村娘チヨコ。職業、ただの農民。いざ、尋常に勝負!」
園芸用の小さな赤いスコップを片手に勇ましい小娘。
手の平をクイクイ。「おら、とっととかかってこいや」と安い挑発。
すると大魔王は、やや困惑した様子にて問うた。
「これより世界の雌雄を決するという大事な場面に、どうしてきさまのような矮小なる者が紛れ込んでおるのか?」と。
もっともな疑問である。
だからわたしはひかえめな胸をめいっぱいにそらして、堂々と叫んでやった。
「そんなこと知るもんか! こっちが聞きたいっ!」
……というところで目が覚めた。
なんともヘンテコな夢。
爽やかな朝が台無しにて、寝起きの気分は微妙である。
◇
じいちゃんは農民だった。
じいちゃんのじいちゃんも農民だった。
じいちゃんのじいちゃんのじいちゃんも……。
以下略。
えーと、つまり何が言いたいのかというと、うちは由緒正しい農耕家系だということ。
つつけばホコリが出まくる皇族や貴族の怪しい家系よりも、よっぽど健全。
それがわたしことチヨコという、御年十一歳の血統である。
あっ! でもかんちがいをしないでよね。
べつに、このことに関して不満はないから。
だってわたし、土いじりスキだし。
趣味で育てている花は評判がよくって、街の品評会で金賞をもらったこともあるんだぜ。フフン。
好敵手たちをして「なんておそろしい子!」と震撼させ、審査員たちをして「期待の大型新人の登場じゃあ!」「伝説の幕明けぜよ!」と驚嘆せしめたほど。
だからいずれは、実家の畑と花の栽培の二刀流で、ブイブイいわせてやろうかと目論んでいる。
そんなわけで愛用の赤いスコップ片手に、しゃがんで自分の花壇の手入れに勤しんでいたら、「おねえちゃーん」と妹のカノンがとてとて駆けてきた。
御年七歳になる、うちの妹。
はっきり言って、めちゃくちゃかわいい。
容姿については筆舌に尽くしがたい。いかなる著名な作家や詩人とても、これを的確に称えることはかなわぬ。
不肖凡才に過ぎぬ身ながら、あえて語るならば、やがて傾国の美女になることが宿命づけられているぐらいの美幼女。
いや、それどころか数多のやんごとなき身分の男どもがとち狂い、カノンの寵愛を求め、ついには愛と嫉妬の炎がメラメラ。大陸全土を蹂躙することであろう。
さらば平穏、おいでませ修羅の時代。
うちの妹に比べれば、女神なんぞはただの駄肉の塊。乳のデカいおばさん。
フム。我ながら、なんと稚拙で陳腐な表現であろうか……。
あぁ、己の貧困な語彙がうらめしい。
こんな不甲斐ないお姉ちゃんでごめんなさい。
「ちょっとおねえちゃん! いそがないと授与式におくれちゃうよ」
ダメな姉を叱る四歳年下の妹。
ぷりぷりと頬をふくらます姿もじつに愛らしい。
この分では辞書で「かわいい」って検索したら、「カノン」って出てくるようになるのも時間の問題だな。
◇
授与式。
それは読み書き計算などの基礎教育課程を終え、十一才になったら教会で行われる儀式のこと。
仕組みや理屈はよーわからん。
ただ気前のいい神さまが、前途ある若人たちに才芽(サイメ)なるものを授けてくれる。
これは能力の萌芽とも呼ばれ、自分の中に眠る可能性を示すもの。
武の才芽があれば衛士やら軍人などの道へ。筆の才芽があれば書画などの芸術分野へ。計算や目利きの才芽があれば商人や官吏。味覚の才芽があれば料理人とか。器用の才芽があれば各種職人の道などなど……。
とはいっても、才芽はあくまで人生の指針みたいなもの。
その道を選んだからとて、必ずしも成功するわけではない。
実際のところ、宿った才芽とは関係のない分野で大成している人も、世にはあふれている。
いかに才芽に恵まれようとも、きちんと育てなければ枯れてしまう。
ようは当人のやる気次第。根気と情熱と努力が大事。
生まれ持った武器だけでスイスイ渡れるほど、人生という大河は甘くはないのだ。
妹に急かされ、わたしは「よっこらせ」と重い腰をあげる。
べつに焦らずとも授与式は逃げない。
というか、むしろ早く行ったとて自分の順番がくるまで待ちぼうけ。
もっともすっぽかしたところで、世話焼きの好々爺である神父さまが、飯時を狙って押しかけてくるだけのこと。
なぜなら授与式は神父さまにとっては、大切なお仕事だから。
