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85 森の芸術家
しおりを挟むクモの巣にとらわれた色鮮やかなチョウチョたち。
迫るは毒々しい紫の体をした、子ウシほどもある大きなクモ。
哀れ、風前の灯火(ともしび)。はかなく散るは可憐な羽か。
そんな場面に突如として乱入した水色オオカミのルク。
勢いのままに駆けつけてはみたものの、はたと、困ってしまったのです。
なぜなら修行の旅の中で、師匠である翡翠(ひすい)のオオカミのラナから、言われていたことを思い出したから。
「いいかい、ルク。お前や私、水色オオカミは水さえあれば生きていける。だけど地の国の他の連中はちがう。食べなければ生きていけない。だからときには残酷な場面に遭遇することもあるかもしれないが、ヘタな情けを起こすんじゃないよ。一方を助けるってことは、一方の生きる機会をうばうことにもなるのだから」
巣にかかったチョウを食べる。
それはクモにとっては当たり前のこと。
これをじゃましてしまっていいものかと、ルクはちゅうちょしたのです。
はからずしも、クモの食事風景をじーっと見つめる形になってしまったルク。
するとチョウチョたちは言いました。
「こらっ! そこのへんな色のオオカミ。ぼーっと見ていないで、私たちをとっとと助けなさいよ」
「そうだそうだ。ヘンな色のオオカミ、ぼけっとしてんじゃねえぞ」
「乙女のピンチになにしてやがる! このへたれヘンな色のオオカミがっ」
なんという口のわるさでしょう。
姫のピンチにかけつけた、騎士にかける言葉ではありません。
あまりの言われように、ルクも「えー」
どうやらチョウチョたちは、キレイなのは羽の色ばかりで、心根はかなり真っ黒のよう。
やたらと騒ぐチョウチョたち。
いきなりの珍入者におどろいていたのか、ずっと静かだったクモが、のそりとルクの方へと体をむけると、いきなり頭をペコリと下げました。
「ちょうどよかったんだな。そこのきれいな色のオオカミさん。すまねえが、こいつらじゃまなんで、巣からハズしてほしいんだな。おらがハズそうとすると、ごらんのとおり、ギャアギャアやかましくって」
悲鳴を聞きつけて助けようとやってきたら、救助を求める方が居丈高で、おそっていると思われた方から丁寧にお願いをされて、わけがわからない水色オオカミの子ども。
とりあえず、ずっとうるさいチョウチョたちを、助け出すお手伝いをすることにしました。
そーっとやさしく羽をくわえて、ゆっくりと巣から引き離す。
ムシの身では張りついたらとれないクモの糸も、オオカミのチカラならば楽々です。
そうして順番に助け出したというのに、チョウチョたちときたら、お礼を言うどころか「グズグズしてんじゃねえよ。このノロマ」「ぎゃあ、よだれがついた、きたなーい」「女のあつかいがまるでなっちゃいねえな。これだからガキは」などという言い草。
しかも言うだけ言うと、さっさと森の奥へとふわふわ飛んで行ってしまいました。
「二度とおらの巣にちょっかいだすんじゃねえぞ」
遠ざかる背中にクモがそう言えば、「うっせー、バーカ、バーカ」との声がが返ってきました。
まったくもってひどいチョウチョたちです。
「あーあ、連中がむちゃしたもんだから、せっかく編み込んだ糸がぐちゃぐちゃだ。こりゃあ、いちからやり直しだな……」
残された巣を調べていたクモがぶつくさ。
「そういえば、まだちゃんとあいさつしてなかったな。おらクモのカイロ」
「こんにちわ。ボクは水色オオカミのルク。よろしくね」
毒々しい見た目に反して、とっても礼儀正しい大きなクモさん。
あいさつがてら、彼は自分を森の芸術家だと言いました。
なんでも糸を編み込んでは、独自の模様や柄を巣というキャンパスにて表現しているのだとか。
森に展示されてあるカイロさんの作品を、案内されるままに、いくつか見せてもらったのですが、その間中、シッポをふってルクはずっと感心しきりです。
小さな三角にて構成されたモノ、ひし形をうずまきのように並べられてあるモノ、丸や四角などが組み合わされたモノ、糸の加減にて産み出される影を利用して絵が描かれてあるモノ、向こうが透けるほどの細い糸で、編み込まれた上等なレースのような作品まで。
どれもこれもふつうのクモの巣とはぜんぜんちがう。
幻想的なクモの糸のすばらしい芸術の数々。
地の国へと降りて来てから、初めて芸術というものと間近に接した、水色オオカミの子どもは、ただただ圧倒されるばかりです。
あんまりにも「すごいすごい」とほめられて、カイロさんも「てへへ」と照れました。
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