水色オオカミのルク

月芝

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 水色オオカミとイナゴたちを統べる王との会合。
 先に口を開いたのは、ここまで彼らを追いかけてきたルク。

「どうしてこんなヒドイことをするの?」

 滅びの紅砂と呼ばれ、おそれられているイナゴたちの行進。
 その通ったあとには死の荒野が残されるばかり。草も木も花も森も、おそらくはまき込まれた生き物たちも、それこそ骨も残さないほどに喰らい尽くされる。
 天の国生まれの水色オオカミは、水さえあれば生きていけます。ですけれども地の国の住人たちはちがいます。ときには他者の命をうばう必要があります。
 そんなことはルクにだってよくよくわかっています。
 だけれども、これではあんまりだと、彼は考えていたのですが……。

「たしかにヒドイな。自分たちが通ったあとをふりかえるたびに、我がことながらもゾッとする。数多の地の国の者どもらから忌み嫌われるのもしようがあるまい。なんとも浅ましい所業よ」

 じつにあっさりと己の非を認めた黒銀(くろがね)。
 これにはルクのほうがひょうし抜けするほど。

「だがしかたのないことなのだ。なぜなら食べねば生きてゆけぬのだから」
「でも」
「ルク殿はおそらく知らぬのだろうな。飢えとは、それはむごく、残酷なものよ」

 食べる物がなくて、やせおとろえては、次々に死んでいく同胞たち。
 せっかく生まれてきたというのに、子どもたちは朝露のごとくはかない命を散らし、見渡すかぎりが骸の野と化す。
 だが先に死ねた者たちはまだしあわせなほう。
 真に悲惨なのは生き残った者たちなのだから。
 母が子を、夫が妻を、子が親を、友が友を、兄が弟を、弟がさらに下の妹や弟たちの死肉を喰らう。「すまない、すまない」となげきながら、その身にむしゃぶりつく。
 生きたいという渇望が、これまでに大切に育み、築いてきたすべてをこわしてしまう。
 それはまさしく悪鬼の所業。だがそんなことは当人にもわかっている。
 それでもカラダが、ココロが生を求める。
 なぜなら残された者たちは、まだ生きているからだ。生きるとは他者の命の上になりたっているものだからだ。

「それともルク殿は我らに飢えて死ねと? ただ座して死を待てというのか?」
「そんなことはっ!」
「いや、いささかいじわるな問いかけであったな。ルク殿の言いたいこともわからぬではない。我の個人的な考えであれば、いっそ自らいさぎよくはてたいとすら思う。だが我にはそれが許されぬ。なぜなら我は王だからだ。王には民を飢えから救う責任と、明日へと導く義務がある」

 黒銀のこの言葉を聞いて、ルクはようやく自分が彼の何に圧倒されていたのかがわかりました。
 数えきれないほどの仲間たちの命を一身に背負っている王。
 たとえいかなる悪業に手を染めようとも同胞たちは守る。
 己という個を捨て、王として生きる覚悟を決めた選択せし者。
 だからこそみんなは彼を慕い従っている。
 ちいさな身に宿る王威はとてつもなく大きくて、まるで真夏の太陽のごとくかがやいている。
 水色オオカミの瞳には彼がそのように映っています。
 とても止められそうにない。
 そう感じたルクは、この問答をいったん打ち切り、ちがう提案をしてみることにしました。
 それは彼らの進む道について。
 せめて被害が最小限ですむように出来ないものかと考えたのです。植生が豊かで多くの動物たちが暮らす場所とか、人間らの都や街を迂回してもらえれば、それだけでもかなりちがってくるでしょう。
 しかしこの提案は王によって言下に拒否されました。

「それはムリだ。むしろ進路をひたすら真っ直ぐにとっていることこそが、せめてもの慈悲なのだから」
「慈悲って、どういうこと?」
「考えてもみよ。もしも我らが好き勝手に進路をかえたらどうなる? それこそ地の国にあるすべてを根こそぎ喰らって歩くことになるぞ。それに……」

 それに真っ直ぐに進むがゆえに、その進路上にいる者たちは、事前に危機を察知して逃げることもできるし、進路から外れればおそわれることもない。あえて予測しやすいように行動している。最低限度の逃げるための猶予は与えている。それを慈悲だと黒銀は語ります。
 通常、エモノを狙うケモノは前もって「これからおそうぞ」なんて言ってはくれません。いきなりおそいかかっては、ガブリとしてしまいます。それに比べればたしかにそのとおりなのかもしれません。
 でも、だからとてすぐに認められずに不服そうな顔をしている水色オオカミの子どもに、さらに黒銀の王はこうも言いました。

「これは我らが生き残るための旅路であり、他の者たちが生きるための試練でもあるのだ。いわば生存競争よ。つまらぬ我欲によって引き起こされる人間どもの争いとはちがう。己の生命を、その存在を、その在り方を、その尊厳を、その存亡をも賭けた戦い。おそらくはこれほど純粋かつ根源的な闘争はなかろうよ」と。


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