あと自分の姉がどんな才芽を授かるのかと、ワクワクしている妹には申し訳ないのだが、かつてないほどぶっちぎりに、うちの家系の特徴を受け継いでいるこのわたし。授かる才芽はだいたい察しがつく。
おおかた根気とか忍耐、もしくは健康か頑強あたりであろう。
豊穣とかの当たりを引いたら、お姉ちゃんはヒャッホウ、小踊りしちゃうぜ。
◇
里一番の美人妻。胸の爆裂ぶりでも他の追随を許さない母アヤメからお弁当を受け取り、推定世界一かわいい妹に「しっかりね」と応援をされて、わたしは苦笑いにて自宅を出る。
なお寡黙だけど容姿がイケてる父タケヒコは、今朝も早くから畑にて、せっせとクワをふるっている。
都会のいいとこの親御さんなんかは、キレイに着飾って我が子の授与式に参列するというが、辺境の田舎ではこんなもの。
わたしの家は、里でも屈指のすみっこ暮らし。
教会がある中央区へと行くには、森の小径を抜ける必要がある。
木漏れ日に照らされる森の中。足下は湿気った落ち葉でじゅっくじゅく。
うっかりすると革靴が濡れてしまう。そうなると足のニオイがおっふ。あとの手入れもめんどう。
だから気をつけ、ひょいひょい、ぬかるみを避けて進む。
すると、かすかに聞こえてきたのは、「うーん」という何者かのうめき声。
声がしていたのは繁みの奥にある古木の洞。
のぞいてみれば、白ヒゲのボロをまとった老人がうずくまっている。
見たことのないジジイにて、おそらくは流れ者。
「だいじょうぶ?」と声をかけたら「お腹が減ってチカラがでないよぉ」
わたしは自分の弁当を差し出す。「喰らうがよい」
ひったくるように弁当の包みを受け取った白ひげのジジイ。モリモリ食べた。なんともわんぱくな食べっぷり。でも、少々危うい。
ほら、言わんこっちゃない。すぐにノドを詰まらせ「んがううん」
このままポックリ逝かれたら、わたしは殺人犯となるのだろうか?
そんなのはまっぴらごめんである。
なので、わたしはすかさずジジイの左横腹へ、めり込むように拳を放つ。
アバラの内側をえぐるような鋭い一撃が、横隔膜をびびっと刺激。
「ぶほっ」詰まりが解消されて、ジジイ生還。
なのに懲りない老人。ふたたびガツガツ弁当をむさぼる。
まぁ、この調子ならばもう平気であろう。
「じゃあ、わたしはそろそろ行くよ。これから教会で授与式なんだ。もしも行くあてがないのなら、この先にある役場に顔を出すといいよ。事情を説明したら、きっと里長がいろいろ相談にのってくれるから」
ど田舎は余所者に冷たく排他的。
そう思われがちだが、さにあらず。
ひたひた忍び寄る過疎化問題。人手不足に絶えず悩まされている辺境。いつの世も若者はきらびやかな都会に憧れ夢を見る。
だからぜいたくは言っていられない。流れ者でも歓迎する。都落ち上等。ぶっちゃけ多少のワケアリでも、人柄が良かったり能力があれば気にしない。
よしんば受け入れたものの、どうしようもないクズとかだったら、みんなでボコってシメればいいだけのこと。
だいじょうぶ。
どれだけ悪党で性根が腐っていようとも、刻んでバラまけば、みな等しく畑の肥やしになるから。善人だろうが悪人だろうが、母なる大地はすべてを優しく抱きしめてくれるのだ。
などという裏事情は億尾にも出さず、おためごかしに振る舞っていると、白ひげのジジイがいきなりわたしの手をがっちり握った。
「自身が飢えることをかえりみず、見ず知らずの年寄りにためらうことなく手をさしのべる。しかもその場だけでなく、行く末まで案じようとは……。なんと慈悲深く、心清らかな乙女であろうか。ワシは感動した! よかろう、神の名において、汝に大いなる祝福を与えよう」
なんという大言。
どうやらこのおじいちゃんは、ちょっとかわいそうな人であったようだ。
わたしは「いいえ、お気持ちだけでけっこうです」と丁重にお断りをし、手をふり払うと、そそくさと退散した。
◇
里長の自宅兼役場は、里で唯一のちゃんとした二階建ての建造物。
里で唯一の商店は、競合店がないゆえに強気経営。なかなかのぼったくり価格を誇る。
里で唯一の酒場は、カフェ兼食堂と言い張っており、出枯らしのお茶とやたら歯ごたえのある焼き菓子が名物。
