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321 一本橋の決闘
しおりを挟む霧の都の地下に張り巡らされた下水道。
ただしそこを流れるのは砂にて、それらが行きつくところは地底の大竪穴だ。
竪穴に渡された一本橋にて対峙する両雄。
場所は橋の中央付近、第二ラウンドは先の戦いとは打って変わって、静かに始まった。
右脚を引いては、やや半身にて。
大剣を胸の辺りの高さに固定している。
刃は縦ており、正面から見るとまるで水面からのぞく巨大サメの背ビレのよう。
切っ先はピタリと相手を捉えていた。
左片手平突きならぬ、左片手縦突きとでもいおうか。
全身から放たれている殺気が、剣を伝っては切っ先の一点へと集約されていく。
そんな姿勢のままで微動だにしないのは神殺しのケルトだ。
これと対する竹侍将軍サクタは、刀を鞘に納めては抜刀の構えにて。
けれどもサクタの剣は大太刀だ。通常の打刀とはちがう。刀身は長く剣速こそが命である抜刀術には不向きな得物である。ふつうに抜くのにもコツがいる。
だというのに、この局面でサクタはコレを選んだ。
いったいどうやってケルトの刺突に対抗しようというのか?
後方の少し離れたところから、私たちはふたりの戦いを固唾を呑んで見守っている。
空気が重く息が苦しい。こうして同じ橋の上にいると、両雄の間でかつてないほどに緊張状態が高まっているのがよくわかる。
押し合いというよりも、むしろ綱引きに近い感覚かも。
剣を通じて繋がった緊張の糸が限界を迎え、切れた瞬間が勝負の刻!
互いが放つ至高の一撃同士の衝突。
おそらく決着は一瞬でつくはず。
ときおり穴の底から冷たい風が吹いては、吊り橋が揺れてギシリギシリと軋む。
かすかにだが風に怨嗟らしきモノが混じっていたような気がしたもので、橋の下の様子を覗いて私は「げっ!」
奈落の底の闇の闇。
その奥にて蠢いていたのは、無数の腕たち。
蝋のような色にて、うにょうにょしている。
まるで「おいで、おいで」と手招きしているかのよう。
「ちょっと何なのよ、あれ……もしかして亡者の手? だとしたら、この穴は冥府に通じているとでもいうの?」
前世にもそんな伝承がある場所が、各地に点在していた。
冥土に通じている井戸だとか、あの世と繋がっている洞窟などなど。黄泉平坂を封じた大岩なんてのもあったっけか。
とはいえ、それらはあくまで神話を現実の光景にあてはめ、いかにもそれっぽいというだけの話であった。
でも今世はちがう。
龍脈や龍穴がちゃんと存在しており、魂が行きつく冥府なる場所もある。
だから、冥穴の類があっても不思議ではない。
そして私は遅まきながら深愛のディレクティオが、どうして西部戦線にあらわれ、この地に居を構えているのか、その理由を悟った。
「なるほど、そういうことだったのね。
この穴があったからあの女は……ということは、例の亡者に必要な冥府の霧とやらも、ここから供給されているのかしらん」
本来であれば慮外の亡者たちは、地上に長くとどまれない。力も十全に発揮できない。
それを可能にしているのが、冥府の霧だ。彼らにとっては酸素みたいなものにて。
だから亡者たちは霧とともにあらわれ、霧とともに去る。
「ん? ……ちょっと待って。ということは、ここは地上よりも冥府の空気が濃くて、アイツにとってはもっとも動ける場所ということになるんじゃないの!?」
とどのつまり、ここは冥府高濃度領域にて、いまのケルトはかつてないほどに絶好調ということだ。
(え~と、この状況ってかなりヤバくない?)
さりとて極限にまで高まりつつある闘気に、下手にちょっかいを出したら、たちまちパン!
私は冷や汗たらりにて。
けれども私の心配をよそに、事態はさらなる悪化を遂げる。
プシュウゥゥウゥゥゥゥゥーッ!
足下から聞こえてきたのは激しい噴出音。
竪穴が震え、轟と突風が吹き、穴の底より勢いよくせり上がってくるのは濃霧の塊にて。
このタイミングで冥府の霧がどっと湧いては、あっというまに一本橋ごと辺り一面を埋め尽くしてしまう。
濃霧により視界ゼロ――
「サクタ!」
おもわず私は叫んだものの返答はなく、代わりに聞こえてきたのはかつて耳にしたことがない剣戟であった。
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