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231 クサリ
しおりを挟むデアドラからいきなりソレイユを置いて去れと言われたサン。
わけがわからずに、幼女はしばし呆然となりました。
ですがすぐに言葉の意味を理解すると、冗談じゃない! と怒り出しました。こうなると相手が王族だろうがお姫さまだろうが関係ありません。
いきなり呼びつけておいて、わざわざやって来たら大切なお友だちを寄越せだとか、とても許せる話ではありませんから。
サンの抗議に色めきたったのは周囲の面々。
「姫に対してなんたる不遜か!」「無礼者めっ!」「子どもとて容赦ならぬ。そこになおれ!」
いきどおり、護衛らが腰の武器に手をかけようとする。
それに合わせるかのようにソレイユの毛も逆立つ。得物を抜けばただではすまさんぞと、ギロリとにらみ、グルルと低いうなり声をあげる。
まさに一触即発の状況。
なのにこんな事態を招いたデアドラは、きょとんとするばかり。
高貴なる自分がのぞんだのだから、民がそれをよろこんで献上するのは当たり前のこと。
本来ならばムリヤリにでも召し上げてもいいところを、ちゃんと褒美をとらせるという慈悲まで見せたというのに、どうして拒まれる? なぜに怒る? わからない。
それが貴族至上主義の中にて、手中の珠のごとく育てられたお姫さまの思考。
サンとデアドラ、両者が育ってきた環境、よりどころとする正義や価値観や倫理観の基準が、あまりにもかけ離れ過ぎている。
理解し合うには二人を隔てる溝は深すぎました。
言葉が通じるのに意図がまるで通じない。ココロが歩みよることもない。
こうなると、もはやちがう生き物と言っても過言ではないでしょう。
本来であれば海のサカナと山のキノコのように、交わることのなかった存在が出会ってしまったことが、不幸であったのです。
そんな喧騒の場にあって、「まぁまぁ、みなさま落ちついて」と声をあげたのは、これまで隅で静かにしていた神官長の男。
ニヤニヤしつつ、腹の肉をたぷんたぷんとゆらしながらサンのもとへと近寄ると、耳元にて何ごとかをごにょごにょとささやく。
とたんに、サッと幼女の顔色がかわりました。
彼が告げたのは、先に彼女たちを出迎えたあの騎士たちのこと。
もしもここで王族の姫君の機嫌をそこねたら、アレらがどこに向かうことになるだろうか。そんなことぐらい、ちいさなキミにもわかるよね? と、おどしたのです。
これは見えないクサリ。
見えないし、存在しないから、チカラまかせにひき千切って逃げ出すこともままならない。
ココロやさしい幼女はそのやさしさゆえに、がんじがらめにからめとられました。
すべては狡猾なワナであったのです。
奸智に長けた大人のまえに、善良で無垢な子どもはあまりにも無力でした。
「ごめんね。ソレイユ……。みんなのためにすこしだけガマンして」
小さな手を固く握りしめて、サンは目に涙を浮かべて、くやしそうにそう言いました。
くちびるをかんで、必死にこらえている幼女の姿をまえにしては、ソレイユもこれに従うほかありません。
いまは耐えるしかない。
こうしてサンのココロを封じることによって、ソレイユもまた動きを封じられてしまいました。
神官長に手を引かれていく、ちいさな背中。
もともと神官見習いであったサンは、聖女候補として帝都の支部にて、きちんと預かってもらえるとのこと。
ですがそれが人質同然のあつかいであることは明白。
なのにみすみす行かせることしかできない不甲斐なさに、ソレイユはギリリと奥歯をかみしめる。自分自身に腹が立ってしようがない。村を出立するさい、彼女の親代わりであった老神官にかならず守ると約束したというのに……。
天の国の御使いの勇者として、長いこと地の国を旅してさまよい、ようやく見つけた自分の居場所がドンドンと遠ざかっていく。
そのなんとさみしく、つらいことか。
引き離されるほどに、サンとの距離がひらくほどに、まるで我が身を引き裂かれるかのよう。痛みにココロが軋み、悲鳴をあげる。
やがて自分の半身の姿が完全に見えなくなってしまいました。
それと同時にココロを閉ざしたソレイユ。
うつくしい黄金のオオカミを手に入れたことに、むじゃきによろこぶデアドラとは対照的に、ソレイユの顔からはするりとあらゆる感情が抜け落ちていました。
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