里で一番背の高い鐘楼を持つのは教会。
学び舎は教会の隣の小さな丸太小屋にて、神父さまが教師を兼任している。
これがわたしの住むポポの里の中心部、一番の盛り場である広場周辺。
どうだい? たいした田舎っぷりだろう。
でも五十世帯ほどにて、ほぼ自給自足で成り立っている里では、これで十分おつりがくる。
教会前には授与式に集っていた子どもらの姿があった。
出遅れたわたしとちがい、すでにみな儀式を終えている模様。
剣の才芽があったと喜んでいる男の子がいれば、魔術の才芽がなくって残念がっている女の子がいる。手芸が好きな子は針仕事の才芽を得たとはしゃいでいる。ハチミツ酒造りをしている家のバカ息子は「下戸の才芽ってなんだよ!」と憤っていた。ぷーくすくす。
悲喜こもごもの同窓たち。
それらを尻目に、わたしは教会内へ。
「おっ、ようやく来おったか、チヨコ。おまえで最後じゃ。ほれ、こっちへ」
神父さまから促されるままに、祭壇の前にて両膝をつく。胸の前で腕を交差し、お祈りの姿勢。
うにゃうにゃ神父さまが祝詞を唱えると、淡い燐光に包まれるわたしのカラダ。
ひなたぼっこをしているときのような、心地よい感覚。
ぽわぽわしていると、頭の中に聞こえてきたのは何者かの声。
『パンパカパーン! チヨコは剣の母の才芽に目覚めた』
『さらにパンパカパーン! チヨコは土の才芽に目覚めた』
『さらにさらにパンパカパーン! チヨコは水の才芽に目覚めた』
声の響きは荘厳。なのにやたらと口調が軽い。
これがウワサの神さまというやつなのかしらん。
って、あれ? ヘンだぞ。たしか授かる才芽はひとつのはず。
というか「剣の母」って何のこっちゃい?
上腕二頭筋がたくましい女鍛冶師みたいなものであろうか。それとも颯爽と戦場を駆ける女剣士とか。
わたしが首をひねりつつ「どういうこと?」とたずねようとしたら、神父さまは尻もちをついて、あわあわ。
「な、なんということじゃ。『剣の母』じゃと! それに土と水まで。三つもの才芽を授かった者なんぞ、ついぞ見たことも聞いたこともない。えらいこっちゃ!」
神父さま、絶賛狼狽中。
かつて魔王を退治したという勇者ですらもが、才芽は二つ。
なのに農民の小娘が三つ持ち。
どうしてこんなことに……。
と考えたところで、ハタと思い出されたのが、ついさっき森の中で出会った行き倒れのジジイのこと。
フム、なるほど。弁当一個で才芽三つか。
「チョロい! いくらなんでもチョロ過ぎるよ、神さまっ!」
あんまりなことに、わたしは卒倒した。
うーん。
◇
ちゅんちゅん小鳥が「おはよう」とさえずる。
窓から差し込むのは、まばゆくも柔らかな朝の光。
鼻孔をくすぐるのは、すべてのよどみを夜に置いてきたような清浄なる空気。
爽やかな朝が来た。
ゆっくりと瞼を開ければ、見慣れた天井。
自室の寝台の上にて、わたしはホッとひと安心。
「やれやれ、妙ちきりんな夢を見た。なんというムダに凝った演出の数々。伏線やら登場人物が多すぎて何が何やら。挙句にまさかの二段オチとは、まいったまいった」
ボヤきながら、むくりと起床。
手に何かがこつん。指先にヒヤリと冷たい感触。
で、毛布を引っぺがしてみれば、立派な大剣が転がっていた。
大人の男性の背丈ほどもある刀身には、ピカピカの白刃のきらめき。
表面には精緻で流麗かつ優美な模様が刻まれている。
黄金色の鍔、中央と両端に三つの珠が填められてある。
神々しい白銀の輝きを放つのは、両手持ちの大剣。
台座とかにぶっ刺さっている姿がよく似合う。
まるで物語とかに登場する聖剣っぽい気がしなくもない。
そんな立派なシロモノが、どうしてわたしと寝床を共にしている?
もしかしてまだ寝ぼけているのだろうか?
自身の頬を軽くつねる。むにゅっと。
フム。ふつうに痛い。
残念ながら夢の続き、三段オチという線は早々に消えた。
奇異な状況にわたし困惑。
が、さらなる怪異が我が身を襲う。
「おはようございます。チヨコ母さま」
白銀の大剣がふわふわ宙に浮き、いきなりのご挨拶!
しかもあろうことか十一歳のピチピチ乙女を母親呼ばわりっ!
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