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158 緑風
しおりを挟む「よう、また会ったな」
勇者シュウの声で、ゆっくりとふり返ったのは翡翠(ひすい)のオオカミのラナ。
かつて荒地のグリフォンの古城にて、しばし共に過ごした相手。
向けられるのは、ややツリ目がちな鋭い眼光。瞳の色は月下でも映える滝つぼの深淵のような碧さ。
月光を受けてかがやく濡れた刃のごとく、凛とした雰囲気にて、シュウはおもわずゴクリとノドを鳴らさずにはいられない。
あらためてこうして向かい合うことでわかる彼女の強さ。
グリフォンとはちがった類のチカラが、ヒシヒシと肌を通して伝わって来る。もしも光の聖剣の封印を解除したとして、まともに戦ったらどうなるか。
ついついそんなことを考えてしまうシュウ。ですがすぐにヤメました。
だってとても勝てそうにありませんから。なんとなくですが同じ地の国に生きる住人であっても、立ち位置がちがう気がするのです。
単純な強い弱いとかの話ではなくて、勇者には魔王がいるように、あるいは動物たちが自分たちの縄張りを守るために人間と争うかのように、人が自分の暮らしのために自然に立ち向かうように、戦うには相手の存在を認め対等に同じ場所に立つ必要がある。
ですがこの翡翠のオオカミは、きっとちがう。
自分の領分とはちがうところにいる。刹那的に交わることはあれども、けっして深く踏み込める相手ではない。
光の勇者シュウは、それを本能的に感じとっていたのでした。
「なにやら呼ばれたような気がして来てみれば……、その腰のヤツの仕業か」
しばらくダマって見つめあっていた両者。
先に言葉を発したのはラナです。
「あぁ、そうみたいだな。オレも同じだ。こいつに導かれた」
そう言ってシュウは腰の聖剣をパンパンと軽く叩いてみせる。光の女神が自ら造り加護を与え、地の国へともたらしたといわれている光の聖剣。
長い歴史の中で、幾人もの勇者を選定しては、魔王討伐の旅へといざなってきた。だがいまだにナゾ多き存在でもある。
剣に宿る何者かの意志は感じるものの、言葉を発することはない。
ただ、旅の途中とかで迷っているときや、困っているときなどには、ときおり今夜のように救いの手をさしのべることがある。
そんな聖剣が結びつけたシュウとラナ。
つまりは今回の難事に対して、翡翠のオオカミに助力を請えということなのだろう。
「じつはな。この河にはいまヘンなヤツが住み着いてるみたいでね。おかげで船が出せずに向こう岸に渡れねえ。で、こいつをどうにかしたいところなんだが、なにせ相手は水の中」
「なるほど、それで私に手を貸せと」
「話がはやくて助かる。で、報酬なんだが何が欲しい?」
「報酬か、そうだなぁ……」
しばらく考える素振りを見せたラナ。ふたたび口を開くと「情報」と言いました。
各地にちらばる教会や神官たちから本部へとあげられてくる膨大な情報。
聖剣の勇者の名と、教会から派遣されている神官エリエールのチカラがあれば、たいていのものは問い合わせることが可能でしょう。
彼女はそれを欲したのです。
「情報か、いいだろう。それで何が知りたいんだ」
「一つは黒いまだらオオカミについて。一つは白銀の魔女王の城について。それからあと一つは弟子の動向かな」
「おいおい、三つもかよ。ちょっと欲張りすぎじゃないのか」
「ならヤメるかい? 私はべつにどっちでもいいのだが」
「わかった、わかった。ったく、かなわねえな。こっちの足下みやがって。それでいいさ。いちおうはエリエールにもたずねてからになるだろうが、たぶん問題ないだろう」
「じゃあ、そういうことで契約成立だな」
「あぁ、そういえば、ルクのヤツとはいつごろ別れたんだ?」
「けっこう前だよ。最低限の修行はつけた。でもあの子はちょっと規格外なところがあるから。あちこちで騒動を起こしてそうな気がしてね」
「それで師匠としては弟子の動向が気になると」
「そういうこと。さて、相手は水の中だったね。それじゃあ、アンタたちは小舟を一艘用意しな。あとは私が目標のところまで運んでやるから。それと何か足下がすべらなくなる工夫も」
「足下?」
「ああ、河のど真ん中に、小舟の上じゃあ戦いにならないだろう。ついでに足場も用意してあげるよ」
「おお! そいつは気前がいいな。ついでに手伝ってくれたら、とっても助かるんだが」
「まぁ、そっちはおいおいだね。まずは勇者たちのお手並みを拝見といこうか」
「言ってくれる。いいだろう、人間のチカラを見せてやるよ」
「フフフ、楽しみにしておく。じゃあ、明日の夜、またここで」
ふいに河面をひゅるりと冷たい夜の風が駆け抜けた。
前髪が乱れて、とっさに瞼(まぶた)を閉じたシュウ。
彼がふたたび目を開けたとき、そこにはもう翡翠のオオカミの姿はどこにもありませんでした。
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