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160 逃がした魚は……
しおりを挟むあっさりとケリがついてしまい活躍の場がなかった勇者は、とっても不満顔。
そんな彼に神官のエリエールが、にっこり微笑みながら言いました。
「心配しなくても、シュウにもちゃんと出番がありますよ。この巨大キルコスを解体するという、あなたにしかまかせられない立派なお仕事が」
「えぇっ! ちょっと待てよ。オレがひとりでこのデカいのをさばくのかよ」
「それはしかたないだろう。なにせオレの剣はまるで通らなかったし」と戦士ガントン。くやしそうなのに、ちょっとうれしそうなのは気のせい?
「……矢を回収しないと。節約節約」弓士ピピンはそそくさとその場を離れる。解体といえば狩人。だから手伝わされたらめんどうと、彼は逃げました。味が期待できない魚に用はないみたいです。
魔法使いは手帳を片手に熱心に、倒れているキルコスを観察しては、フムフムとメモをとるばかりで、こちらの話なんてまるで聞いてはいません。
「マジかよ」
勇者が大きな怪魚を見上げていると、これまでずっと彼らの戦いをダマって見ていた、翡翠(ひすい)のオオカミのラナが近寄ってきました。
「あんたは見せ場がなくてざんねんだろうけど、いい連携だったね」
ラナから仲間たちの戦いぶりをほめられて「まあなぁ」と気のない返事をしたシュウ。
しぶしぶ聖剣にて解体作業をはじめようとしたところで、「ちょっと待て」とラナが彼を止めました。
しばらくキルコスをじっと見つめてから彼女は言いました。
「なんだろう? 体内の魔力の流れがヘンだ。それにコイツ、まだ死んでないぞ」
「だったらトドメをさしとくか。あばれられてもめんどうだし」
「うーん、まぁ、待て。それよりも……。ガントン、ちょっと来てくれ」
ラナに呼ばれてやってきたガントン。
水色オオカミのチカラにて造り出した緑氷の大きなハンマーを渡されました。
「すまないが、このあたりをそいつで叩いてくれ」
ラナが鼻先にて示したのは、ひっくりかえっている巨大キルコスの腹の一部。人間でいうところの、みぞおちあたりか。
指示されたとおりに「よいしょ」と、ふりかぶったハンマーを勢いよくふり下ろすガントン。
のびているところにズドンと強烈な一撃を喰らって、おもわず「ぐえっ」と声をあげた巨大キルコス。そのひょうしに口の中からコロンと吐き出したのは、緑色の腕輪。
それを拾い上げたドック。冷静沈着な彼にしてはめずらしく「これは、まさかっ!」と、大きな声をあげました。
さわぎを聞きつけて他のメンバーたちも、何ごとかと集まって来ます。
「こいつがおかしくなっていたのは、これをのみ込んでいたせいだろう。そしてこれは……」
「おそらくですが、竜環ですよね」
ラナの言葉にかぶせるようにして、ドックそうがつぶやきました。
竜環とはドラゴンたちの持つ秘宝のひとつ。魔力を溜め込んでおける腕輪。それゆえに魔法にたずさわる者にとっては垂涎の品。
まさかそんな貴重な品がここで手に入ろうとは……、感無量のドック。おかげで魔力の残量を気にせずバンバン魔法が打ち放題。
いっきに勇者一行の火力があがって、みんなもおおよろこび。
ですが最後にひとつ問題が残りました。
それは超巨大キルコスです。
体内にあった異物をとりのぞかれたとたんに、正気に戻ったのはよかったのですけれども、それからずっと我が身をなげいては、シクシクと泣きっぱなし。
「うぅっ、こんなおおきなカラダになってしまったら、もうおヨメにいけない」
通常のキルコスのうん十倍の巨体。
そんな女、だれももらってくれないと涙にくれるキルコス。どうやらお年頃のメスだったようです。
さすがにこの状態の乙女をバッサリとしちゃうほど、勇者は鬼畜ではありません。
というか、自ら腹を見せて「ころせ、ころせよ! こんなだれからも見向きもされない女なんて、生きている価値なんてないんだ」とまで言われては、もうムリ。
「キルコスの男がダメなら、他にいいヤツをつかまえたらどうだ」
「そうそう、いっそのことドラゴンとかどうだ? デカくて強いって話だし。オレはまだ見たことないけど」
「異種族同士の婚姻の事例もある」
「……おおきなヘビ。あと海には山のような魚がいるとも聞く」
他にイイ男をみつけろよと、なんとかなだめようとする男たち。
それらの発言を受けて、泣くのをやめてむくりと上体を起こした巨大キルコス。
「だったら、どなたか私をもらってくれますか?」
おおきなカラダのわりに、とっても小さくて円らな瞳。
乙女のすがるような視線を受けて、一斉にサッと顔をそらした男ども。
おかげでさらにピーピーと泣き出してしまいました。
そんな大きな乙女のヌメヌメするカラダをやさしくなでながら「よしよし、かわいそうに。これだからデリカシーのない男はイヤなんですよ」とエリエール。
「まったくだな。こいつら絶対にモテないだろう。女心がまるでわかっちゃいない」とジト目のラナ。
頼りにならない男どもは放っておいて、女性陣だけで親身に相談にのります。
そこでラナが思い出したのは、弟子から聞いていた話。
なんでも古代バロニア王国の地底湖には、それはそれは大きなキルコスのオスが住みついているらしい。
これに一縷(いちる)の望みを見い出した巨大キルコスのメス。
おおかたの場所をラナから聞き出して、さっそく行ってみると彼女はヤル気です。だって花の命は短いんですもの。ウジウジなやんでいるなんてもったいない。
「ありがとうございます。ダメもとでそちらをうかがってみますね」
「行くのはいいんだけど、どうやって? 河がつながっていたらいいんだけど、向かう先は山奥の高地にある秘境の地底湖なのでしょう」と心配するエリエール。
これには笑顔で「だいじょうぶです。こうやって」と言いつつ、光かがやいたかと思ったら、その巨体がしゅるしゅると縮んでしまいました。
そして光の中から姿をあらわしたのは、まるで天女のような艶姿になってしまったキルコス。すれちがった男たちがおもわず二度見するどころか、三度も四度ももどってきて眺めそうなほどの美人さん。
これには一同、あんぐり。
ずっと体内にあった竜環を通じてドラゴンの魔力をそそがれつづけた彼女は、いろんなチカラが身についていたようです。そのわりにはずいぶんとあっさり倒されたのは、きっと正気を失っていたから。
もしもまともな精神状態にて敵対していたら、いかに勇者たちとはいえ苦戦は必至だったことでしょう。
巨大キルコスが変じたうつくしい天女は、そのままフワリと宙に浮くと、「ありがとう。わたし、きっと幸せになってみせます」と言い残し、そのまま飛んで行ってしまいました。
「がんばってね」「がんばれよ」と見送る神官のエリエールと翡翠のオオカミのラナ。
勇者、戦士、弓士だけでなく、ふだんは女になんてまるで見向きもしない魔法使いまでもが呆然自失。それほどまでに彼女はうつくしかった。
がっくしとうなだれる四人の男たち。
逃がした魚はあまりにも大きすぎたようです。
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