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116 火と氷の山
しおりを挟む真正面からみると、左右均等に裾野をのばしたかのような、キレイな形をしていた火の山。しばしばドレスを着た貴婦人に例えられる勇壮な景色。
ですがいまは、その形がすっかりかわっています。
山の中腹から火口をぐるりと円で囲むかのようにして、そびえ立つ青白い氷壁。
まるで婦人がスタイル維持のために腰に巻くコルセットのよう。
しかしよく目を凝らして見れば、これがそんな優雅なものではないことがよくわかります。
なにせ氷の壁の向こうでは、赤黒いモノがたえずうねり、うごめいているのですから。
これこそが火の山が二千年ぶりに噴火をして、吐き出した赤い水。
あふれでるソレが山の斜面をくだり、四つの石の街、それから周囲の森らをも呑み込み、すべてを焼き尽くしてしまうハズであったのを、くい止めたのは水色オオカミのルク。
かつて荒地の古城を守った氷の壁。
それよりもはるかに巨大でじょうぶなモノにて、山をとり囲んだのです。
鉄や岩をも溶かすマグマ。それを封じ込めることに成功したおかげで、街や森の被害は最小限ですみました。
なのにそんな奇跡をなした一番の功労者であるルクの姿は、もう弓の街にはありません。
火の山が噴火を起こし、あふれだしたマグマが周囲に流れ出したとき。
ルクが我が身もかえりみずに、チカラをふるったおかげで、なんとか滅亡こそはまぬがれました。
ですが故郷を破壊されて、大自然の驚異を目の当たりにし、多くの犠牲を出した災害時の人の心は、おもいもかけない形ではじけてしまったのです。
意識を失い、全身を血まみれにしながら、なんとかすべてを滅ぼす赤い水の流れをとめた水色オオカミの子ども。
その姿は、あまりにも異様にして異質。
ましてや災害時にて、すっかり不安や恐怖にとりつかれている人たちの目には、不気味な存在としか映りません。「ボクが、まもるんだ」とつぶやく声ですらもが、彼らにとっては悪魔の呪文のようにしか聞こえません。
するとだれかが言いました。
「そういえば、あの青いのがあらわれたとたんに、火の山が暴れ出したんだ」
「おれは人の言葉を話しているのを聞いたぞ」
「あんな色のオオカミなんぞ聞いたことがない。なんと不吉な」
「あいつが近づいたから、火の女神さまが怒ったのにちがいない」
「門のところでさわいでいたのを見たぞ。弓姫がおさえていたのをふりはらって、駆けだしていた」
事実とそうでないことが、ごちゃまぜになって急速に広がっていく。
大切なモノをいっぱい失って、追いつめられた心が、手近な存在へと手をのばしてすがる。
ため池にあふれそうになっている水が、用水路へと通じる出口にさっとうするように、街の人たちは、安易なデマに飛びつきました。
「アイツが」「あいつが」「ヤツのせいで」「こいつのせいでうちの子が」「オレの妻が」「お母さんが」「父ちゃんが」
火の山の噴火。
幻焔(げんえん)のオオカミのキオによるところの、地の国の住人ならば甘んじて受け入れるしかない出来事。
ゆえに本来ならば、やり場のない怒りや悲しみ。
それを向ける生贄(いけにえ)にされてしまったルク。
弓の街どころか、周辺一帯をも救った水色オオカミの子どもは、感謝されるどころか、みんなからの憎悪を一身に集めることに。
ブツブツと何ごとかをつぶやき、もうろうと立ち尽くしている青いオオカミ。
遠巻きにこれを囲んでいた街の人たち。
最初に石を投げつけたのは、まだ年端もいかぬ男の子。
「かあちゃんをかえせ! かえせよ!」
大すきなお母さんを壁の崩落で失った子。
その嘆きが、その怒りが、その無念が込められた小さな石。
幼く非力ゆえに届かず、とちゅうで落ちて、転がりオオカミの足下にてとまる。
でも、その姿こそがみんなの想いをあらわしているように思えて、彼らの激情に一気に火をつけることになりました。
大人が、老人が、青年が、中年の女性が、子どもが、その場に集っていた老若男女のすべてが、手に石をもってはルクへと投げつける。
意識を失っているがゆえに、よけることもかならず、されるがままに憎しみの石つぶてをその身にあび続ける水色オオカミ。
この場面に駆けつけたのはリリア。
ルクから一喝されて、我に返った彼女は、避難誘導や救助活動に手を貸していたのです。そんなときに街の中央から聞こえてきた喧騒。
駆けつけて見れば、街を救ってくれて、森をも守ってくれた、命の恩人であるはずの相手を罵倒して石を投げつける暴徒たちの姿が!
あわてて「何をしているの、やめて」と止めにはいるリリア。ですがすっかり興奮しきっている人たちは、彼女の言葉に耳を貸しません。それどころか「じゃまをするな!」と突き飛ばされ、彼女にも石を投げつけてくる始末。
そうしている間にもデマはどんどんと瓦礫の街に広まり、目の色をかえた人たちが集まって来て、騒ぎは大きくなる一方。
もはや個人のチカラではどうしようもないほどに、膨れ上がる憎悪の感情。
ついにルクの頭部におおきな石が当たり、その身がぱたりと倒れます。
喜んだ暴徒たちが歓声をあげた、まさにそのとき! 大空より飛来した巨大な影が、噴水広場に降り立つ。
雄々しい両翼、太くたくましい首は長く、全身を乾いた大地のくすんだ赤サビ色の土のようなウロコでおおわれた巨大なドラゴン。
その登場に、だれもがいっしゅんで氷づいてしまいました。
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