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176 生存競争、終結。
しおりを挟むイナゴたちに広域結界がやぶられ、都内への侵入を許したとき、戦線に立っていただれもがパイロルーサイトは、もうダメだとおもいました。
事実、被害は甚大です。
都の大部分は喰い荒らされ、多くの人が屍すらも残すことなくいなくなり、保管されていた大量の穀物類は倉庫ごと消失。街並みは廃墟同然にて見るも無残なありさま。
だけれども完全にはなくなりませんでした。
まず中心部にあった議会や役所は破壊をまぬがれました。
なにせここが主都機能の要にて、お偉方が集っている場所。念のためにともう一つ、ここに結界の魔道具を用意しておいたのが功を奏したのです。
あと、この地には商魂たくましい連中が集っていたことも、滅びをまぬがれた要因。
おカネにがめつい者ほど、人一倍欲深な者ほど、いざという時のための用心は怠らないものです。「もしものとき」への備えをケチるのは半端者の二流だといわんばかりに、大店を構えていた商人ほど、ちゃっかり地下に避難所をこっそりともうけていました。
そしてそんな隣人にかこまれている住民たちもまた、しぶとくたくましい。
ギリギリのところでなんとか生き残った連中がけっこういたのです。
占い師兼仲介屋をしている魔女ノズクばあさんもそんなうちの一人。
ミラから滅びの紅砂の正体がイナゴたちだとの連絡を受けて、すぐにこの情報を拡散して多くの命を救うことにひと役買いました。
地面を埋め尽くすほどのイナゴたちの骸。
そんな死のじゅうたんを踏みしめながら、ノズクばあさんのところにやってきたのは赤髪の若い女。ずっと正門のところの城壁で防衛のためにがんばっていたミラです。
自慢の赤髪もうす汚れてしまい、服もほこりまみれ。なんとか生き残れたものの、すっかりくたびれ果てています。
やれやれと最寄りの瓦礫の上に腰をおろし、「わりにあわねえ。こんなことなら倍は輝石をせしめておくんだった」とグチをこぼす。
これを耳にしたノズクばあさんが「ヒッヒッヒッ」と愉快そうな声をあげました。
「……にしても、おもったより生き残りが多いね。あの勢いだし、てっきり全滅かとおもっていたんだけど。あんがいしぶといな」とミラ。
「あぁ、おヌシから連絡をもらって、すぐに情報を広めたからの。おかげでここいらの連中はほとんど生きとるよ」
「ふーん。その分だとこの情報料でかなりもうけたんだろうな。くそったれめ」
自分がたいへんな目にあったというのに、その間にガッポリ稼いでいたとおぼしき老婆に悪態をつくと、「だからおヌシはまだまだ青いんじゃ」とノズク。
「こんな生き死にに直結する情報で、もうけたりしたらあとがこわいわい。逆恨みのあげくに、つるし上げなんてまっぴらごめんじゃ。そんな危険をおかして小銭をかせいでどうする」
「うん? どういう意味だい」
「ヒッヒッヒッ、損して得とれってな。あたしの情報で命拾いをした連中は大勢いる。今後はきっと上得意になってくれるだろうて」
目先の一回こっきりの利益よりも、後々まで細く長く続くであろう商いの縁を選んだノズクばあさん。
ちゃっかりどころの話ではありません。彼女は存亡の危機に際して、じつに多くの信用と顧客を得たのですから。
さすがは腕利きの仲介屋というかなんというか……。
これにはもうミラも呆れて、くつくつ笑うしかありませんでした。
さて、こんな大災害を引き起こした滅びの紅砂がどうなったかというと、人々が気づいた時には、もういなくなっていました。
広域結界をうち破った滅びの旋律。
それは諸刃の剣にて、使用した側のカラダをもズタズタに引き裂いていたのです。
またそこへと至るまでにも多くの同胞たちを失っていたイナゴたち。
怒涛のごとく主都内部へと押し寄せたように見えていたのですが、群れ全体としてはせいぜいが三割にも満たない数。
小さき者たちは数が集まることで脅威足り得る。
数が減るほどにその脅威度はみるみる下がっていきます。
そして必要となる食糧もまたみるみる減っていく。
それでも都を丸ごと廃墟同然にかえてしまうのですから、おそろしい。
そんなおそろしい嵐は、全員が充分に腹を満たすと、ふたたび死の行進へともどっていきました。
パイロルーサイトの都をあとにして、ひたすら東へ東へと、まっすぐに飛んでいくイナゴたち。
その先頭には黒銀(くろがね)の姿がありました。
王は生き残った同胞たちだけでなく、死んでいった同胞たちの想いをも引き連れて飛んでいく。
子どもの手のひらにおさまるほどに小さく、だけれどもとてつもなく巨大な王さま。
遠ざかるその背を静かに見送っていた水色オオカミのルク。
黒銀を通じてルクは、地の国にて生きるということについて、改めて考えさせられました。
理解できること、できないこと、納得すること、しないこと。認められること、られないこと……。
正直、まだまだ自分の中で整理はついておらず、明確な答えも見つかってはいません。
でもただ一つ、はっきりしていることがあります。
それはもしも自分の大切な友だちのところに、彼らがあらわれたのならば、きっとその前に立ちふさがるということだけ。
生きることはわがままなのだと、黒銀は言っていました。
だから自分の選択もまたわがままなことなのでしょう。
でも、たとえそうだとしても、だれしも譲れないモノがある。
そこがきっと自分と他者を隔てる境界線。
やがて王の姿が完全に見えなくなってから、水色オオカミの子どもは、死と静寂に満ちた荒野を横切って、北へと向かい全力で駆けて行きました。
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