水色オオカミのルク

月芝

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142 歌うしゃれこうべ

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 見事な口ぶえを吹いていたのが、谷底にころがっていた不気味なしゃれこうべ。
 頭の一部が欠けており、いたいたしい穴が開いています。落ちたときにどこかにぶつけたのでしょうか。
 そんなしゃれこうべを目にしたルクは、おもわずつぶやきました。

「へー、地の国では、ドクロがピュウピュウ、口ぶえを鳴らすんだ。ボク、ちっとも知らなかったよ。すごいなー」

 とたんに演奏が中断されて、「そんなわけあるか!」との声が、しゃれこうべから発せられました。どうやらルクのかんちがいだったようです。
 でもこのしゃれこうべは、口ぶえどころか言葉まで話しています。
 これはいったいどういうことなのでしょうか?

「というか、たいくつしのぎに口ぶえを吹いていたら、まさか青い色のオオカミが姿をあらわすとはなぁ。あいにくと、とっくに肉はなくなってしまったから、こんなホネでもよければ、しゃぶるかい?」

 演奏をじゃましてしまったというのに、その辺にちらばる自身のホネを「一本どうだい?」と勧めてくる友好的なドクロさん。
 せっかくのご厚意ですが、ルクはえんりょします。なにせ水色オオカミは基本的に水だけあれば生きていけますので。それにホネをがじがじする習慣はありませんから。

「ボクは水色オオカミのルク、よろしくね」
「これはごていねいに。自分はフランク、いまはこんなナリだが、これでもむかしはそこそこの楽士だったものさ。それにしてもしばらく谷底にいるあいだに、世間ではオオカミの色がずいぶんとかわったんだねえ。それにしゃべるとは、いやはやこいつはたまげた」

 いろいろとかんちがいしているフランクさん。
 そこでルクが水色オオカミのことをかいつまんで説明し、フランクさんの口ぶえに惹かれて、ここまでやってきたことを話すと、彼はたいそうよろこびました。
 楽士たるもの自分の演奏がほめられるのは、とってもうれしい。
 ならばリクエストにこたえましょうと、さっそく口ぶえをはじめたフランクさん。
 さっきまで聞こえていたのとは、またちがう音色。
 こんどのはお芝居の舞台で使われていた曲だそうで、わるい魔法使いにさらわれた婚約者の姫を取り戻すために、苦難の旅へとおもむく王子の物語を演出するためのモノ。
 淡々とした響きからはじまり、じょじょに盛り上がっていくほどに熱をおびてゆく。かとおもえば悲しい場面を演出する切ないメロディーへとかわり、試練のたびに危機感をあおるリズムがあらわれ、演奏はいよいよクライマックスへと……。

 演奏を聞き終えたとき、ルクの目にはありありと舞台上で抱き合う王子さまとお姫さまの姿が見えていました。
 このことからもわかるように、生前のフランクさんは都でも楽士として、かなり名を馳せていたんだとか。
 それがどうしてこんなところで、こんな姿をさらしているのかというと……。

 幼い頃より楽士としての才能に恵まれていたフランク。
 ですが彼の生まれ育った辺境の村では、どうしても限界があります。だから十代半ばに思い立って音楽が盛んな大きな都に出て、きちんと学ぶことに決めました。我が子の才能を認めていた両親も、これには賛成をしてくれました。
 しかし彼には心残りがひとつ。
 それは幼馴染で将来を誓いあっていた恋人のジルのこと。
 すると健気なジルは夢を追いかける彼にこう言いました。

「わたしなら待っているから。しっかりと勉強して一流の楽士になったら、迎えにきてよね」
「わかったよ。五年だ。五年たったらひと角の楽士になって、きっとこの村にもどってくる。そうしたらいっしょになろう」

 こうして決意を胸に旅立ったフランク。
 彼は大きな都にて、寝る間も惜しみ、それはそれはいっしょうけんめいにがんばりました。
 努力のかいもあり、メキメキと当角をあらわしていくうちに、気がつけば都でも指折りの楽士となっており、はやジルと交わした約束の期日がせまっておりました。
 ちょうどそんなとき、都に出稼ぎにきていた、同郷で仲のよかった友だちも村に帰るというので、いっしょに帰国の途についたのです。
 気心の知れた男同士の旅は楽しく、また故郷で待つジルの笑顔を思い浮かべれば、足どりも自然と軽くなるというもの。
 フランクは、楽士としての名声と金貨のつまった袋、それから愛する人のために購入した、ネコの目のように暗闇でも光る少しふしぎな宝石のついた銀の髪飾りを手土産に、堂々と故郷に錦をかざるつもりでした。
 あとは吊り橋を渡って小高い山をひとつ越えるだけ。
 でもそこまで来たところで、どうやら事故にあったみたいです。
 気がつけば谷底にて、こんなありさま。
 そのときのことは、あまりくわしくおぼえていないそうですが、おそらくは気が急いて浮かれるあまり、吊り橋からツルリと足でも滑らせたのだろうとのことでした。

 すぐ目の前まできていた幸福。それが手の中からすり抜けてしまった話を耳にしたルクは、「ざんねんだったねぇ」としんみり。
「まぁ、むかしの話だから。あんまり気にしないでくれよ」

 当のしゃれこうべは、わりとあっけらかんとしています。泣くのもわめくのも、散々にやったそうで、それでもどうにもならなかった。
 すっかりあきらめて、気ままに口ぶえを吹いていたら、ひょっこりとあらわれたのは水色オオカミ。

「ほんとう、わけがわからねえだろう。あっはっはっはっ」

 泣いても怒ってもなげいても何もかわりやしない。
 こうなれば、あとはもう笑うしかないだろうとフランクさん。
 陽気なのか、楽天的なのか、はたまた達観しているのか。
 やけっぱちというわけでもなく、さりとて前向きともちょっとちがうような気がするルク。
 しゃべるドクロと、しゃべる水色オオカミ。
 なんとも奇妙なこの組み合わせ。その縁を結びつけた口ぶえの音色。
 この出会いを通じて、ルクはまたひとつ新たなことを学ぶことになるのです。


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