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159 大河のバケモノ退治
しおりを挟む光の勇者シュウ、神官エリエール、戦士ガントン、弓士ピピン、魔法使いドック。
五名の一行をのせた小舟が河の中をするすると進んでいく。
船首には翡翠(ひすい)のオオカミのラナの姿がありました。彼女が水色オオカミのチカラにて、水流をあやつっていたのです。おかげで帆を立てて風を受けることも、櫂(かい)をせっせとこぐ必要もありません。
「すみません。ラナさまの手をわずらわせてしまって」
「気にしなくていい、これはちゃんとした契約なんだから。それに私はすでに天の国を捨てた身。もう御使いでもなんでもないんだから、そんなにかしこまらなくていい」
ずっと恐縮しっぱなしのエリエールに、そう答えたラナ。
女神を信奉する教会に所属する神官であるエリエール。彼女は経典の中にある水色オオカミの記述にも精通しており、その存在が地の国におおいなる恵みをもたらすことも知っています。だからこそ「なんともおそれおおい」と、この態度。
いかに御使いの勇者をヤメたといっても、エリエールの感覚からすると、例えるならば王族の姫君が降嫁したようなもの。いかに嫁に行ったからとて姫であった事実が消えるわけではなく、よって相応の敬意をはらうのが当たり前らしいです。
自分はそんなに上等な存在じゃないといくらいっても、ずっとこんな調子につき、ラナも苦笑いをするばかりです。
風はほとんどなく、波はおだやか。雲はまばらにて、月も出ており視界は良好。
河の中ほどまでは順調であった舟足が、ふいにピタリと止まりました。
前方に巨大な渦が出現したのです。
もしもふつうの船であったのならば、とたんに引き寄せられ、はげしい流れに巻き込まれて、中心部へと到達し粉々となり、波間に消えたことでしょう。
ですけれども小舟はビクともしません。
なにせ船頭に立っているのは、水を自在にあやつるチカラに長けた水色オオカミなのですから。
いつもならばこれで舟が沈むというのに、まるで平気な様子。
じれたのは渦の中心部にいた何者か。
ついにザブンと波を荒立てて、水中よりその姿をあらわす。
全身がヌメっとして黒く、大型船のマストほどもある巨大な姿。腹のあたりに毒々しい血の赤のような斑点模様が浮かんでいる。
これが近頃、河で暴れ回ってはいくつもの船を沈めてきたというバケモノ。
それを見た勇者一行。
「あれってキルコスだよな。ガキのころに川で釣ったことがある」となつかしげな勇者。
「どうみてもキルコスですね。今朝の宿屋の朝食に切り身の干物が出てましたよ」と神官。
「にしても、ちょっとデカすぎないか?」と戦士はあきれ顔。
「……マズそう。育ちすぎた魚は大味。身もぶよぶよ」と弓士。
「自然の魔力だまりに落ちた生き物が、巨大化するという話は聞いたことがある」と魔法使い。「じつに興味深い」とランランと目を光らせ、いつになくヤル気をみせた。
キルコス。
水のキレイなところに生息し、通常はおおきくなってもせいぜい成人男性が両腕をひろげたぐらいの大きさにしかならない。なおとっても臆病な性格につき、めったに人前に姿をあらわすこともなく、主に水草や岩肌についたコケなどを食べている魚。
味は淡白にてクサミがなく、煮て良し焼いて良し。一部好事家たちは新鮮なのを生で食すらしいが、専門知識がないと当たる危険性があるので、あまりオススメはしない。
超巨大キルコス、尾ひれをバシャン。
それだけで大波が起こって、小舟へとおそいかかってくる。
これを防いだのは緑氷の壁。ラナが出現させたものです。
「さてと、目当ての相手もあらわれたことだし。それじゃあ勇者一行のチカラを見せてもらおうか」
言うなり翡翠のオオカミが天に向かってひと声吼えた。
とたんに河の流れがピキンと固まり、周辺が氷の地面へとかわっていく。
あわてたキルコスが、すぐさま水中に没しました。
すっかりカチコチになった河の上に降り立つ勇者たち。
足には鉄のトゲトゲのついたクツを履いています。これは雪山や氷原地帯を渡るときに使用するもの。
まっさきに行動を起こしたのは弓士のピピン。
彼は山なりに飛ぶように、あちらこちらに次々と矢を放っては、氷の上に突き立てていく。矢尻の羽の部分には小さな鈴がぶら下げられてあります。
続いて魔法使いのドックと神官のエリエールが呪文を唱えはじめました。
勇者と戦士は剣を抜いて、この二人を守りつつ、周囲の気配をうかがう。
チリンと鈴の音が鳴りました。
反応して動いたのは戦士ガントン。両手にてしっかりと大剣をにぎり、鳴った鈴のもとへと静々と近寄る。
じきにベキベキと氷をつきやぶって姿をあらわした巨大キルコスに一撃を放つ。
岩をも両断する豪剣。しかしその刃はぬめぬめした肌に深く食い込みこそすれ、切断するにはいたらない。
それでもいきなり横っ面をぶん殴られたかのような衝撃を受けたキルコスは、おどろいて再び水中に潜ろうとしました。
それを許さないのが魔法使いと神官。
エリエールがふりかぶって投げたのは、毛糸の玉のような形をした「女神のいましめ」と呼ばれる魔導具。
狙いどおりに対象の頭部に当たったとたんに、しゅるしゅるとほつれて、その糸がからみついていく。女神の毛が編み込まれたとかいうあやしげな品ながらも、拘束力はかなりのもの。それでもヌルヌルとしているキルコスは、身をよじって、じきにこれからも脱出しそうでした。
でもそこに次なる一手が放たれる。
動きが封じられたところに、ズドンと天空より落ちたのは青いいかずち。ドックの放ったカミナリの魔法です。
単発ですが、威力はそこそこ。小金持ちの家の一軒ぐらいは吹き飛ばせる攻撃をモロに脳天に受けて、すっかり目をまわした巨大キルコス。そのままドスンと横倒しとなり、動かなくなってしまいました。どうやら当たり所がよかったみたいです。
「あれ? もうおしまいかよ。オレの出番は?」
真打ちは最後にかっこよく登場とか考えて、ずっと見せ場がくるのを待っていた勇者シュウ。
まさかのひと太刀もふるうことなく勝敗が決しようとは、おもいもよりませんでした。
なんだかんだでパーティーメンバーたちはとっても優秀なのです。
氷原にてポツンと立ち尽くす勇者。
そのマヌケな姿に、おもわずクツクツと笑ってしまう翡翠のオオカミのラナなのでした。
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