水色オオカミのルク

月芝

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232 発芽

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 黄金のオオカミをたいそう気にいったデアドラは、どこへ行くにも彼を連れて歩きました。
 みながソレイユをホメ、とてもうらやましがります。
 金の髪と金の瞳をした姫君と、黄金の毛をした水色オオカミとの組み合わせを、言葉を尽くして賛美します。
 ようやく自分に釣り合う存在を手に入れたデアドラは鼻高々。
 だからこそソレイユには豪華な部屋を与えて、最上のエサを用意し、お付きのメイドたちに世話をさせ、それはそれは大切にしました。
 だというのに、いっかなココロを開こうとはしない。
 雄弁だと聞いていたのに、ただのひと言たりとも言葉を発しない。
 いつもむっつりとしており、命令にはダマって従うものの、それ以上にはけっして自ら動こうとしない。
 他のケモノのようにシッポをふることもなく、せっかく用意したエサにも見向きもしない。
 のちに食べ物に関しては水だけでよいとわかったので、わざわざ王族の直轄領内にある格別にキレイな泉から、毎日運ばせては与えていたのですが、それとてほとんど手をつけようとはしない。
 あげくに十ものメイドたちに世話をさせているというのに、少し毛艶がわるくなってきて、かがやきが鈍くなったような気もする。
 デアドラは知らなかったのです。
 天の国生まれの水色オオカミが、そのココロのあり様にて左右される生き物であるということを。
 そんなこととは露知らず、ケモノのことはケモノにくわしい者にたずねるのがよかろうと考えたデアドラは、王族のウマの世話をしている役人に、ソレイユの具合について相談しました。
 彼も姫が聖女より黄金の毛を持つ水色オオカミを召し上げたというウワサを、おぼろげながら耳にしていました。
 じつはそのことを危惧する声が市井にてひそかに広まっていたのですが、これには一切触れません。もしもそんなことをお耳に入れて、王族から不興を買ってはたまりませんので。
 内心をおくびにも出すことなく、ウマの世話役の男はこう答えました。

「子ウシをいきなり母ウシから引き離すと、とたんに元気がなくなり、乳の出がわるくなることがあります。おそらくはそれと同じかと」

 サンとソレイユ、どちらが親でどちらが子かはわかりませんが、彼らを会わせればきっと元気を取り戻すであろうとのウマ番の意見。
 これを聞いたデアドラは、急に感情をあらわにして「それはイヤじゃ!」と声を荒げました。
 ふだんはとり澄ましており、大人しいぐらいの彼女が初めて見せる激しい態度。
 これに周囲はたいそうおどろきました。
 そしてそれはデアドラ当人もまた同じ。むしろ彼女自身こそが自分の反応にとまどっているぐらいです。
 これまで与えられるのがあたりまえ、愛や称賛をそそがれるのがあたりまえ、欲しい品はなんでも手に入るのがあたりまえ……。
 そんな環境の中で育ってきた彼女は、だれもが持つ当たり前の感情を抱くことなく、ずっと過ごしてきました。
 それは「嫉妬」という感情。
 本来ならば時間をかけて、自身のココロや現実と折り合いをつけながら、うまくつきあっては、ゆっくりと育まれるモノ。
 だというのに過剰なまでに栄養をたくわえられた土の中にて、ずっと埋もれていたタネがいきなり発芽。
 飛び出した芽は急速にのびて、どんどんと大きくなっていく。
 成長を抑えることも、止めるすべも知らないがゆえに、どこまでもどこまでも。
 それこそ天地を貫くほどの大樹となるまでに。

 手に入らないモノほど欲しくなる。
 手の届かないモノほど掴みたくなる。
 それはだれもがココロに宿す感情。
 だからとてすべてが望み通りになるわけもなく、それゆえに嫉妬が生まれ、これを糧にがんばったり、あきらめたり、妥協したりしながら、みな生きていく。
 でもデアドラは、これまですべてを思い通りにして生きてきました。
 あきらめや妥協なんて言葉は知りません。
 嫉妬が暴れウマとするならば、あきらめが手綱であり、妥協は鞍のようなもの。
 すぐれた乗り手でもない素人が、いきなりそんなウマにまたがって何が出来るでしょうか? ただ狂ったように走るその背に必死にしがみつくのが、せいいっぱい。
 頑なに自分を拒む相手を振り向かせたい。
 その想いを期に芽生えた嫉妬。
 これがデアドラを迷走させ、狂わせることになっていくのです。


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