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149 強き者
しおりを挟む隠れ家である森の粉ひき小屋にもどると、フランクさんは「しばらくひとりにしてくれ」と言いました。
ルクは室内にあったテーブルの上にそっと髪飾りを置くと、そのまま外へと出て行きました。
すべてを失くし、楽士としての誇りまでけがされ、その真相を調べていたら、こんどは親友をも失ってしまったフランクさん。
ひょっとしたらと、彼はうすうすヘリオを疑っていたのかもしれません。でも友だちを疑うことはとてもかなしいこと。だからあえて気づかないふりをしていたのかも。
彼の心の中には、どす黒い雲のようなモノが急速に満ちていくばかり。
それをルクは茜色の瞳のチカラで感じとっていました。
正直いって彼をひとりにしておくのは不安です。でも、だからといっていまの彼にかけてあげられる、いかなる言葉もルクにはおもいつけません。
いまはただ、フランクさんがどんな選択をするのかを待つばかりです。
翌朝になっても、中から声はかかりませんでした。
小屋の前にてじっとしていたルクは席を外して、報酬を支払いにネズミの一家のところに顔をだしました。
そこであれからの酒場でのことの話を聞いてから、小屋へともどりましたが、室内はあいかわらずの静けさ。フランクさんの意識はずっと思考の中に沈んでいるみたい。
この状態が二日目も続き、三日目の朝をむかえたところで、ようやく自分の名を呼ぶ声がして、水色オオカミの子どもは、はね起きました。
「すまなかったね。どうにも頭の中がぐちゃぐちゃになってしまって、考えをまとめるのに時間がかかってしまった」とフランク。
「ううん。ボクのことは気にしないで。それよりも……」
「あぁ、この三日間、ずっと考えているうちに、だんだんとあのときのことを思い出してきたんだ」
「あのときのこと?」
「オレが谷へと落ちたときのことだよ。はっきり思い出した。あれはやっぱりヘリオの仕業だったよ」
生まれ故郷への旅。
サイズ村へは、吊り橋を渡ってからはゆっくりと歩いても、二日とはかからない距離。ようやくここまで来たかと笑いあったフランクとヘリオ。
少し休んでいこうと言い出したのはヘリオ。自分が火をたいてお茶の用意をするので、その間に念のために吊り橋の具合を見ておいてくれと彼は言いました。
地元の人間しか知らない、それもめったに使わないような吊り橋。渡っているうちにプツンとロープが切れたりしたらたいへんです。だからフランクさんは背負っていた荷物を置くと、橋へと近づいて、念入りに状態をたしかめることにしました。
グッグッと手で押してはロープの張りを調べ、床板がくさっていないか、しゃがんでみていたら、ドンっと背中に強い衝撃が!
あとは暗い谷底へと向かって、真っ逆さまに落ちていくばかり。
グシャリと音を立てたのは、彼のカラダか、砕けた頭の一部か。
そんな状態にもかかわらず、命の火はまだわずかながらに灯っていました。
もうろうとなる意識にて、真っ赤になってかすんでいく視界。そんな最中に唯一まともに動く右の腕で、フランクが上着の内ポケットから取り出したのは、最愛のジルに贈ろうとおもっていた宝石のついた銀の髪飾り。これだけは旅の間中も、ずっと肌身はなさずに持っていたのです。
「よかった。こわれてな……い……」
それがフランクの人生最期の言葉。こうして彼の生は幕を閉じたのです。
あのときの一部始終を思い出したフランクさん。
ヘリオの目的が、フランクさんがため込んでいた金貨だったのか、ジルさんだったのか、あるいはその両方だったのかまではわからない。
すべてを語り終えた後に、フランクさんは自分にはまだやるべきことがあると口にしました。その声音にはかつてないほどの強い想いが込められており、おもわずビクリとなる水色オオカミの子ども。
「おいおい、そんなに警戒しないでくれ。べつに復讐(ふくしゅう)とか仕返しとか、そんな物騒なことは考えてないよ」
「ほんとうに?」
「あぁ、まったく考えなかったかといえばウソになる。正直なところ、腹だってむちゃくちゃに立っている。でもな、そんなのはもう、どうでもいいんだよ」
そこでいったん言葉を切ったフランクさん。
ひと呼吸おいてから毅然とこう言いました。
「もしもオレが復讐をたくらんだところで、こんなザマじゃあ何もできやしない。そうなると、オレはルクの手を借りることになる。でもよ、そんなの最低じゃないか? 自分のために友だちの手を汚させるなんて、ぜったいにやっちゃあならねえ。それこそヘリオのヤツの同じになっちまう。オレはすべてを失くして、底の底にまで落ちたけれども、だからって外道になりさがるつもりはない」
この自身の意志を踏まえてのフランクさんのお願い。
それは当初の予定通りに、いまは我が身となったこの銀の髪飾りをジルに届けること。ただし、少しだけオマケつきにて。
そのオマケについて話を聞かされたルクは、シッポをぶんぶんふってよろこんで、協力することを約束しました。
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