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280 塔の頂
しおりを挟む地底世界の巨大建造物。その中央にて天地をつなぐ塔の内壁にある階段を、えっちらおっちらと登りつづけるルクとクルセラとシュプーゲル。
すでに登りはじめてから丸二日も経とうというのに、まだまだ道半ばといったところでしょうか。
階段の端から顔をのぞかせて、下を見たクルセラは「ひえー」と声をあげました。
勇敢な女戦士のオオカミがへっぴり腰となり、シッポを丸めて、こわがるほどの高所。
すでに眼下にはかすみがかかっており、壊れたたまご岩の姿もとっくに見えません。
「おかしいな。地上からの目測だと、とっくに天井部分には到達しているハズなのだが」
首をかしげるシュプーゲル。外が見える小窓の類が一切ない塔の中ゆえに、あくまで感覚的な判断なのですが、それにはルクも同意見でした。
「うん、ボクもそう思う。まだ砂の海の中という可能性もあるけれど、ひょっとしたらすでに地上に出ているのかも」とルク。
「だとすれば、この塔は地下だけでなく地上よりも、さらに上にまでのびているということか」
休憩がてら男たちがそんな会話をしている間、クルセラは荷を解いて食糧の在庫の確認中。
ルクの造り出すふしぎな水は、ノドを潤すだけでなくお腹もある程度は満たしてくれるので、これまでかなり節約につながりましたが、帰り道を計算に入れると、そろそろ干し肉の量もこころもとなくなってきた。
だが、ここまで来ていまさらあとには引けないので、食事の量を切り詰めることに決めて、クルセラはそっと荷物をまとめました。
いまはとにかく階段を進むしかないと、一行はふたたび歩き出す。
階段を登りつづけること、さらに一日半ばかり。
ついに塔の天辺へとたどり着いたルクたち。
屋上へと出ると、そこは空にとても近い場所。
手をのばせば、お日様にも手が届きそう。
砂の海を一望できるほどの高さ。
ルクたちの推測は当たっておりました。彼らは塔を通じてとっくに外の世界へと出ていたのです。
ですがそんな雄大な景色をもかすめさせるような存在が、すべてを台無しにする。
黒い太陽。
はじめルクの目にはそのように映りました。
しかし太陽ならば別のところにちゃんとある。
それは穴でした。
とてもとても大きな穴が空にあいている。
ぽっかりとあいた口から、ときおりザアザアと吐き出していたのは砂。
かつてたまご岩が水を産み出していたかのように、空の大穴が砂を産み出しているのか。
これこそが砂の海を広げていた元凶。
あまりにも理不尽かつ正体不明な存在をまえにして、クルセラとシュプーゲルが絶句。
そしてルクのココロの内にもまた、ひどい動揺が走っておりました。
茜色の双眸が黒い太陽をとらえたとき、そのいっしゅんに、かつて経験したことのないほどの感情の激流が渦をまき、彼を混乱させていたからです。
そんな最中にあって、ふと、脳裏をよぎったのは、ずいぶんまえに知り合いから教えられた、あること。
『あぁ、自分はこの地に来るために長い旅を続けていたんだ』
そう語ってくれたのは霧のオオカミのハクサ。
かつて天の国の御使いの勇者として、地の国中を旅した彼が最終的にたどり着いたのがバロニア王国の古代遺跡周辺。
その地にて景色をひと目みるなり、ハクサは自分の旅の終着をさとったという。
天の国より地の国へと遣わされた水色オオカミ。
その使命は旅路の果てに、己の居場所を見つけて、そこですべてのチカラを解き放ち精霊となって、その地を安定へと導くこと。
だからとて使命は強制ではない。あくまでその選択は自身にゆだねられている。
霧のオオカミのハクサや、幻焔(げんえん)のオオカミのキオのように使命に殉じた者たちもいれば、翡翠(ひすい)のオオカミのラナと、黒まだらオオカミのガロンのように、使命を放棄して生きる道を選んだ者たちもいる。
そしてかなしみと絶望から悲劇の結末を迎えた咎鎖(とがさ)のオオカミのソレイユみたいな者も。
旅の中で出会った同胞たちの姿をおもい出したとたんに、ルクはすべてを理解しました。
ここが、こここそが、自分が旅をしてきた理由なのだと。
いくつもの出会いと別れがありました。
楽しいことばかりではなくて、辛く苦しいこともいっぱいありました。
そのすべてがドッと押し寄せて、ルクはいつのまにか涙を流しておりました。
にじむ視界に、にゅっとのびてきたのはクルセラの鼻先。
いつの間にか側に寄っていた彼女が、ペロリとルクの頬を伝う涙をなめてふきとる。
クルセラは何も言いません。どうして泣いているのかも聞きません。ただだまって舌をはわせるのみ。
母が我が子を慈しむかのような、やさしくも温かな仕草。
水色オオカミはまぶたと閉じて、しばし身もココロもゆだねる。
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