水色オオカミのルク

月芝

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93 木のお家

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 火の山の四方を囲むように建設された四つの石の街。
 南に位置するのは弓の街。飛び道具全般の職人たちが集うところ。そこよりさら南下した私有地の森の奥にある、胴回りが太くずんぐりとした大木の中身をくりぬいて、住居に改造されたモノがリリアのお家。

「あたい一人だからえんりょはいらないよ。さぁ、入って入って」
「それじゃあ、おじゃましまーす」

 リリアにうながされて、おずおずと家の中に足を踏み入れたルク。
 おもえば人間の家に招待されたのは、これが初めて。だからちょっとドキドキ。
 内部は丸い玉を二つに割ったような形にくり抜かれており、木の床に木の壁、天井もテーブルもイスも、家の中の大半が木でできています。
 それからほんのりと、とってもいいニオイ。
 スンスンと水色オオカミの子どもが鼻をうごかしていますと、リリアが「そのニオイは、このコクボの木のニオイだよ」と教えてくれました。
 コクボの木とは、加工がしやすいわりには、処理しだいでとってもじょうぶにもなるそう。心を落ちつかせるようなニオイも発するので、香木としても人気があるそうです。

「ステキな家だねー」

 ルクがほめると、てへへと照れたリリア、「父さんがこの森といっしょに残してくれたものなんだぁ」とつつましやかな胸をはりました。
 早くに妻を亡くし、男手ひとつで娘を育てていたそうですが、一年ほど前に病であっさり逝ってしまったそうです。
 そんな話をあっけらかんとするリリア。

「それはさみしいねぇ」

 父親のことを知ってルクがちょっとしんみりすると、かえってケラケラと笑われ、「死は影といっしょで、どこにでもついてくるし、けっしてなくなることもない。命は大地より生まれて、大地に生き、死んだら大地に還る。ただそれだけのことさ」と言い切りました。
 まだ十五歳だというのに、妙に達観した死生観を持つリリア。どうやら彼女の考え方、生き方には父親の影響が大きいようです。
 リリアのお父さんは弓の名手として、名を馳せた狩人。地元では知らぬ者がいないほどであったのだとか。
 そんな尊敬する父親にちょっとでも近づきたいと、彼女も日々修行の真っ最中。
 さきほどのイノシシとの追いかけっこについては、側頭部にきちんと狙いをつけて一撃で仕留めるつもりだったのですけど、イノシシの足下に子どもの姿を見つけて、あわてて狙いを外したひょうしに、うっかり弓の弦をもつ手を放してしまい、ふらふらーと飛んでしまった矢が、たまたまお尻にブスリ。
 で、お母さんイノシシ大激怒。

「小さな子連れは狩らない。それは森の掟だからねぇ。でもアレは失敗した。子どもが狙われたのかと勘違いしたのか、むちゃくちゃ怒るんだもの。まぁ、あれだけ動けているからケガはたいしたことないだろうから、よかったけど」

 自分の森でとれた薬草と果実を乾燥させたモノを混ぜ合わせたという、自家製の甘めのお茶をふるまわれながら、ルクとリリアがいろいろと話し込んでいると、ふいに表がにぎやかになりました。

「こらー、リリア、いるんだろう! 出てきやがれー」
「こそこそ、居留守をしてんじゃねえぞ」
「おとこオンナ、いるのはわかってるんだぞ!」

 やいのやいのと聞こえてくるのは男の子たちの声。
 その声にうんざりした表情を浮かべたリリア。心底面倒くさそうに腰をあげました。いっしょに立ち上がろうとしたルクを手で制し、一人、玄関扉へと向かいます。

「なにか用かい? バカヌート」

 扉を開けて顔を見せたリリアから、いきなりバカ呼ばわりされたのは、一団を率いていた黒の縮れ毛のヌート少年。
 リリアと同じ年で弓の街きっての有力者の息子。
 自分たちのボスが開口一番にけなされて、いきり立つ取り巻き連中を「しずまれ」とダマらせたヌート。
 ふふんと得意気になって取り出したのは、やたらとピカピカしている弓。
 要所要所に金細工が施されているようで、とっても高そう。
 それをリリアに見せつけるようにして、「こいつはうちのオヤジが特別に作らせた、名工の手による弓だ。びっくりするぐらいによく矢が飛ぶんだぞ。オレさまはこれで次の大会に出る。おまえに勝ち目はない。だから女は大人しくひっこんで、客席からオレさまの活躍でもおがんでいるんだな」

 ボスの発言に「そうだそうだ」「女はひっこんでろ」との声をあげる取り巻きたち。
 ですが、リリアはしばらくじーっとヌートの手の中にある弓を見つめたのちに、「話はそれだけ? いまとりこんでいるから、それじゃあ」と言ってパタンと扉を閉めてしまいました。「なっ! おい、ちょっとまて、まだ話は」というヌートの言葉は聞こえなかったことにします。
 なおも表で騒いでいる連中はムシして、戻ってきたリリア。

「いいの?」とルク。
「いいの、いいの。連中ってば、昔からことあるごとに『おんなのくせに』とか『なまいきだ』とか言って、やたらと絡んできてうるさいんだよ。弓の街には女の狩人だってたくさん出入りしているってのに……。わざわざ街からウチまで足を運んでまで、いったい何がしたいのやら」

 男の子のやることって、よくわかんないやと肩をすくめてみせたリリア。
 同じ種族であるはずの人間の女の子にわからないものが、水色オオカミにわかるわけもなく、ルクの中では、また一つ人間についてのナゾが深まるのでした。


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