狐侍こんこんちき

月芝

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其の五十一 武仙候

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 五尺半ほどの長さの白木の棒。これに千枚通しのような鋭い突端をつけただけの代物。装飾の類は一切なし。
 はたしてこれを見てすぐに「槍だ」と答えられるものが、日の本にどれだけいることか。
 そんな奇異や武器を手に「なんだ、この紙切れは?」とつぶやいたのは、加賀藩の江戸留守居役である大槻兼山(おおつきけんざん)。
 齢六十を超える老骨ながらも、藩内において並ぶ者なしと云われている槍の名手。忠義一徹にて、殿からは「武仙候」との愛称を与えられるほどに信任厚き人物。現在は末子の春姫の守り役を兼任しているが、ゆくゆくは留守居役を辞任し、こちらに専念する所存。

 そんな大槻兼山、ここのところ熱にて伏せっている春姫の寝所を守っていたら、怪しげな気配を感じた。
 素早く視線を走らせ周囲をたしかめてみると、暗がりにまぎれるようにして、なにやらふわりふわりと漂う怪しい白い影。
 古強者、すかさず身辺近くに置いてあった愛槍を手にし、電光石火、一撃にてこれを穿ち粉砕する。

 この様子を見ていたのが隣室にて、疫病神払いの祈祷の準備をしていた若い美僧。
 すかさず「臨兵闘者皆陣列在前」と九字切る。「悪魔降伏、怨敵退散、七難即滅、七復速生秘」と唱え、中空に向かって「ふぅーっ」と大きく息を吐いた。
 すると大槻兼山の手にあった紙の切れ端が、ぼっと青い炎に包まれ、たちまち灰となって消えてしまった。
 これと同じ末路を辿ったのが、堂傑が藩邸内に放っていたすべての式神たち。

「いったい何事だ? 雅藍よ」

 大槻兼山よりぎろりとにらまれ、すかさず平伏した美僧が答える。

「おおそれながら、どこぞの愚か者が式を放ったものかと。ですがどうぞご安心を。すでに呪は、この雅藍がすべて打ち払っておりますので」
「そうか。はっ! もしや姫さまの病状もそやつのせいなのでは」
「……かもしれません。なんにせよ、備えをいっそう厚くすべきかと。それから念を入れて天魔覆滅の儀を急いだほうがよろしいかと」
「ぐっ、わかっておる。いま方々に藩士らを走らせて、怪異をかき集めさせているところだ。じきに必要な数が揃うだろう。それまでのあいだ、御身は春姫さまを守ることにのみ専念せよ」
「はっ、この身命にかえましても」

 両手をついて、畳に額がつかんばかりに頭を下げる美僧。
 そんな殊勝な態度をとっている雅藍であったが、この時瞳には剣呑な輝きが宿り、にやりと口の端を歪ませていることに、大槻兼山は気がつかない。

  ◇

 行方不明となっている、しらたまと心助なる猫又の卵たち。
 その身が加賀藩の江戸屋敷内にあるらしいとの情報を掴んだ藤士郎は、元陰陽師である堂傑の助力を得て、式神にて真偽を確かめようとする。
 けれども凄まじい槍の遣い手と、術者によって邪魔されてしまった。
 術者は相当の実力の持ち主らしく、深入りするのは危険と判断した巌然さまにより、その日はここまでとあいなった。

「藩邸の奥に術者を招き入れている時点で尋常ではない。どうやら加賀藩では何かが起こっているようだな。となれば下手に突けば薮蛇となろう。どれ、弟子の成長もみれたことだし、ここはひとつわしが動くとしようか」

 加賀藩で何が起きているのかを探ってくれるという巌然さま。
 とはいえ相手は百万石の大大名。うっかり虎の尾を踏めば、たちまち喰い千切られてしまう。

「あのう、私としては助かりますが、その、本当によろしいのでしょうか」

 案ずる藤士郎に「心配するな」と巌然さまは自分の厚い胸板をどんと叩く。

「まぁ、まかせておけ。これでも方々に伝手がある。それに大大名のこと、所帯が大きいぶんだけ、どうしたって上手の手から水が漏る。いかに内々のこととて、そうそう隠し通せるものではない」

 現状、打つ手のない藤士郎は和尚の厚意に甘えるしかない。
 だがこの貸しはきっと高くつく。
 師弟ともどもに受けた恩義に報いるために、のちのち、いったいどんな無理難題を課せられることか。
 猫又だけでも頭が痛い問題なのに、そのことにまで悩まされる藤士郎は顎下に梅干し皺を浮かべて、むぅんとしかめっ面。


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