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207 蒼の覇者
しおりを挟む凄惨な戦いの場面を目撃して、しばし呆然としていた水色オオカミの子ども。
チラリと視線を向けた毛むくじゃらの巨大なケモノ。
それは黒毛の大きな双頭のクマでした。
彼はオオカミには興味がないらしく、すぐに顔をそらすと、戦場あとをウロウロしつつ、なにやら物色をはじめます。
骸の中から拾い出したのは、大剣にて果敢に戦っていたあの騎士のカラダ。
他にも三体ばかし状態のよさそうな遺体を選ぶと、これをかついでノシノシと行ってしまう。
「それをどうするの?」
おもわず声をかけてしまったルク。
ふり返った双頭のクマは、こともなげに「喰う」とだけ口にしました。
言葉を発したのは右の首。左の方はずっと目と口を閉じたまま。
ヒトを食べると聞かされて、ギョッとしたルク。
そんな反応に小首をかしげる巨大クマ。
「狩ったエモノを食べるのはあたり前のことだろう。それが命に対する礼儀だからな」
食べるために狩る。
狩った命はムダにしない。
命が命をつむいでいく。
地の国という世界での絶対的な理。
ケモノがとるべき当然の行動。
だというのに、それにおどろくという失礼な反応をしてしまった自分を恥じたルクは、おもわず「ごめんなさい」とあやまってしまいました。
すると双頭のクマは愉快そうに目元を細め、「フフッ、かわったやつだな。まあいい、オレはバルガー。人間どもは蒼の覇者とも呼ぶ。せっかくだからオレの森に招待しよう。ついてくるがいい」と言いました。
広大な大森林。
なのにそこはとても静かな森でした。
遠くにトリの鳴き声が聞こえてくることも、ケモノたちの気配もまるでありません。
背が高く立派な木々はあまり密集しておらず、陽射しが地面にまでよくふり注いており、森林の中はとても明るくて、草花らの姿もよく映えている。
だけれども色味がおかしな場所。
ミドリよりもアオさが目立つ。
木の肌や、花びら、転がる石、小川や泉の水……、その一部がとても蒼いのです。
アオい色の花なんて珍しくはありません。けれどもここのソレは、自然のアオさとはちがって、まるで鉱石を砕いてつくられた顔料のような鮮明な蒼さ。あるいは磨きあげられた宝石のような蒼。
それらが生みだす光景は幻想的でキレイです。
かつて悪魔の山で目にした壁画や、クモのカイロさんの芸術作品のように。
でもそれゆえに、どこか造り物のような印象がぬぐえない。
自然なのに自然じゃない。
たしかに生命があふれているのに、動いているのは、ときおり吹く風にゆれる枝葉ぐらい。
ルクがふしぎがっていると、バルガーが教えてくれました。
ここには、もう、自分しか住んではいないのだと。
蒼の大森林と呼ばれるこの地。
かつてはそれはおおくのケモノたちが暮らしていたそうです。またこの地でしかとれない貴重な薬草や、鉱物などもあり、それらの資源を求めて人間たちも多く足を運んでいました。
当然のごとく両者の間ではいさかいが起こります。
ですがそれもまた自然の摂理だとわりきり、ケモノたちはみなその日その日を懸命に生きていました。
しかし日に日に人間たちは、より深いところにまで踏み入ってくるようになり、ケモノたちの領域をどんどんと侵してゆく。
たくさん悲しいことがありました。
そんな中にあって、とあるできごとをきっかけに、一頭のクマがついに牙をむきます。
そのクマは大きく強かった。
武器を手にした人間たちをモノともしない。
体当たりをすれば、分厚い鎧を着こんだ騎士も、立派な盾をかまえた相手も吹き飛び、腕をふるえば、一撃にて頭を砕き、その身をたたきつぶす。
夢中になって戦いつづけているうちに、気がつけば人間たちからは「蒼の覇者」なんぞと呼ばれ、おそれられる存在に。
森の住人たちからは頼れる守護神のように、うやまわれるようになっていました。
だが戦えば戦うほどに、血を流せば流すほどに、命を狩れば狩るほどに、あらたな敵が群がってくる。
ヒニクなことに、クマが強者たるほどに、それを求めてより多くの人間たちがその首を求めて集まってくる。
自分が生き残るためには、勝ちつづけるためには、よりカラダを大きくして、より強くなるしかない。
だからひたすら喰らう。
勇ましい敵の血をすすり、肉をかじり、骨をも砕いて呑み込む。
そうして相手のチカラを魂ごと我が身にとりこみ、次の戦いに備えるのくり返し。
気がつけば周りからだれもいなくなっていました。
このまま蒼の大森林にとどまれば、いつ双頭のクマと人間たちとの争いにまきこまれるかわかったものじゃない。それに覇者の牙やツメが、自分たちへと向かってこないともかぎらない。なにより森のケモノたちはおそれたのです。
全身を朱に染めて、敵の心の臓をえぐり、これを喰らう覇者を。
「いちばん仲のよかったヤツが去り際に言っていたよ。『おまえはもうケモノじゃない。だから仲間なんかじゃない』ってな」
淡々とした調子にてそう言った双頭のクマ。
どのような表情をしていたのかは、あいにくと彼の巨体のわきを歩いている水色オオカミの子どもにはわかりませんでした。
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