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171 王との旅路
しおりを挟む生存競争とは、生き物たちが互いの生き残りをかけて戦うこと。
そのために民たちを率いて旅を続けているという黒銀(くろがね)。
いま、水色オオカミのルクは、朝陽とともに動き出した一団とともに行動しています。
これまでは自分の中で、どこか漠然としていた「生きる」という意味。
それは天の御使い勇者として、きっと知るべきこと。
だからそれを見つめ直すために王の旅に同行しようと考えたのです。
ルクの申し出に黒銀は「すきにしろ」とだけ言いました。
滅びの紅砂と呼ばれるイナゴの行進。
日の出とともに始まり、日の入りとともにピタリと終わる。
それはたしかにすさまじく、彼らの進路上にあるすべてをなぎ倒し、喰らい尽くし、勢いがとまることはありません。
命が命を呑み込んでいく。
天高く突き出した木々の林を荒地にかえ、逃げ遅れたケモノは小さいのも大きいのも、年寄りも若いのも、男も女も子どもも関係なしに犠牲となる。
無数のイナゴに群がられては、抵抗もむなしくあっというまに骨と皮となり、ついにはそれすらもあとからあとから押し寄せる連中のエジキとなる。
石造りの建物にすら、ちいさな牙を突き立て、かじり、穴をあけては、くずしてしまう。
行進の過程において、傷つきチカラ尽きて倒れていく同胞たちもたくさんいます。
ですがそれでも彼らは止まりません。それすらをも喰らい、踏みつけ、蹴散らし、仲間や家族の屍を越えて、ひたすら前へ前へと。
自然にも、モノにも、敵にも味方にも、ありとあらゆる命に等しくふるわれる死神の鎌。
ひと振りされるごとに、ザクリザクリと生きとし生けるすべてが狩られてゆく。
その様はとてもおぞましくもあり、とてもおそろしくもあり……。
だけれども、それなのに、そんな光景のはずなのに、どこか感動をおぼえてしまう水色オオカミの子ども。
生きたいという想いがあふれていました。
生き抜くんだという想いがあふれていました。
たとえわずかに生き長らえるだけになろうとも、それでも! という想いがあふれていました。
そこにはいかなる邪念の入り込む余地もなく、いま、このときを、このしゅんかんを、せいいっぱいに駆け抜けている小さき者たちの意志だけが、まばゆいばかりにかがやいている。
犠牲になる側からすれば、きっと「なんと身勝手な!」と怒ることでしょう。
運わるくイナゴたちの進路上に居合わせたことで、一方的におそわれて、何もかもうばわれることになる者たちからすれば、きっと「ふざけるな!」と叫びたいことでしょう。
「生きるとは、そもそもが、わがままなことなのだ」と、黒銀の王は水色オオカミの子どもに言いました。
顔をそむけたくなるような場面が何度もありました。
耳をふさぎたくなるような絶叫が何度もひびきました。
なのにどうしてもルクは目がそらせません。
残る命、消えていく命、欠片もムダにされることはなく、誰かの命をつなぐためだけに使われていく。
生きるために喰らう。
その当たり前の行動を突きつめたイナゴたち。
だからこそ彼らが通ったあとには何も残らない。
他者の命を、その血肉をもらい受けるというのに、食べ残すなんて失礼なマネはできやしないから。
悲惨な末路です。苦しい最期です。こんな死や別れなんて無念以外のなにものでもないでしょう。
それでも水色オオカミの子どもはおもってしまうのです。
もしも我が身が食べられるのであれば、こうありたいと。
血も肉もホネも、毛の一本ですらをも、キレイに食べ尽くされてしまいたいと。
黒銀の王の言った通り、滅びの紅砂は進路上にあるモノ以外にはわき目もふりません。
たとえどれほどのごちそうがあろうが、半歩たりともその範囲から外れたモノにはけっして手を出すことはありませんでした。
厳格なる生と死の境界線。ここが彼らの慈悲の線引き。
いち早く危険を察知して難を逃れた者らは、目の前を通り過ぎゆく死の行進を呆然と見送り、不運にもたどり着けなかった者たちのカラダは消失し、そのココロは何処かへと旅立つ。
ルクが生と死の狭間にて、この光景を追い続けること五日目の夜。
黒銀は彼に告げました。
「我らの進む先に人間の大きな都がある。パイロルーサイトとかいう場所だそうだが、先遣隊からの報告では、続々と武器を手にした者どもが集まっておるそうな。どうやら連中は我らと対峙する道を選んだようだ。おそらくかつてないほどのはげしい戦いとなるであろう。だからルク殿とはここでお別れだ。これ以上、いっしょにいてはその戦いにまき込まれることになるであろうからな」
ついにきたるべきときが来た。
ルクはそう思いました。
人間たちの都とイナゴたちとの生き残りを賭けた争い。
生存競争がついに始まってしまう。
「もしも人間どもに加担したければすればいい。うらみはすまい。それもまた道、選択のひとつなのだから。それにルク殿のチカラをもってすれば、我らを止めることもかなうやもしれんしな」
イナゴの王の言葉に、水色オオカミの子どもはだまって首を横にふります。
生きることは、とても尊くて、とてもうつくしくて、とても残酷で、とてもわがままで、そしてとてもステキだけれども、とってもかなしい。
王との旅路を経て、それを知ってしまったいまのルクには、どちらにも肩入れする気にはなれませんでした。
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