水色オオカミのルク

月芝

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165 宝石の国

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 二日ほどサルたちの洞窟でお世話になった水色オオカミのルク。
 別れ際に、チュッとルクのほっぺたに口づけをしたのはナナカラ。

「ルクだったら、おいらのムコにしてやってもいいぜ」

 モジモジしながらおませなことを口にしたナナカラは、どうやら女の子だったみたいです。
 子守りに追われるあまり、そのへんのことがすっぽりと抜け落ちていてルクは、あははと乾いた笑い声にてごまかすばかり。
 なお自分の娘のそんな姿を目の当たりにしたお父ちゃん。「ヨメだと! そんなのワシの目の黒いうちは許さんぞ」とプリプリ。
 これには一同がドッと大笑い。
 なんともにぎやかな別れの場面となりましたが、彼らの明るさに元気をもらったルクは、笑顔のままでサルたちの洞窟から駆け出しました。
 その足が向かったのは、滅びの紅砂が飛んでいったとおぼしき東の方角。
 なんとなくなのですが、自分の目で見て、たしかめるべきことのような気がしてしようがないのです。その予感にも似た何かに従って、水色オオカミは荒地と化した滅びの紅砂の通ったあとを走り続けました。



 水色オオカミの子どもが、滅びの紅砂のあとを追いかけはじめる、すこしまえ。
 赤髪の若い女の姿がパイロルーサイトの主都にありました。
 彼女は白銀の魔女王の配下である紫眼のミラ。
 休暇中につき、私用にてこの地を訪れていたのです。

 パイロルーサイトに草木の類はあまり見られません。国土の半分がほとんど砂漠に近い岩だらけの荒地。
 見渡すかぎりの景色は灰色。
 空気はつねに乾燥しており、風が吹くと砂ぼこりが舞って、まともに目も開けていられやしない。まるで大地の恵みから見放されたようなありさまにて、お世辞にも住みよい土地ではありません。
 都の周囲は穴ぼこだらけの小高い岩山や、すり鉢状のくぼ地などにかこまれています。
 これらはすべて鉱山。
 ここは地の国の世界有数の宝石の産地。
 やすらぎの緑を手放したかわりに、妖しいかがやきを放つ魅惑の石をしこたま抱えこんだ場所。
 それに魅せられた者たちが集う国、それがパイロルーサイト。
 扱われているのは庶民でも手が届くようなお手頃な品から、立派なお城が丸ごと買えそうなほどに高価なものまで、じつにさまざま。装飾具の職人らや買いつけの業者らもあちこちからたくさん来訪しており、おかげでとってもにぎわっています。

 この国は巨万の富を生み出すがゆえに、しょうしょう生い立ちがかわっています。
 よその国のように王さまがいて支配するには、あまりにも利潤がおおきすぎる。一人のポケットにはとてもおさまりきらない。そしてそんな莫大な富の独占をゆるせるほど、ヒトのココロは寛容ではありません。
 よこせ! うばえ! とのみにくい争いが長らく続きました。
 ですがヒトはおろかなばかりではありません。多くの犠牲を払ったのちに、ついに気がついたのです。「モメてばかりいたら、ちっとももうからない」と。
 例えるならば、三つしかない席を五人も十人もでとりあうから、ケンカになるのです。
 苦労して席を手に入れたところで、今度はうばわれるかもと心配するハメになり、ちっとも落ちつけやしない。
 だから席の数をどんどん増やすことに決めました。
 これでみんな仲良く座れて、恩恵にあずかれます。
 個人で支配するのではなくて、みんなで管理運営する。
 選出された議員たちによる、議会制の統治がはじまりました。
 なお議員はあくまで役職にて、お仕事にすぎません。特権階級とはちがいます。かんちがいをして勝手をすれば、たちまちクビでお払い箱。運がよければ財産没収のうえで国外追放。わるかったら財産没収のうえで一族丸ごと命までとられます。
 もっともこの国では議員に選ばれるのは最高の栄誉とされており、末代までの誉れゆえに、みな職務に対しては誠実。だからめったに道を踏み外す不心得者はあらわれませんけれども。
 王族も貴族もいない、だれもが平等の立場。
 格差はあるし区別もあるけれども、差別はない。そして鉱山にもぐっていれば、一夜にして億万長者も夢じゃない。
 まるで理想郷のようですが、それだけだと国はたちゆきませんので、この国に集う者たちには、相応の対価の支払いが求められます。
 おカネがあればおカネで税を納め、おカネがなければカラダで建設作業員や兵士として従事し、カラダがダメならば知恵をといった具合に、各々が何がしかの貢献をするという気質にて成り立っている国。

 夢と野心、欲望にて活気あふれるパイロルーサイトの都の人混みを、鼻歌まじりにて歩くミラはごきげんです。
 商店や露店の軒先に並ぶ品は、事前に仕入れていた情報のとおりに、とっても豊富。ふだんの三割ましぐらい。価格もおもわず手が出そうなほどにお買い得。
 でもここはガマンします。だって需要と供給のバランスを考えると、もっと下がると予想されますから。だっていま買った品が明日には、さらに値下げされていたら、とってもくやしいんですもの。
 ところせましと並べられた宝飾品。熱心な売り子たち。価格変動のはやさ。
 いつになく流通がはげしくなっている。新たに鉱脈が発見されたときでも、ここまでのご祝儀相場はありません。

 裏で何かが起こっている……。

 そう考えたミラの足は、あるところへと向かっておりました。
 大通りより離れた場所にある雑多な小屋や家屋がところせましと並ぶ居住区。
 その中にあるなんらへんてつのない建物の中へと、赤髪の女は入っていきました。


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