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96 弓の街
しおりを挟む「おや、かわった色のイヌ……、いや、これはオオカミかな? ですね」
「まぁね。これでも元はふつうの茶色だったんだ。旅先で拾った子なんだが、うっかり鉱山近くのため池に落ちてね。かわいそうにあがってきたら、こんな色に染まっちまったんだよ」
「あー、採れる鉱石によっては、いろんな害があるって聞いたことありますよ。そうか、かわいそうになぁ。がんばって強く生きるんだぞー」
門の衛兵から、てらてらと頭をなでられながら、そんな言葉をかけられていたのは水色オオカミのルク。とりあえずシッポをゆさゆさ、愛想をふりまいておきます。
さっきから衛兵と受け答えをしていたのは女傭兵のフレイア。
リリアが大会前に、父の代からお世話になっている職人のところへ、愛用の弓を見せに行くというので、ルクだけでなくちょうど顔を見せにきていたフレイアもつき合うことに。
街に入る際には、リリアの猟犬ということですまそうと考えていたのですが、これにフレイアが待ったをかけました。
イヌやオオカミ、タカやフクロウなどを相棒にしている狩人は大勢いますので、ちゃんと届け出て、配布される目印のタグをつけていれば街中にも連れていけます。もちろん何か問題を起こしたら、それはすべて飼い主の責任となりますが、ルクはいい子なので何の心配もいりません。
ですが、ルクの毛色は澄んだ冬空のように青くて、とってもキレイ。
いまの街は大会前にて少々浮かれており、いろんな連中が集まっています。なかにはこれを見て、よからぬ考えを起こす輩があらわれるかもと、フレイアは危惧したのです。
そこで所有者が小娘ではなくて、屈強な女戦士という設定にかえたわけ。
これでもしもいらぬちょっかいを出そうものならば、たちまち彼女の背中の巨大な剣がふりおろされると。
衛兵より渡されたタグを赤いスカーフにつけて、ルクの首にまいたのはリリア。
青い毛色に赤が映えて、かっこいい。
その場に居合わせた衛兵たちやフレイアも、おもわず「ほぅ」と声をあげて、ルクはなんだかとっても恥ずかしくなってしまいました。
通りにはたくさんの人たち。
両側に軒をならべる商店の数々。弓の街だけあって、飛び道具関連が目立ちますが、その他にも食べ物や雑貨などを扱っているところもいっぱいあります。
店先にて客と店員が商談をしていたり、袋いっぱいの荷物をかついでフラフラしている人がいたり、連れだって歩く親子、陽気に立ち話をしているご婦人たち、武器を手にした鎧姿は大会目当ての人なのでしょうか。
街のあちこちに鍛冶場があるらしく、ちょっと耳をすますと、喧騒に紛れてそこかしこから鉄を打つ音なんかが聞えてきます。
ニオイも、人も、モノも、建物も、なにもかもがごちゃごちゃ。
人間の街はまるで大きなオモチャ箱。
そんな場所にはじめて足を踏み入れた水色オオカミの子ども。シッポをふさふさゆらしながら、キョロキョロしっぱなし。
「おい、ルク。あんまりよそ見ばかりしていて、はぐれるなよ」とフレイア。
「うん、わかったー」答えそうになって、あわてて口をつぐんだルク。人の街ではうかつに言葉を話さないようにと、事前に注意されていたのを思い出したのです。
表通りよりも一本奥に入ったところにある、リリアの馴染みの職人さんの工房。
みんなで店の近くまできたら、いきなり中から転がり出てきたのは、黒の縮れ毛の少年と他数名。なにかと一方的にリリアにからんでくるという、ヌートとかいう街の有力者の息子と、その取り巻きたち。
「とっとと帰れ! こんどウチにそんなつまらん品を持ちこんだら、しょうちせんからなっ!」
カミナリのような怒鳴り声といっしょに投げつけられたピカピカの弓を、なんとか受けとめたヌート。
岩のようにゴツゴツとした体つきの老人のあまりの剣幕に、あわてて逃げ出していきました。「ちくしょー、おぼえてろよー」との捨て台詞を残して。
「なんだいありゃあ? 芝居でもなかなかお目にかかれない、絵にかいたような三下っぷりじゃないか」
感心しているのか小馬鹿にしているのか、よくわからないフレイアの言葉に振り返ったのは、ついいましがたまで怒鳴り散らしていた老職人。
見慣れぬ屈強な女戦士と青いオオカミに怪訝な表情を浮かべるも、となりにリリアの姿を見つけたとたんに破顔。目尻がゆるんでだらしなくなり、好々爺となって「おお、リリア、ようきたのぉ」との猫なで声。
このおじいさんこそが、ハスターさんが生前の頃からお世話になっている、名工のギリクさん。
頑固一徹にて、気に入った相手の仕事しか受けないので、腕はいいのに工房の経営は万年火の車なんだとか。
で、さきほどの騒ぎはなにごとかと思えば、「ろくに使い込んでもおらん弓を持ってきて、いきなり『大会で優勝できるように仕上げてくれ』ときたもんだ。開いた口がふさがらんかったわい」とギリクさん。
これまでの話だけを聞くと、ヌート少年はまるでダメダメなように思えますが、そんなことはないと口にしたのは、意外にも一番迷惑をかけられているはずのリリア。
小さい頃から、ちょくちょく街の訓練所とかで顔をあわせる機会もあり、その腕前をよく見知っているそうですが、少なくとも彼女の目には悪くないように映ったそうです。
どうして自分にからんでくるのかはわからないけれども、どうやら周囲の期待、それも父親の期待がいっそうのプレッシャーとなるあまり、近頃おかしな方向へと走っているみたい。
「もっともあたいの知ったこっちゃないけどねぇ」
ちょっと庇ったかと思えば、バッサリと切り捨てたリリア。
それを耳にして「これは脈なしだね」とフレイアがつぶやき、ギリクもウンウンうなずく。なんのことだか、よくわかっていない水色オオカミのルクは、コテンと首をかしげるしかありませんでした。
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