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しおりを挟む「ほら! まだまだムダがおおいぞ。もっとチカラをしぼれ」
「はい」
次々と宙に出現させたレンガみたいな氷を足場に、空を駆ける水色オオカミの子ども、ルク。
それを厳しく指導しているのは翡翠(ひすい)のオオカミのラナ。
駆け続ける先にそびえるは見上げるほどの高い崖。
速度を落とすことなくそのままの勢いにて突っ込むと、こんどは垂直に崖をのぼりはじめるルク。
チカラによって岸壁に氷の突起を出し、それをトントンと軽快に伝っている。
「ジグザグ!」
ラナの指示に従って動きをかえるルク。
冬の晴れた空のような青い毛が、体の向きに合わせて、右へ左へとゆれながら天辺を目指す。
やがて崖を登り切ったルク。休むことなく急反転し、今度は崖から踊り出して、宙に足場となる氷を次々と造り出しては、一気に地表へとシュタタと駆け下りてきた。
と、ふいに足場に出した氷が砕け散る。
ラナが緑氷のナイフにて打ち落としたのです。
急に足場を失って態勢を崩したルク。ですがすぐにかわりとなる足場の氷を発生させると、再び何ごともなかったかのように空を駆け続ける。
今度は何本もの緑氷の刃をつぶしたナイフが飛んでくるも、これを氷の小さな板にて迎え撃つ。
武器はダメだけど壁なら造れる。ならば壁を直接ぶつけてしまえと編み出されたルクの自衛手段。固くて頑強な氷の塊は、投げつけるだけでも立派な凶器となりうる。
すべてに対処しつつ、シュタタタと走り続けるルク。
その姿をみて、ラナは満足そうな笑みを浮かべました。
地べたに四肢を投げ出して、ぜぇぜぇ息をしてのびている水色オオカミの子ども。
「ずいぶんと動きがよくなってきたな。単純に走るのとはちがって、周囲に気をつけながら走るのはつかれるだろう? だけど御使いの勇者としての旅を続けるのならば、これは絶対に身につけておいたほうがいいから、がんばるんだよ」
「うん。わかったー」
師匠の言葉に素直にうなづく弟子。
ラナから水色オオカミのチカラの使い方を習いながらの旅を続けているルク。この頃、少しはマシになってきたのか、怒られる場面が減ったような気がします。
修行に最適な場所を見つけては立ち止まるので、これまでとは比べ物にならないほどの歩みの遅さ。ですがそれゆえに気づかされることも多い。
あまりに速く走り続けていると、前ばかりを見て、周囲の景色にのんびりと目を向けている余裕はありません。
昇る朝日に、沈む夕陽に、朝露に濡れる草花に、さまざまなニオイを運んでくる風に、肉球ごしに伝わる土の感触に、いろんな形をした石や岩に、降りしきる雨が奏でる音色に、ときに山の上から見下ろす雄大な大地に……。
地の国の美しさを、改めてかみしめる水色オオカミの子ども。
グリフォンのルシエルが言っていた「世界は広くて面白い」という言葉の意味が、いまならばよくわかります。
すっかり日が暮れて、本日の訓練は終了。
ラナがどこぞより掘り出してきた白い石。
それに水をかけて、拾い集めてきた小枝の山に放り込むと、シュウシュウと湯気をたてはじめて、ボンと火がつきました。
「えっ! なんで? どうして水で石に火がつくの?」
メラメラ燃えるたき火を前にして、顔を近づけてはシッポをぶんぶん。ソワソワして火の回りをうろつくルクに、とりあえず落ちつけとラナ。
「さっきの白いのはカルルスの石だ。雨水も通さないような固い地面の底に埋まっていることが多くて、水をかけるとごらんの通り。昼間ならば純度の高い氷を作って、日の光を集めて火をつけるやり方もあるが、そっちはこんど天気のいい日にでも教えてやろう」
「本当? やったー」
無邪気に喜ぶルクの姿に、おもわず笑みがこぼれるラナ。
たき火を前にして、とりとめのない話を続ける二頭の水色オオカミ。
会話の中で、ふと、ルクが口にしたのは自分たちの毛の色のこと。
「霧のオオカミのハクサさんは灰色だったんだ。でもラナはきれいな緑色をしているよね。ボクもそのうち色がかわるのかなぁ」
毛の色の話が出たとき、いっしゅんだけラナの表情がかげりました。
ですが、パキンとはねたたき火に気をとられたルクは、その顔を見逃します。もしも見ていたら、きっとこの話題を続けることはなかったでしょう。
辛そうな悲しそうな、それでいて寂しそう。でも決意をも秘められた横顔。
翡翠のオオカミの女性は、少しだけ間を置いてから言いました。
「これは、この毛の色は、選んだ者の証なんだよ」
「えらんだもの?」
滝つぼの深淵のような碧さを持つラナの瞳。
いつになく真剣な眼差しに見つめられて、思わずゴクリとツバをのみこむルク。
「そう、選んだ者。御使いの勇者として使命をまっとうするか、使命を捨てて地の国の住人として生きるのかをさ」
そこでラナはいったん口をつぐみます。
ルクには、ほんのちょっとの沈黙がやたらと長く重く感じてしまう。
再び口を開いたラナはポツリと言いました。
「私はね、使命を捨てたんだよ。あの人と一緒に生きるために」と。
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