水色オオカミのルク

月芝

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103 弓術大会七日目

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「バカなっ、どうなっていやがる!」

 おもわず立ちあがって怒鳴ったのは、馬射の競技が行われる特設会場の観客席、それも一段高いところにあった上客用の個室にいたルシアーノ。
 弓術大会の賭場をしきりつつ、裏で数々の工作をしかけて、自分の都合よく結果を操作しようと画策していた悪党。あと、さる高貴なお方からの依頼で、とある人物に栄冠がかがやくようにと動いていたのですが……。
 彼の視線の先には、制射と走射の二部門を制した弓姫のリリアが、やや小ぶりですが、見事な毛並みをした茶色の牝馬にまたがっている姿がありました。
 風の草原産まれの風の草原育ちのウマは、他所のものとはちがいます。
 筋肉のつきかた、堂々たる風格、放つ気配、瞳に宿る強いかがやき……。速さを信奉する地に生きるがゆえに、競い磨かれぬいたことで、自然とそなわる勝負に対する厳しさ。それは研ぎ澄まされた抜き身の刃のよう。
 見る人が見れば、ひと目でわかるちがい。
 そんなウマを従えているリリア。
 会場中のそこかしこからどよめきが起こっています。

「じょうだんじゃねえぞ! 馬屋はおさえたんじゃなかったのかっ!」

 怒りのあまりルシアーノが手にしていたカップを投げつけたのは、そばにいたエカス。ライトテール商会の従業員でありながら、悪党に手を貸しては甘い汁を吸おうとたくらむ小悪党。カップは彼の頭上をこえて、壁へとあたりガシャンと割れ、中身が周囲に散乱。

「ひいぃぃっ、ちょ、ちょっと待って下さい。わたしは確かに馬屋連中に、主人のダヌの名前を使って通達を出したんですよ。ついでに他の参加者らにも、一等おちたモノを出せとのオマケつきで」
「だったら、なんで、あんな上等なウマにリリアがのっていやがるんだ?」
「そんなのわかりませんよー。この町でライトテール商会に面と向かって逆らえるヤツなんていやしませんって。ひょっとしたらよその街から借りてきたのかも」
「いいや、それはない。アレほどのウマがいたら、もっと評判になっていたハズだ。オレの耳に入らないわけがねえ。くそっ、いったいどこから連れて来やがった」
「あっ、そういえば……」

 少し前に主人のダヌが五十人ばかし手勢を引き連れて、風の草原へと出かけていたことがあったことを思い出したエカス。でも詳しいことはわからないとのこと。
 なにせ同行した連中は、みな口をつぐんでおり、その時のことを決して話そうとはしないから。
 ただふしぎだったのが、何台もの馬車で出かけたというのに、帰りは全員徒歩だったこと。
 どうにもよくわからない話なのですが、その時に手に入れたモノかもと聞かされて、そうかもしれないと勘違いしたルシアーノ。

「それか……。しかし、だったらなんで自分の息子じゃなくって、リリアに与えるんだ?」

 会場内にはダヌの息子のヌートの姿もありました。
 ですが彼がのっているウマは、良さそうですが、まぁ、わりとふつうだったからです。
 わけがわからないルシアーノとエカス。
 そしてこの会場の片隅では、もう一人、叫んでいる男がおりました。



「なんじゃ、ありゃー!」

 リリアをのせてパカパカ歩いているウマを見て、目の玉が飛びでるぐらいにおどろいていたのは、ハゲ頭の体格のいい中年男性。
 彼こそがヌートの父親にして、ライトテール商会の女会長ベスの夫のダヌさん。
 若い頃には、腕利きの弓士として名を馳せていましたが、いかんせん時代が悪かった。
 同世代に伝説級のハスターがいたせいで、ずっと二番手に甘んじることに。
 しかもホレていた女性までもが、ハスターとくっつき、傷心のまま、ついには一度も勝てずに、ケガのために若くして引退。
 ただ能力全般は比較的高かったので、そこを見込まれて商家の入りムコに迎えられました。
 ずっと心にしこりを抱えたままの男にも、やがて息子ができます。
 ちょいと弓をにぎらせてみるといい感じ。「さすがはオレの子」
 親が叶えられなかった夢を子に託し、教育パパと化したダヌ。
 そこにまたしても立ちふさがったのが、ライバルの娘。
 彼だって、かつては青春のすべてを弓に捧げていた男。
 ヌートとリリアを冷静に見比べれば、いやがうえでもわかってしまう、そのちがい。
 重なるのは、かつての自分とライバルとの姿。
 だからこそなんとかして息子を勝たせてやりたい。息子には自分と同じような悔しい思いはさせたくない。
 ゆえに大会前に、風の草原へとウマを求めて旅立ったのです。ウマの性能が大きく左右する馬射の部であれば、まだ勝ち目があると踏んだから。
 ですが結果は散々。
 ナゾの巨人におそわれて、馬車はこわされ、身ぐるみをはがされて、手ぶらで逃げ帰るハメに。そして妻からは大目玉を喰らい、ボコボコにされました。
 それでもあきらめきれないダヌは、つい我が子かわいさのあまり、自分の側近の従業員に命じて、街中の馬屋たちに「リリアにはあまりいいウマをまわさないように」との地味なイヤがらせをさせました。
 だからこその「なんじゃ、ありゃー!」だったのですが……。

 すっかり意識がリリアと彼女のウマの方へともっていかれていたダヌさん。
 夢中になるあまり、いつの間にか自分の背後に立っていた、女の人の存在にも気がつけません。

「なにをそんなにおどろいているの?」と女の人の声。
「なにをって、そりゃあ、いいウマをかすなって馬屋の連中に言ったのに、あんなスゴいウマにのっているから」
「どうしてそんなことをしたの?」
「どうしてって、そりゃあヌートのやつを勝たせるため……に……」

 たずねられるままに、おもわずスラスラ答えてしまったダヌさん。
 ちょっと横柄だったり、口が悪いところはありますが、ちっちゃなイヤがらせを命じる程度の小市民。基本的には面倒見のいい、良い人なんです。ほんの少し親バカなだけで。
 うっかり自分からバラしてしまう程度にも、おっちょこちょい。ウソも苦手なんです。
 そんなどこか憎めないおっさんが、おそるおそるふりかえると、そこには髪の毛を逆立てて仁王立ちしている妻の姿が!

 直後に会場の裏手の方で響いた、世にもおそろしい男の人の絶叫。
 しかし会場内の熱気と歓声にかき消されて、それを耳にした者はいませんでした。


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