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039 ヨト河
しおりを挟む神聖ヨモ国、東部域と中央を分断するようにして流れているのが、ヨトの河。
ほどほどの幅にて、水量もほどほど。基本的には穏やかなのだが、ときおり気まぐれに荒れるので、橋ゲタを固定しない流され橋が設置されている。
ホラン情報によると、中央側の橋のたもとには「これより先、自己責任にて。覚悟なき者の立ち入りを禁ずる」と書かれた立て看板が掲げてあるそうな。
ゲラゲラ笑いながら、そのことを教えられたときのわたしの気持ちはこうだ。
「えっ! 自分の住んでるところって、そんな扱いなの?」
国が責任を放棄して、民にこれを強いる。
そのくせ税金はちゃっかりとる。
なのに困っているときには手を差し伸べてくれない。
地震や洪水などの災害のときには、雑役として安い賃金で徴用されることさえあるというのに……。
「もしかして年貢の払い損?」
わたしが率直なところを口にしたら、ホランとカルタさんはサッと顔をそらした。
ひとり逃げ遅れたガラムト。わたしの真摯な眼差しにさらされて、滝のような汗をだらだら。心なしか馬車の中の温度がほんのり上昇。
◇
車内の空気がちょっと気まづくなったところで、馬車が止まった。
使節団、ヨト河のほとりに到着。
てっきりこのまま流れ橋を進むのかと思いきや、渡河には船を用いるそう。
どうしてわざわざそんなめんどうなことをするのか?
それは高貴だから。
ボロ橋なんぞは庶民のモノ。やんごとなき身分の御方にはふさわしくない。
高貴ゆえにゆっくり優雅に動き、高貴ゆえにもったいぶった仕草をし、高貴ゆえに行く先々で歓待を受け、高貴ゆえにわざわざ特別にあつらえた専用の船に乗る。
権威、威光、神聖、威厳、威信、権勢、国威などなど。
己が優位性を保ち誇示するためだけにかけられる手間とお金。いったいどれほどのものであろうか。
「ねえ、えらい人たちってさぁ。みんな高等教育を受けてるんだよね? なのにどうして阿呆なの?」
子どもらしい素直さで大人たちに問う。
するとホランは「甘いぜ嬢ちゃん。こんなのはまだまだ序の口だ。聖都に行ったら、もっとあきれることになる。あんまりびびってチビるなよ」と真顔にて答えた。
カルタさんには「チヨコちゃんの気持ちはよーくわかるわ。けれども、お願いだから外では言わないでね」と笑顔で軽く脅された。
ガラムトを見ればだらだらと汗を流しており、握りしめた手ぬぐいがびちゃびちゃ。
天日干しにしたら塩が採れるかもしれない。
◇
係留されている朱色の大きな木造船が三艘。
使節団はこれに分乗してヨト河を渡る。
馬車ごと船倉に乗り込んだところで、岸を離れる一行。
わたしたちの船は前後を守られる形で水面を進む。
じつは船旅というのをはじめて経験するわたし。内心どきどき。でも、あいかわらず馬車の中に閉じ込められたままにて、がっかり。
「ちぇーっ」とクサっていたら、帯革内にて白銀のスコップ姿で収まっている勇者のつるぎミヤビ、わたしにだけ聞こえるように不吉なことをぼそり。
「襲うのならば、うってつけの場所ですわ」
現在、使節団は三つに分かれており、警備は手薄。加えて水の上にて逃げ場なし。
川上から小舟なんぞでいっきに仕掛けられたら、避けようがない。
もちろんそんなことはホランたちも承知している。
以前の女賊のこともあり、相応の警戒はしていた。
が、その裏をかくからこその盗人であり賊なのである。
ちょうどヨト河を半分ほど渡ったときのこと。
急に船内がドタバタ、騒然となる。
「火事だーっ!」
声があがると同時に、船内のそこかしこから白煙がもうもう。
漂ってくるきな臭いニオイ。パチパチと火がはぜる音もする。
船で火災が発生。
周囲にはいくらでも水があるのに、何をあわてることがあるのだろう。と素人考えを抱いていたわたし。けれどもことはそう簡単ではないらしい。
限られた空間、入り組んだ船内、濃煙と熱気がこもり、たちまちかまど状態になる。
視界がふさがれ、息も苦しくなり、右往左往しているうちに、船そのものが巨大な棺桶になって、生きながら火葬されるハメに……。
だから船の火事はとてもおっかない。
カルタさんが顔をしかめつつ、手にした扇で焦げ臭いニオイを払いながら教えてくれた。
「なるほど。それはヤバいね」とわたし。
「あぁ、しかもこの火の回りの速さ。おそらくはあらかじめ船に仕込んでいたんだろう。とすれば、お次は……」
帯刀したホランが馬車の扉を開けて、勢いよく表へと飛び出す。
ガラムトにわたしを連れて先に甲板へ向かうように告げると、カルタさんもそれに続く。
混乱する船内。
煙に紛れてあらわれたのは、黒装束にて覆面姿の女賊たちであった。
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