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01 手の中の認めたくない現実。
しおりを挟む「キミは何が好きかな?」
初対面のオッサンにいきなりこんな事を訊ねられた。
とっさに私の口から出た言葉は「チクワ」だった。
学校帰りに立ち寄ったコンビニで、何故だかツマミ用のチクワが目についた。
パリッと皮に焼き目がついており、細い竹に巻かれたソレがやたらと旨そうに見えた。手にとってみると想像していたよりもずっしりとした重みがある。手の中からはみ出すほどの大きさのわりに、百円という低価格にも惹かれた。
ちょうど小腹も空いていたことだし、そいつを購入する。
制服姿の女子高生がチクワ? とレジ係には少し怪訝そうな表情をされたけど気にしない。
買った品をかじりつつ土手をブラブラ歩いて、夕暮れ時の散歩を楽しんでから家へと辿り着く。そして玄関の扉を開けたら、そこに見知らぬオッサンがいた。
こんな人、うちの知り合いにいたっけかなぁと考えていると、あっちから声をかけられた。その第一声が先の問いかけである。
で、ついものの弾みでかじりかけのソイツの名前を口にしてしまったと。
するとそのオッサンは「はいはい、『チクワ』ねっと、じゃあ頑張って」
そう言って、とんと押されて、ふらふらと体が玄関から外へと出てしまう。
そしたら世界が一変していた。
広く薄暗い穴の底に私はいた。
服装こそは帰宅時のままだが、荷物の類が一つもない。上着のポケットの中にあったはずの携帯電話も見当たらない。よって救助要請は不可。
落ち着くために、「ふぅ」とひとつ深い息をついてから周囲に目をやる。
まるでデカい井戸の底のような形状、そのくせどこか厳かな雰囲気を持った場所。
見渡すと壁際までかなり距離がある。
ひんやりとした床一面に精緻な石畳が敷き詰められている。
見上げるとずんと遠くにぽっかり空いた丸い穴があって、その先に青空っぽいのが微かに見える。
とりあえず上に向かって「おーい!」と叫んでみたが、虚しく自分の声が反響するばかりで、応える者は誰もいない。
壁際まで行ってみると、壁自体が所々ぼんやりと淡く発光していた。おかげでこんな穴倉なのになんとか視界を保てているようだ。これで真っ暗だったら私は発狂している。
壁をぺたぺたと触って調べてみたが、ぴっちりと組み上げられた石の壁には指を差し込む隙間もなく、とてもではないが登れそうもない。
まあ、よしんば登れたとしてもやらないけどな。
そこそこ体力には自信があるものの、ロッククライミングの達人じゃあるまいし、途中で力尽きて落ちるのが関の山であろう。
しようがないのでもといた中央部分に戻りつつ、冷静を装って現状を把握することに努める。
ここは不思議と気温は低くないが、それとて後でどのようになるかわからない。
「もしかして誘拐された?」
映画とかでよくある眠っちゃうガスをシューっとやられて、寝ているうちにここに運ばれたとか……。
いや、うちのオヤジに身代金を払うほどの甲斐性はない。
そんなのがあったら母が男を作って出て行くわけがないし、私がバイトに青春の大半を費やす必要もないはずだ。女関係で恨みを買っている可能性も捨てきれないが、それならば直接オヤジを殴り飛ばしたほうがよっぽどスカッとする。
「ならば若い女を狙った変態の犯行か!」
いやいや、それなら五軒隣の女子大生の美幸さんを狙うだろう。
なにせあっちはバインバインのミスコン荒らしだぞ。
歩くエロスの化身、私だったら間違いなくあっちを攫う。そして揉む。
「よーわからん。そういえばあのオッサン、なんか言っていたな。『チクワ』がどうとか」
そんなことをぼそっと呟いたら、手の平に違和感を感じて、気がついたらチクワが出現していた。とりあえずかじってみると、まごうことなきチクワであった。しかもなんか美味いしいし。
「まさとは思うが……、いやいやいや、ないないない。きっと気のせいだって。チクワもなんかの弾みで出てきたとか」
ポンと二本目がまた出た。
どうやら名称を口にすると飛び出す仕掛けのようだ。
邪魔なのでとりあえず胃袋に収納する。
地味に美味いんだよなぁ、これ……。さっきコンビニで買った奴よりずっと美味い。なんかこう、旨味? 味に奥行きあるというか、あと飽きないんだよねえ。
一旦深呼吸をしてから、「チクワ」と唱えた。
すると三本目が出現した。どうやら間違いないようだ。
認めたくない現実が、いま私の手の中にあるんだもの。
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