水色オオカミのルク

月芝

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140 笑う白銀の魔女王

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 世界中の空を姿を消したりあらわれたりしながら、気まぐれな航路を浮遊している島。
 そこにそびえるのは白銀の魔女王レクトラムの居城。
 城内の執務室にて手早く書類仕事を片付けていたのは、右目に眼帯をはめているコークス。魔女王の一番の側近の男性。
 仕事がひと段落つき、手元の書類から顔をあげた彼が、そばの壁にかかっている鏡に話しかけました。
 この鏡は魔女王が造り出した魔法生物。本体は彼女の自室にある大鏡で、城中にあるありとあらゆる鏡を通しての連絡網や警備網の構築を任されています。

「ガロンの具合はどうだ」
「外の傷はおおむね。ただこれまでに蓄積されたモノまでは」

 鏡からの報告を受けて、「そうか」とだけもらしたコークス。引き続き治療に専念させるようにとだけ告げると、通信を切りました。

 火の国にて、心身ともに弱った水色オオカミの子ども。
 彼の身柄を手に入れる好機ととらえた魔女王レクトラムの命によって、竜の谷へと侵入をし、魔道具「暗路鏡(あんろきょう)」をしかける任務に従事していた黒いまだらオオカミのガロン。
 ですが竜の谷には特殊な結界が張られており、いかに影を使ってあちこちを自由に行き来できるチカラを持つガロンであっても、侵入は容易ではありません。
 それをおしての潜入、カラダへの負担は相当なものでした。
 激しく消耗している状態にて、なんとか暗路鏡を設置することに成功するも、そこで侵入が発覚。手痛い一撃を喰らって、ボロボロの状態にて命からがら逃げ帰っていたのです。
 水色オオカミの子どもの気配を追ってたどりついた場所が、竜の谷の玄関口に相当する神殿であったこと、そしてそんな重要な施設をまかされるほどのドラゴンがいたことが、ガロンにとっては不運でした。
 ドラゴンの中でも指折りの古強者(ふるつわもの)との遭遇。完全に気配を消して、影に潜んで様子をうかがっていたところを、よもや強襲されるとは。それをギリギリで回避できただけでも、たいしたもの。
 そこまでして任務をはたそうとしたガロンに対して、彼の主人である魔女王レクトラムがかけた言葉は何もありませんでした。ただ冷たい視線をちらりと向けただけ。
 彼女にとっては目の前のボロボロで汚らしい色味のオオカミなんぞよりも、冬の晴れた空のような青い毛をした水色オオカミの子どものほうが、よっぽど重要であったのです。
 あわれなガロンは、報告を終えるとそのまま気を失い、いまもふせっています。

 黒まだらオオカミのガロンが命がけで臨んだ任務は、結局失敗に終わってしまいました。
 これを知って、城内にいた者たちはみんなオロオロとうろたえます。
 あれほど欲していた水色オオカミの子どもを手に入れそこなったのですから、さぞや機嫌がわるくなっているにちがいないと。
 ですがみんなの予想に反して、レクトラムは「ふふふふ」と愉快そうな声をこぼし、非常にめずらしいことに、顔には笑みさえ浮かべています。
 彼女の様子に小首をかしげたのは、そばに仕えているコークス。
 ふしぎがっている彼にレクトラムは言いました。

「暗路鏡を通じて、少しだけあの子を見ることができた。あれはよい。わらわはたいそう気に入った。毛の美しさもさることながら、チカラも強い。まだ育ちきっておらぬがゆえの、未成熟なカラダがもつしなやかさもよい。にごりのない夕陽のような瞳もそれは見事よ。一日中ながめていても、きっと飽きることはあるまい。あぁ、アレが手に入るのならば、この城にあるすべての宝物と交換しても惜しくはない」

 どこか恍惚とした表情にて、ますます水色オオカミの子どもへの執着をつのらせるレクトラム。
 だれよりも美しく、だれよりも残酷で、だれよりもわがままな白銀の魔女王。
 そんな彼女にそこまで言わせる水色オオカミの子どもに、深い同情とあわれみ、それからわずかな嫉妬をおぼえるコークス。
 けれどもそんな心の内は微塵も表に出しません。

「では、引き続き行方を追い、監視を続けつつ、捕獲計画の準備を進めたいとおもいます」
「よかろう。ほんとうならばすぐにでも出向いて手に入れたいところだが、さすがにそばにドラゴンどもがちょろちょろしていてはな。まぁ、たまには待つのもよかろう。せいぜい実が熟するのを楽しみにしておこうか」
「おまかせください。最高の状態でレクトラムさまにお届けするようにいたします」
「ふふふ、期待しておるぞ。コークスよ」
「ははっ」

 主人に向かって深々と礼をする眼帯姿の男。
 その時、床にうつる自分のうすい影が左の視界に入る。
 ふと、脳裏をよぎったのはガロンのこと。
 お気に入りを手に入れたら、魔女王さまは彼をもう用済みと言った。ひょっとしたら、いずれは自分も同じ目にあうのでは……。いや、それでも自分がとるべき道は決まっていると一抹の不安をふり払うコークス。
 すべては偉大なる白銀の魔女王レクトラムさまのため。
 そのために生き、そのために死す。彼女に救われた、あのときから、絶対の忠誠を捧げると決めたのだから。


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