水色オオカミのルク

月芝

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238 足止め

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 首から小袋を下げては、西へ東へ南へ北へと忙しなく飛びまわっている黒カラスのセンバ。
 この袋は西の森の魔女エライザ特製の魔道具にて、小さな見た目なのに中には荷馬車一台分ほどものモノが入れられる。さらには生き物も出し入れ自由につき、森の仲間たちを運んだりするのにも使えるので、とっても便利。
 ちょっとした縁にて、エライザより小袋を預けられたセンバ。これを用いて森の配達人として毎日がんばっておりました。
 いつものようにあちこちを飛びまわり、最後に向かったのはエライザの住む西の森。
 野ウサギの三兄妹の末妹ティーから彼女宛の手紙を託されていたのです。
 ティーとエライザは文通友だち。
 ちょくちょく手紙のやりとりをしているので、それにあわせてセンバもエライザと顔を合わせる機会がグンとふえ、いまではすっかり気安い間柄。

 いつものようにツバサを広げ、空の上を通る風の道に身をまかせていたら、じきに目的地が見えてきました。
 ですが、なにやら様子がヘンです。
 四方を深い谷に隔てられ、外界とは距離をおいている西の森。
 木の精霊トレントが住みついているほどに、ミドリの豊かな場所。
 そんなところに、とてもおおきな黒いお椀みたいなものが、ドンと置かれてあります。

「なんだい、こりゃあ? にしてもデカい。森ごとエライザさまの家までのみ込まれちまってる」

 上空を旋回しながら、眼下のナゾの物体を努めて冷静に観察するセンバ。
 表面がのっぺりとしており艶がない。ガラスや陶器、磨かれた石ともちがう。かといって布のようなやらわかさもなさそう。
 自分が知っているモノの中から、しいて似ていると感じたのは「黒の沼」と呼ばれる場所にわく燃える水。鼻がひん曲がりそうなニオイのするドロ水にて、ねっとりしており、うっかりカラダについたらなかなか落ちやしない。
 それを連想させる存在をまえにして、いったん地上へと降りたセンバは、小枝をひょいと拾うとふたたび空へ。
 小枝を黒いお椀に落としてみる。
 青い閃光が起こり、細かいカミナリがいくつも走った。
 ふれたとたんにパチンとはじかれた小枝。三つに裂けて燃えてしまいました。

「うわっ! こいつはちょいと、あっしの手には負えそうにないねぇ。エライザさまのこったから、無事だとはおもうけど。とりあえずガァルの旦那に相談を……」

 そう考えて現場を離れようとしたところ、ふいに、ガン! とものスゴい音がお椀の中からしたので、おどろいたセンバ。
 音がしたのは地表付近の一角。
 ギリギリまで近づいてみると、さらにガン! ガン! と鉄を打つような音がつづき、かすかに地響きまで。
 内部にて何者かが暴れている?
 さらに衝撃音が二十ばかりつづいたとき、ついにお椀の表面にピシリとヒビが入りました。
 はじめは小さなヒビであったのが、じょじょに大きくなっていき、ついには亀裂となり、お椀の一角が内側からガラガラと崩れてしまう。
 ですがかわりにカミナリが発生して、まるで檻のようになっては、中から出ようとする者のまえに立ちふさがる。
 これをジャマだと言わんばかりに無造作に手をふるって払いのけ、姿をあらわしたのは長い柄のハンマーをかついだ老婆。西の森の魔女にして、かつては傾いていた国に仕えて建て直し、賢人と称えられたこともあるエライザです。

「あー、しんど。まさかこの歳になってこんなチカラ仕事をさせられるだなんて。いったいどこのどいつの仕業だい。ただじゃおかないからね」

 プリプリ怒っているエライザに、バサバサと羽根をはためかせて駆け寄る黒カラスのセンバ。

「ご無事でしたか、エライザさま。配達の途中に立ち寄ったら、森がこんなザマなんで、ずいぶんと心配したんですよ」
「おぉ、センバかい。そいつはすまなかった。今朝方、目を覚ましたら外がずいぶん暗いんで、てっきり雨でも降るのかとのん気にかまえていたら、こんなありさまでね。まさかこの広い森を丸ごと囲まれるだなんて、想像もしていなかったから気づくまでに時間がかかっちまった」
「森を囲む? ってことは、コイツは魔法の類ですかい」
「あぁ、こいつは広域結界だ。それも強度からして設置型の魔道具を利用したモノ。本来は城や都なんぞの重要拠点に使うような代物さ。それをこんなババア一人に使うだなんて、ずいぶんと奮発したもんさねえ」

 疲れたとハンマーを杖がわりにして、カラダを休ませているエライザ。
 センバが小袋の中に常備しているお茶の入った水筒を渡すと、中身をうまそうにゴクゴク飲み干しました。
 見た目はどこにでもいそうな老婆だというのに、お城を守るような御大層な代物を、ハンマーにてぶち破る魔女もたいがいだと、センバは感心するやら呆れるやら。

「それにしても奇妙ですねえ。エライザさまは俗世を離れてひさしいと、あっしは聞いてます。いまさならこんなイヤガラセをする意味がわかりやせん。だってコレって手間もカネも相当なものなんでしょう?」

 センバはチラリと開いた穴に目をやりながら、自分が感じた疑問を口にしました。

「そうなんだよねえ。それにいまどきこれほど大掛かりな品を設置できるヤツなんて限られてるし。ましてやこんな辺境にまでわざわざ足を運んで、しかも私や森の古老らに気づかれることなくとなると……、いや、まさか? いかん!」

 会話をしているうちに、何ごとかにおもいいたったらしく、顔をあげたエライザ。
 いつもはひょうひょうとして落ち着いている表情には、あせりの色が浮かんでいます。

「ぬかったわ。これは私に対する足止めじゃ。となれば狙いは他にある。ううむ、いかん、いかんぞ。こうしてはおれん。おい、センバ。すぐに向かうぞ」

 言うなりカラスの首根っこをつかんで、ムリヤリ小袋の中へと入り込んだエライザ。
 ワケがわからず困惑しているセンバに彼女が告げた行き先は、野ウサギの三兄妹たちが暮らす森でした。


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