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08 最果ての地にて。
しおりを挟む「おうおう、シルバーさんよぉ。こいつはどういうこったい?」
目の前の光景に、思わずチンピラ風の物言いになってしまった私を誰が責められようか。
だってものの見事に廃村なんだもの。
朽ちた柵、門扉が外れて地面に寝転がっている村の入り口、かつて鐘でもぶら下げてあったであろう鐘楼は大地に横たわり、通りには人っ子ひとり見当たらず、その代わりだとばかりに雑草が大手を振ってボウボウと生えている。
試しに手近な廃屋に足を踏み入れてみたが、屋根は落ち、床はところどころ抜け、室内には物が散乱しており、その上に埃が雪のように積もっている。
どう少なく見積もっても数年単位にて人が住んでいた形跡がない。
「おかしいのぉ、五十年ほど前にはそこそこ栄えておったハズなんじゃが」とシルバーが言った。
なんでもここは人類の最前線にして最果ての地として、神域の森の恵みを求めて来訪する命知らずの猛者どもで活気づいていたというが、いまや見る影もない。
数軒ほど家の中を覗いてみたがどこも似たり寄ったり。
やたらと小物が散らばっているし、退去したというわりには家財道具一式が残っていたりするんだよねえ。なんていうか慌てて逃げ出したみたいな印象を受けるのだが……。
そんなことを考えていたら胸ポケットの中にいたシロがひょっこり顔を出して「ちー」と鳴いた。レッドも「ケーン」といつもよりも甲高い声を上げる。
二匹のこの反応は「要警戒」を意味することを、短い旅の間に学んだ私は身構えてすぐに周囲に視線を走らせる。
「うむ。どうやらこれはアヤツのせいみたいじゃの」
シルバーが鼻先をクンと向けた先、ちょうど村の中央広場があった場所らしくて、そこにドドンと鎮座しているデカい亀がいた。
亀といっても縁日で売られているような可愛いらしいものではなくて、どちらかというと怪獣映画に登場するような奴だ。たとえ周囲の家よりもデカいこいつが激しく横回転しながら空を飛んだとしても、私はきっと驚かないだろう。なんだか平気でそれぐらいしそうな怪獣具合である。
「アレが神域の森から出て来たから、みんな慌てて逃げ出したと。そして今も日当たりの良さが気に入って居座り続けているというワケか。ところでアレって肉食かな?」
私が訊ねると悪食との嬉しくない答えが返ってきた。しかも村が放棄されて冒険者どもも逃げ出すぐらいだから、きっと強いんだろうなあ。はてさて、どうしたものかしら。
たぶんシルバーとレッドならば勝てると思うんだけど、私としては村の跡地は極力、そのままで手に入れたい。探せば使えるモノがごまんと見つかりそうだし……。
いろいろと思案していたら、いつの間にやらポケットの中から外へと出ていたシロが、トテトテと巨大悪食亀のところに近づいているではないか!
「ああ、駄目っ!」と叫ぼうとしたところで、シロが「ちーっ!」と大きな声を上げた。
途端に亀のイガイガした凶悪な甲羅の表面に無数の亀裂が走る。
更にシロがもうひと声。
すると今度は内部より血飛沫が上がって、亀がその逞しくて長い首を天へと伸ばし一度だけ苦悶の声を上げ、そのままドスンと倒れてピクリとも動かなくなってしまった。
どうやら永眠してしまったらしい。だがそれだけでは終わらない。
どこからともなく現れた無数の黒いサイカたちが、亀の遺体に群がってガリガリもちゃもちゃ、あっという間に綺麗さっぱりと片づけてしまった。固いハズの甲羅の一欠けらすらも残っちゃいない。ものの十分ほどの出来事である。
彼らはすっかり亀を平らげると、さっと散ってしまい何処かへと消えてしまった。
「シロ強え! っていうか今のって超音波みたいなのかな? あとアレがサイカの群れか……、こっちも半端ねえな。そりゃあ都の一つや二つぐらい軽く消えるわ」
目を白黒させて驚く私のところにタタタと小走りにて帰ってきたシロ。
そのまま体を伝ってよじ登り、自分の定位置であるポケットの中にすぽんと納まってしまった。
「そういえば言っておらなんだな。サイカの王たる白い個体は他のと違って単体でも強いぞ。まあ仮にも神域の御戸の付近をぶらぶらしている時点で弱卒なんぞありえんがな」
そう言ってカカカと愉快そうに笑うシルバー。
そしてこの発言を受けて私はある覚悟を決めた。
それはここでひっそりと隠れ住むということ。
だって考えてもみてよ? 神獣の銀狼、火の精霊を従える不死鳥、そして災厄の使徒の白王様、これって超過剰戦力じゃないかしらん。
そして私は異世界渡りのへんな能力者。私個人にはなんら価値を見出されなくとも、この三匹を連れている時点で、付加価値が本体価値を軽く凌駕している。
これって云わば付録がメインの雑誌や、オマケがメインのお菓子に成り下がったことを意味している。そして世の中にはオマケや付録欲しさにホイホイと大金を投げ出す馬鹿が多く、迷走している販売元も多いのだ。
気持はわかるさ! 業績を上げたい、数字を伸ばしたい、でもそれって何だか違うだろう? アンタらがやりたかった仕事ってのは本当にソレだったのか?
こほん……、すまん、ちょっと錯乱した。
ようは外の連中に知られちゃうと、私が極めて困った立場に陥るということさ。
だから文明圏での生活はきっぱりと諦めよう。
そしてここでお気楽極楽隠遁生活をおくるのだ。
幸い、家はいっぱい余っているし、その中から具合の良さそうなのを選んで修繕しよう。
道具はその辺を漁れば見つかるさ。井戸はあるから水は問題なし、当座の食い物はチクワでしのぐ。森には獲物が一杯だからシルバーたちにお願いして肉類も確保できる。しかも嬉しいことに共同浴場らしき場所にて温泉が湧いているのも見つけた。土地もあまっているし、きっと畑の跡とかもあるからなんちゃって家庭菜園とかイケるかもしれない。
よし! 行き当たりばったりでもいいから頑張ってみよう。
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