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259 大鏡
しおりを挟む地下の古時計のあった場所から、地上階へともどった水色オオカミのルクと野ウサギの兄弟のフィオとタピカ。
白銀の魔女王にさらわれた末妹の姿をもとめて、入り組んだ巨大な迷路のような城内をさまよう。
ティーの腕輪が発する信号を頼りに、彼女のもとへと向かっているのに、ちっともたどり着けやしない。
長い廊下を駆け、ゆるやかな曲線をえがく螺旋階段をのぼり、いくつもの大小の部屋を通り抜け、またしても姿をあらわす分かれ道。
「またかよ! どっちに行けばいいんだっ」
腹立ちまぎれに壁を蹴飛ばし、声を荒げたのは次兄のタピカ。
野ウサギとしては大柄ながらも、見た目とちがって中身はまだまだヤンチャ盛りにつき、ついにカンシャクを起こしたのです。
これをなだめる長兄のフィオ。でもしっかり者のお兄ちゃんの顔にもあせりの色が。
そんな兄弟たちの様子を見てルクが「もう、いっそのこと壁を突き破って、外から一直線にティーのところを目指そうか」と口にしたところで、突然、壁の一角が光りだす。
何ごとかと警戒し、野ウサギ兄弟をかばうようにまえに立った水色オオカミ。
光っていたのは壁にかけられた一枚の鏡。
そんな鏡が「やれやれ」と、すこしばかり呆れたような声を発したものだから、ルクたちはビックリ仰天!
おどろく彼らをムシして声の主が告げたのは、「そこは右、そして次の階段をあがったあとは、左だよ」という道案内。
いきなり話しかけてきた鏡が、迷っている侵入者に親切にも道を教えてくれる。
なんとも都合のいい展開です。
いくらなんでも怪しすぎるとルクたちが怪訝な表情を浮かべるのも、ムリからぬこと。
そんな彼らに鏡はタメ息まじりに言いました。
「わたしだって、ダンマリを決め込むつもりだったさ。なのにキミたちときたら、あっちこっちとウロウロするばかりで、ちっとも前へと進まないんだもの。見ていてイライラしちゃって。だから、つい、ね」
まさかの鏡からのダメ出し。
これに一行の中でいちばんショックを受けていたのはフィオ。なまじしっかりした性分であるがゆえに、ずいぶんとこたえたようでガックシと肩を落とす。
しかしそれでも「だからって、どうしてわざわざ道を教えてくれるのですか?」との疑問を口にするあたりは、さすが。
「キミたちに手を貸す理由かい……、そうだね。ティーってさ、とっても気立てのいい子だよね」
いきなり末妹を褒められて、うれしいけれども戸惑う兄と弟。
鏡の声が語ったのは、水色オオカミの子どもをおびきよせるためのオトリとして囚われてきた、野ウサギの女の子について。
なかなかの好待遇にて、ある程度の自由を許されたティーは、許される範囲にてコツコツと探検をつづけたという。そしてひとしきり動き回ったあとは、紫眼のミラのめんどうくさい宝石談義のお相手をしたり、掃除や片づけなどの仕事の手伝いをしたりして、毎日を過ごしていたんだとか。
「城内にある鏡をいくつもキレイにしてくれてね。わたしはとってもうれしかったんだよ」
毎日、白いウサギや白いカエルに白いサルたちの魔法生物たちが、ピカピカに磨いてくれる。けれどもそれはあくまで女主人から命じられた責務として。
彼らは一日、角砂糖一個という薄給にてこき使われており、あくまで仕事だからとキレイにするばかりで、そこにはなんら気持ちが込められていない。ただゴシゴシと拭かれるばかり。
けれどもティーはちがいました。
はぁー、とやさしく息を吹きかけては、キュッキュッとていねいに拭いてくれる。そしてすっかりキレイになった鏡を見つめて、ニッコリと微笑む。それだけでなく「いつもお仕事、ごくろうさま」とまで声をかけてくれる。
それがたまらなくうれしかったと鏡は言いました。
「レクトラムさまはたしかにおキレイさ。とっても神々しいよ。まるで女神さまみたいにね……。でも、でもね、すべてをのみ込んでしまいそうな蒼穹の瞳に映るのは、いつだって自分の姿ばかり。鏡そのものを見てくれたことなんて、これまでただの一度もなかったんだ」
たしかに自分は白銀の魔女王の手によって生み出された魔法生物にすぎない。
主人の命じるままに、与えられた仕事をこなすのが当たり前。
だからとてココロがないわけじゃない。
城内に設置された鏡を通じての警備網や通信網を担うかたわらにて、「わらわはキレイかえ?」と女主人より問われれば、「はい、とってもおキレイですよ」と答えるだけの、かんたんなお仕事。
延々とくり返される毎日と受け答え。
たとえ天上の調べのごとき音楽であろうとも、たとえ希代の名画であろうとも、たとえ山海の珍味をあつめたごちそうであろうとも、三日四日とつづけばさすがにウンザリさせられる。それが気の遠くなるほどの歳月もつづくとあらば言わずもがな。
そんなある日、己に真っ直ぐな瞳を向けてくれる野ウサギの女の子があらわれた。
事情を聞けば人質、それも自分の女主人のワガママのせいだという。
なんとかしてあげたいとはおもったけれども、しょせんは鏡の身ゆえに、どうにもならない。我が身のふがいなさをなげくばかり。
で、ようやく救いの手があらわれたとおもって、内心よろこんでいれば、このていたらく。あまりにも頼りなくて、ついに業を煮やして声をかけたという次第。
「おまえたちがモタモタしている間に、ティーは女王のところに連れていかれてしまったぞ」
鏡から教えられて、愕然となるルクとフィオとタピカ。
そんな一同に「ボサっとするな」と発破をかける鏡の声。
「わたしが誘導してやるから、いそいで向かえ。いまならまだ間に合うハズだ」
あわててルクたちは駆け出します。
行く先々にある鏡から飛んでくる指示。
そのとおりに進むと、これまでの迷走っぷりがウソのように、ズンズンと目指す場所へと近づいてゆく。
それとともにドンドンと膨れ上がるのは、圧倒的な何者かの気配。
グリフォンやドラゴン、神さまともちがう。
とってもイヤなニオイを放つ存在。近づくほどにニオイが濃くなって、ねっとりと鼻先にまとわりついてくる。
あまりのことに水色オオカミの子どもは、おもわず足がすくんで止まりそうになる。首のうしろあたりの毛が、怖気によりチリチリと逆立つのを抑えられません。
それでもがんばって足を動かしつづけました。
やがて鏡の声に導かれるままに一行がたどりついたのは、見上げるほどの大きな扉のまえでした。
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