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260 呪染
しおりを挟む断崖のごとくそそり立つ巨大な白い扉。
おおきな城内にあっても際立つ威容。
縁が金で彩られているだけで、特別な彫刻や細工の類が一切施されていません。豪奢な周囲の中にあって異質な存在。それがかえってここを特別な場所だと知らしめている。
木でもなく石でもなく鉄でもない。このお城の壁や床とはまたちがった素材らしく、いったい何で造られてあるのか想像もつきません。
ルクたちが前に立つなり、ぶ厚い両の扉がひとりでに動き出し、ゆっくりと音も立てずに奥へ奥へと開いていく。
まるで入ってこいと言わんばかりに開け放たれた入り口。
水色オオカミの子どもと野ウサギの兄弟が、緊張した面持ちにて中に足を踏み入れる。
彼らが少しばかり進んだところで、背後の扉はふたたびゆっくりと動き出し、音もなく閉まりました。
やたらと奥行きのある広い部屋。
突き当りにある檀上におかれた玉座。
そこに悠然と腰かけていたのは、プラチナブロンドの長い髪をした若い女性。
きめ細やかで透き通るような白い肌。優美な長いまつ毛、涼やかな目元、瞳の色は蒼穹の青。冬の終わりに顔をのぞかせた花のつぼみのように可憐な口元。
ヒザのうえにのせた小さな野ウサギにふれる指先もまた、白い。
誰もが見惚れ、泣いている赤子ですらも息を飲んで黙り込む。天上から舞い降りた女神のごとき美貌。
白銀の魔女王レクトラムをまえにして、不覚にも見惚れてしまった野ウサギのフィオとタピカ。妹の名を呼ぶことさえ忘れてしまう。
ですがルクだけは険しい表情を崩しません。
レクトラムとこうして顔を合わせるははじめてですが、以前に竜の谷にて仕掛けられたときのことを、ルクのココロがおぼえており、ずっと警鐘を鳴らしていたからです。
「ようやく来たか……、待ちわびたぞ」
聞く者の耳をとろけさせるような甘く心地よい女の声。
頭の奥へとスルリと入り込み、芯をも溶かしてしまいそう。耳を傾けているだけで、ぼんやりとなってしまい、思考がうまく働かなくなってくる。
白銀の魔女王と間近に接する。
直接言葉をかわし、その目を見て、同じ空気を吸う。
その危険性はルクたちの想像をはるかに超えていたのです。
ここは彼女の支配する領域。近づけば近づくほどに、その影響力は強くなる。
なのにレクトラムの懐の内にまんまと飛び込んでしまった水色オオカミの子ども。
「さぁ、遠慮はいらぬ。わらわのもとへ来るがよい」
レクトラムの蒼穹の蒼さをたたえる瞳と、ルクの夕陽のごとき茜色の瞳。
二つの視線がはたとまじわり、手を差し出されて、そう言われたとたんにルクは全身がしびれたような感覚におそわれました。
かつて竜の谷にて、暗路鏡なる魔道具を通じ、夢の中で接したのとは比べものにならない魔女王のチカラが、精神の浸蝕を開始する。
ココロにジワリと染みをつくるかのようにして、入り込んでくる邪悪。
水の色は無色透明。
水はどこにでもあり、何色にも染まり、何とでも交われるし、何ものにもなれる。
これを自分の色に染めあげようと迫るレクトラムの強大な意志。
ルクを自分のモノにしたいという我欲が、雪のようにしんしんと降り積もり、ココロに触れたはしから溶けて、アメーバのように広がり、菌糸をねじこみ、水色オオカミの色を内から外から自分好みにかえていく。
乱雑にではない。一つ一つ、ひと欠片ひと欠片を、まるで貴重なワレモノでも扱うかのように、塗り絵をていねいに仕上げるかのように、たんねんに、しつように……。
それがたまらなく不快で、ルクのココロが悲鳴をあげました。
逃れたいのにカラダがしびれて言うことをきいてくれない。
視界の片隅にいる野ウサギの兄弟は、ぼんやりと立ちすくしたまま。
おそらくは魔女王の放つ毒気に当てられてしまったのでしょう。
このままだとイケません。
なんとかしないとと焦るルク。しかし打開策が何もおもい浮かびませんでした。
抵抗しようともがく水色オオカミの子ども。そのココロを、まるでグズる赤子をあやすかのようにして、じょじょに染めあげていく白銀の魔女王。
その魔の手はとてもやさしく、残酷なまでに心地いい。
次第に茜色の瞳がかがやきを失っていく……。
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